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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第32回(前編) 深沢 剛さん(仮名)32歳/労務
資格挑戦・事業部消滅・うつ病…数々の苦難を乗り越え、6社目でつかんだ理想の仕事

大学を卒業し、行政書士事務所で4年余り勤めた後、念願だった社会保険労務士の資格を取得した深沢剛さん(仮名・32歳)。その後も、専門知識を活かして企業の社会保険にかかわる部署で仕事をするものの、そこは自分自身が望む専門業務というには程遠いセクションだった。あれだけ苦労して得た自分の専門能力を眠らせたまま、全く畑違いの仕事をこなさなければならないジレンマ。生真面目に仕事に取り組もうとすればするほど、苦しさだけが重くのしかかっていた。

「深沢さん、そんなド素人みたいなこと、やめてくださいよ。みっともないじゃないですか」

 自分よりも若い同僚に叱咤されて、深沢さんは頭の中が真っ白になった。

 新しい部署に配属された直後、会社生え抜きの人事部の同僚と組んで新人採用の面接官を担当するように上司から命じられた。その面接後、同僚が憮然とした顔で深沢さんに言ったのだった。

 最初何を叱られているのか、ピンと来なかった。面接をしているとき、内々に配っているマニュアルを見ながら喋るのはやめてくださいよ。相手が見ている前でメモを取るのも失礼でしょう。彼はそういうのだった。

「いや、そんなつもりじゃ……。まだ、仕事に慣れていないから、きちんと段取りを踏んでやろうと考えただけなんですよ」

 確かに同僚の言う通りなのかもしれない。しかし、自分はそれまで行政書士や社会保険労務士の勉強をし、その能力を活かした仕事一筋にやってきた人間で、人事の仕事は全く初めてのことだ。だから、ひとつひとつ物事を丁寧に確認しながら前に進もうと……。

「次からはこんなことしないでくださいよ。まったく……」

 同僚の明らかに自分を見下したセリフ。こんなド素人と組むのはいやだと言いたげな顔。しかし、実際に、その同僚の思い通りになってしまった。というのは、そのショックが原因で、深沢さんは、翌日から会社に行くことができなくなってしまったのだから。

最適な職場を求めて
 

 深沢さんが大学を卒業後、入社したのは行政書士の事務所だった。もともと法律に興味があったので、法律関係の事務職を希望していた。事務所での仕事は、大学で学びながらイメージしてきた仕事とそう大きく変わるものではなかった。書類の作成、顧客との折衝、ルートセールス。まずは仕事を覚えること、経験を積むことだと考えて、夢中で4年間働いた。

 そんな中で、意欲は膨らみ、さらに社会保険労務士の資格を取りたいと思うようになった。もちろん、そう簡単に取得できる資格ではない(注1)。深沢さんは、行政書士事務所を退職して、勉強に注力することにした。その間の生活費を稼げる程度の仕事(注2)を、ハローワークで見つけた。

「その後、試験に合格するのとほぼ同時期に、ちょうどよいタイミングで社会保険労務士事務所に入所することができました。クライアントから依頼を受け、入社・退社や保険給付手続きなどの仕事をするのですが、半年ほど勤めてみて、クライアントが思うように増えていかなかったので、結局辞めてしまったのです」

 次に転職した先は知り合いが開業している行政書士の事務所だった。社会保険労務士は、資格取得者の約50%が独立開業するという。深沢さんも、経験を積み、いずれは独立を考えている一人だった。だから独立開業しているその知り合いの事務所だったら、何かと勉強になるだろうと思ったからだった。

 しかし、そこはやはり社会保険労務士というより、行政書士の仕事の方が多く、もっと経験を積める職場に就くべきではないかと思い、人材バンクなども利用して(注3)、新しい仕事を探していた。そんな中で見つけたのが、ゲーム制作会社の社会保険業務にかかわる部署の求人だった。

突然の異動
未経験部署で悪戦苦闘
 

 その会社は近い将来上場を目指しているベンチャー企業だったので、社会保険関係の整備を緊急の課題としていた。社会保険関連業務に精通していた深沢さんは難なく採用となり、入社後は、新人に向けての社会保険の説明のほか、社内の労働保険システムの構築・整備を外注の専門の社会保険労務士事務所と協力して行っていた。

 念願の専門知識を生かせ、社会保険労務士としての経験も積める職場に転職でき、しばらくは充実した毎日を送っていた。しかし突然信じられない不運が深沢さんを襲う。

「入社して間もなく社内体制が変更され、突然私の所属していた部署がなくなったのです。その後は人事セクションに回されてしまったのですが、私にとっては全く未知の領域であることはもちろん、自分の将来のキャリアビジョンにも組み込まれていませんでした。これは困ったなと思いましたが、すでに4回も転職していることもあり、入社早々に退職することも得策とは思えません。とにかく、まずはひとつひとつ学びながら仕事をやっていこうと決意しました」

