キャリア&転職研究室転職する人びと第19回(前編)この会社にいてもは自分もダメになる キャリア不足と年齢の壁を突破し 希望の仕事に転職成功!
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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは―。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第19回(前編) 澤田果歩さん(仮名)32歳/事務職
この会社にいてもは自分もダメになる キャリア不足と年齢の壁を突破し 希望の仕事に転職成功!
10年あまりの社会人生活の間、アルバイト経験を除けば、わずか1年半の事務職経験しかない澤田果歩さん(仮名・32歳)。しかし、後ろ向きな雰囲気とワンマンを貫き通す経営者の会社にいては将来がないと痛感。年齢は32、アピールできる経験もない。「でも、きれいな水は流れているからこそ澄んでいられるんだ。よーし! やるぞっ!」。ともかく元気よく会社を飛び出した澤田さんだった――

「ウチの会社では、キミの良さを引き出すことができなかったのかもしれないなあ……」

 会社を去ろうというその日、澤田果歩さんの採用に尽力してくれた部長が、ぐいっと熱燗を飲みほして、つぶやくように言った。

「積極的に職場の環境を改善しようとする態度には、ずいぶん助けられたところもあったんだがなあ……」

 澤田さんは、その言葉を素直に感謝すると同時に、しかし、こんな言葉がのど元まで出かかった。

(だったら、部長。あなたが率先して会社をよくするよう、努力してくださればよかったじゃないですか!)

 ただ、社長の言われるままに動くイエスマンでいることで、本当に会社はよくなるのだろうか。会社の中の自分を守るために不平も不満も押し殺して、ただ黙々と仕事をして、本当に会社の発展に前向きに取り組むことができるのだろうか。澤田さんは、そこに疑問を感じていた。

 ダメだと思ったのなら、よい方向に変えていきましょう。がんばって、がんばって、それでもダメなら、そのときは立ち去ればいいんです。一番ダメなのは、ダメだと知りながら、そこにぐずぐず留まってストレスを抱え込んでしまうような、そんな状況じゃないですか──。

 もう少し酔いが回っていたら、そんな言葉を、この恩のある部長に言ってしまったかもしれない。

 川の水は、流れているからこそ澄んでいられる――。澤田さんは、入社わずか1年余りで、会社を辞める決心をした。

 退社を決めた段階で、次の仕事が決まっているわけではなかった。希望する事務職でたった1年余りのキャリアしかない32歳の自分を採用してくれる会社があるだろうか。しかし、それを承知の上で澤田さんは、会社を飛び出すしかないと決めていたのだった。

 

離婚した後の自活生活
まず見つけたのが営業の仕事
 

 澤田さんは、よく言えば常に迅速に行動した。ただ、行き当たりばったりという面もある。 高校3年時に内定をもらった印刷会社(※1)も、「何か、まだ自分にはいろいろな可能性があるような気がして」(澤田さん)、入社する前に断ってしまった。

 その後は、とにかく自分の可能性を確かめたいとしゃにむにアルバイトに励む。ファミリーレストラン、カメラ屋、うどん屋など1日に2件、3件と仕事のはしごをする。若いとはいえ、20時間も働きっぱなしという過酷さを敢えて自分に課したのだった。人と接する販売というアルバイト。澤田さんの持ち味は、社交性と根っからの明るさ、そしてどんなときでもポジティブに考える姿勢(※2)だ。それは10代のころ、すでに発揮されていたようだ。

 そうした生活が1年余りも続けた後に結婚。以後専業主婦となるが、結婚生活は6年で破綻。26歳のときだった。まずは仕事を見つけなきゃと就職活動した結果、広告会社の営業職に契約社員として採用された。

深夜2時、3時までの仕事に退職者続出
これが会社というものか……と痛感
 

 広告会社の営業職は想像以上に厳しかった。仕事は地域の情報紙に掲載する企業広告の仕事を取ってくること。昼間は担当地区のショップを回り、夜は会社に戻って掲載する広告の制作までをやる仕事だ。たいてい退社は深夜だったが、仕事自体は楽しく、やりがいも感じていた。忙しくも充実した日々を送っていたが、4年半が経過したころ会社の上場が決定。社員の仕事量はますます増え、夜中の2時、3時まで帰れない日々もざらに。澤田さん自身も限界を感じていた。

