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魂の仕事人 第21回 其の一
病と生き方に悩む人のため よりよい医療を実現するため 患者と社会をつなぐ仕事に
苦悩する患者のため、日々奔走している人がいる。医療コーディネーター・岩本ゆり。病院から見放された患者の自己決定をサポートするのが彼女の仕事だ。その一方で患者と社会をつなぐNPO法人「楽患ねっと」の副理事長も務めている。いち看護師からなぜ現在のような道を選択したのか。その理由と仕事の意義を聞いた。  
医療コーディネーター NPO法人「楽患ねっと」副理事長 岩本ゆり
 

患者の思いを社会に還元

 

 現在の私の仕事は、NPO法人「楽患ねっと」の副理事長と、個人として行っている医療コーディネーターです。どちらも密接につながっています。

 まず、「楽患ねっと」とは、患者さんの病の体験をつらく悲しいものとして捉えるだけではなく、ポジティブなものにして社会に還元していこうという思いを支えるネットワークです。

 「楽患ねっと」の母体ができたのは、2000年の10月。そのころ私は大学病院で看護師をしていたのですが、大きな悩みを抱えていました。患者さんは本当にしてもらいたいことって、なかなか病院側に言えないんですよね。世話をする方とされる方という関係の中で、「される方」は「する方」に、なかなか本音が言えないんです。

 だから患者さんの要望を本音で話してもらう場を作って、それを医療の現場に伝え、実現するための方法を考えたいと思ったんです。つまり、患者さんと社会の間に立って、患者さんの思いを形にするお手伝いをしていきたいと思ったのが設立のきっかけです。それは同時に「楽患ねっと」の基本理念でもあります。

患者と一緒に作った
 

 「楽患ねっと」という名称は、患者さんが作ってくれた造語なんです。最初は10人で始めたんですが、その内、医療従事者が私一人で、あとは患者さんやご遺族、研究者やボランティア従事者など、一般の方だったんです。

 この団体にどういう名前をつけようかと考えた時に、あるご病気を持っている方が、「患者の体験はすごくネガティブで、嫌なものだとか見たくないものだと思われがちだけれど、その体験をもっとポジティブに外に発信していきたい」と言ったんですね。この一言に集約されてるように、患者さんの思いをポジティブに社会にフィードバックしていこうという考えを持っている人たちでネットワークを作ろうと始まったから、「楽患ねっと」と命名したんです。

サービスは患者の希望で
 

 「楽患ねっと」は主にインターネット上で活動しています。メインのコンテンツは、患者会の紹介です。母体ができた2000年当時は、患者会ってほとんどクチコミでしか探せなかったので、それをインターネット上で病気別に探すことができるサイトを作ろうと。一番最初にそれを始めました。

 するといろんな患者さんからコンタクトがあったんです。中でも、患者会がない疾患を持つ患者が集う場所を探してほしいとか、仲間を探してほしいという要望がすごく多かったんですね。それで、患者会のない方たち同士でメールで意見交換・情報交換ができるようにと、疾病ごとのメーリングリストを作ったんです。あとは、さまざまな疾病をもつ患者さんのインタビュー、闘病記の紹介などを順次始めました。

 ですから「楽患ねっと」で特にこういうサービスを行っている、というわけではなくて、患者さんから、こういうことがしたいと言われたら、それを形にするお手伝いをする。ほとんど患者さんからの希望からいろんな企画やサービスを実施しているんですね。

2000年の発足以降、徐々に「楽患ねっと」に集う患者は増え始め、2002年にはNPO法人格を取得、2003年には利用者がのべ30万人を超えた。基本的にはオンラインでのサービスだが、オフラインでも活動を行っている。

いのちの授業
 

インターネット上でのサービス以外に、患者さんや遺族の方が学校で子供たちに実体験を話す「いのちの授業」というのも行っています。

始めたきっかけは、これも「楽患ねっと」に集まってきた患者さんからの声なんです。メーリングリストに加入した患者さんたちから、自分たちのこれまでの体験をもっとどんどん社会にフィードバックしたいとか、医療にフィードバックしたいという声が上がってきたんです。

