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魂の仕事人 第21回 其の四
興味を追い続けたから今がある 仕事とは人生そのもの 「他者のため」は「自分のため」
婦人科で勤務し始めて4年が経ったころ、東大病院に特別室緩和ケア病室(ホスピス)が新設された。岩本氏は異動希望を提出、2001年から念願のホスピスで働くようになる。しかし、やはり病院内では気持ちは満たされなかった。そんなときに知ったのが医療コーディネーターという道だった。  
医療コーディネーター NPO法人「楽患ねっと」副理事長 岩本ゆり
 

死を受け入れた患者ばかりではなかった

 

 2001年に異動したホスピスには、末期がんの患者さんしかいませんでした。ホスピスにいる患者さんと普通の病棟にいる末期の患者さんとの違いは、自分が末期がんだということを知っていて、死を受け入れているという点でした。だからどんな人が来てるんだろうと思ったんです。自分の死を受け入れてる人って、どんな人なんだろうって。

 でも、そうじゃない方もたくさんいらっしゃったんです。今の病院以外に行く所がないから、出て行けと言われて困るから、ホスピスに行く。納得して来てる方ってほとんどいなかったんです。また、死が近いということを理解していないとか、理解しているのに表に出さないとか。普通の病棟にいる方とあまり変わらなかったんです。

 大学病院の中のできたばかりのホスピスで、すごく特殊な環境だったからかもしれないのですが。

働きたいのはホスピスじゃない
 

 仕事自体は特別なことではなく、一般病棟と同じ普通の看護でした。あとは心のケアですが、心のケアをしろと言われても何をすればいいか分からないので、患者さんのお話を聞くくらいしかできませんでした。

 でも話を聞くだけではしょうがないんですよね。信頼関係が築けた上で話を聞くというならわかるんですが、ホスピスではそれも難しかったんです(注1)。患者さんは病院内ではなかなか本音を出してくれませんから。

 それでまたつかみ所がなくなっちゃって。ホスピスの方がもっと心の交流ができていると思ってましたからね。

 ただ、「患者さんは納得してホスピスに来るわけじゃない」、「ホスピスに行ったからといって死が受け入れられようになるんじゃない」って分かったことが収穫でした。

 やっぱり死を受け入れるには、ホスピスに入ることよりも、「どうやって生きてきたのか」の方がよっぽど大事なんですよね。その延長線上にホスピスがある人は充実した時間が過ごせるでしょうけど、そうじゃない人にとっては箱だけあってもしょうがないということが分かった。私が働きたいのはホスピスだと思ってたんだけれど、そうじゃないってよく分かったんですね。

注1 ホスピスではそれも難しかったんです──それはホスピスが一般的になった今でも同じだという。「いきなり患者さんに、私カウンセラーですから話して下さいと言っても、話せるものじゃないですよね。でも患者さんのそばに行って話を聞くということ自体はできてると思いますよ。ホスピスの方が一般病棟よりも専門のスタッフの人数が多いですから。ただ、今はホスピスの中身が過渡期なのでスタッフの教育もきっちりされてないし、まだまだ難しいと思います。心のケアって難しいですよね。医療者にできるものじゃないと言う人もいますしね」(岩本氏)

死を前にした患者の自己決定を支えたい
 

 また、無力感も感じていました。自分には何もできることなく、患者さんは死んでいってしまったなと。ホスピスに来る方って、ほんとの最期の方が多いんですね。余命2週間とか3週間とか。そんな期間では何もできないんですよ。もっと前から関わっていかないと。

 さらにホスピスでは、患者さんと細切れな関わり方しかできない。時間をかけてじくりと患者さんとの信頼関係を作れないと、心のケアや自己決定の支援は難しいと思うようになりました。

 ならば私が本当にやりたいことは何だろうと考えたところ、死を目の前にした患者さんが納得して自分の道を選びたいと思うとき、そこに寄り添うということをしたいんだなと思ったんです。

「楽患ねっと」での体験
 

 それと平行して、看護師をしながら仲間と運営していた「楽患ねっと」での体験を通しても、自分が本当にやりたいことが見えてきました。

 2000年の開設以来、「楽患ねっと」には多くの患者さんからいろんな相談が来るようになりました。医療相談そのものは受けつけてはいないのですが、「医者から見捨てられた、どうにかしてほしい」「患者会を探してほしい」といった相談が来てたんですよ。でもよくよく聞けば、ただ患者会を探してほしいというのではなくて、「いい病院が知りたい」、「医師との仲がうまくいかないんだけど、どうしたらいいか」といった、「自分の不安を解消したい」という気持ちが根底にあったんです。

 そういった話を聞くうちに、病院を知りたいと思う人には、「いろいろな病院の情報を探して教えてあげたい」とか、医師との仲がうまくいかない人には、「医師との関係をよくするために一緒に病院に行ってあげることができれば、もっとこの人はうまく治療を受けていくことができるのに」って思うようになったんです。

 でも、それを病院の看護師としてやることはほぼ不可能に近いし、ボランティアでやるのもやっぱり限界がある。それをフリーの医療関係者として、ゆっくり時間をかけて話していけたら、もっとうまくやっていけるのになって、「楽患ねっと」の活動をしながらずっと思ってたんですね。

