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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第50回(前編)杉田美鈴さん(仮名)44歳/営業事務
100年に1度の大不況の中 転職を余儀なくされた 44歳女性管理職

30歳のときに大手教育会社の販売代理店に再就職した杉田美鈴さん(44歳・仮名)は仕事に打ち込み、9年後に管理職に昇進。しかし、その頃から会社の業績は下降の一途をたどり、杉田さんも不安を抱えながらの勤務を余儀なくされる。そんな中、とうとうXデーがやってきた。

 杉田美鈴さん(44歳・仮名)が仕事を終えて自宅に帰って一息ついた午後9時。携帯電話が鳴った。着信を見ると勤めている会社の社長からだった。

「来月、会社をたたむことにしたわ……」

 13年間も付き合ってきた社長からこう告げられたとき、杉田さんの心にはわずかな波も立たなかった。

「わかりました」

 一言こう答えて、電話を切った。今更多くの言葉は必要なかった。

仕事に強いこだわりはなかった
 

 杉田さんは大学を卒業後、建築資材会社に入社。営業部に配属され、電話応対や見積書・請求書の作成、受注発注処理業務などの一般的な事務作業に従事していた。この会社を選んだのは特に強い志望理由があったわけではなく、「倒産のリスクが少ない中堅のメーカーでのんびり事務員として働きたい」という理由だった。

 5年間勤めた後、職場結婚により寿退社。専業主婦として夫を支える生活をしていたが、徐々に社会に出て働きたいという思いが強くなり、3年が経ったとき、ある日新聞の求人欄で大手教育会社の代理店の求人を見つけた。大手教育会社という看板に引かれ応募、2度の面接を経て採用となった。

 セミナー企画販売の部署に配属され、一般事務業務に加えセミナーの企画も担当するようになった。入社した当時は会社の業績は安定しており、努力の結果もあって、約10年後には課長に昇進した。

「実は入社して2〜3年目で一生働く会社ではないなと思っていました。実際に物を作ったり、すぐに役立つサービスを提供するのではなく、形のないものをあの手この手を使って売るという会社だったので、あまり長くは続けられるビジネスではないなと」

リストラと給与カット
 

 杉田さんの予想どおり、課長になる前後から業績は急激に悪化し、一人またひとりと社員は解雇されていった。その分仕事も増え、人事労務管理などの管理職としての仕事に加え、経理的な仕事を含む一般事務業務や社員・パートの採用および教育などほぼすべての仕事に関わらざるを得ない状況になった。

 さらに給料も年々減らされ、課長になった年に比べ、150万円もの年収ダウンとなった。

 このままでは確実に会社は立ち行かなくなる。しかし沈むとわかっている泥舟でも、自分から脱出することはできなかった。

「確かに社内の友達とも、『私たちもそろそろ(辞めることを)ちゃんと考えないといけないよね』とは話していたんです。でも私には仲の良い部下がいましたし、彼女たちを見捨てて自分だけ先に辞めることがどうしてもできませんでした。それに社長とも長い付き合いで、頼られていたので、なかなか踏ん切りがつけられなかったんです」

 それに転職活動をしようにも、これまでまともに就職・転職活動をした経験がないので、何から手をつければいいのか皆目わからない。一応、転職サイトに登録だけはしてみたものの、激務で実際に動くことはなかなかできなかった。

退職した方がいいのはわかってはいるものの……
 

 かくして、辞めた方がいいのはわかりきってはいたものの、会社に留まって日々の業務をこなすしかないという八方塞の状況が半年近く続いた。

 そんなある日のこと、仕事を終えて帰宅すると社長から電話がかかってきた。「厳しい状況の中、今後会社経営を続けていく自信がないし、後を継ぐ人もいないから、来月で会社を閉鎖することにした」と浅田さんに告げた。勤め始めて13年目の2008年4月のことだった。

「このときは驚きも動揺もなく、ただ冷静に、とうとうこの日まで付き合ってしまったなと思うだけでしたね。ここ1〜2年はいつ会社がなくなってもおかしくないと思っていましたから」

 44歳にして初めての転職活動を余儀なくされた浅田さん。特別なスキルもなければ資格もない。果たして自分を受け入れてくれる会社などあるのだろうか。不安な気持ちでいっぱいだったが、浅田さんの転職活動はある人との出会いで意外な展開を見せることとなる。

 
プロフィール
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※写真はイメージです

1987年、都内の私立大学卒業後、中堅建築資材メーカーに入社。営業事務として5年間勤務した後、結婚退職。3年後、社会に出て働きたいとの思いが募り、大手教育企業の販売代理店に再就職。一般事務からスタートし、セミナー企画、市場開拓の業務等の職務を経験、その仕事ぶりが認められ、9年後には課長に昇進。しかしその頃から業績は悪化の一途をたどり、2008年、社長が自主廃業を決断。転職活動をスタートした。

杉田さんの経歴はこちら

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