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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは―。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第38回 (後編) 川上祐輔さん(仮名)32歳/購買
ブレなかったこだわりが 呼び寄せた理想の求人 年収100万円アップで転職成功!

外資系電気機器メーカーの日本法人で購買業務などを担当していた川上祐輔さん(32歳)。本国からの命でERPシステムの導入にも活躍したが、その直後、一部業務のアウトソーシングが決まり、複数の社員が解雇の憂き目に。空虚な気持ちを抱えながら、自らも新たな道へ進むことを決意したのだが……。

面接官に不評だったキャリアシートが
コンサルタントのアドバイスで劇的に変化
 

 在職したまま、転職活動を始めることにした川上さんだったが、仲間が次々と退職していく中では、どうしても気持ちを高めることができなかった。投げやりな気持ちで、4年前の転職時に登録したままになっていた【人材バンクネット】のサイトを開き、機械的にキャリアシートを埋めていった。

「転職活動を始めた当初はすごくテンションが低かった。キャリアシートを書かないと何も始まらないと思って取り組んだんですが、経験してきた仕事の幅が広すぎて、どのようにまとめればアピールできるのか、全く浮かばないんです。だから、ただ単に担当した仕事内容を時系列に並べるだけでした」

 スカウトメールが続々と届き始め、コンサルタントの紹介で数社の面接を受けてみたが、どうもしっくりこない。どの会社でも、面接担当者から判で押したようにこう言われた。「職務経歴書にはいろいろ書いてあるが、どういうポジションで仕事をしているのかがわからない」と。

※写真はイメージです

「情報はたくさん提供しているはずなのに、何がわからないのか、私には理解できませんでした。それでコンサルタントの意見を聞いてみることにしたんです」

 川上さんの職務経歴書を見たコンサルタントは言った。

「2部構成にしてみてはいかがでしょう?」

 それはこういうことだった。1部として、自分の責任範囲に基づいて日常的に実行していたルーティンワークを端的にまとめ、2部はその中で経験した大きな仕事をピックアップして内容・役割・成果を記入する。そのアドバイスに従って書き換えてみると、ごちゃごちゃに書かれていた職務経歴が整理され(※1)、ぐっとわかりやすくなったのが自分自身でもよくわかった。

企業規模や成長性が合格点でも
相性の壁を越えるのは難しかった
 

 川上さんが転職先として思い描いていたのは、ベンチャーなど、ビジネスの立ち上げ段階にある会社や成長過程にある企業だった。ある程度の権限を持って仕事ができる環境、そして将来の独立を目指すために経営者の近くで仕事がしたいと考えていたからだった。また、自分自身が積んできた経験もそういった会社でこそ役に立つし、会社を大きくすることに貢献したいと考えていた。

 2006年の夏までに何十社もの会社を紹介されたが、そのうちの8割ほどは断った。大企業ばかりだったからだ。

「大企業では組織が縦割りで、仕事も細分化されているので、私の経験の一部しか生かせないと感じたんです。幅広い仕事をしたい私としては、理想とかけ離れている。私の思いがコンサルタントに伝わっていないのかと、もどかしく思ったこともあります」

 また、会社の「成長性」にもかなりこだわった。応募を決める前には会社が取り扱っている製品やサービスの優位性、競争力、市場規模とその推移などあらゆる観点から調べ上げ、お眼鏡にかなった会社だけに応募(※2)することにしていた。ところが、さんざん時間をかけて調べたにもかかわらず、実際に面接に行ってみるとイメージと違う会社ばかりだった。

「『管理業務主体でやってほしい』とか『この分野だけをお願いしたい』とか、仕事を限定されるようなことを言われると、拒絶反応が出ましたね(笑)。そんな仕事の仕方は自分には合わない。これじゃ自分は成長しないよ!って思ってしまうんです」

 また、本国の意向に左右される外資系企業の限界を知っていただけに、今回は日本の企業にも応募していた。ところが、ずっと外資系企業に慣れていたせいか、日本企業では相性が合わないと感じることがどうしても多く、川上さんの悩みは尽きなかった。

いきなりの英語面接に勢いで対応
アグレッシブな仕事への姿勢に共感
 

 応募企業は20社を超え、「ここは」と思える企業もあるにはあったが、そんなところに限って選考をクリアすることができなかった。気がつけば、転職活動を始めて1年以上が経過していた。

