キャリア&転職研究室|転職する人びと|第9回・前編 心臓発作に脳梗塞、自慢の声まで喪失 さらに追い…

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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第9回前編 林 久仁夫さん(仮名)41歳/営業
心臓発作に脳梗塞、自慢の声まで喪失 さらに追い討ちのクビ宣告 それでもへこたれない41歳営業マン 不屈のポジティブシンキング
帰社途中、突然背中に激痛を覚えた林さんは、救急車で病院に運ばれる。心臓疾患で8時間に及ぶ緊急大手術、そして3週間にも及ぶ昏睡状態。生死の境をさまよいつつも奇跡の生還を果たした林さんを待っていたのは、解雇通告だった——。
仕事帰りを襲った突然の心臓発作
生死の境をさまよう
 

 「これからいったいどうなるんだろうか? もしかしたら、社会復帰は難しいかもしれない……」

 病院のベッドで寝ていた林さんの、目の前に広がる真っ白な天井は、ワイドスクリーンに早変わりし、不安なことばかりが映し出された。

 先ほどの総務部長の言葉を思い出すと、手術したばかりの心臓がさらに痛んだ。

 「会社はキミを解雇する」────。

 天井から目をそらし、じっと手を見る。

 「どうしてこんなことに……」

 まさに、四面楚歌。しかし、悲しいけれど、胸から昇っていく不安の"のろし"は誰にも届かない。これは、彼の、彼自身による孤独な戦いのはじまりに過ぎなかった。

 「どうも今日は調子が悪いな……」

 その日、1度出勤するも、いつもとは違う体の異変を感じた林さんは、会社を早退し、車で自宅に戻ろうとしていた。そして、車に乗って数分後、背中がぎゅーっと絞められるような激痛が走った。

 「コレはヤバい」

 本能的に身の危険を感じた林さんは、車を路肩止めて、携帯電話で救急車を呼んだ。

 

 「なんか今日は心臓の調子が悪いなぁと思ってたから、これは心臓だと思って。タバコ吸いながら、救急車来るのを待ってたんだけど、なかなか来なくて。来たとき思わず『遅ェよ!』って言っちゃいましたよ(笑)。 そのときはね、けっこう冷静だったんですよ。意識もはっきりしてた。救急車の中で隊

員に、住所、名前、電話番号を聞かれても、すぐ答えられましたから。携帯番号は? って聞かれたから、さっき(救急車呼ぶとき)かけたでしょ、わかんないの?って(笑)」

 搬送先は、会社からほど近い某大学病院であった。

 「病院に着いたら看護婦さんに、住所、名前、電話番号をまた聞かれて。しょうがないからまた同じように答えて。『どうなさったんですか?』って聞くから『背中が痛くて。心臓なんですけど、死にそうなくらいなんです』って。それを5人ぐらいの看護婦さんに次々と答えて。もう6人目にはさすがにこっちもキレて、『いい加減にしてくれ! 何回同じこと聞くんだよ!』って(笑)。でも、かわいい看護婦さんだったから、『キミかわいいよね。治ったらデートしよう』なんて言ったりして(笑)」

 激痛で死にそうなくらいなのに、この人は一体……。心臓に毛が生えた人間というのを実際に見たことがないが、林さんという人にはきっと、心臓にフサフサとした毛が生えているに違いない。

 林さんが病院に搬送されたことを聞きつけた奥さんが、息を切らせながら病院へやって来た。運ばれてきた当初は看護婦さんに軽口を叩くほどに元気だった林さんだが、数10分後には病状は急速に悪化。意識もなくなっていた。担当医は、奥さんに手術への同意を求める。

 「切って治るならどうぞやってください!」

 考える間もなく、奥さんは即答した。

 「病名は胸部解離性動脈瘤。心臓の血管が詰まって、大動脈が破裂したりするやつ。だから、死んでもおかしくなかった。心臓は持病ではなくて、突然だったんです。もともと血圧は高かったんだけど、ぼちぼち病院に行った方がいいかなと思っていた矢先に、突然背中が痛くなって」

 

 血液を人工血管、人工心臓に入れられ、8時間もかかる大手術だったが、運び込まれた病院が心臓手術で定評のある病院だったこともあり、手術は無事成功。3週間後に意識が回復した(※1)

「3カ月前に同じ手術やった人は、死んじゃったらしいですけどね。ある意味、悪運が強かったっていうか。もともと、悪運だけで生きてるようなモンだけど」

脳にも動脈りゅうが見つかる
待っていたのはクビ宣告
 

 しかし、手術成功で、ほっとひと息したのもつかの間。新たな問題が立ちはだかった。なんと、脳梗塞も併発していたことが発覚。それは、入院期間が長くなることを意味していた。

 「頭のMRIを撮ったら、今度は脳にも動脈りゅうが2つも見つかっちゃって。脳梗塞だって。どうやら心臓にできた血栓が脳にもいっちゃったらしいんだよね。今回の入院で悪いところが全部(注2)見つかっちゃって、結果的に良かったよね」

心臓に脳。生命を維持するための重要な臓器の危機を乗り切り、生死の境をさまよいつつも見事生還した林さん。しかし、そんな林さんをまたしても大きな試練が襲い掛かった。それは、入院をして3カ月が経過したある日のことだった。

 「もう君とは来月以降雇用契約を継続する気はない」

 総務部長はベッドに横たわる林さんを見下ろしながら、冷たくこう言い放った。要するに解雇通告。ちなみに林さんは正社員。一定の雇用期間が設けられる契約社員とは違う。

 「明らかに労働基準法違反ですよね。それに、普通、正社員に、病気療養中に解雇とか言えないじゃないですか。だから訴えてやろうと思ったんですよ、会社を」

 しかし、弁護士や友達、いろんな人に相談した結果、訴えたところで1カ月くらいの給料しか出ないという。

 

