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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第32回(後編) 深沢 剛さん(仮名)32歳/労務
資格挑戦・事業部消滅・うつ病…数々の苦難を乗り越え、6社目でつかんだ理想の仕事

社会保険労務士の資格を持ち、いずれは独立開業を夢見て、まずは企業の社会保険のセクションで社会保険業務をこなしていた深沢剛さん(仮名・32歳)。しかし、所属部署が突然閉鎖、その上、想像すらしていなかった人事の仕事に回されることになった。自分の描く将来のビジョンとは全く違う業務に戸惑う深沢さんは、ついには心労のあまり会社に行くことすらできないうつ状態になってしまったのだった。

こんな自分が転職できるだろうか……
不安で眠れぬ夜もあった
 

 慣れない人事の仕事。まるで常識はずれの仕事をしているかのように同僚に忠告され(※1)、深沢剛さん(仮名)は、これから何をすればよいのかということすら、イメージできなかった。皆に迷惑もかけている。しかし、打開策が思い浮かばない。仕事に行こうとすると玄関口で立ちすくんでしまう……。まずは病院で診察を受けた。診断はうつ病。家から出て、人混みの中に入ることすらためらわれた。

 そうした状態だったので、1カ月の休職願いを出すことしかそのときの深沢さんにできることはなかった。休職は認められたが、もうこの会社で働くつもりはなかった。しかし不安もあった。

 これまでにすでに4度の転職をしていた。「社会保険労務士の資格試験の勉強のため」という理由を含めてすべて自己都合による退職。そのほとんどが1年以内の退職だった。こんな自分では、転職もままならず、もう社会復帰できないのではないのかという焦燥感に追い立てられ、満足に眠れない夜が続いた。

 しかし、そこで深沢さんはふと考えた。これまでも何度となく仕事が合わないと辞めたが、そのたびにまた次の仕事に就くことができたではないか。それは、少なくとも社会保険労務士の資格を持っており、その仕事は十分にこなしてきた実績だけは認めてもらえたからではないのか。

 そう考えた深沢さんは、自宅のパソコンの電源を入れ、インターネットにつないだ。前回の転職で、既に登録していた【人材バンクネット】に再登録をすることにしたのである。

「【人材バンクネット】に再登録することで、自力で探すのとはまた違った求人案件に出会えるのではないかと思ったのです。自分で探すとどうしても似たような案件ばかりになってしまうし、その転職先の情報も限られてしまうと思いました」

 手軽で、誰にも知られず、思い立った瞬間に転職活動を始めることができる。家に籠もり、外に出ることにすら苦痛を感じていたい深沢さんにとって、復帰の第一歩として最初に始めることができたのが、インターネットへのアクセスだった。

面接→その日のうちに即決!?
あり得ないほどのトントン拍子
 

 1カ月の休職期間が明けたときは、食欲減退や睡眠不全といった身体の状態はほぼ回復していたが、やはり既にこの会社に自分の居場所はないと確信していた。社会保険の部署が復活するという兆しもなく、現在の人事関係の仕事は自他共に遂行不可能だと感じていたのだ。結局、辞表を提出、引き継ぎ調整の期間を経て、正式に退職ということになった。できれば間を置かず次の仕事を見つけたいと考えていたのだが、やむを得なかった。

【人材バンクネット】でキャリアシートを匿名公開したので、スカウトメールがいくつか届いた(※2)が、自分の考えている社会保険業務の仕事は見当たらなかった。しばらくは様子を見るしかないのかと、沈んでいたところ、ある案件が目に止まった。週に一度送られてくるマッチング求人メールの中にこれだと思う求人が掲載されていたのだ。

「保険に関する仕事を専門にできる。僕の望む条件はこれだけでした(※4)。ですから、最初はどんな会社でも保険に関する仕事であれば、まずは話をうかがってみようと、その求人を扱っている人材バンクに連絡を取り、面談することにしたんです」

 面談では自分のこれまでの経緯、職歴、希望を話したところ、コンサルタントは、口調はていねいだが、キッパリと聞いてきた。

「『希望に近い案件ではありますが、保険業務のほかの仕事も30〜40%課せられることを覚悟できますか?』 とおっしゃったのです。会社の規模は大きく、安定した企業であることは確かなので興味はあったのですが、そう言われて、これまでの仕事同様に失敗するのではないかと不安を抱きました。しかし、とにかく企業の担当者に会ってみて、話を聞いておくべきだと思い、応募してみることにしたのです」

 それからの流れは急転直下というべきものだった。コンサルタントの面談を終えたその足で、いきなり企業面接に臨むことになったのである。

「その会社では、早急に社会保険関係の専門能力のある人材を必要としているとのことでした。面接は最初先方の部長が出てきました。特に私の経験・能力を高く買っていただいたことに心が動きました。しかし、驚いたのは、部長と話が一通り済むと、ちょうど今、社長がいるから会ってみないかとおっしゃったのです。これにはいよいよ驚きましたが、その社長面接で、なんと採用が決まってしまったのです」

