自分の得意とするワインなどの知識を生かした新しい職場で、マネージャー待遇での採用。また、知り合いの紹介ということもある。さらにいえば、両親を説得して店をたたむための理由も、その時は必要だった。そこで、あまり深く調べもせず、転職を決めてしまった。
「しかし、それが間違いでした。昇給や福利厚生のことなどもろくに確かめもしないままに仕事に就いてしまったのです。ふたを開けてみれば、自営をしていた時の半分程度の収入。いくら努力しても、まず当分は、上がる見込みもなさそうです。しかしそれ以上につらかったのは、お酒の専門家として入社したつもりだったのに、その知識はほとんど必要がないということでした。そればかりか、むしろ邪魔なくらいの扱いだったことです」
質のいいワインをより安く仕入れるのは、それなりの知識とコネクションがなければできない。そのために奮闘していい結果を出しても、できるだけ安く仕入れるのは当たり前の業務だとばかりに、これといった評価もされない。
そればかりか、サービスを売る、人を相手にする仕事であるにもかかわらず、手間を省くことや効率的に回すことだけを考えて仕事をしようとしている。人の夢をかなえるはずの披露宴をプロデュースする仕事にも関わらず、ホスピタリズムという考えはほとんど見当たらないのだ。川瀬さんのプロとしてのプライドを持って語る意見や陳情は、面倒くさそうに聞き流されてしまう。要は安く早く事を済ませること。おざなりであろうと、予算と時間の範囲内でできることをさっさと片付けて終わりにすることが、社員たちの日常になっていた。半年も前からこの日のためにいろいろ計画してきたであろうカップルの夢を、「無理ですよ」の一言で片づけてしまう。川瀬さんのプロとしての専門知識やホスピタリティ精神は、この職場では不要だったのだ。
また、職場の人間関係を円滑にするのも、川瀬さんのポジションでは重要なことだ。その人間関係も良好とはいえなかったのが、会社の将来性に期待を持てない理由でもあった。
ブライダル関係の仕事ということで、多くのとりわけ女性が入社してくるが、いざ業務についてみると、理想との違いに戸惑い、すぐに辞めていってしまう。川瀬さんは、そういった人たちにも理解を持って接し、教育指導していかなければならなかった。
「彼女たちは、上司に陳情することなどできません。それを私が察し、相談に乗り、上の人と話をつけるのです。中間管理の立場であれば当たり前のような気もしますが、それがこの会社ではなかなかうまくいっているとはいえなかったのです(※4)。これという目に見える商品を売るわけではないホスピタリティの仕事では、こうした精神的なつながりもチームワークの形成という意味で大切なことだと思います。しかし、この職場ではそれをしっかり自覚している上司がいないのではないと感じていました。面倒な仕事や、繊細な神経を使う仕事は、手を触れようとしないというふうに思えたのです」
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