医療コーディネーターとして独立
 

 そんなことを考えているときに「医療コーディネーター」(注2)という仕事があるのを知ったんです。これはまさに私がやりたいと思ってた仕事だ、こんな形で働きたいと強く思ったんです。

 それで2003年、31歳のときに、病院を辞めて個人で医療コーディネーターを始めたんです。

 現在は何の制限もないので、ほぼ24時間365日、患者さんに呼ばれればいつでも行きます。まず、依頼のあった患者さんに今まであったことを全部、短時間で話してもらって、これからどうするかというのを一緒に考え、必要なリソースを集めてきてその人に渡すということをします。

 医療コーディネーターになって4年ですが、仕事の醍醐味としては、必要な情報を与えてあげるだけで患者さん自身が変わっていくのを目の前で見られることですね。非常にドラマチックな仕事です。

注2 「医療コーディネーター」──詳しい活動はインタビュー其の一其のニを参照

あくまで患者の意志に寄り添う
 

 患者さんは病気から確実によくなりたいと思っていますが、同時に自分らしい人生を送りたいとも思ってます。しかし今の病院は、よくなりたいという気持ちを支えることはするんですが、治療を受けつつ自分らしい人生を送りたいという気持ちまではサポートしきれないんですね。でもそれは本来ならやるべきなんですよ。患者さんは自分らしい人生を送るために治療を受けてよくなりたいと思ってるわけですから。

 患者さんの中には医師からこれが一番いい治療法だと言われても、その治療法を選ばない人もいるんですね。まだ子供が幼いから自分は家にいたい、一番いい治療じゃなくてもいいから、家にいながらでもできる治療を受けたいと。でも、病院でそう言っても絶対説得されちゃう。こっちの治療法がいいから家に帰らずに病院で治療を受けなさいって。

 そこで、患者さんの希望が明確に分かっているのであれば、家にいながらにしても受けられる治療を探してあげるといったことをするのも、医療コーディネーターの仕事のひとつだと思うんですね。

岩本氏のもうひとつの仕事の舞台、「楽患ねっと」は、設立当初こそ数人でのボランティア活動にすぎなかったが、年々集まってくる患者数が増加、そのニーズに応える形でサービスも多様化していった。2002年9月にはNPOの法人格を取得。しかし実質は設立当初と同じくボランティアだった。

「楽患ねっと」は無償の仕事
 

 「楽患ねっと」(注3)はNPO法人ではありますが、収益はほとんどないに等しいですね。現在固定のスタッフもおらず、夫と私と数名の有志のボランティアで運営しています。

 患者さん向けのサービスはすべて無料で、収益は、ときどき医療関連企業から依頼が入る市場調査と病院向けのコンサルティングです。

 患者さんの声で、病院をどう変えていったらいいかというコンサルティングをもっとしたいんですけど、なかなか病院の方がそれに対してお金を払うというところまで意識がいってなくて。

 アメリカでは患者の声で作った病院があるんです。日本でもそういったことができればいいね、そしたら患者さんの声が病院にフィードバックされるね、ということで「楽患ねっと」でもやろうとしたんです。患者さんの声はすぐに集まったんですけど、アメリカのようにそのまま病院づくりに反映、というわけにはいかなかった。

 そのコンサルティング依頼が増えていけば、もっとうまく運営していけると思っています。

注3 「楽患ねっと」──現在の詳しい活動についてはインタビュー其の一を参照

素敵な患者との出会いがうれしい
 

 「楽患ねっと」のやりがいは、いろんな患者さんに出会えて、本音が聞けることです。「楽患ねっと」を作る前は、自分がいろんな所に出かけていって話を聞いてきたけど、今は自分の体験をポジティブにフィードバックしていくことに賛同して、ご自分から来てくれる人がたくさんいらっしゃいますから。

 そういった、私たち運営側と同じく日本の医療をよくしていこうという志をもった患者さんに出会えることがすごくうれしいですね。彼ら・彼女らはすごく素敵に生きてるんですよね。「自分もこうやって生きていけるんじゃないか、死んでいけるんじゃないか」って、患者さんが話す死生観からすごく刺激を受けます。素敵な人にたくさん出会えますね。同時にそれが仕事のモチベーションになっています。

 私の理想の死に方は、今の時点では、自宅で家族に囲まれて、というのが実現できればいいなと思っています。そのころ病院がとてもよくなっていれば、病院へ行っているかもしれないですけど。

死は今でも怖い
 

 やっぱり、今でも死は怖いですよ。でも、以前よりは怖さは薄れてきました。今までの経験で、死を受け入れるためには自分の人生が満足だと思えることが必要だと分かったのですが、私も自分の生きてきた証がある程度残せるというか、自分のやってきたことが何かの形になりつつあるという実感がもてるようになってきましたからね。今は本当に毎日充実して過ごせてますから。

 自分が死ぬ時どういうふうに感じるのかなというのが、昔は恐怖でしかなかったけれど、今は、素敵な人たちとの出会いで、楽しみじゃないけれど期待感みたいなものが持てるようにはなってきましたしね。

