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魂の仕事人 第30回 其の六
仕事とは人生そのもの 生涯をかけてこの道を極めたい ナレーションという仕事が大好きだから
ナレーションの世界に初めて足を踏み入れたのは20歳そこそこのとき。安定したサラリーマン生活を捨てるときはさすがに悩んだ。でも思い切って跳んだ。ナレーションが好きだったから。ナレーションがやりたかったから。そして現在57歳。仕事の依頼は引きも切らない。しかしナレーターとしてはまだまだこれからだという。求道者・窪田等にとって仕事とは何か、何のために、誰のために働くのか──。  
ナレーター 窪田等
 

仕事とは人生そのもの

 

 僕にとって仕事とは、使い古された言葉だけど「生きがい」です。仕事人間ってバカにされたりもするけれど、仕事っておもしろいから。「仕事がなくなったら何をしたらいいんだろう」って思いますよ。だから引退も考えたことはない。

 収録現場の緊張感がたまらないんですよね。その緊張感の中に身を置いているという状況そのものが好きなんです。自分を表現できる一番の場所が収録現場だから。

 そういう意味では仕事って人生そのものかなあなんて思ったりします。今まで脇目もふらずやってきましたからね。またもう少し時間が経ったら違ってくるかもしれないですけどね。

オン・オフははっきり切り替える
 

 とはいえ、もちろん仕事ばっかりやってるわけじゃなくて、オフもありますよ。むしろオンとオフの切り替えは意識的にはっきりさせています。仕事のときはプライベートのことは考えない。その逆もまたしかりです。遊びは遊びで楽しまないとね。

 基本的に日曜日は仕事をしないようにしています。ほぼ仕事のスケジュール調整は事務所にお任せなんですが、日曜日だけは仕事を入れていいか、事務所から問い合わせがくるんです。自由の身でありながらなかなか自由にならなかったりしていますね(笑)。

 休日は仕事と遊びのどっちを優先するかで悩むこともあります。例えばグループでどこかの温泉に行こうということになって○月○日に予約したと。マネージャーにこの日は仕事を入れないでねと伝えるんだけど、後から「どうしても仕事を頼みたい」という依頼が来たら悩みますよね。「う〜ん……仕事をやってあげたいけど、でも友達にも迷惑かかるし……。だったら先にスケジュールが入ってた方を優先させよう」と遊びを取る場合もあります。

 僕ひとりの予定だったら、仕事を優先させますね。僕だけが予定変更すればいいことだから。例えばひとりで釣りに行こうかなとかゴルフに行こうかなと思っていた日に、「ぜひ窪田さんにナレーションをお願いしたい」という仕事の依頼が入った場合は「やるよ」と即答します。やっぱり仕事の方を選んじゃう(笑)。もっとも「窪田じゃなくてもいいかな」くらいのノリのときには、「じゃあ他の人にやってもらおうか」となることもありますけどね。

家族のこと
 

 プライベートに関しては、僕は3人の子供の父親でもあります。正直、これまで家族よりも仕事の方を優先してきました。家族にとっては自分勝手に生きてきたという感じかもしれません。

 子供とキャッチボールをやったとか、海水浴に行ったとか、そういう経験があまりないので、子供たちには悪かったなあと思っています。父親として欠陥だらけだったかもしれませんね。家庭のことを家内任せだったってところはあります。それでも家内は別に文句は言わなかったけど。

 家族を犠牲にしたといえばしたのかもしれないですね。でも家族はそれが日常だったから「犠牲になった」とは言いませんけどね。今になって子供に「スキーに行こうか」と誘うと「つきあってあげる」って言ってくれたりね。こちらに犠牲にしたという思いはあっても向こうは「犠牲になった」という思いはないみたいですよ。(笑)

仕事はあくまで自分のために
 

 誰のために働くかといえば、もちろん家族のためというのが基本です。だけどそれ以上に「自分のため」です。たとえば家族を養うために働かなきゃいけないんだったら、ナレーターじゃなくたっていいわけですよ。

 家内と結婚したとき、僕はサラリーマンを辞めて2、3年で、ナレーターとしてまだ十分に家内を養う収入はなかった。家内はOLとして会社で働いてたんだけど、家内に「会社を辞めてよ」って言ったんです。それは僕のプライドからです。

