1カ月の休職期間が明けたときは、食欲減退や睡眠不全といった身体の状態はほぼ回復していたが、やはり既にこの会社に自分の居場所はないと確信していた。社会保険の部署が復活するという兆しもなく、現在の人事関係の仕事は自他共に遂行不可能だと感じていたのだ。結局、辞表を提出、引き継ぎ調整の期間を経て、正式に退職ということになった。できれば間を置かず次の仕事を見つけたいと考えていたのだが、やむを得なかった。
【人材バンクネット】でキャリアシートを匿名公開したので、スカウトメールがいくつか届いた(※2)が、自分の考えている社会保険業務の仕事は見当たらなかった。しばらくは様子を見るしかないのかと、沈んでいたところ、ある案件が目に止まった。週に一度送られてくるマッチング求人メールの中にこれだと思う求人が掲載されていたのだ。
「保険に関する仕事を専門にできる。僕の望む条件はこれだけでした(※4)。ですから、最初はどんな会社でも保険に関する仕事であれば、まずは話をうかがってみようと、その求人を扱っている人材バンクに連絡を取り、面談することにしたんです」
面談では自分のこれまでの経緯、職歴、希望を話したところ、コンサルタントは、口調はていねいだが、キッパリと聞いてきた。
「『希望に近い案件ではありますが、保険業務のほかの仕事も30〜40%課せられることを覚悟できますか?』 とおっしゃったのです。会社の規模は大きく、安定した企業であることは確かなので興味はあったのですが、そう言われて、これまでの仕事同様に失敗するのではないかと不安を抱きました。しかし、とにかく企業の担当者に会ってみて、話を聞いておくべきだと思い、応募してみることにしたのです」
それからの流れは急転直下というべきものだった。コンサルタントの面談を終えたその足で、いきなり企業面接に臨むことになったのである。
「その会社では、早急に社会保険関係の専門能力のある人材を必要としているとのことでした。面接は最初先方の部長が出てきました。特に私の経験・能力を高く買っていただいたことに心が動きました。しかし、驚いたのは、部長と話が一通り済むと、ちょうど今、社長がいるから会ってみないかとおっしゃったのです。これにはいよいよ驚きましたが、その社長面接で、なんと採用が決まってしまったのです」
さすがに深沢さんは戸惑ってしまった。望んでも望んでも叶わず、あきらめかけて腰を下ろしたら、望んでいたそのものが目の前に転がってきた。しかしここまでスピーディーに話が決まってしまってよいのだろうか——。返答に一晩の猶予をもらいじっくり考えた結果、内定を受理することにした。
「ともかく、私の専門分野の能力を買っていただいたということで、心を決めました。気分的に深い泥沼にはまっているような期間があったので、そこから脱したいという思いも強くありましたし、何より、どんな仕事であれ社会保険労務士としての自分の経験をベースにして、新しい職場で挑戦していこうという意欲が湧いてきていたのです。今は与えられた仕事を、少しでも確実に効率よくこなしていくこと。これが当面の目標であり、その先に自分の未来が拓けるものがあるのではないかと考えたのです」
深沢さんの出社は、翌月1日からと決まった。仕事の内容は、主として社会保険関係の書類をまとめるといった希望通りの内容だった。もちろん、まだ将来も含めて未知の部分はある。不安は完全に払拭できたわけではない。しかし、望まれて仕事に就き、それに自分も十分応えているという自覚はある。
「将来はわかりませんが、5度にわたる転職をし、引きこもりを経験したというこのマイナス要因は、自分の中の一部であることに間違いありません。遠回りもしてきましたが、これからは、それがムダなものではなかったのだと思えるように、今は自分がすべきことを全力でやっています。5年後、10年後と考えたとき、自分がどうなっているかは見当もつきませんが、その時点で、かつての自分を微笑んで顧みられるようになっていたい。今はそう考えて、目の前の仕事に真剣に取り組んでいくことだけを考えています」 |