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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第35回 (前編) 石井真奈美さん(仮名)37歳/経理
私は一体どうすればいいの!?女の戦いに我慢の限界 スキルアップ転職を決意

大学卒業後、大手電機メーカー関連のシステム開発会社に入社した石井真奈美さん(仮名)。既存システムの改善変更やシステム保守などを担当していたが、将来的な社内での目標が見つけられず11年勤めた会社を辞めた。経理業務に興味を持ち、資格を取得したり、派遣社員として実務経験を積んだりしてスキルアップを図った。そうした努力の甲斐あって、正社員のポジションを獲得。しかし、そこで石井さんは思いもよらない経験をしてしまう。

「何やってるのよ!あなたのやり方はまるでなってない!」

(またか……)

 石井さんは心の中で舌打ちした。ここ数カ月、ずっとこんな調子だ。ちょっとした行き違いがきっかけで、同僚の女性とギクシャクするようになった。それ以来、彼女は石井さんのすることなすこと、すべてを否定するような発言を容赦なく浴びせてくる。

 ITコンサルティングなどを手掛けるベンチャー企業に転職し、経理を含む事務全般を任されていた石井さん。自ら勉強して簿記などの資格を取得し、派遣社員として経験を積み、ようやく正社員としてやりたい仕事に就いてまだ1年にも満たなかった。社員の少ない会社だからこそ、人間関係をなんとか良好に保ちたい、彼女と分かり合えるようになりたい、そう思って相手に合わせる努力もしたが、徒労に終わった。

(一体、私はどうすればいいの?!)

 もう我慢の限界だった。お互いを傷つけ合う日々に、石井さんの疲れは積み重なる一方だった。

 このまま会社にいても時間のムダではないか。スキルアップのために挑戦する簿記1級の試験も迫っている。とにかく会社を辞めて、勉強に専念しよう。それから次の仕事を考えよう。石井さんの決意は固まった。

11年勤めたシステム開発会社では
将来のやりがいが見出せなかった
 

 都内の有名私立大学文学部に在籍していた石井さんが就職活動の時期を迎えたのは、バブル景気が陰りを見せ始めていたころだ。大学で適性検査を受けると「SEの適性あり」との結果が出た。

 ちょうど、システム開発やソフトウエア開発を手掛けるIT企業の採用活動がいち早く始まったこともあり、大手電機メーカー関連のシステム開発会社の選考を受けた。すると早々に内定をもらった。

「後になって、やっぱり経理や総務をやりたいと思うようになったのですが、事務の新卒の採用数がこれまでより減っていたこともあって、なかなかうまくいきませんでした。内定式を迎える10月まで就職活動を続けたけれど、結局だめでしたね」

 システム開発会社では、開発部門に配属。クライアントである電機メーカーに関する修理情報管理システムの保守や改善変更を担当した。

 石井さんの仕事は開発そのものを手掛けるのではなく、ユーザーと開発エンジニアとの調整役。数年もすると、毎年同じことの繰り返しであることに気づいた。十分な給料をもらっていたので、大きな不満はなかったが、かといってやりがいも感じられなかった。

「入社して10年も経つと、ポジションが微妙に(※1)なってくるんですよね。この会社に居続けるなら、技術者として腕を磨いていくか、もしくはマネジメントする立場になっていくかを選ばないといけない。でも文系の私には技術者の道はムリだし、かといってマネジメントもピンとこない。会社でやりたいことがなく、先が見えない状況になっていったんです」

 入社して11年が経とうとしていたとき、実家が営んでいた事業が苦境を迎えたのを目の当たりにした。夫も将来は独立したいという希望を口にするようになっていた。

「漠然と会社にいるよりも将来的に役に立つことを勉強したほうがいいかも」11年間勤めた会社を辞める決心がついた。

資格を取得し経理職を目指すが
実務経験がなく断念
 

 退職後、半年間は専門学校に通い、行政書士と2級ファイナンシャル・プランニング技能士(AFP)の資格を取得した。ゆくゆくは実家や夫の事業の手助けになるかもしれないと考えたからだ。その後、簿記3級も取得。経理職の求人を探した(※2)が、実務経験がない石井さんを受け入れてくれる会社は見つからなかった。

 そんなとき、目に入ったのが生命保険会社の求人広告だった。「AFPの資格保有者は有利」という一文を見て、心が動いた。

「本当は経理をやりたかったんですが、仕事をしていない間に実家の事業がさらに厳しくなり、夫の独立話も具体的になっていて『稼がなきゃ!』という気持ちが先に立ちました。生保の営業なら資格も生かせるし、まあなんとかやれるだろうと思って入社したんです」