 しかし、社会保険労務士としての仕事とはあまりにかけ離れていた人事部の仕事。これまでの経験はおろか、その分野の資質も自分にあるかどうかわからない。若い会社なので、適切なアドバイスをくれるベテランももちろんいない。とにかく見よう見まねで人事という仕事、採用面接の面接官の役目をこなそうとしたのだった。

突然の硬直
体が動かない……
 

「当時の私は、自分が本当にやりたい仕事はこれではない、今まで学んできたことや経験してきたことを活かす仕事がしたい、という思いと現実とのギャップに、息もできないような気分で仕事をしていました。じきに夜も眠れず、食欲も減退していきました。そんなときに、人事の生え抜きの同僚に、新人採用の面接の時にマニュアルを見ながら面接をしたことで注意を受けてしまったのです」

 突然の異動、人事部という自分の将来に結びつくとも思えない慣れない仕事。毎日、少しずつストレスが蓄積されていった。それが限界に達しようとしていたとき、同僚に「そんなド素人みたいな事、やめてくださいよ」と言われた。深沢さんは自分の中で何かが切れる音を聞いた。

 それでも翌日も定時に目を覚まし、出勤の準備を始めた。しかし、さあ、家を出ようとドアのノブに手をかけた瞬間、全身から力が抜け、立ちすくんでしまった。額から汗が出て、体は硬直したまま動けなかった。ようやく会社に欠勤したいと電話を入れたのは、それから約10分後だった。

1カ月の休職の後、転職を決意
 

 翌日は何とか出勤できたものの、人事という仕事は自分には不適だと思うと、さらにやりづらくなる。欠勤はいつの間にか回数を重ねるようになっていった。

「体調も悪くなる一方で、これではダメだと会社に1カ月の休職願いを出しました(注4)。病院に行くと、うつ病だろうという診断で、薬を処方してもらい、それからは部屋に閉じこもる毎日でした。朝は、仕事に行くときと同じ時間に目を覚ますのですが、それからはほとんど外に出ず、家でじっとしていました。罪悪感と自己嫌悪。仕事をしたいのにできないという焦りで、じくじたる思いでした」

 鬱屈した日々ではあったが、これも慣れない仕事を無理にやっていこうとしたことからくるストレスがそもそもの原因だと気づいた。自分にはこれまで積み上げてきた専門知識がある。それを活かせる場所であれば、仕事はきっとできるだろう。会社に迷惑をかけたりすることもないはずだ。

 そう考えた深沢さんは、自分の力が発揮できる場所を見つけようと、とりあえずパソコンを起動、前回の転職の際に登録しておいた【人材バンクネット】に再度アクセスしてみた。

 転職すれば、これで通算5回目となる。しかし、ともかく、今のこの状態から脱却しなければ……。

 深沢さんのパソコンのモニターに、以前と同じ【人材バンクネット】のトップ画面が浮かび上がってきた。


以降10月29日配信[後編]に続く

 
プロフィール
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千葉県在住の32歳。大学卒業後、行政書士事務所に就職。4年ほど勤めるが、社会保険労務士国家試験を受けようと退職。通算4度目の挑戦で合格。その資格を活かした職場で働きたいと社会保険事務所、企業の総務部などに転職するが、いずれも半年から1年余りで退社。4度目の転職でたどり着いた企業では、入社早々に大規模な配置換えがあり、社会保険業務どころか、経験も知識もない人事セクションに異動となる。意欲も気力も失い、仕事もこなせず、ついに退職。5度目の転職に賭けることになった。

深沢さんの経歴はこちら
 

そう簡単に取得できる資格ではない(注1)
社会保険労務士の国家試験の出願資格は、大学一般教養科目履修者、短大、高専卒業者などで、その合格率は5〜10%程度。深沢さんも通算で4回挑戦して合格。資格取得後は、企業で社会保険業務を担当するほか、独立開業する人も多く、年収は300万円程度から2000万円程度といわれている

 

その間の生活費を稼げる程度の仕事(注2)
就職したのは企業の労務部。特に残業や休日出勤といったこともなく社会保険事務の仕事ができた。

 

人材バンクなども利用して(注3)
その時、【人材バンクネット】も利用した1つだった。パソコンで転職サイトを検索している中で見つけ、とりあえずと登録をしておいた。ただし、このとき見つけた就職先は【人材バンクネット】とは別のサイト経由だった。

 

休職願いを出しました(注4)
求職願いは、深沢さんが意外だと思うくらいあっさりと受理された。若い人がほとんどという新進のこの企業では、職場でのコミュニケーションがうまく取れないなど、意外に多くの社員が鬱病で苦しんでいるのだという。深沢さんは、必ずしも特殊なケースではないということらしい。

 
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