医療コーディネーターと「楽患ねっと」の二束のわらじを履き、日々奔走している岩本氏。なぜそこまで患者のために頑張れるのだろうか。岩本氏にとって、仕事とは、働くということはどういうことなのだろうか。

仕事とは人生そのもの
 

 私にとって仕事は人生そのものですね。仕事がない人生なんて考えられません。そもそも医療コーディネーターにしても「楽患ねっと」にしても、仕事って思ってないですね。やりたいことそのもの、ライフワークなのかな。

 だから「楽患ねっと」にしても、収益がほとんどないのにやり続けているんです。だってやりたいから。病院に患者さんの声を届けたいという気持ちがすごく強いからです。それはお金にならないからといって、辞められるものではないんですよ。

 なぜそこまで強く思えるかというと、私自身が今の病院では死にたくないとすごく思うからです。こんなところで死にたくない、ホスピスもこんなのじゃ嫌だって思うし。だから結局、私が仕事をしている意味って、自分のためというのがすごく大きいんですね。患者さんのためでもあるけど、自分が医療を受けたり死んだりする時に、今のままの病院じゃ嫌だからもっとよくしたい、それを変えていく方法があるんだったら努力し続けていきたい。それはひいて自分のためになると思っているから。

興味を追い続けたから
やりたいことが見つかった
 

 私の場合は、自分の興味を追い続けていった結果が今なんでしょうね。幼い頃に感じた死への恐怖と興味を追い求め続けてきた過程で、看護師、「楽患ねっと」、医療コーディネーターと、自分の本当にやりたいことがやれるようになった。

 そうそう! 話しながら思い出しましたが、最初、看護師になりたいと思ったのは、誰にも替りができない、他の人ではできない私だけの仕事をしたいと思ったからなんです。高校生の頃は、単純に看護師って感謝される仕事だから、「あなたじゃないとだめなのよ」って言われる機会が多いのかなって。

 死というものに他の人はあまり向かいたがらないけど、そうすることが苦痛じゃないということは、自分にしかできないことなんじゃないかって思ったんです。

 自分にしかできないことをやり続けられれば、死ぬ時に生きててよかったなと思えるんじゃないかと、心の奥底で思ってたような気がするんです。だから自分が興味を持っていることをやり続けていれば、自分にしかできないことが見つかるんじゃないかなと思ってたんですね。

手当たり次第にやる 逃げない
 

 やりたいことが見つからない場合は、手当たり次第いろんなことをやってみて、その中から探していけばいいと思います。あとは、うまくいかないかもしれないとか怖いという思いが絶対あると思うんですが、やりたいことから逃げないことも大事だと思います。

 私も一度、責任の重さから看護師を辞めたんですが、今はあのまま逃げなくてよかった、もう一回戻ってきてよかったなって心底思います。あのまま逃げていれば今の私はないですからね。

 いったん仕事から離れて旅に出たのがよかったのかもしれませんね。そこでふっきれて、やっぱり仕事がしたい、この道でやっていこうと自分の気持ちを再確認できたので。だから行き詰ったら、逃げるんじゃなくてちょっと寄り道して違うことやってみてもいいかもしれないですね。やっぱりこれじゃあつまんないと思うのも分かるから。

今できることを一生懸命やる
 

 私はあんまり先に夢とか目標を持つタイプじゃないんですよね。あえて言うなら、今のままずっと、やりたいことをやれるような人間関係だったり環境が続けばいいと思ってます。そんな中で、自分が死にたいと思えるような病院をひとつでも増やせるような活動を続けて行きたい。それが目標ですかね。

 
1.2006.4.9リリース 患者と社会をつなぐ仕事に
2.2006.4.16リリース 死への興味から、看護の道へ
3.2006.4.23リリース ひとりの患者が仕事観を変えた
4.2006.4.30リリース 仕事とは人生そのもの

プロフィール

いわもと・ゆり

1972年神奈川県出身、34歳。医療コーディネーター、NPO法人「楽患ねっと」副理事長。看護師、助産師、看護学士の資格をもち、日本看護協会広報委員も務めている。医療コーディネーターとして、「楽患ねっと」副理事長として、日夜患者のために尽力している。2児の母でもある。

幼少期に感じた死への興味から看護師の道へ。産科、婦人科、ホスピスの看護師など7年間の看護師生活を経て、2003年医療コーディネーターとして独立。死期が近い患者の「自分らしい人生を送るための」自己決定をサポートしている。

看護師時代の2000年に「もっと患者の本音を医療機関・社会に届けたい」と「楽患ねっと」を設立。2002年にはNPO法人格を取得、副理事長に就任。

また、2006年には看護師とケアギバーのコミュニティブログ「Not Only Nurse」を開設、患者本位の医療を実践する看護師とケアギバーに有益な情報を発信している。

■岩本さんの詳しいプロフィールはこちら

※医療コーディネーターの活動に興味のある方は、 yuri@rakkan.net までご連絡を。

■「NPO法人 楽患ねっと」のWebサイト
■「Not Only Nurse」のブログ

 
お知らせ
 
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