 誠実に仕事をすれば、それなりに結果を残せると思っていたが、現実は厳しかった。どうしても商品に愛着が持てず、顧客に対して利点を熱く語ることができない。契約が取れないというプレッシャーに耐えられなくなり、「私には向いていなかった」と半年で退職した。

 実は、石井さんは生命保険会社にいる間も経理への未練が断ち切れず、簿記の勉強を続けており、生命保険会社を退職した後、簿記2級の資格を取得。経験がなければ正社員としての採用は難しいと痛感していたため、派遣会社に登録し、経理の実務経験を積んだ。

ベンチャー企業からのスカウトで
経理担当として念願の正社員に
 

 ある日のこと、知人のつてであるベンチャー企業の社長から「ウチの会社に来ないか?」と声がかかった。

「システムコンサルティングなどを行う設立2年目の会社で、経理、総務など事務全般を任せたいという話でした。今後は保険代理店事業にも参画する予定で、私が保険に関する資格を持っていたことも採用のポイントになったようです。やっと正社員になれる!とうれしかったですね」

 ベンチャー企業ゆえ仕事を教えてくれる先輩もなく、すべてを一人でこなすのはたいへんだったが、わからないことは顧問の税理士に聞くなどしてなんとか仕事をこなしていった。

 社長のキャラクターも個性的だった。当時の社長の発言でずっと心に残っていたのは「会社は個人事業主の集まりでいいと思っている。だからこの会社を利用して、それぞれ自分のやりたいことを実現してほしい」だった。会社組織を利用して何か事業をやろう、などとは考えずに入社していた石井さんは、そんな社長に対してしだいに違和感を持つようになった。

「自主性に任せるというけれど、何をどうすればいいのかわからないことが多々ありました。ある展示会への出展を決めたときも、社長ひとりで抱え込んで状況がわからないまま外出しっぱなしで、ほとんどコミュニケーションが取れなかったし。だから右往左往していました。相談しようにも、ほとんど会社にいないので、コミュニケーションがとれないまま、時間が過ぎていきました」

ささいな事件がきっかけで
女性社員との人間関係が最悪に
 

 入社して7カ月が過ぎたころ、一人の女性、Aさんが入社してきた。Aさんは「この会社でシステム開発ツールの販売に携わりながら、輸入事業を手掛けたい」という希望を持った女性だった。英語が堪能で、どんどん自分をアピールするような積極的な彼女を見て、石井さんは「苦手なタイプかも」と感じたが、それでもうまくやっていけるだろうと軽く考えていた。

 ある日のこと。顧客へ送る案内状を作成するという仕事があった。石井さんが住所録を作成し、印刷会社とのやりとりはAさんに任せることになった。ちょうど経理業務が忙しい時期と重なってしまったため、石井さんは住所録作成の時間がなかなかとれず「予定の期日までに住所録を作るのは難しそうです」というメールを社長に送った。

 印刷会社に住所やデザインを持ちこむタイムリミットが来てしまい、予定通り運ばないことが判明した。そこでAさんが激怒した。

「3人で協力してやっていることなのに、どうして社長にしか知らせなかったの?」

「印刷スケジュールのこと、声を掛けてくれればよかったのに……」
 石井さんが思わずそう言うと、Aさんからキツイ言葉が返ってきた。

「あなたはチームで仕事をするときのやり方が全くわかってない!」

 コミュニケーション不足から起こったささいな事件。

「これからはちゃんと声をかけて、お互いにフォローし合っていけばいいや」と、石井さんは軽く受け流そうとしたが、そうはいかなかった。この日から石井さんに対するAさんの態度が一変してしまったのだ。石井さんのすることなすこと、すべてを批判するようになった。

 入社して1年も経っていないし、やっと手に入れた仕事だから辞めるわけにはいかない。「こちらが気をつければ、分かり合えるようになる」石井さんはそう考えて、Aさんに気を遣ってきた(※3)

 会社のパソコンに、あるソフトを導入するときも、一度はB社製品にしようと決まったが、Aさんの性格や好みを考えてC社製品を購入。それを見たAさんはこう言い放った。

「会社としてB社製品にしようと決めたのに、なんであなた個人の判断で変えるの? あなたに何の権限があるわけ? 交換できないのか、聞いてきてよ」

 良かれと思ってやったことも裏目に出てしまう。毎日その繰り返し。いくら気を遣うといっても、納得できないことで攻撃されれば、反発を感じるもの。「こっちにだって言い分はある」とばかりに、意地になって反撃してしまうこともあった。それはだんだんエスカレートし、ときにはメールでキツイ言葉の応酬をすることもあった。

