以前、アメリカの経営学会で、「キャリアの成功とは何か」というテーマのパネル討議を、3人の有名なベテラン研究者と3人の若手研究者でやったことがありました。みんな経営やキャリア研究においてすごい実績を残している人たちなんだけど、そのうちのひとり、マイケル・アーサー教授は「ひとつの会社に魂を売るな」と言ったんですね。どこの会社でも勤まる人間になるのがキャリアの成功、つまり「バウンダリーレス・キャリア」が望ましいと。もうひとりのダグラス・ホール教授は、変幻自在の神様・プロテウスのようなキャリアがいいと。最近の本ではアイデンティティというか自分らしさを大事しているのがいい仕事の歩みだと書いてますけどね。僕の恩師のエドガー・シャイン教授はキャリアの拠り所となる「キャリア・アンカー」が大事だと言ってる。みんなキャリアの成功を語るときに、自分らしさやアイデンティティなど、内面の拠り所が大事という話をしたんです。
でも最後にロンドンビジネススクールの看板教授のナイジェル・ニコルソンが、「社会的に高い地位について、名声もあって、たくさんお金を稼ぐというのがキャリアの成功である」と言い切ったんです。もちろん、ほかのふたりの教授と友達で、内面が大事に決まってると知ってる上でこう言ったんです。
他の教授たちが主観的成功の話ばかりをするから、客観的な成功について語ったんです。さらにその根拠をデータで示したんですよ。所得の高い人の方が精神病の発症率が低かったり、寿命が長かったり、幸せな結婚をしていたり、健康だったり。実際にナイジェル・ニコルソン教授自身もすべてを満たしています。ロンドンビジネススクールの前はシェフィールド大学の心理学の研究科長で、イギリスで最も尊敬されている組織心理学の学者だから社会的地位も高いし、名声もある。もちろん年収もものすごく高いし、幸せな家庭を築いて、健康でもある。
要するに、キャリアで成功するということは、自分みたいになるということだと言ったわけです。社会的成功など、人間の俗っぽい欲の部分も無視できない大事な要素だから、あえてズバっと言い切ったのだと思いますけどね。
僕も卒業式など、最後に学生に送る言葉としてこんなことを言ってます。「君たちにはいい人生を歩んでほしいと思う。その中には達成感や成長欲求や自己実現や仕事そのものの楽しみなど、全部大事にしてほしいけれど、ある程度以上の収入があって、幸せな結婚をして、気に入った家に住んで、ストレスなく趣味にお金をつぎ込めるなど、そういう普通レベルの幸せ指標も大事にしてほしい」と。それを目指すことは全然悪いことじゃないからね。
特に就職して初めてフルタイムで働くんだったら、最初のうちくらいは物欲のために働いてもいいと思うんですよ。たとえば車好きな人だったら、1年間ほしい車の頭金を貯めるために一所懸命働くとか、映画好きな人だったらサラウンドシステムを買うために働くとかね。仕事をする上でどこかで神聖な気持ちも大事だけど、同時にこういう俗っぽいところ、ちゃっかりしたところもあった方が僕なんかは、かえって安心します。
そういう意味では、みんなそれぞれにエクセレントって言われる人になってほしいとは思うけど、それは決して社会的な幸せを犠牲にしてやってほしくない。普通に健康で、ほどほどの収入が得られればそれで十分だと思うんですね。 |