 さすがに深沢さんは戸惑ってしまった。望んでも望んでも叶わず、あきらめかけて腰を下ろしたら、望んでいたそのものが目の前に転がってきた。しかしここまでスピーディーに話が決まってしまってよいのだろうか——。返答に一晩の猶予をもらいじっくり考えた結果、内定を受理することにした。

「ともかく、私の専門分野の能力を買っていただいたということで、心を決めました。気分的に深い泥沼にはまっているような期間があったので、そこから脱したいという思いも強くありましたし、何より、どんな仕事であれ社会保険労務士としての自分の経験をベースにして、新しい職場で挑戦していこうという意欲が湧いてきていたのです。今は与えられた仕事を、少しでも確実に効率よくこなしていくこと。これが当面の目標であり、その先に自分の未来が拓けるものがあるのではないかと考えたのです」

 深沢さんの出社は、翌月1日からと決まった。仕事の内容は、主として社会保険関係の書類をまとめるといった希望通りの内容だった。もちろん、まだ将来も含めて未知の部分はある。不安は完全に払拭できたわけではない。しかし、望まれて仕事に就き、それに自分も十分応えているという自覚はある。

「将来はわかりませんが、5度にわたる転職をし、引きこもりを経験したというこのマイナス要因は、自分の中の一部であることに間違いありません。遠回りもしてきましたが、これからは、それがムダなものではなかったのだと思えるように、今は自分がすべきことを全力でやっています。5年後、10年後と考えたとき、自分がどうなっているかは見当もつきませんが、その時点で、かつての自分を微笑んで顧みられるようになっていたい。今はそう考えて、目の前の仕事に真剣に取り組んでいくことだけを考えています」

 
プロフィール
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千葉県在住の32歳。大学卒業後、行政書士事務所に就職。4年ほど勤めるが、社会保険労務士国家試験を受けようと退職。通算4度目の挑戦で合格。その資格を活かした職場で働きたいと社会保険事務所、企業の総務部などに転職するが、いずれも半年から1年余りで退社。4度目の転職でたどり着いた企業では、入社早々に大規模な配置換えがあり、社会保険業務どころか、経験も知識もない人事セクションに異動となる。意欲も気力も失い、仕事もこなせず、ついに退職。5度目の転職に賭けることになった。

深沢さんの経歴はこちら
 

まるで常識はずれの仕事をしているかのように同僚に忠告され(※1)
採用面接の際、手元の「面接マニュアル」を見ながら、就職希望者との応対をしたとき、同僚に「非常識」だと注意された。人事部に異動して間もない時だった(前編参照)。

 

スカウトメールもいくつか届いた(※2)
「社会保険関連の仕事を希望としていました。専門の事務所でなくても、一般企業でも専門として社会保険の仕事ができればということで、収入や勤務地などのその他の条件は特に要望はなかったのですが、当初いただいたスカウトメールは、備品管理や給与計算などの仕事が数通でした」

 

マッチング求人メール(※3)
【人材バンクネット】に会員登録し、求人情報のサーチ条件を登録しておくとマッチする求人情報が毎週メールで届く。

 

条件はこれだけでした(※4)
深沢さんは、給与面、その他の条件は特に問題にせず、社会保険業務という仕事の内容だけにこだわることにした。しかし、社会保険の仕事は、一般企業の場合、比較的規模の大きなところでも業務を他社に委託する場合も多く、社内に専門部署が置かれていても保険業務のほかに一般の総務関連の仕事などと兼業になることが多い。加えて、仮に専門の部署があっても永続的に存在するとは限らないのが、現在の企業の実情だ。その内実は企業によりまちまちなので、結局面接の際などで細かく聞き出すか、その企業に精通した人材バンクのコンサルタントに情報を提供してもらうしかない。要するに深沢さんの転職条件は一見ありきたりなようで実は意外にマッチングするケースは少なかったようだ。

 
取材を終えて

 社会保険労務士といえば難関資格の1つ。しかし、資格取得は、仕事をするという点ではゴールではなく、あくまでもスタート。適切に専門技能を生かせば高収入も可能ですが、企業全体の業務の中では、あるいは日本の産業全体の中では、活躍の場はほんの一部に過ぎません。なくてはならないものではあるのですが、適切な職がたやすく見つけられるほど、需要が多いとはいえないようです。

 人生最悪の苦しみを経験し、そこからはい上がった深沢さんに、新しい職業観、人生観が生まれたような気がします。その意味では、幾度となく転職を繰り返したことも、ご自身の経験として意味のあることだったのかもしれません。

 

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