 僕だけが会社を辞めてフラフラして「あそこのご主人、何やっているのかしら?」なんて近所の人に言われるのが嫌だったから。そんなふうに周りに見られるのがかっこ悪いなあと思ってね。俺が何とかするから辞めてくれよと。

 だけどどんなに苦しくてもナレーター以外の仕事は一切やりませんでした。自分のやりたい仕事はナレーターだ。その仕事で家族を食わしていきたいと思っていたからです。そうしてナレーター1本で覚悟を決めて頑張っていたら、段々仕事も増えていったんです。

 この仕事をずっとやってきたのは、とにかく好きだから。好きだからってことは自分のためじゃないですか。自分がやりたいから。だから突き詰めて考えると家族のためではなく、「自分のためにやってきた」ってことになっちゃうんですよね。それしかないだろうなって。仕事ってそうところがあるんじゃないかなあ。まず何をやりたいか。それで生きていくってことです。

興味をもってやってみて、時には跳んでみる
 

 好きなことを仕事にするにはどうすればいいか? まず、自分の好きなこと、何に興味を持つかというのは「アンテナ」ですよね。僕の場合は富士通で働いていながら「何かしたいな」と思っていた。はっきりとはわからないけど、何かをしたいと思っていた。それがアンテナを張ってる状態ですよね。

 そこに「CMナレーター養成講座」の広告が目に入った。「ん? おもしろそうだな」と興味をもった。アンテナに引っかかったということですね。そしてやってみた。するとやればやるほどズブズブとのめり込んでいっちゃった。

 やっていくうちに声の世界で生きていきたいと思うようになった。それは川の向こう岸にあって、よく見えない。川の深さもよくわからない。失敗するかもしれないって考えたけど、思い切って目の前の川の深さもわからないまま、跳んでみた。

 そういうときって結局考えてもしょうがないと思うんですよね。失敗するかどうかなんていくら考えてもわからないって。失敗ばかり考えていると先に進めないじゃないですか。目の前の川を跳び越えようとしない人は、川の深さを測っちゃっうからでしょうね。深いとわかったら、落っこちたときのリスクを考えて「やめておこう」ってなる。

 また、他人の言うことにやけに敏感になってしまう人もいますよね。だけど周りの人は実はそんなに気にしていない。自分だけ気にしちゃう。不安ですよね。そういうことってけっこうあるんじゃないですか? 本当にそうなるかどうか分からないのに、「こうなったらどうしよう」って必要以上に考えてしまう。自分で自分を不安に陥れている。不安材料を自分で作っちゃう。そうすると身動きが取れなくなっちゃう。

 だけど結局、どうなるかなんてやってみないとわからないんですよ。時には「やってみてダメでもいいじゃないか」という開き直りというかやけっぱち的な気持ちが必要なんじゃないんですかね。

 富士通を辞めて以来、分かれ道に立って迷ったときはずっと同じように考えて行動してきました。「考えてても先のことはわからないじゃないか。そういうときは思い切って跳んでみよう」「ダメならダメでいいじゃないか。そのときになって考えればいい」「またやり直せばいい。他の道に進めばいいじゃないか」「こういうチャンスがあるんだったらやるだけやってみよう」とね。

 そうできるのは「それがやりたいから」。それだけ。あと、僕の場合は最初は悩みますがそのうち悩むこと自体が面倒くさくなるんです(笑)。「自分がやりたいんだからいいじゃないか」って。要は「自分は何をやりたいのか」「それを優先してみようじゃないか」というふうにやってきたんです。

少しでもいい作品にするためにとことんこだわる。ときには煩悶し、もがき苦しむ。何が窪田氏をそこまで駆り立てるのか。そこには2つの「思い」があった。

突き動かしているものには2つある
 

 僕を突き動かしているもの、仕事のモチベーションには大きく分けて2つあります。

 ひとつはいちナレーターとして100点満点のナレーションを目指したい、もっと言えばナレーターという職業を極めたいという欲求です。どうなったらこの道を極めたことになるのかは、漠然としてわからないですけどね。

