面接の結果が出るのは思いのほか早かった。礼を言って去り、その足で仙台に戻ったところで、時間を計ったように人事部長から電話が入った。内定の報せだった。
「この対応の早さに驚き(※3)、なぜそこまで私を買ってくれるのか、返って心配にすらなりました。ふたを開けてみたら、言っていたことと違うのではないか、何か裏があるのではないかと考えてしいました」
しかし、その心配は杞憂だった。実際に仕事についてみてわかったのだが、社内にはパートやアルバイトが多く、酒類の専門知識に乏しい人ばかりで、お客の対応が十分に行きわたっていなかった。川瀬さんのような酒のプロフェッショナルを一刻も早く望んでいたのは、そうした理由があったようだ。
「買いに来ていただいているお客様は皆プロの方ですから、生半可な対応ではだめです。通り一遍の商品説明だけでなく、その商品の扱い方から、料理との組み合わせ、旬の時期、価格の見通しといった、あらゆる質問に的確に答えなければなりません。もちろん、私にとっては、それこそ腕の見せ所。時には、そこまで教えてくれちゃ、店の売り上げに影響しちゃうんじゃないの、とお客様に言われるような内緒の情報まで話しています。しかし、そうしたちょっとしたサービスの上乗せは、相手をプロとして敬意を持って接しているから出てしまうことで、そのプロとプロとのやり取りは、いずれ、店への信頼、会社への信頼として返ってくると信じています」
まさに水を得た魚。入社研修終了後、わずか1カ月で、店の顔として早くもお客の信頼を得るまでになった。営業時間は常にインカムをつけ、手には携帯を握り、店を忙しく歩き回っている。もちろん、大勢の部下を気持ちよく働かせるために気を配っている。
「若い人、お酒や販売の経験が浅い人、パートやアルバイトといろいろな人が集まっている職場なので、現場にいることの少ない上司ではわからないこともたくさんあります。前の職場でも、上と下とのパイプ役を自然にやってきましたから、今の職場でもやっていこうと思っています」
専門知識と技能は、必要なところで発揮されてこそ、その価値が光り出す。それはよいブドウとよい職人とよい醸造場所がそろって初めてよいワインができるのに似ている。何かが欠けても、よいワインにはならないのだ。もともと優れた能力と専門知識を持っていた川瀬さんの場合、よい醸造場所を得て、急速にその価値を高めているようだ。
「お酒を愛しているという気持ちがあったのがよかったのでしょう。過度に焦りもせず、と言って立ち止まっていたわけでもない。そういう転職活動ができたのは、自分もお酒を愛していますし、世の中の多くの人もやはりお酒を愛しているのを知っているから。自分が働くのにふさわしい場所はどこかに必ずあるはずだと信じていたので、多少時間はかかりましたが、それが実現できたのだと思います」
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