キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第7回武装解除人 伊勢崎賢治さん-その4-根っこにあるのはものづく…

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魂の仕事人 魂の仕事人 第7回 其の四 photo
武装解除と開発援助は表裏一体 根っこにあるのはものづくりへの情熱 死ぬまでプロとして生きていく
現在は立教大学や国士舘大学で教鞭を取っている伊勢崎さん。教えているのはやはり開発政策、非営利経営、DDR、危機管理など、国際協力関係のテーマ。しかしその一方で昨年末には内戦終結の兆しが見えたインドネシアのアチェを視察してきた。伊勢崎さんにとって仕事とは、働くとはいかなることか、聞いてみた。
武装解除人・日本紛争予防センター理事・立教大学教授 伊勢崎賢治
 
まさか教職に就くとは……
 

 そもそも教職に就いたきっかけは、NGO時代の僕を良く知る日本のNPO研究の第一人者、中村陽一さん(現立教大学教授)が、立教大学に新しいコンセプトの研究科を立ち上げたいと言ってきた。僕は当時、まだシエラレオネの国連PKOにいたんですが、遠距離でその立ち上げに参加してたんです。文科省の認可は簡単に下りるわけがないと思ってたら下りちゃった。「じゃあ、約束通り教授としてお願いします」って(笑)。

 でもやってみたら大盛況でね。今年で4年目なんですけど、毎年競争率も落ちてませんし。大成功ですよ。参加してよかったなって思ってます。まさか自分が教職に就くことになるとは夢にも思ってなかったですが。(笑)

 僕が主に教えているのは「組織論」なんですよ。これは学生時代に留学したインドから始まってずっと、人をどう動かすかというところで、マネジメントをやってきたんです。早い話が、組織運営のシミュレーション。今、まさにやってるんですけどね。少人数のクラスなんですけど、仮想組織を作って、そこにいろんなリスクマネジメントの課題を投げ掛けるわけです。「スタッフがストライキを起こした」、「上司が自分の縁故主義から変な人間を入れようとしている」、「組織の上層部がへんなお金の使いかたをしている」とか、会社の中でよくあるシーンですよね(笑)。舞台が国際協力だったら、「現地事務所が兵士に取り囲まれた。そのときに脱出計画をどう立てるか」とか。いちばん面白いのはPRクライシス。新聞とかのメディアに叩かれたときにどう対処するかということ。危機管理能力ですよね。そういうことをやっています。

 危機管理含め、マネジメントの場合は数学の方程式のような明確な回答はありません。人間がやってるものですからね。同じ問題への対処でも、10人のマネージャーがいたら、10個の違う回答があるわけで、それがシミュレーションのおもしろいところです。

 生徒はほとんど社会人です。大学院ですからね。いちおうMBAなんですよ。みんなキャリアアップもしくは自分の今までやっていたことを変えたいとかね、そういう人たちが来るんですよ。いろんな人が来ます。警備会社の社長とか県会議員、市会議員、区会議員、防衛庁の職員、ジャーナリスト、テレビキャスター、この間の衆院選で受かっちゃった学生もいますし(笑)。おもしろい学科ですよ。いろんな人材を輩出してますから。

 みんな年間100万円以上の授業料を自分で払ってやってくる。だから元を取ろうとするんです。みんな真剣ですよ。気を抜いたらすぐ評価になって戻ってきますしね。必ず年に1回授業評価をやるんです。学生が僕を評価するの。おもしろいでしょ? 今大学ではけっこうやっているところが増えてるみたいですけどね。そんな感じでけっこう緊張してやってます(笑)。

 あとは学校とかに呼ばれて講演してます。この前も北海道、長野に行ってきたし、けっこう僕、発言してるんですよ、新聞とかで。読んでる人もけっこういるんですよね。特に女性が意識高いですね。中学生、高校生なんかの前で話すと、質問するのは絶対女性ですもんね。「伊勢崎先生のようになるにはどうすればいいですか?」とか。非常にこそばゆいんですけど(笑)。ちゃんと勉強してる子もいますね。アフリカのどこそこの国が問題だとかね、スーダンの問題についてどう思いますか? とか。ちゃんと勉強してるでしょ? そういうのはたいてい女性だね。

これまでいろいろな組織・団体に所属し、国際平和・国際協力に尽力してきた。しかし伊勢崎さんはどんな国際協力でもボランティアでやったことはなく、今後もやるからにはあくまでも報酬をもらうプロとしてやると語る。そんな伊勢崎さんにあこがれる若い人も増えているが、決して自分のような道は勧められないという。
ボランティアには興味がない
 

 今までいろんな仕事をしてきましたが、何のために働くかというと、まず食うためでしょうね。食えれば余裕ができますから、そうなったら自分以外の社会も考えられるような仕事をしたいな、世の中の役に立てばいいかな、というだけですね。

 でも一家が普通に食べていけるレベルの収入をもらえなければやりませんよ。無償のボランティアには全く興味がないし、今後もやるつもりはありません。そういう意味で、武装解除や途上国開発をやるとしても、一生プロとしてやっていくでしょうね。

