坂本さんにとっては、それからが本当の戦いだった。翌年の4月に結婚が決まり、披露宴の準備、新居探しなど、プライベートでやるべきことが山ほどあった。仕事も忙しく、相変わらず海外出張に飛びまわる日々。その上、転職先も決めなければならない。これほどプレッシャーを感じたことはなかった。
なるべく早く転職先を決めたいと思った坂本さんは、無理をして同時期に7、8社に応募。1週間に3社もの面接に臨んだこともあった。当然ながら面接の準備が追いつかず、面接官から「当社のこと、あまり調べていないでしょう?」と指摘される始末。当然、結果もともなわなかった。
「もう転職活動なんて辞めてしまおうか……」。
仕事に加え、結婚準備もピークとなり、あまりの忙しさに転職への気持ちがしぼみそうになった。
弱気になった坂本さんを救ってくれたのは、転職経験のある友人のアドバイス。「焦ったら、実力の半分も出せないよ」という言葉に、冷静さを取り戻した。これまでの転職活動を見直し、「電機関係のメーカーで、高い技術力、商品力があること」「海外と接点があること」を条件に応募先を絞り込むことにした。
志望業界をメーカーに絞ったころ、スカウトメールを通じて出会ったのが株式会社日本マンパワーの高田加奈コンサルタントだった。日本マンパワーのオフィスが勤務先から近かったこともあり、坂本さんはたびたび転職の相談に訪れるようになった。
あるとき、高田コンサルタントから意外な求人を紹介された。それは、大手精密機器メーカーの海外調達部門の仕事。職種こそ営業ではなかったものの、坂本さんの心は動いた。そこは非常に高い技術力を持っている有名な企業だったからだ。
「調達の仕事内容はわかっていました。製品づくりに使う部品などを納期通りにそろえるため、調達部門の担当者とやりとりするのも営業の役目でしたから。希望していた営業職ではないけれど、高い技術力を持つ企業で役に立ちたいと思い、応募を決めました」
書類選考を通過し、面接へ。人事担当者と海外調達部門の課長が面接官だった。約5年間の仕事の中で直面したさまざまな問題をすべて乗り越えてきたことをアピールし、世界的な技術を持つ企業でぜひその経験を生かし、力になりたいと志望動機を語った。他社の応募状況を質問されたときは、少し迷ったがすべて正直に話した。
2週間後、人事担当者と海外調達部門の本部長の面接の後、別室に呼ばれた。
「ぜひ、一緒に仕事をしたいと思っています。いつ返事をいただけますか」
待ちに待った内定がようやく出た、と思った。だが、坂本さんは即決することができなかった。
「返事は来週まで待ってください」そう言って、会社を後にした。
坂本さんが返事を保留したのは、大手素材メーカーの子会社である建設機械販売会社から営業職の内定をもらっていたからだ。その会社も高い技術力があり、やりがいのある仕事ができそうだと思っていた。大いに悩んだ坂本さんは高田コンサルタントや友人に相談した結果(※4)、精密機械メーカーに入社することを決めた。
最終的な決め手となったのは残業への考え方だった。坂本さんは面接で「残業はどのくらいありますか」と質問したときの両社の答えを思い出した。建設機械販売会社は「残業に対する考え方は社員それぞれの解釈があるので、個人に任せています」と答え、暗に残業が多いことを示していた。一方、精密機械メーカーは「当社はオンとオフの切り替えをはっきりさせるため、残業をよしとしない社風。多い人でも月に20〜30時間くらいです」と明確に返事をしてくれた。
「勤務時間外でも顧客に対応しなければならない場合がある、なんてことはわかってるんです。私は知りたかったのは、残業の多い少ないではなく、社員たちの仕事の取り組み姿勢とか職場の環境です。メリハリをつけて働いている会社は効率よく仕事ができると思いました。長年お世話になることを考えると、精密機械メーカーの方がいいと判断したんです」 |