「お互いに傷つけ合ってしまったんでしょうね。私も辛かったけど、彼女も体調を壊して『あんたの顔は見たくない』とほとんど会社に来なくなった。社長は私たちの険悪な仲を知っていながら、仲裁に入ろうとはしなかった。私は疲れ果てて、これ以上我慢してもムダだと思うようになりました」

必要とされていたと信じていたのに
「去る者は追わず」の言葉にショック
 

 石井さんはAさんに常々「私のいないところで、私のことで社長とコソコソ相談するのはやめてよね!」とクギを刺されていた。だから相談できずにいたのだが、思い切って社長にメールをした。

「もう我慢の限界です。精神的にも参っています。3人で話がしたい」

 石井さんの希望は通らず、結局、社長と2人で話をすることになった。退職を考えていると告げると社長はこう言った。

「君の決めたことだから尊重するよ。ウチは去る者は追わず、だ」

 ショックだった。経理総務の仕事を一手に引き受け、こなしていた自負があった。それに石井さんが保険業務の有資格者であることを当て込んで始めた保険代理店事業もやっと保険会社との契約が済んだばかりで、まだまだ軌道に乗ったとはいえない状況だった。

「私の力が必要だと言ってくれるものと思っていたのに、あっさりと退職を受け入れるなんて……。社長もいろいろと考えてはいたようですが(※4)、会社の都合より私の決心を尊重する気持ちからだと思うけど力が抜けましたね」

 2007年4月、退職。今までの嫌なことは忘れ、とにかく自分のスキルを磨こう(※5)——石井さんは新たな道へまっしぐらに突き進んだ。


以降[後編]に続く

 
プロフィール
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埼玉県在住の38歳。大学卒業後、システム開発会社で情報管理システムの保守などを11年間担当。退職後、1年かけて行政書士とファイナンシャル・プランナー(AFP)、簿記3級の資格を取得。その後、生命保険会社の営業職となるが、半年で退職。派遣社員としてソフトウエア開発会社の事務、リサーチ会社の財務データ収集業務に従事した後、ITコンサルティング会社に入社。総務経理を担当していたが、同僚や経営者との人間関係に行き詰まったのを機に転職を決めた。

石井さんの経歴はこちら
 

ポジションが微妙に(※1)
そのころには、役職を得てさらに活躍する同期や後輩の姿が見られるようになっていたという。しかし、上司の推薦がないと昇格試験は受けられない。「毎年、仕事の実績や目標を提出する自己申告制度があったんですが、やりがいを見失っていた私にはそれが苦痛でした」

 

経理職の求人を探した(※2)
ハローワークで経理補助の仕事を探したが、求人数が少ない上、経験者しか採用しない企業がほとんどだったという。「会計事務所の経理パートに応募したのですが、事務未経験者は採用しないとのことでした。実務経験がこれほど重視されるとは思いませんでした」

 

Aさんに気を遣ってきた(※3)
「何かするときはいちいちお伺いを立てていました。だけど、そんな私の態度も気に入らなかったみたいで、その都度否定されて。会社の人間関係で悩むことは初めてではなかったのですが、これほどまでに否定されたことはなかった。今まで仕事をしてきた中で一番つらかったですね」

 

社長もいろいろと考えてはいたようですが(※4)
「2月中旬に社長から二人の仕事を洗い出し、お互いがお互いの仕事をできるようにしてほしいとメールで連絡がありました。それに対し私は真意がつかめず、先送りにし、3月中旬に「どういうことか説明してもらえるまでできない」とメールで返信しました。それに対してAさんも社長も良く思っていなかったと思います。「お互いの仕事ができるように」というのは、私しか知らない仕事があると私が休んだ時に困るので、そうならないように誰でもできるようにしたいという意図からとのことでした。ただ、私の担当していた仕事は広範囲に及んでいたので、私がいないときのフォローであれば必要最低限でよいのではないかと反発心を持っていました。また、自分の仕事をAさんにとられてしまうかもしれないという気持ちもあったと思います」

 

自分のスキルを磨こう(※5)
石井さんは入社以来、簿記1級の取得をめざして勉強を続けていた。試験が6月に迫っていたため、すぐに転職活動をせず合格を目指すことに専念した。

 
次回は2月4日配信予定
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取材・文/田北みずほ

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