 でも今の若い人は違うんですよ。自分は食えなくても、世の中のために国際協力命! みたいな人、増えちゃってるんですよ(笑)。しかも高学歴の若者に多い。昔はこういう方面に行く人ってのは、落ちこぼれが多かったの。僕も建築家の落ちこぼれでしょ? みんな落ちこぼればっかりだったんですけど、今すごいですよ。東大とか京大の博士課程を終わって、研究とかバンバンやってからNGOに来るとか。最近は高学歴で非常にモチベーションの高い女性が多い。でも食えてないですけどね。そこまで学歴があるんだったら,もうちょっとまともな道を歩みなさい!って言いたい(笑)。いや、実際に「卒業したら社会に出て、現実を知りなさい」なんて生意気なこと言ってます。自分がやれなかったのにね(笑)。

「石の上にも3年」は真実
 

 でも、結果的には、一般企業に就職しなくて良かったんじゃなかったのかって? いやいや、そんなことはない(キッパリ)。僕は決してこんな生き方勧められないですよ。いろんな失敗をしましたからね。もっと若いときにね、実践経験、いわゆる社会にもまれていたらですね、こんな迂回路みたいな人生を送らずに済んだかもしれない。

 だって頭に来たら辞めちゃいますもんね。ここが良くないですよね。僕の経歴を見たら分かりますけど、ひとつの仕事が長く続いていないでしょ? 仕事に飽きたら辞めちゃうし、どうしようもないくらい人間関係が悪くなったら自ら引いちゃいます。それで違ったことをやる。単にわがままなだけですね(笑)

 これがもしね、イヤな上司の下で働く現実とかね、そういうのを経験しておけばもっと良い仕事ができたかもしれないと思いますよ。

 やっぱりね、「石の上にも3年」ってあると思いますよ。僕はそうじゃなかったけど(笑)、やっぱり3年やり続けていれば、何かは身に付きますよね。で、自分はこれだというものがあればいいんですよ。でもないんですよ。今、大学で教職に就いてますけど、とても天職だとは思えないし、だいたい自分が人に教えられるほど偉い人間かよって思ってますからね。

一見あまり関係がないように思える武装解除と開発援助。しかし伊勢崎さんにとって、このふたつは切っても切り離せないものらしい。そのふたつを結びつけていたのは「ものづくりへの情熱」だった。
根底にあるのはものづくりへの情熱
 

 やっぱりね、なんだかんだいっても僕の根っこにあるものは、「ものづくり」なんですよ。それは音楽家や画家になりたかった少年時代と変わってないんです。職は変わってもね。

 「開発」っていうのはものづくりの最たるものですよ。ゼロから国をつくる状況だってあるわけですからね。いうならば未来を思う人々の営みです。それを僕はずっとやってきた。

 でも紛争はそれをすべて壊してしまうんですよ。1回の紛争で国がどれだけの被害を被るか、またそれを修復するのにどれだけの労力と時間と金がかかるのかを考えたとき、ものすごくバカらしくなる。ものづくりそのものが。紛争の現実を見ちゃうとね……。もう根こそぎ奪われますからね。

 だから紛争に焦点を当てないとものづくりはできないんですよ。僕がDDRとか平和構築にこだわる理由はそこです。どこまで紛争の再発防止ができるかどうかわかんないけど、そこにこだわらないかぎり、ものづくり=国の開発をする気持ちも起こらないんですよ。

 ものづくりやりたいんだけど、紛争をなんとかしないとそれもできない。でも、紛争をなんとかするのも難しい……(笑)。ジレンマの連続ですよ。

 紛争と開発はたぶん連続しているんですよ。コインの裏表といってもいい。切っても切り離せないものなんですね。

 次のDDRの依頼も来てます。年末にはインドネシアのアチェ(注1)へ行ってきました。外務省の依頼で、現在DDRなど和平プロセスが進行中の現場の動向を調べて、日本がどう貢献すればいいかを提案するためです。

何せ、インドネシアは日本の援助の最大拠出国ですからね。日本は、東チモールの時と同じように、インドネシアの軍事権力の蛮行をほとんど見て見ぬ振りをして、その国家権力を援助し続けてきましたからね。アチェの問題は、日本の責任とも言えるわけです。アチェは、東チモールとは違って独立の選択肢は取りませんでした。過去の国家権力の蛮行への怨念とどう折り合いをつけながら、インドネシア内の一自治州としてやって行くか。それをこれからずっと見守り続けるのは、日本の責務だと思いますよ。日本政府にも、そのへんの反省が芽生えてきたと言うことでしょうかね。

現地では、インドネシア国軍、警察と長年敵対してきた独立派武装組織「自由アチェ運動」(GAM)の首脳部と懇親会などで話し合い、和平、DDRが実際にどこまで進んでいるのか、その実態を調査してきました。

実際のところは、和平が進んでいるのは確かです。しかし一部新聞で報道(注2)されていますが、「完了」とまではまだまだいっていません。回収した武器の数はたった840丁で、これで武装解除が完了したなんて言えるわけありませんよね。まだ、お互いに疑心暗鬼になっている部分はあると思います。

