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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第38回 (前編) 川上祐輔さん(仮名)32歳/購買
必死に取り組んだ仕事で仲間がリストラに……虚無感で転職を決意

外資系電気機器メーカーの日本法人で八面六臂の働きをしていた川上祐輔さん(仮名)。会社に新しい統合業務システムが導入されることが決まったとき、中心担当者として任に当たった。ようやくシステムが導入され業務の効率化が図られたとたん、多くの社員が解雇されるはめになってしまう。意図せぬ結果に虚無感を覚え、自分のこれからについて冷静に考え始めた。

「お世話になりました」

「本当にお疲れさまでした。お元気で……」

 退職する社員を見送りながら、川上祐輔さん(仮名)の胸には苦い思いが広がっていた。勤務する外資系電気機器メーカーの日本法人にERPシステムが導入されることになったのは数カ月前。会社のためになるならばと担当を買って出た。関係部門の協力のもと、システムは無事に導入された。しかしその直後、本国から予想だにしなかった命が下った。各拠点にある管理業務を中国の拠点に集約する──。システム導入に向けて一緒に頑張ってきた経理担当者をはじめ、何人もの社員が解雇となった。

「自分のやってきたことは、いったい何だったんだろう……」

 今まで、会社のため、社員のため、みんなが働きやすくなるようにと粉骨砕身してきた。しかし、それが結果的に仲間のクビを切ることになってしまうとは……。あまりにも皮肉な結果に激しい虚無感に襲われた。

「そろそろ真剣に次のステップを考える時期かな」

 退職していく社員の背中を見つめながら、自分自身もこれから歩む道を探さなければ、と気持ちを切り替えた。

外資系企業で購買業務を担当
自分の裁量で進める仕事にやりがいを実感
 

 工業用資材メーカーの営業を経て、派遣社員として大手コンピューター会社の子会社に入社した川上祐輔さん(仮名)。バイヤーとして、製造に必要な原材料や部品・資材などの購入計画、発注、支払確認といった一連の購買業務を担当し、仕事を覚えた。

 この会社は権限委譲が進んでおり、たとえ派遣社員であっても1000万円単位の発注を自分自身の判断で決めることができた。川上さんは大いに努力し、コスト削減や業務改善の結果を残した。

 その後、同じく派遣社員として自動車メーカーへ。ここでの担当も購買業務だったが、前の会社とは勝手が違っていた。

※写真はイメージです

「若手社員をはじめ、経験の少ない者には会議での発言権すらないという雰囲気でした。購買業務の担当でしたが、私の判断で発注できるものは何一つありませんでした」

 何かを決めるにはいちいち上司の許可を取らねばならず(※1)、その必要性は理解しているものの、あまりにもまどろっこしく感じた。これまで権限委譲が進んでいる外資系企業の風土に慣れてきた川上さんだけに、「やはり日本の企業は合わないのかも」と4カ月でこの職場を離れた。

 そして2002年4月、電気機器メーカーに正社員として転職。ある程度の権限が与えられ、自分の裁量で仕事を進めることができる外資系企業を選んだ(※2)。実は川上さんは、このとき初めて【人材バンクネット】を利用している。

「まだ実務経験が少なかったので、転職先探しには苦労しましたね。履歴書に何を書いたらいいのか、何をアピールすればいいのか、とても悩んだことを覚えています。だから転職が決まったとき、これからは困難な仕事にも挑戦してスキルアップしていこうと決めました」

厳しい状況の会社を立て直すため
3年間必死で業務改善に取り組む
 

 新たな職場では、ある製品事業部に配属され、製品の受発注処理、納期・在庫管理を担当することになった。入社当初から川上さんには大きなミッションが与えられた。会社で大きな変革があり、売上は厳しい状況に追い込まれていたのだった。自分の持てる力でなんとか会社を成長させようと、川上さんは燃えた。

 その努力と力量は大いに認められ、他部門や他部署のサポートも任されるようになっていった。川上さんの名刺には「セールス・サポート」「ロジスティクス担当」「カスタマー・サービス」と、次々に肩書が加えられていく(※3)ことになる。

「業務フローの見直しやルールの作成など、あらゆる業務の見直しと改善を行いました。体制を整えながら、売上アップのためのあらゆる手を打ったのですが、その努力にも限界がありましたね」

 川上さんが望んでいた通り、ある程度の権限を与えられ自由に仕事を進めることはできた。しかし、それも日本法人の中だけのことであり、最終的な決定権はやはり本国にある。新規ビジネスを立ち上げようと企画したときも、契約条項一つとっても本国を経由しないと決定できず、苦しんだ。何事も時間がかかるため顧客の印象も悪くなり、結局、利益の出るビジネスにすることはできなかった。外資系企業ならではの壁だった。

 3年間、必死になって努力を重ねたが、売上アップにはつながらなかった。川上さんは自ら自社製品について勉強し、顧客先への売り込みも試みたが、相手の反応は芳しくなかった。

