4月に入社したばかりの人材派遣会社に退職の意思を伝えたのは8月だった。
「まだ仕事に慣れてないからそう思うんじゃないの?」
「他の会社に行っても、ウチと同じくらいの給料をくれるところなんてないよ」
上司はいろいろなことを言って引き止めようとしたが、井上さんの心が揺らぐことはなかった。たとえ高収入を得たとしても、無休では何の意味もないとわかったからだ。
10月、同僚たちに笑顔で見送られ(※1)、井上さんは職場を去った。
【人材バンクネット】の存在は以前から知っており、会社を辞める前に登録は済ませていた。すぐにスカウトメールが2通届いたが、そのときはまだ心の準備ができていなかったので、とりあえず株式会社 コベルコパーソネルに登録(※2)しただけにとどまった。
その後、電話のやりとりが数回あり、井上さんが田中コンサルタントとの面談に臨んだのは退職してからだった。
このとき、井上さんは転職先の希望として、次のようなことを考えていた。
ある程度の収入を確保したいので、職種は内勤営業、年収は350万円。通勤時間は片道1時間半以内。大企業はNG。和気あいあい型の中小企業で業種は人材サービス以外。もちろん、正社員であること——。
この希望を田中コンサルタントに伝えると、痛いところを突かれた。
「33歳という年齢にしては、営業経験が少ないというのが率直なところです。営業成績など、これまでの経験でアピールできる実績はありますか?」
営業成績、と聞いて井上さんは答えにつまってしまった。
これまでの営業経験で数字に追われるようなことはなかったからだ。前職の人材派遣会社にしても、目の前の仕事をこなすのが精いっぱい。アピールできる実績などなかった。もちろん、自分でも希望条件を叶えることは厳しいだろうと予想はしていたのだけれど……。
「井上さんが何を希望しているのか、もう一度考えてみましょう」
田中コンサルタントと話をしていくうちに今まで気づかなかったこと、意識してなかったことがわかってきた。それは、印刷会社時代の経験から製作作業に興味があり、できるだけ長く働きたいと思っていることだ。
「営業は体力的にハード。長く働きたいという希望があるのなら難しいのでは? と指摘され、確かにそうかも……と納得しました。田中さんが口先だけで適当に言っているのではなく、私のキャリアを考えた上でアドバイスしてくださっているのがわかったので、カウンセリングを受けてからは、営業にこだわらずに仕事を探してみることを決めました」
その後、田中コンサルタントが紹介してくれたのは、大手企業の子会社にあたる印刷関連会社でのDTPオペレーターの仕事だ。
「コンサルタントから『今現在、人材を募集しているわけではないのですが、もし興味があるならご紹介します』と言われ、逆に安心感を得ました。私の希望に合わせて、きちんとマッチングしてくださるんだと、信頼できましたね。もちろん、応募を決めました」
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