そもそも大学入学時には、将来は大学の教員として臨床心理学を教えつつ、心理カウンセラーとして活動したいと思っていました。一人ひとりのライフヒストリーを深く追いかけていって、病理的な面のある人を面談だけで治すという世界を夢見てた。学部の3年生になった時点でもその方向に進もうと思っていたのですが、周りのいろんな人、ゼミの先輩や指導教官だった河合先生までもが、僕にはカウンセラーは向いてないと言ったんです。
その理由はおおまかにいって3つあって、まずひとつは、「おまえを無口にしたくない」って言われたことでした。僕は当時も今もすごくよく喋るんですが、精神的に病的な患者の重い話を聞くうちに、それまで元気で喋り好きな人が暗く、無口になっていくケースがよくあるというんですね。ひとりを深く追いかけるだけだったら、しんどくなるぞと。それに守秘義務がすごく重い仕事だということもそれに拍車をかけると。
二つ目が、当時本で精神疾患から劇的に治る目立ったケースばっかり頭に入り、いつかはこの本に出てくるカウンセラーのように悩んでいる人を劇的に助けたいと思っていたんです。でも「金井はいろんな症例を知って頭が肥大になってて、深刻な症例でも簡単に治るみたいに思ってるけど、実際はそんなにそう簡単に人が救われることはないぞ」と言われたんです。そんな頭でっかちになったまんまカウンセラーを目指すのはよろしくないと。
三つ目、これが一番決定的だったのですが、ある授業で河合先生が詩人の谷川俊太郎さんと対談したことがあったんですね。後にその対談は『魂にメスはいらない』(朝日出版刊)という本にもなったんですが、その授業の冒頭に河合先生が「果たして心に問題を抱える子を治すことが本当にいいことなのだろうか」と言ったんです。当時、京都大学教育学部の心理教育相談室では、登校拒否児童をもつお母さんの相談に乗っていたんですね。学校に行けなくなった子供に箱庭療法や音楽療法などを施したり、お母さんをカウンセリングしたりしていると、そのうち子供が学校に行けるようになって、親も僕らもよかったと喜ぶ。でも河合先生は「敏感な人がこの世の中のひずみや欠陥に気がついてせっかくうつになって悩んでくれているのに、それを治しちゃっていいの?」「学校の方がおかしくて、魂の叫びがうつという症状になって表れているだったら、カウンセリングをしたこの3カ月は無意味だ」と言ったんです。確かに学校の方がおかしい可能性もあって、そんなところに戻す方がその子供にとっては不幸ですよね。
そして今でも、たぶん一生忘れられないのが「子供が学校に行けるようになるたびに、詩人をひとり失っている可能性がある」という言葉です。「谷川俊太郎を学校に戻していたら、我々は詩人をひとり失うんだ」と。もっと言うと、アインシュタインを小学校に戻して普通に勉強やれと言っていたら、天才をひとり失うわけなんですよ。
これは子供だけじゃなくて、大人にもいえることなんですよ。会社の中で部長に出世して、周りの人はおめでとうって祝福してくれてるのに、逆にうつ病になる人もいる。そうなるのはその人だけの問題ではなく、産業社会、会社の方におかしなところがあるというボイスをうつ病になることで出してくれてるはずなのに、それを治しちゃっていいのかなと。うつになる人は他の人よりも敏感で感受性が高いんですよ。たとえていうなら炭鉱の中のカナリアと一緒で、ほかの大勢の人間が倒れる前にいち早く毒を感じ取ってぐったりしてくれているんだとしたら、会社や社会の側を何とかするべきだと思ったんですよ。 |