入社から4年が過ぎたとき、営業部内で取引先の担当替えがあった。仕事の内容は変わらないものの、坂本さんは以前より手間がかからない取引先の担当となり、多少の余裕を感じるようになっていた。
会社の業績悪化が顕著になったのは、そのころだった。取引先がより人件費の安い海外メーカーへ注文をシフトさせていったのだ。かつては活気に満ちていた営業部のフロアには、どんよりした空気が漂っている。
「ウチは他社に誇れるような技術力がないから……」
「やっぱり、単純なモノづくりだけじゃ、先細りするのもしょうがないよ」
社内でそんな言葉が聞かれるようになり、転職先を決めて退職する社員も出始めた。
坂本さんの心も少しずつ変化していた。
「高い技術力を持たない企業は結局、価格競争で負けてしまう。単純にモノづくりをするだけではこれからの時代、生き残っていけるのか不安を感じました。今までがむしゃらに働いてきたけれど、果たして5年先、10年先もこの会社でやっていけるのだろうか?と真剣に考え始めましたね」
自分の手がけた製品が常に他社ブランドとして販売されることにも疑問を感じるようになっていた。やはり、自分たちの会社の名前で勝負できるものを作りたい、高い技術力を持つ会社で働いてみたい、という気持ちが坂本さんの中で次第に大きくなっていたのである。
しかし、なかなか転職への踏ん切りはつかなかった。今の仕事にまだ愛着があったし、入社5年というキャリアで条件の良い転職ができるかどうかがわからなかったからだ。迷っているうちに、坂本さんの身にある変化が訪れた。結婚が決まったのである。
「家庭を持つことになって、心配になったんです。業績が傾いている上、福利厚生が充実していない会社に勤め続けて家族を養っていけるのか?(※3)って。やはり、早いうちに転職して安心して暮らせるようにしたいと思い、転職を決断しました」
迷っていた坂本さんの背中を押したのは、結婚という事情。しかし、これを機に自分のやりたい仕事や将来について、より深く考えるようになる。坂本さんの自分のキャリアの舵取りを大きく変えようとしていた。 |