経営学におけるキャリア論の大御所で僕の恩師でもあるMITのエドガー・シャイン先生は、3つの問い、すなわち、「自分は何が得意か」「何がやりたいのか」、「どういうことだったら社会で役立ち感を得られるのか」について自問自答することが、キャリアについて考える基盤となると提唱しています。
僕はまず、「何が得意か」という能力よりも、やりたいこと・好きなことを紙一重でもいいから優先した方がいいと思う。うまくできることと好きなことは違う可能性があるし、うまくできるからっていうだけで仕事を選んでいたら、後々後悔する危険性もあると思うんですね。
2003年刊行のジョアン・キウーラが書いた『仕事の裏切り〜なぜ私たちは働くのか〜』(翔泳社)の監訳を したときに、いろんな事を考えさせられました。欧米の仕事観は、仕事は苦行というものです。まあ、日本でも年長の人たちから、 「好きなことを仕事にしたらあかん」という アドバイスを受けることがあります。それは、善意のアドバイスでしょうが、いつもうまく効くとは限りませんし、夢を奪うことがあるという意味では、結果において悪魔のアドバイスのようにもなりえます。
たとえば自分の子供が音楽がすごく好きでプロのギタリストになりたいと言ったら、たいがいのお母さんは頼むからやめてくれって言うよね。しかもそのときの決まり文句は「好きなことは趣味にとっといた方がいい」とか「せっかくいい大学を出てるんだから」というやつ。音楽っていうと普通の道から外れているように見えるからそう言うよね。これが例えばバークレー音楽学院などに行って音楽やるんならOKなのに。
お母さんは自分の子供に生き生きと生きてほしいと思ってるはずなんだけど、プロのミュージシャンとして生計を立てるのは難しく、後々「しまった、最初から普通の会社に行ってたらよかった」と後悔することになってしまったら困るからやめとけという。だから「リスクが高すぎるからやめときなさい」というアドバイスは間違ってはいないんだけど、せっかく夢を持っていたら、それを生かす方法は他にもあるはずなんだよね。「好きなことは趣味にとっといた方がいい」という発想は仕事がおもろないことを前提にしているけど、そうとも言い切れないと思う。「好きなことでメシを食うのは難しいからダメ」じゃなくて、「好きなことに近い仕事に就くのがいいんじゃない?」っていうアドバイスがあってもいいと思うね。たとえばちょっと観点を変えて、そんなに音楽が好きだったらヤマハとかローランドといった楽器メーカーに就職するとか、そういう手があるのになあって思う。
実際に僕の教え子で学生時代に音楽を一生懸命やっていた金井ゼミ卒業生が、ローランドに就職しました。配属先は法務部ですが、すごく楽しそうに働いてますよ。音楽関係以外の会社と何が違うって、やっぱり楽器メーカーだけあって、周り中楽器好きな人がいっぱいいるわけよ。だから音楽に直結した職種でなくても、音楽にまつわる会社で音楽好きに囲まれてるだけでもいいと思うんですよね。そして、法律の仕事にも興味をもったので、ローランドで働いたあとは、ロースクールに通い、昨年、司法試験に通りました。また音楽ソフトの配信をめぐる法律問題で貢献できたりしたら、ずっと音楽とのかかわりももてます。
別の例でいえば、写真好きな人がみんなプロカメラマンになれるわけじゃない。でも写真に関係する会社に入って楽しそうに仕事してる人はけっこういるからね。実際、富士フィルムには、元写真部とか元鉄道研究部とか、写真をやってたって人もいっぱいいるし。
僕の場合もそういうのに似てるよね。最初は臨床心理学の研究を志したけど、いろいろ考えて経営学に転向した。臨床心理学は一生興味をもってると思うし、今キャリアの研究でいろんな人の生活史を聞いたりするのも臨床心理学に近いところがあるし。コーチングの一部のエグゼクティブコーチングをするときに、相当ストレスが溜まっているエグゼクティブと接するときに、やっぱり臨床的なことが分かってた方がいいって言う人もいますよね。経営学に変わったことでMITに留学できてワールドクラスの人に触れられていい刺激を受けたし。
最初に一番なりたかった心理カウンセラーにはなれなかったけど、臨床心理学を勉強したことが経営学でも全部役に立っている。研究テーマがどこかでつながっているっていうのがうれしいですね。 |