帰国後、外務省に、日本がどう協力できるのかについての政策提言をしてきたところなんですが、これが難しい問題なんです。

今回の和平交渉はEUが仲介役になって、インドネシア政府主導で行われたのですが、そもそもアジアの国はアフリカと違って主権意識が強いので、基本的に干渉しにくいんです。日本なんて最大の援助国なのに、あまりに利権が複雑に絡み合っているために、インドネシアに対してあまり強気にものがいえないんですよね。インドネシアも日本の干渉を露骨に嫌がりますからね。お金をたくさんもらってるのにね。普通に考えれば、「それは逆だろ?」と思うような関係のねじれが、両国のこれまでの歴史、複雑な利権の絡み合いの中で起っているんです。

だからこれからが正念場でしょうね。

(注1 アチェ)スマトラ島最北部の地域。長年インドネシア国軍と独立派ゲリラ(GUM)との間で激しい戦闘が繰り広げられてきたが、ようやく和平交渉が始まった。

(注2 一部新聞で報道)昨年12月20日付けの朝日新聞で「GUMの武装解除完了」との記事が掲載された

 

仕事部屋の棚も伊勢崎さんの自作。
さすが元建築家志望「単純にものづくりが好きなんですよね」

 
トランペットでメシが食えれば最高
 

 今は子供の頃から好きだった音楽に夢中です。アフガンDDRのときもトランペットを持っていって向こうで吹いてました。トランペットを中心にいかに他の仕事ができるかっていうのが今のテーマです。

 けっこう真面目にやってるんですよ。毎週レッスン受けてもう3年やってますから、ジャムセッションなんかもできますよ。ベース、ピアノ、ドラムがプロのミュージシャンで。阿佐ケ谷のジャズバーで演ったりしてるんですよ。

 トランペットで飯が食えるようになったら最高ですね! プロデビューをニューヨークでしたいとかね。現実的にはほとんど無理ですが(笑)、でも「夢は果てしなく」ですよ(笑)。

 
2006.1.9リリース 1 インドで40万人を指揮し アフリカで国づくり
2006.1.16リリース 2 東チモールから始まった 紛争屋への道
2006.1.23リリース 3 僕がDDRをやる理由 日本の右傾化に危惧
NEW! 2006.1.30リリース 4 やっぱり根底にあるのは ものづくりへの情熱

プロフィール
 

1957年7月東京生まれ。建築家を志し、早稲田大学理工学部建築学科に入学するも途中で「建築学」に失望し、インド国立ボンベイ大学大学院に留学。

●1983年4月〜1987年6月
大学院で学んだコミュニティ組織論、交渉術等を駆使し、スラム街に住みながらプロのソーシャルワーカーとして40万人の住民運動を指揮。ボンベイ市当局と壮絶な戦いを繰り広げる。大学院は前期で中退。あまりに苛烈さからボンベイ市公安局から国外退去命令を受け帰国。

●1988年1月〜1997年2月
世界最大規模の国際NGO「PLAN INTERNATIONAL」に就職。シエラレオネ共和国の現地事務所所長として、農村総合開発を計画、実施。国のインフラを整える。ケニア、エチオピアでも同様の事業に従事

●1997年3月〜1998年9月
財団法人 日本フォスター・プラン協会に転職。国際援助部長として予算管理、広報戦略を担当

●1998年10月〜2000年2月
財団法人 笹川平和財団に転職。主任研究員として中東和平に関わる

●2000年3月〜2001年5月
国連東チモール暫定統治機構の上級民政官としてコバリマ県の県政を指揮。DDR、治安維持、開発インフラの復興を手がける

●2001年6月〜2002年3月
国連シエラレオネ派遣団、国連事務総長副特別代表上級顧問兼DDR部長として、内戦後のシエラレオネでDDRを総合的に指揮

●2002年4月
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の教授に就任

●2003年2月〜2004年3月
日本主導で行われたアフガニスタンDDRを指揮。軍閥の解体、国軍の再構築を実現

●2004年4月〜現在
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の教授に復職
リスクマネジメント、コミュニティ組織論を教えている
立教大学・伊勢崎研究室

●2005年12月
外務省の依頼で内戦終結したインドネシア・アチェへ。目的は日本がアチェの復興にどう協力できるか、視察。


『武装解除 ─ 紛争屋が見た世界』(講談社)、『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『NGOとは何か ─ 現場からの声』(藤原書店)、『インド・スラム・レポート』(明石書店)、『紛争から平和構築へ』(論創社)など著書多数。講演、新聞、雑誌、テレビ等各メディアに出演、NGO、国際平和実現、国際援助のあり方等について発言している

 
 
おすすめ!
 

『武装解除』(講談社)
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(講談社)

これまでの伊勢崎さんが手がけた国際援助、途上国開発、DDRが詳細に書かれた一冊。キレイごとではなく、国際援助、和平実現の在り方が本音で書かれてあるため、今後こっちの方面に進みたい人は必読。特に幼少期のエピソードに国際援助へのモチベーションの源泉が垣間見えて興味深い。

 
 
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