 そんな2007年夏、ある人材バンクのコンサルタントから電話がかかってきた。

「外資系化学メーカーの求人があります。受けてみませんか」

 電話の主はリコー・ヒューマン・クリエイツの大久保コンサルタント。ずいぶん前に【人材バンクネット】の求人検索を介して知り合ったコンサルタント(※3)だった。

 話を聞いたところでは、その企業の全世界における社員数は約2万人、日本法人だけでも800人はいるという大企業。川上さんの希望とは大きくかけ離れていたが、なぜか心が動いた。職種はサプライチェーンアナリスト。原材料の調達、生産調整、在庫管理、製品の配送など、事業の川上から川下までのプロセスを管理する仕事だ。

「仕事内容が『サプライチェーン全般』だったので、守備範囲が広そうだと思ったんです。社員数は多いですが、ほとんどが工場勤務で管理系の者はさほど多くない。それで、受けてもいいかなという気になったんです」

 仕事が多忙で時間を作ることが難しかった川上さんの都合に合わせ、面接は勤務時間後に組まれた。1次面接は所属予定の部署のマネージャー。着席すると、相手は当たり前のように英語で話し始めた。

「てっきり日本人だと思っていたんですが、台湾出身の方だったんですよ。こっちは日本語での自己PRしか用意していなかったのでビックリしました。英語は得意ですけど、面接となるとそれなりの準備が必要ですからね。面食らった勢いで夢中になって話しました。気づいたら1時間くらい経っていました」

 面接では、

──どうしてこの会社に入りたいのですか」?
「会社のことは何も知りません。ただ仕事内容に興味を持ちました」
──そんなことも知らないで来たんですか?

というやりとりもあったが、会社側は自分を飾らずに話す川上さんに好印象を持ってくれたのか、次の選考に進むことが決まった。

 いきなりの英語面接に軽い疲労感を覚えながらも、川上さんにとってこの会社は魅力的に映った。面接官はとても英語が上手く、会社や仕事内容の説明も的確でレベルの高い会社であることは容易に想像できた。それに、仕事に対する姿勢がアグレッシブで自分のスタイルと近いものがあると感じたからだ。

※写真はイメージです

 翌日には所属予定部署の上役や人事担当者による面接、そして筆記試験が行われた。内定の知らせが入ったときには、川上さんの意思は固まっていた。コンサルタントによる給与交渉(※4)もスムーズに運んだ。

「入社の決め手はやはり仕事内容ですね。ルーティンワークが少なく、仕事ごとにプロジェクトチームを組んで当たるのでフレキシビリティが必要。そういう仕事の仕方って面白そうだなと。それに、面接官が『この人と一緒に仕事をしてみたい』と思えるような方々ばかりだったことも要因です」

「いつかは独立」との夢を抱きつつ
上がれるところまで上がってみようと決意
 

 2006年の春から始まった川上さんの転職活動は2007年夏にようやく終わりを迎えた。日々の仕事をこなしながらの転職活動は苦労も多かったが、1年以上もの時間をかけた意味は十分にあったと感じている。さまざまな企業に出会って自分の可能性を探ることができたからだ。やるべきことをやり尽くしたからこそ、すっきりとした気持ちで新たな仕事に臨めるという。

 今、川上さんはプロジェクトの一員として忙しくも充実した毎日を送っている。

「前職とは全く違う業界への転職なので、入社後は戸惑うこともありました。でも、私はその方がやる気が出るんです。新しい知識を吸収しながら経験を積み上げる楽しさがありますから。トップマネジメントに近いところで仕事をしているので、勉強になることばかりです」

 しかし、独立の夢を捨てたわけではない。

「前職を辞めてすぐに起業するのではなく、幅広い経験を積める職場への転職という路線は間違ってはいなかった。まずはこの会社で上がれるところまで上がってみようと思っています」

 川上さんは自信たっぷりな表情で目を輝かせた。

コンサルタントより
 リコー・ヒューマン・クリエイツ株式会社
 大久保樹氏
  仕事に懸ける情熱や
  コミュニケーション力が
  高く評価されました
 
 
コンサルタント

川上さんに初めてお会いしたとき、明朗快活で非常にしっかりした受け答えをされる方だという印象を受けました。32歳にしては職歴が多いのが気になりましたが、さまざまな仕事を経験された分、広い視野の持ち主であると感じました。「購買業務でキャリアを伸ばしたい」という希望が強かったので、焦らずじっくりと希望に合う募集を探していきましょうとアドバイスしました。