「一言で言うと製品力が不足していた、ということですね。顧客の話を聞いてみて、自社製品で日本市場でのビジネスを伸ばしてくのは難しいということを思い知らされました。このときから、この会社で頑張っても先がないのかな、と考えるようになりました」

転職を思いとどまり
ERPシステムの導入に携わる
 

 川上さんの脳裏に転職の二文字が頭にちらつきはじめたとき、それを思いとどまるに十分な仕事が入ってきた。それはERPシステム(※4)の導入だった。
“アジアに点在する拠点すべてにERPシステムを導入し、業務の効率化を図る。ついては日本法人でも担当者を決めてほしい”

 本国からの指示に、川上さんの心は動いた。

※写真はイメージです

「ERPシステムの導入には以前から興味がありました。会社のためにもなるし、個人的にも大きな経験ができるチャンスだと思いました。転職するにしてもこれだけはやってからにしようと考え、担当者に名乗り出たんです」

 ERPソフトを導入して経営効率をアップさせるには、事前に相当な準備が必要だ。川上さんは経理をはじめ、さまざまな部門の社員と協力し、業務プロセスの検証や標準化を図った。かなりの時間と労力を費やし、無事にシステムは導入された。

 しかし、ホッとしたのもつかの間、本国から信じられない指示が飛んできた。

「経理業務はすべて中国拠点へ移す。よって日本法人に経理担当者は不要」

 要するに人員の削減だ。川上さんは耳を疑った。本国が目指す「経営効率化」とは、こういうことだったのか──?

 時を同じくして社内でトラブルが発生し、経理担当者をはじめ、共にシステム導入に尽力したメンバーが次々と会社を去ることになった。川上さんはもはやどうすることもできず、彼らの背中を見送るしかなかった。

必死にやってきたことが
仲間のクビを切ることになるなんて
 

「自分のやってきたことは何だったんだろう……。これまで必死でやってきたことは何にもならなかった。結局、本国にいいように利用されただけだったのか?」

 この数カ月、会社のために、そして社員のためにと必死になって精力を傾けてきたことが思いもよらない結果を生むこととなり、川上さんはとまどった。

「虚しさだけが残りました。そして、この会社でやるべきことはもう何もないとはっきり認識しました」

 自由な社風の中、個人個人にある程度の権限が与えられ、責任ある仕事ができるのが外資系企業の魅力だが、日本法人は一拠点に過ぎない。最終的には本国の意向に従うのみだ。それを思うと、これからはもっと経営に関わりたい、権限の幅を広くしていきたいとの気持ちが強くなった。そこで、転職よりも独立、つまり起業の道を模索してみたのだった。

「特にこの分野でやりたいという具体的なものはなかったのですが、自分のこれまでの経験でできることがないか、いろいろな観点から調べてみたんです。しかし、残念ながら今すぐ独立するのはリスクが高いという結論しか出なかった。起業にはまとまった資金が必要ですから、それを確保するためにも、今は企業に勤める道を選んだほうがいいと決めました」

 そして2006年5月、約4年ぶりに【人材バンクネット】にアクセスしたのだった。

 
プロフィール
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※写真はイメージです

神奈川県在住の32歳。大学卒業後、工業用資材メーカーに入社し、営業職として新規顧客開拓などを手掛けた。その後、派遣社員として大手コンピューターメーカーの子会社や自動車メーカーに勤務し、購買業務に従事した。2002年4月、外資系の電気機器メーカーに転職し、サービスサポート、ロジスティクス、カスタマー・サービスなど複数の業務を担当。しかし、業務の効率化を果たした直後、人員削減が行われたため、今後の成長は見込めないと判断し転職活動をスタートした。

川上さんの経歴はこちら
 

上司の許可を取らねばならず(※1)
何かを決定する際には上司が納得できるように、こと細かく説明しなければならなかった。「こうしたプロセスを踏むことは、必要最低限の管理の側面と戦略的に購買を進める上で意味のあることだとは思いましたが、私には合わなかったですね。次第に『なんでこんなことが必要なんだ?』と思うようになって。ある程度、裁量権がある企業のほうが自分向きだと気づきました」

 

外資系企業を選んだ(※2)
川上さんは学生時代から英語を得意としていた。長期留学経験はないものの、英会話学校に通ってセンスを磨き、ビジネス会話にも困らない会話力を身につけた。

 

次々に肩書が加えられていく(※3)
「いろいろな役目を担うということは大変な面もありますが、ゼネラリストを目指している私にとっては好都合でした。会社全体の業務や機能を理解するいい機会となりました」

 

ERPシステム(※4)
Enterprise Resource Planningの略。経営資源を有効活用するため企業全体を統合的に管理し、経営の効率化を図ること。ドイツSAP社のSAP/R3など、さまざまなパッケージソフトがあり、経理、財務会計、人事データなど基幹業務を統合的に管理できる。製造業の場合、在庫・購買・生産・品質・受発注の管理なども可能。

 

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