 とにかく僕は若いときから「あこがれのあの先輩に近づきたい」とか、「ああいう仕事をやりたい」「ああいうナレーションがしたい」と思ってやってきたわけです。あこがれの先輩というのはいつまでたっても追い越せないんですよね。やっぱり自分の完ぺき主義の性格のせいかもしれないけど、どんなに頑張っても「あの人はもっとかっこよかったよなあ」「全然近づいていないだろうなあ」と思っちゃう。周りの人は「そんなこと言ってるの?」って言うけれど。自分の中では確固としてあるんですよね。困ったもんですよね(笑)。

 謙虚? いや、それは謙虚とかそういう問題じゃないんですよ。そんなきれいな言葉で表現されるべきものじゃないと思いますね。もっとドロドロとした熱いもの。「もっと変わりたい」という貪欲さというかね。「もっと変わるはずだ」「まだ変わるはずだ」という思い。「巧い」というよりも「良くなる」といった方が近いかな。何をもって巧いか・下手かを判断するかがよくわからないから。技術だけをもって判断するというのも違う気がするし。

 だから「もっと良くなるはずだ」。あるいは「もっと微妙なニュアンスを出せるはずだ」とか「もっと色をつけられるはずだ」とか「もっと自然にしゃべれるはずだ」とか。一番いいのはもっと自然に、変な抑揚をつけないで、なるべくナチュラルにしゃべることかもしれない。これが難しいんですけれどね。こんな感じで常に「もっと、もっと」という思いは強いですね。

 僕にとっての100点満点のナレーションとは? う〜ん、それがわからないんですよ。たぶん100点を出したときになってみないとわからないと思う。

 だけど100点満点・完璧なナレーションを出すのは、多分永遠に不可能でしょうね。僕の性格上、絶対どこかにアラを見つけちゃうから。だけど可能な限り100点に近づけたい。この道を極めたい。結果がダメであっても、あくまで挑戦していきたいと思っています。

必要とされたい
 

 もうひとつのモチベーションの柱は、「みんなに喜ばれたい」です。プロデューサー、ディレクターはじめスタッフ、スポンサー、もちろん視聴者にも。みんなが喜ぶような作品にしたい。自分のひとりよがりじゃいけない。

 そうするとみんな僕を必要としてくれる。人から必要とされるってうれしいじゃないですか。だから頼まれた仕事は断らない。必要とされていると思うと、ギャラとかそんなの一切関係なく、どこへでも行きたくなるわけですよ。「窪田さん、ナレーション、やってくれないかな」と言われると「僕の声でいいの? ありがとう。ぜひやらせて」と。これも謙虚というのではない。僕らフリーランスは呼ばれてナンボですからね。

夢は現役でい続けること
 

 だから「僕の夢はなんですか?」って聞かれたとき、「あれ? 夢ってないよな。この仕事をずっと続けることだよな」って思ったんです。ずっとナレーションという仕事を続けたい。みんなで作品を作るということが好きだから。現場でもっとこうやればもっとよくなるかもしれないと言い合いながら行う細かい作業が好きだから。青臭いですけどね。

「窪田にナレーションをお願いしたい」と声をかけてもらいたい。70歳になっても必要とされていたい。だからいくつで引退したいとか、一度も考えたことない。可能な限り現役でやっていきたいと思っています。

 だから「夢」というより「願い」なんですよね。「ずっとこの仕事をやっていたい」という願い。漠然としていながら、けっこう難しいかもしれないですよね。そのためには「もっと、もっと」って自分を高めていかなければならないんです。だから2つのモチベーションがお互いに絡み合っているんですよね。

柔軟になり幅が広がってきた50代
 

 50代に入ってからはそんなにガチガチにならず、割と楽にしゃべれるようになったかな。それもついここ2〜3年(54、55歳)のことですよ。それまではナレーションに関して「こうでなきゃいけない」というのがずっとあったんだけど、それが徐々に取れてきて、「こうでもいいんじゃないかな」というふうに思えるようになりました。