転職が決まった外資系化学メーカーは非常に品質の高い製品を扱っている成長企業。日本でのさらなる事業拡大に向けて優秀な人材を探しているという状況でした。とはいっても、スキルがあればいいというのではありません。チームプレーで仕事をすることが多いため、人物面も重視するという採用方針でした。さまざまな部門の人たちと協力して課題解決に取り組んできた川上さんなら、この企業にピッタリではないかと思ったのです。

面接は全部で4回行われたのですが、川上さんはその都度、電話で報告してくれましたので、こちらのアドバイスにも熱が入りました。次の面接に向けて、きめ細かな対策を練ることができたと思います。

川上さんの転職が成功した要因は、目指す仕事に対する情熱、自分の意志をしっかり伝えられるコミュニケーション力、そして勉強して上を目指していこうという向上心が企業側にきちんと伝わったからだと思います。

実際、企業側の評価も非常に高いものでした。「ハードな面接が続いたのに、当社での仕事に懸ける情熱は常に変わらなかった。英語も上手なので、コミュニケーションがうまくとれた」と採用担当者から伺いました。転職歴が多いものの、それが全くマイナス要因にならないほどのアピール力を発揮されたのだと思います。

川上さんに対する評価がとても高かったので、年収交渉にも力が入りました。最終的にはほぼ希望通りになり、私もやりがいがありました。川上さんの入社後、採用担当者から「事業拡大に向けた重要な時期に、優秀な人材を採用することができて本当によかった」とおっしゃっていただき、うれしかったですね。

 
プロフィール
photo
※写真はイメージです

神奈川県在住の32歳。大学卒業後、工業用資材メーカーに入社し、営業職として新規顧客開拓などを手掛けた。その後、派遣社員として大手コンピューターメーカーの子会社や自動車メーカーに勤務し、購買業務に従事した。2002年4月、外資系の電気機器メーカーに転職し、サービスサポート、ロジスティクス、カスタマー・サービスなど複数の業務を担当。しかし、業務の効率化を果たした直後、人員削減が行われたため、今後の成長は見込めないと判断し転職活動をスタートした。

川上さんの経歴はこちら
 

職務経歴が整理され(※1)
このアドバイスに従って書いた職務経歴書が完成してからは、面接で「どういうポジションで仕事をしているのかがわからない」と言われることはなくなったという。

 

お眼鏡にかなった会社だけに応募(※2)
在籍していた外資系電気機器メーカーに成長性が感じられなかったことから「同じ失敗はしたくない」と今回は十分なリサーチを行うことにしていた。だが、ふるいにかけると応募できる企業が減ってしまうほか、調査を終えたときには募集が終わっていたということもあったという。

 

求人検索を介して知り合ったコンサルタント(※3)
【人材バンクネット】の求人検索で見つけた企業を紹介してもらったのだが、そのときは採用には結びつかず、そのまま連絡が途絶えていた。「ウマが合うコンサルタントだな」という印象を持っていたので、久しぶりの電話に川上さんは縁を感じたという。

 

コンサルタントによる給与交渉(※4)
コンサルタントには「年収は狙えるものなら上を」と希望を託していた。最終的に前職よりも100万円アップを勝ち取ることができた。

 
取材を終えて

短期間で効率的に希望通りの会社が見つかれば、それはそれで良いことだと思いますが、川上さんのようにじっくりと時間をかけて自分の可能性を模索するのも悪くないと感じました。その分、現職との両立や転職へのモチベーションの維持には苦労するかもしれませんが、とことんやった結果なら納得感が大きいし、新しい仕事で苦労しても「もっといい会社があったのでは?」などと考えず、前向きに乗り越えられるような気がします。

転職活動が長引くと、妥協したいという気持ちとのせめぎあいが出てくるもの。しかし、どんなに時間がかかっても川上さんが妥協に走らなかったのは、自分のやりたい仕事内容やスタイル、そして将来の目標があったから。当たり前かもしれませんが、自分なりにこれだけは譲れないという基準を持つことが、苦しい転職活動の支えとなるんだと改めて気づきました。

今回決まった転職先は、一度コンタクトをとったものの、しばらく連絡が途絶えていたコンサルタントからの紹介だったとか。思いもよらないところから新たな縁が生まれる不思議さに、人材バンクを利用した転職活動の奥深さを感じました。(田北みずほ)

次回は5月19日配信予定
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取材・文/田北みずほ
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