じゃあどういう方法があるかなと考えたときに、ちょうど、世間では殺人事件や自殺などが多発してた時期で、小中学校で、患者さんにいのちの話をしてほしいというような依頼が来てたんですね。これはちょうどいいということで、これまでの体験を社会にフィードバックしたいと希望している患者さんに、学校で話してみませんかとお話したら、「ぜひやりたい」と。そうやって始まったんです。

患者自らが死といのちを語る
 

 現在も続いていますが、特にこちらから小中学校にもちかけるわけじゃなくて、依頼があったら出向くという感じでやってます。

 でもこういうことができるようになったのって、ほんとに最近なんです。これまでは死について学校で話すということ自体が、死を連想させたり、死を考えさせたりすることになるからダメだとずっと言われていたみたいで。でも最近はそうやって死を排除してしまうことが、逆に死を美化してしまって子供たちを自殺に走らせてしまうんじゃないかということで、実際の死にまつわる体験を聞きたいという要望が出てきました。

 主に学校の総合学習の時間で話すことが多いです。あとはPTA主催で、親と子が一緒に話を聞く時間があって、そういった集まりにも呼んでいただいています。

 患者さんはご自身が病気になった時どう感じたか、病気を体験して、死ぬことについてどう感じたかを話します。遺族の方は看取った時の体験を話します。

天使の時間
 

 私も時々話します、話す人がいない時に(笑)。そのときは、「天使の時間」という看護師時代に経験した話をしますね。「天使の時間」とは、人が亡くなる直前に、周りの人たちと心を通わせる時間のことです。多くの人は亡くなる1カ月ほど前になると、家族や友人など今まで深く交流してきた人に笑顔で思い出話をしたり、お礼を言ったりするんですね。「今までありがとう」って。

 その時間を得るためには、死にゆく人の思いを受け止める人も必要です。周りに誰もいなかったら、そういう時間はもてませんからね。見送る側は確かにつらいですが、誰かがいないとその感謝の気持ちは分け合えません。それはとても悲しいことですよね。

 中には死にゆく人の思いを受け止めてあげられない人もいます。「今までありがとう」と感謝の言葉を言っている人に、「頑張れ」「まだ大丈夫だ」と励ます人もいます。こういった「天使の時間」を周囲が拒絶するのは見ていてとてもつらかったです。当時は受け入れる土壌を作れなかった私自身にも責任があるのかなと残念に思ったこともあります。

教師も驚くほどの子供たちの反応
 

 患者さんがメインでそういったいのちにまつわる話をするのですが、子供たちは私たちの想像以上に理解してます。そんなのきれいごとだと言う子もいますし、話をしてくれたことで、自分のおじいちゃんとかおばあちゃんが亡くなった時のことを思い出して、もっとこうしてあげればよかったとか、どんな気持ちで亡くなったんだろうとか、自分の体験にふり返って、思い起こしてくれる子もいますね。もっと聞いてない子が多いんじゃないかなと思ってたんですけど、かなりしっかり聞いて、受け止めているんですね。

 それは学校の先生も驚いています。今は小学校でも学級崩壊がかなり進んでいるようで、話す前に先生から、「授業中に必ず1人か2人(の生徒)は席を立ってどっかへ行ってしまうから、もしそういうことがあっても気にしないで下さい」って言われるんですね。でも今までそういう子は一人もいなくて。終わった後、先生は、「60分間もこんなに子供たちがしっかり話が聞けることはほとんどない」というふうに驚きますね。

感想で教育が分かる
 

 とはいえやっぱり、いのちについての教育を何度も繰り返し行っている学校と、単発で今回だけやったんだろうなという学校は、見てて分かりますね。生徒の感想も、死ぬって言っちゃいけないんだと思ったとか、こういうこと聞いて怖いと思ったとか、表面的な感想が出てくる学校と、自分のこととして考えられるような感想が出てくる学校とがあります。