 「妻に弁護士事務所へ相談しに行ってもらったところ、受け取れるお金は少ないし、労力はかなりかかる、と。自分にしてみたら、1千万も2千万にも値する事件なのに。しかもそれをやると(悪い評判が広まって)もうサラリーマンができなくなるよ、と言うんですよ。じゃあ、しょうがないと」

 あっさり訴えることをあきらめ退職を決意した林さんだが、それにはまだ理由があった。彼自身、会社に対する不信感を相当募らせていたからだ。

 「入院して3カ月間、会社から全く音沙汰なしだからね。普通来るよね。確かに、最初の2カ月はICU(集中治療室)にいたから、来ても入れないのも分かるんだけどさ、来たら花とか、手土産とかで分かるでしょう? そういうの一切なかったからね。そして3カ月目にやっと来たと思ったら、いきなりのクビ勧告でしょ? 『ホント、ダメだなこの会社』って思いましたね」

入社前に聞いてた話と違う! 
「平気でウソをつく会社」にうんざり
 

 そしてもうひとつは転職前に聞いていた話と違うということ。

 「入社面接のとき、年収交渉の話で600万円以上ほしいって言ったんだけど、それはムリだと。550万しか出せないと。その代わり、MRの資格を取ったら毎月5万円上乗せしてあげるからと。もちろん会社で取らせてくれるという話でした。じゃあいいかと入社したんです。ところが、いつまでたっても受験票が来ない。おかしいなと思って総務に問い合わせたら、会社の提出した書類が不備で、受験できないっていうんですよ。

 それで、ちょっとそれは話が違うじゃないかって、総務に言ったわけですよ。『入社するときにね、MR取ったら月給5万円上げるって言ったでしょ?』って。入社後それを目標にやってきたし、取れる自信もあった。で、『通ってないから何も言えないけど、会社のせいで受験できなかったんだから年収面を考慮してください』と。

 そしたら、なんて言ったと思います? 『そんな話知らない』ですよ。ほんとに『はあ?』って感じですよ。確かに、入社するときに約束したんですよ。口約束ですけど。普通、面接時にそういうのって書面で契約交わしたりしないじゃない? こっちだってまさか会社が嘘いうとは思ってないし、そこで『一筆書いてくれ』なんてなかなかいえないですよね」

 総務とは話にならないと直属の上司に掛け合ってみたが、耳を疑うような答えが返ってきた。

 
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 「『おまえな、そんなんで(MRの資格を取ったら)昇給させるなんて話、聞いたことねえぞ』、って。しかも、『面接で総務部長がそんなこと言うわけない。お前の聞き違いだ、間違いない』とまで言われたんですよ。ひでぇ会社だなと思って。こんな平気でウソをつく社員ばかりの会社には長くはいたくないなと思ってた矢先にこういうこと(心臓病で入院)になってしまって。まあ人事にしてみたら、なんかうるせぇやつだから、この際切っちゃおうかと思ったんじゃないですかね」

 会社に対する不信感はもちつつもしかし、林さんはその会社のために入院中も「仕事」をしていた。

 「ボクも入院したときは、まさかクビになるとは思ってなかったんで、見舞いに来てくれてた女子社員に頼んで会社のカタログを持ってきてもらって、医者に自社の薬の説明とかしちゃったりしてね。勝手にMR活動(笑)。それで結構医者と仲良くなったりしてね。あと、ただ話をして終わりじゃなくて、それを元にして自社の薬をより効果的に売り込む方法とか、今後自分の動き方とかをレポートにしてまとめてたの。いつ上司が来てもいいように」

 しかし訪れた上司の口から出た言葉は……。半年後、退院(※3)した林さんは転職活動をスタートさせた。しかしそこにも大きな試練が待っていた──。


退院後、【人材バンクネット】に登録、キャリアシートを公開した林さんは、すぐに7通のスカウトメールを受け取る。転職活動は順調な滑り出しを見せたかに思われたが、コンサルタントの口から発せられた言葉は「あなたは転職できません」だった。
以下次号「後編」に続く

 
プロフィール
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埼玉県在住の41歳。これまで化学メーカー、製薬会社など3社で営業を経験。前社に在職中に心臓病と脳梗塞を併発。さらに入院中に解雇宣告を受けるなどの試練を乗り越え、7月に転職。現在は化学メーカーの健康食品部署で中核社員として活躍中。
林さんの経歴はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3週間後に意識が回復(※1)
「プラス思考で考えれば、逆に良かったかなって。手術前の検査もフラストレーション溜まるじゃないですか。それに手術後の痛みもほとんど経験せず。手術にまつわるやイヤことをほとんど感じずに済みましたから。気を失っていたおかげで(笑)」

 

 


悪いところが全部(※2)
「長年わずらってきた水虫、松平健が宣伝してるじゃないですか、ツメの白くなる水虫、あれも完治したんですよ。6カ月の入院期間中、抗生物質をずっと打ちまくってたから、それが効いたみたい。いやーホントよかったですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半年後、退院(※3)
「入院中に体中の悪いところが全部わかりました。おまけに長年患ってきた水虫まで治っちゃってね。松平健が宣伝してるじゃないですか、ツメが白くなる水虫。あれが完治したんです。6カ月の入院期間中、抗生物質をずっと打ちまくってたから。あとね、ダイエットできました(笑)。昔は100キロ超えてたんだけど、今70キロくらいだからね」

「心臓発作に脳梗塞、自慢の声まで喪失 さらに追い討ちのクビ宣告」後編へ
 

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