 だからこれからがおもしろいんじゃないかな。余計な力が取れてもっと自然にできるようになると、もっとおもしろくなると思いますね。例えばバラエティのナレーションでも「バン! バン! バン!」と勢いでやるんじゃなくて、淡々とできるようになったら、さらにおもしろくできるんじゃないかな。これからまだまだ自分も進化しなくちゃいけない。歳とともに悪くなる部分もあるだろうけど、よくなる部分も必ずあるだろう。そういうふうに思いますよね。

所属事務所のシグマ・セブンのWebサイトで窪田氏の声を聞くことができる。 「Free talk」というそのコーナーでは「やさしさ、ぬくもり、安らぎ、誠実さを大切にしていきたい」と語っている。それはそのままナレーションという仕事に込められた思い、そして窪田氏の来し方、行く末を表現していた。

ナレーターという仕事に込められた思い
 

 僕は仕事をする上で「誠実さ」は絶対忘れたくないし、「品」というのも忘れたくないんです。自分に備わっているかどうかは分からないけれど。それから「人の心を癒したい」ということ。僕はそういう仕事が好きだし、またそういう声なのかなとも思ったりするんですよ。

 もっとこうしたいとかああしたいとか考えたり悩むことはいろいろあっても、まずそこを基本として忘れちゃいけないかなと。いろんなことはそこから先にあるんだろうなということが、50歳を過ぎてやっとわかるようになってきたんです。

 いろいろやりたいことはあるじゃないですか。その中で、「大事なのはこれなのかな」というのが徐々に見えてきて、それをやっとつかめてきたかなという思いです。けっこう時間がかかるもんですよね(笑)。

 だから僕の紹介ページにあるFree Talkでしゃべっているのは本当に僕の「思い」ですよ。「忘れてはいけない誠実さ」というのはね。物や人に対する思いとか誠実さだけは忘れたくないなあと。それは自分の大切にしたいもの、忘れちゃいけないものだと思っているんですよね。不器用だから、それを忘れちゃだめだろうなあと。あまりかっこいいことは言えないんだけど。それが自分の歩んできた道であり、またこの先歩いていく道なのかなあと思うんですよね。


 
第1回 2008年3月31日リリース 1カ月の収録50本超 日本屈指の人気ナレーター
第2回 2008年4月7日リリース 運命を変えた一枚の広告 声の仕事を志す
第3回 2008年4月14日リリース こだわりの情熱大陸 100点満点の仕事は20代
第4回 2008年4月21日リリース 涙が出るほどうれしかった 聴視者からの手紙
第5回 2008年4月28日リリース 辞めようと思ったほど つらかった競合事件
第6回 2008年5月5日リリース ナレーター道を極めたい 人から必要とされていたい

プロフィール

くぼた・ひとし

1951年、山梨県生まれ。57歳。ナレーター(シグマ・セブン所属)。高校卒業後、大手情報通信企業の技術職を経て、ナレーターへ転身。以降、テレビ、ラジオなどの各媒体でドキュメンタリー、情報バラエティ、CMなどあらゆるジャンルのナレーションをこなす。明確でわかりやすい口調、過剰に主張しすぎない語り口、抜群の安定感などのナレーションに定評がある。現在日本で最も仕事の依頼が多いと言われているナレーター。

代表作に「情熱大陸」(毎日放送:毎週日曜日23:00〜23:30)「F1グランプリ総集編」(フジテレビ)などがある。

【関連リンク】
●株式会社シグマ・セブン
●窪田等氏のプロフィール

 
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窪田氏のナレーターとしての代表作のひとつ。2008年で10周年を迎えた。長期間に及ぶ密着取材でひとりの人物の核心に迫る上質なドキュメンタリー番組。登場するのはさまざまな業界で情熱をもって仕事に取り組み、挫折を超えて挑戦し続ける人びとなので、「魂の仕事人」とかぶることあり(伊勢崎賢治氏、野田義治氏など)。見終わったあと、働く勇気が沸いてくる番組。登場人物の真摯な生き様が、窪田氏の重厚かつ品格のあるナレーションとマッチして極上の雰囲気をかもし出す。

 
魂の言葉 魂の言葉
死ぬまでこの仕事をやっていきたい 死ぬまでこの仕事をやっていきたい
 
次回は5月19日更新予定
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取材・構成/山下久猛
写真/mikico
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