 そこで、これでは社員のためにも、ひいては会社のためにもならないと上司に訴えた。しかしあっさり却下された挙句、仕事の契約も延長されなかった。

 あっけないほどの「リストラ」だったが、澤田さんはすぐに頭を切り換える。営業職ではない、別の仕事で自分を試してみたいという気持ちも出てきたので、有給休暇中に転職活動を開始。幸運なことに人材紹介会社に登録したところ、すぐに面接が決まり、あっという間に、次の会社に採用が決まった。


 仕事は営業ではなく事務職での応募。事務職は経験がないと説明したが、それでも採用通知が来た。よく自分を選んでくれたなあと不思議に思い、後になって担当者に聞いたところ、「明るい人柄」が採用の理由だという話だった。

「経験のない事務職での採用も意外でしたが、人柄で採用というのも不思議な感じではありました。その時は、それはそれであまり深く考えず、とにかく、覚えることがたくさんあったので、夢中で与えられた仕事を始めました」

社員同士の縄張り意識が強く、
協力体制の整っていない職場
 

 かつては若さに任せて20時間もアルバイトをしていた澤田さん。会社が不当に強いる労働には我慢がならないが、自分が仕事を覚えるためには努力を惜しまない。今度の職場は、従業員百数十名の建設会社で、これまで社会保険労務士に委託していた仕事を自社でやろうということで与えられたのが、澤田さんの仕事だった。

 澤田さんにとって、保険の仕組みも何もすべては未経験の世界だ。先輩として仕事を教えてくれる人もいないので、自ら学び、どうしてもわからないところは、社会保険労務士に問い合わせた。

「確かに仕事を理解するまで勉強ばかりですが、新しいことを覚えていくのは楽しくもありました。会社では常にアンテナを張り巡らせて、新しい職場のやり方にも目を配らなくてはなりません。毎日刺激的でしたし、充実感もありました」

 仕事に慣れてくると、自分にとって一番向いているのは事務の仕事かな、とも思えるようになる。やっと順調に、一生続けることができる仕事が見つかったのかなと感じてきた入社数カ月後、しばしば先輩社員が口にする言葉に、妙な引っかかりを覚えるようになってきた。

「皆さん、『ウチの会社は○○だから』と、まるで口裏を合わせるように言うのです。なんだか人を拒絶するような、ちょっとかたくなな響きがある言葉でしたね」

 例えば、「これは、こうしたほうがより合理的ではありませんか」と提案すると、先輩社員が「ウチの会社はこれが普通だから」と答える。一事が万事その調子。提案を受け入れる余地が全くないのだ。

「職場の様子が見えてくると、仕事の流れが悪いことに気づいたのです。それぞれの人が持っている情報が、ほかの同僚に伝わっていない。ですから、何かあれば、いちいち担当者のところに行って話を聞かなければならなりません。自分の仕事にチャチャを入れられるのが嫌なのでしょうか、職場に意味のない縄張りのようなものを持っているというか……。とにかく、この会社も自分には合わないのか……という暗い気持ちが胸の中に生まれてきたのはこのころでした」

 かといって何もしなかったわけではない。まず自分の受け持っている仕事はできるだけオープンにして他の人が見てもすぐにわかるようにした。

「社員名簿はだれでも見ることができるような場所に置きました。また、ボードを置いて、その日各自がどこで何をやっているか、一目でわかるようにしました。こうすることで、滞りがちだった業務がある部分ではスムーズに動くようになったのです」

 当初は、自分の行動をいちいちボードに書くのを嫌がっていた社員も、その効用に納得して、すぐに皆が記入するように変わっていった。ささやかな変革ではあったが、確かに社内の業務はそれだけスピーディになったのである。

ボーナスカット? リストラ? 
この会社も危ない!?
 

 そうして仕事にも職場にもすっかり慣れていった澤田さんだったが、会社の内情に通じれば通じるほど不安を覚えることがあった。経理にも通じる仕事をしていたので、会社の「事情」がおかしなことに気づき始めたのである。

「夏のボーナスが支給されなかったのには、おや? と思いました。その前に考課表を作成して提出していたからです。そうこうしているうちに、社員が2人ほど解雇されたという話も聞きました。経営が傾いているのでは、というウワサが社内でささやかれるようになりました」

 そうした状況で、澤田さんが不審に思うようになったのは、社長のワンマンぶりだった。一族会社なので、会社は社長とその親族たちが占めていた。彼らのいうことなら何でも通さなければならない雰囲気になっているようなのだ。社長の息子たちもいつの間にか、本社役員として幅を効かすようになっていたのを、先輩社員たちから聞いたりもした。また、ボーナスのカットや社員の解雇の件があった直後に見かけた社長の自動車が、いつのまにか新車の高級車になっていた。

