200×年3月、萩原さんは辞表を提出(※3)し、学生時代から愛読していたビジネス雑誌を出版している小さな出版社に入社した。しかし待遇は正社員ではなく、アルバイトだった。
「社長に『編集未経験だから正社員では無理だけど、アルバイトでよければ採用する』と言われたんです。いよいよ本当にやりたい仕事に就けるわけですから、アルバイトでも全然関係なかったですね。業界も職種も未経験の完全なキャリアチェンジだったので。もちろん、頑張って正社員編集者になってやるって思ってました」
学生時代からあこがれていたジャンルの雑誌編集部への転職だっただけに、仕事は楽しかったし、一生懸命頑張った。しかし現実はそう甘くはなかった。
仕事は文字入力や資料集め、素材の運搬などの編集アシスタント。つまり雑用係だ。自分でもページを作りたいと思い企画を提出するも、編集長の壁は厚くなかなかOKがもらえなかった。ただひたすら雑用業務にいそしむ日々(※4)が続いた。
月給は前職の半分以下にまでダウンした。覚悟の上だったが、前職で得た貯金を切り崩す日々はやはりつらかった。
極めつけは、萩原さんより後に応募してきた女性が正社員としてあっさり採用されたことだった。彼女は年下で前職は有名週刊誌の編集者だった。
「正社員の先輩編集者がひとり辞めたので、正社員になれるチャンスだと思って頑張っていたのですが、後から来た人にあっさり正社員のポジションを取られたことはものすごくショックでした。これまでの頑張りが無駄に終わったことと、いつになったら、どれだけ頑張ったら正社員になれるのかが全然見えてこなかったので……。それ以来仕事のモチベーションがかなり下がりました」
さらに将来的な不安も感じていた。ベテラン編集者の年収は萩原さんのSE時代の年収よりも低く、昇給もないようだった。仮に正社員になれたとしてもこの会社の給料で生活していけるのか──。こういう実情を知り、現実の厳しさを改めて認識した。
「本当に好きじゃないとやっていけない世界だということも痛感しました。編集長も私を正社員にするとは最後まで言いませんでしたし。だから私にはこの編集部で正社員になるためのいろんな資質が欠けていたのでしょうね」
改めて厳しい現実を痛感した萩原さんに、これ以上この編集部で頑張る気力は残っていなかった。転職活動を開始し、次の転職先が決まった時点で編集長に辞意を伝えた。入社から半年後のことだった。 |