 感想を見てると、どれだけ学校で教えられているかよく分かります。私自身、誰もが、素地が何もないまま、一回聞いただけて理解できるようなテーマではないと思っています。だからこういった機会ができるだけたくさんあることが、子供たちにとってはいいことだと思いますね。どこまで届くか分からないですけど、その機会のひとつになればいいなと思っています。

岩本氏は「楽患ねっと」の副理事長という職務の他に、もうひとつ「医療コーディネーター」という顔を持っている。その仕事も、患者のサポートという意味では「楽患ねっと」と根っこは同じだった。

医療と生き方の両方をサポートする
 

 「医療コーディネーター」とは、患者さんの視点に立って、患者さんの自己決定をサポートするという仕事です。患者さんが医療を受ける際に、自分で医療を選んで決定していく、医療決断とも言うんですが、そういうことが大切になってきます。昔はお医者さんにお任せという感じで、病気になったら医師の指示のまま、ということが多かった。しかし、最近は、自分で納得のいく医療を受けたいという人が増えてきました。そのためには、医師や病院選びから治療方法まで、自分で決めて自分が納得することがとても重要になってきます。

 しかし自分で決めるといっても、一般の人では正しい医療の情報を取得するのは非常に困難なので、なかなか決められません。また、病気になって自分の体がこれからどうなっていくのか、どうやって生きていくのか、そういった、これまでなかなか向き合ってこなかった問題に向き合う時に、自分ひとりでは考えきれないこともあります。ですから、決断を支えるための医療的な情報を提供すると同時に、今後の生活とか生き方について一緒に考えるというサポートをする。それが医療コーディネーターとしての私の仕事です。

末期がん患者が7割
 

 医療コーディネーターの仕事を始めて今年で4年目になります。通算すると今まで200件以上、だいたい平均すると週に2件ですね。

 仕事の流れは、まずは患者さんからファックスかメールで、悩んでいる内容をフォームに簡単に書いて送っていただきます。最初から電話にすると、そこで相談が始まってしまいますし、書くという行為は自分の状況を把握するのに必要ですから、まず書いていただくんです。それから料金の説明をして、それでもよければお会いしましょうということになります。最初は面談でお会いするところから始まります。そこで何を悩んでいるのか、今後どうしていきたいのかということを詳しくヒアリングします。

 私のところに相談に来る患者さんは末期がんの方が一番多くて、7割くらいを占めてます。私は自分の仕事をそれほど広報しているわけではないのに、そうやって探して探して見つけてこられる方というのは、いのちに関わる状態の方だったり、今まで治療をやり尽くしてきて他に手がないという方なんですね。

 よくあるのは、大きな病院でもう治療がなくなってしまったので、病院を出ていって下さいと言われた、自分で近くのお医者さんとかホスピスに行って下さいと言われて見捨てられた気がする、他に治療法はないのか、今後どうしていいか分からない、という方が多いですね。

中立な立場で自己決定を支える
 

 そういう方たちにまず言うのは、「見捨てられたわけではない」ということです。患者さんが「見捨てられた」と感じることでも、今の医療や社会の限界でその処置は仕方がないということもあるわけです。患者の視点から見てもそれを知ってもらうことが必要だと思うので、まず今、なぜこういう状況になっているかを正しく理解していただきます。

 それから今後どうしていくかを自分で決断するサポートをするんです。医師に見捨てられたと言われたとしても、今後どうしていくかを決めるのは自分なわけですからね。

 医師に言われたことを落ち着いてもう一回話してもらう中で、患者さんが医師から言われたことが半分くらいしか理解していなくて、もう一回聞いてみなければ分からないというのであれば、医師の所に同行して、患者さんだけでは聞ききれない所を一緒に聞くといったこともします。

 その上で本人がどうしたいのかを一緒に考えます。治療を続けたい方や、ホスピスに行きたい方には、それぞれに合う医療機関を一緒に探したり、紹介できるところがあれば紹介したりするんです。

