「これからいったいどうなるんだろうか? もしかしたら、社会復帰は難しいかもしれない……」
病院のベッドで寝ていた林さんの、目の前に広がる真っ白な天井は、ワイドスクリーンに早変わりし、不安なことばかりが映し出された。
先ほどの総務部長の言葉を思い出すと、手術したばかりの心臓がさらに痛んだ。
「会社はキミを解雇する」────。
天井から目をそらし、じっと手を見る。
「どうしてこんなことに……」
まさに、四面楚歌。しかし、悲しいけれど、胸から昇っていく不安の"のろし"は誰にも届かない。これは、彼の、彼自身による孤独な戦いのはじまりに過ぎなかった。
「どうも今日は調子が悪いな……」
その日、1度出勤するも、いつもとは違う体の異変を感じた林さんは、会社を早退し、車で自宅に戻ろうとしていた。そして、車に乗って数分後、背中がぎゅーっと絞められるような激痛が走った。
「コレはヤバい」
本能的に身の危険を感じた林さんは、車を路肩止めて、携帯電話で救急車を呼んだ。
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「なんか今日は心臓の調子が悪いなぁと思ってたから、これは心臓だと思って。タバコ吸いながら、救急車来るのを待ってたんだけど、なかなか来なくて。来たとき思わず『遅ェよ!』って言っちゃいましたよ(笑)。 そのときはね、けっこう冷静だったんですよ。意識もはっきりしてた。救急車の中で隊
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員に、住所、名前、電話番号を聞かれても、すぐ答えられましたから。携帯番号は? って聞かれたから、さっき(救急車呼ぶとき)かけたでしょ、わかんないの?って(笑)」 |
搬送先は、会社からほど近い某大学病院であった。
「病院に着いたら看護婦さんに、住所、名前、電話番号をまた聞かれて。しょうがないからまた同じように答えて。『どうなさったんですか?』って聞くから『背中が痛くて。心臓なんですけど、死にそうなくらいなんです』って。それを5人ぐらいの看護婦さんに次々と答えて。もう6人目にはさすがにこっちもキレて、『いい加減にしてくれ! 何回同じこと聞くんだよ!』って(笑)。でも、かわいい看護婦さんだったから、『キミかわいいよね。治ったらデートしよう』なんて言ったりして(笑)」
激痛で死にそうなくらいなのに、この人は一体……。心臓に毛が生えた人間というのを実際に見たことがないが、林さんという人にはきっと、心臓にフサフサとした毛が生えているに違いない。
林さんが病院に搬送されたことを聞きつけた奥さんが、息を切らせながら病院へやって来た。運ばれてきた当初は看護婦さんに軽口を叩くほどに元気だった林さんだが、数10分後には病状は急速に悪化。意識もなくなっていた。担当医は、奥さんに手術への同意を求める。
「切って治るならどうぞやってください!」
考える間もなく、奥さんは即答した。
「病名は胸部解離性動脈瘤。心臓の血管が詰まって、大動脈が破裂したりするやつ。だから、死んでもおかしくなかった。心臓は持病ではなくて、突然だったんです。もともと血圧は高かったんだけど、ぼちぼち病院に行った方がいいかなと思っていた矢先に、突然背中が痛くなって」
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血液を人工血管、人工心臓に入れられ、8時間もかかる大手術だったが、運び込まれた病院が心臓手術で定評のある病院だったこともあり、手術は無事成功。3週間後に意識が回復した(※1)。
「3カ月前に同じ手術やった人は、死んじゃったらしいですけどね。ある意味、悪運が強かったっていうか。もともと、悪運だけで生きてるようなモンだけど」
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