「この時期にそんなムダな経費を使う必要があるでしょうか? でも、他の人は何も言わないのです。そして、有休が取れない、給料が安いと陰で文句を言っているだけ。そういうストレスを抱え込み我慢したままでは、よい仕事なんてできないのではないでしょうか。よい仕事ができない職場環境をそのままにして業績だけを求める経営者では、組織そのものがダメになっていくのではと思いました」

 さらに、衝撃的な事実を知ってしまう。

「ある日、勤続十数年という女性社員の年収を知って、開いた口がふさがりませんでした。私ですら普通の人より年収は少ないと思っていたのですが、その方はさらに下だったのです。私と同じ職場、同じ条件なのに、です。会社がどういう基準で給料を査定しているかはわかりませんが、こういうことを平気でやるような経営陣のために、何十年も働く気にはとうていなれないと思いました」

 そこで、澤田さんは考えた。すでに年齢は30歳を超え、まだ入社して1年と少ししかたっていない今、ここを飛び出して、新しい仕事に就けるだろうかと。それ以前のキャリアは営業だが、就きたい仕事は事務職だ。ならばキャリアはわずか半年。資格など、これといって人にアピールできるものもない……。

 しかし、澤田さんは即座に決意した。「いや、いける。きっと大丈夫。川の水がきれいなのは、常に流れているからなんだ。ここに留まってクサっていては自分もダメになってしまう(※3)。歳なんか関係ない。キャリアの浅さなど気にしてもしょうがない。とにかくやってみよう」

 その割り切りの速さ、素早い行動力は澤田さんの澤田さんたるゆえんだ。

「そのポジティブな姿勢を
新しい職場でも活かしなさい」
 

 そして、澤田さんの最終出社日。1年数カ月前に、事務経験のない澤田さんを会社に引き入れてくれた部長は、送別会を企画し、澤田さんを誘ってくれたのだった。

「ウチの会社では、キミの良さを引き出すことができなかったのかもしれないなあ……」

 最後にぽつりと話す部長の言葉は、澤田さんの胸に沁みた。「キミの社交性、明るさ、なによりポジティブな姿勢は、ウチの会社の何かを変えてくれると期待していたんだ。でも、ウチでは生かしきれなかったのも事実。新しい職場では、そのキミのよいところを存分に引き出してもらいなさい」

 思わぬ部長の言葉に感激はしたが、澤田さんは、先日も同じことを言われたな、と思わずにはいられなかった。実は、公休日を利用して進めていた転職活動の際、人材バンク「日本MSセンター」のコンサルタント・柳橋氏からも「あなたの明るい性格を高く評価しています」と言われていたのだ。

 ただ思ったことを思った通りにやってきただけなのだけれど、と考えながら、澤田さんは、今回の一連の転職活動を振り返らずにはいられなかった――。

 
プロフィール
photo
高校卒業後、アルバイト、結婚、離婚を経て、広告会社の契約社員となる。広告会社の営業職は4年半ほど続けたが、契約切れを理由に退社させられ、次に建設会社の事務職に就く。しかし、そこも職場の雰囲気や経営状態に疑問を持ち退社。現在は金属加工の会社の総務に転職、新たな環境でさらに自分の可能性に挑戦している。千葉県在住。32歳。
澤田さんの経歴はこちら
 

就職先である印刷会社(※1)
もともと高校では理系科目が得意だった澤田さんは家電メーカーを希望していた。それがうまくいかず、とりあえず決まったのが印刷会社だった。「なんだか、ここで就職してしまうのは、自分の可能性が限定されるような気がしてしまったのです。今思えば確かに若気の至りで、周りに迷惑もかけたと反省するばかりです」

 

どんなときでもポジティブに考える姿勢(※2)
ふつうなら落ち込んだり、不安になったりする局面でも即断即決、迅速行動というのが、澤田さんの信条のようだ。「迷ったりくよくよしたりは、あまりしません。ダメなら次がある、それでもダメでも先はある。そんなふうに切り替えて、行動してきました」

 

ここに留まってクサっていては自分もダメになってしまう(※3)
もうこんな会社辞めてやる、と決心した理由は、ほかに「責任の所在が曖昧だったのも、納得できませんでした。積極的に仕事に取り組む姿勢が仇となることもあり、何かミスをすればすべての責任を取らされる……。それでは、だれも進んで仕事の幅を広げようという気にならないではないですか。モチベーションが下がるのは、こういう曖昧な逃げ腰の体質なんじゃないかなと感じたんです」

 
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取材・文/有竹 真(ジャネットインターナショナル)
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