 つまり、医療コーディネーターのメインの仕事は、患者さんに病院等を探したり紹介することではなく、現状を正しく認識してもらって、自己決定のサポートをすることなんです。立場は中立で、病院の側でもないし患者さんの側でもありません。

患者の意志に沿ったサポート
 

 治療を続けたい患者さんの場合は、まずいい医師とはどういう医師かというのも、一緒に考えなければならないですね。いい医師というのは、患者さんの状況によって変わってきます。例えば脳腫瘍とかものすごく難しい場所に腫瘍がある人の場合は、おそらく高い医療技術をもつ医師が一番いい医師でしょう。

 ただ、これ以上の治療法はスタンダードではありませんよと言われた末期がんの人の場合、治療してくれる病院の医師をいい医師というのか、安らかな気持ちにさせてくれるホスピスの医師をいい医師とするのか、それはその人の価値観によって変わってきますよね。

 ですからその人にとってのいい医師とはどういう医師なのかを一緒に考えて、調べます。患者さんが現実的に通えそうで、相性がよさそうな医療機関に実際にいくつか行ってみて、最終的にどうするか一緒に考えるといったことをします。

会うのは平均1〜2回
 

依頼のあった患者さんと一緒にどこまでやるかというのはケースバイケースです。自己決定を支えるという仕事ですから、私がいなくても今言ったようなことをご自分でできる方もたくさんいらっしゃいます。最初に行う、医師に言われたことを一緒に反復していく中で、それなら理解できるので、あとは自分でやりますという方もいらっしゃいますし、ご家族の協力があればできるという方もいらっしゃいます。

だいたい依頼のあった患者さんと会うのは、平均して1.5回ほどなんですよ。長く関わる方ってあまりいらっしゃらないんですね。どういう考え方をすればうまくいくのかというのを一緒にお話しするというやり方なので、会うのは1、2回で、その後、時々連絡が来て、うまくいってますよと連絡をくれるようなケースが、成功したケースだと思います。

でも中には最期までお付き合いさせていただく患者さんもいます。今でも覚えているのが、末期がんのある男性からの依頼です。

 

医療コーディネーターとして、あくまで患者の意志を尊重し、自己決定をサポートしている岩本さん。しかし以前は病院に勤めるいち看護師だった。

次回は実際の医療コーディネーターとして患者と関わった中で印象に残っているケース、そして、看護師を目指すきっかけとなった幼少期のある苦悩について語っていただきます。乞うご期待!

 
1. 2006.4.9リリース 患者と社会をつなぐ仕事に
2.2006.4.16リリース 死への興味から、看護の道へ
3.2006.4.23リリース ひとりの患者が仕事観を変えた
4.2006.4.30リリース 仕事とは人生そのもの

プロフィール

いわもと・ゆり

1972年神奈川県出身、34歳。医療コーディネーター、NPO法人「楽患ねっと」副理事長。看護師、助産師、看護学士の資格をもち、日本看護協会広報委員も務めている。医療コーディネーターとして、「楽患ねっと」副理事長として、日夜患者のために尽力している。2児の母でもある。

幼少期に感じた死への興味から看護師の道へ。産科、婦人科、ホスピスの看護師など7年間の看護師生活を経て、2003年医療コーディネーターとして独立。死期が近い患者の「自分らしい人生を送るための」自己決定をサポートしている。

看護師時代の2000年に「もっと患者の本音を医療機関・社会に届けたい」と「楽患ねっと」を設立。2002年にはNPO法人格を取得、副理事長に就任。

また、2006年には看護師とケアギバーのコミュニティブログ「Not Only Nurse」を開設、患者本位の医療を実践する看護師とケアギバーに有益な情報を発信している。

■岩本さんの詳しいプロフィールはこちら

※医療コーディネーターの活動に興味のある方は、 yuri@rakkan.net までご連絡を。

■「NPO法人 楽患ねっと」のWebサイト
■「Not Only Nurse」のブログ

 
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