かつては若さに任せて20時間もアルバイトをしていた澤田さん。会社が不当に強いる労働には我慢がならないが、自分が仕事を覚えるためには努力を惜しまない。今度の職場は、従業員百数十名の建設会社で、これまで社会保険労務士に委託していた仕事を自社でやろうということで与えられたのが、澤田さんの仕事だった。
澤田さんにとって、保険の仕組みも何もすべては未経験の世界だ。先輩として仕事を教えてくれる人もいないので、自ら学び、どうしてもわからないところは、社会保険労務士に問い合わせた。
「確かに仕事を理解するまで勉強ばかりですが、新しいことを覚えていくのは楽しくもありました。会社では常にアンテナを張り巡らせて、新しい職場のやり方にも目を配らなくてはなりません。毎日刺激的でしたし、充実感もありました」
仕事に慣れてくると、自分にとって一番向いているのは事務の仕事かな、とも思えるようになる。やっと順調に、一生続けることができる仕事が見つかったのかなと感じてきた入社数カ月後、しばしば先輩社員が口にする言葉に、妙な引っかかりを覚えるようになってきた。
「皆さん、『ウチの会社は○○だから』と、まるで口裏を合わせるように言うのです。なんだか人を拒絶するような、ちょっとかたくなな響きがある言葉でしたね」
例えば、「これは、こうしたほうがより合理的ではありませんか」と提案すると、先輩社員が「ウチの会社はこれが普通だから」と答える。一事が万事その調子。提案を受け入れる余地が全くないのだ。
「職場の様子が見えてくると、仕事の流れが悪いことに気づいたのです。それぞれの人が持っている情報が、ほかの同僚に伝わっていない。ですから、何かあれば、いちいち担当者のところに行って話を聞かなければならなりません。自分の仕事にチャチャを入れられるのが嫌なのでしょうか、職場に意味のない縄張りのようなものを持っているというか……。とにかく、この会社も自分には合わないのか……という暗い気持ちが胸の中に生まれてきたのはこのころでした」
かといって何もしなかったわけではない。まず自分の受け持っている仕事はできるだけオープンにして他の人が見てもすぐにわかるようにした。
「社員名簿はだれでも見ることができるような場所に置きました。また、ボードを置いて、その日各自がどこで何をやっているか、一目でわかるようにしました。こうすることで、滞りがちだった業務がある部分ではスムーズに動くようになったのです」
当初は、自分の行動をいちいちボードに書くのを嫌がっていた社員も、その効用に納得して、すぐに皆が記入するように変わっていった。ささやかな変革ではあったが、確かに社内の業務はそれだけスピーディになったのである。
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