ところが——。職場の雰囲気は、斉藤さんが思い描いていたものとは、全く違っていた。営業職である以上、売上を伸ばすのは当然だ。しかしこの会社は、顧客の事情を考慮せず、自社の売上目標の達成を最優先する空気が強かった。
「外資系の日本法人なので、“メーカー”というよりは“販売代理店”という感じでした。国内の事情やお客さまの研究状況などを無視して、本国が決めた特定の試薬を大量に売るという方針(※2)だったのです。使用期限のある製品であるにも関わらず、使用ペースを考えないで一度に大量に買わせようとしていました。それなのに、保証期限を過ぎたものは使わないようにと言う。顧客の使用ペースには波があるので、そこを考慮した提案をするのが本来のメーカーの務めなのに……研究者の気持ちがわかるだけに、これは納得いきませんでした」
西日本を中心に約130社を担当していた斉藤さんは、いかにして顧客満足度を高めるかという観点から、営業の立場でできうる限りの工夫を凝らした。その一つが、顧客の研究内容に合わせ、必要な複数の試薬をセット販売するというものだ。採用してもらう製品の幅を広げることによって、売上を確保した。これなら、顧客にも喜ばれ、自社側も損がないと考えたからだ。
しかし、会社はそれをなかなか認めようとはしなかった。
「社の方針に背いて勝手なことをしている」
「ウチは好きなものだけを売る個人商店ではない」
ことあるごとに非難され、そのたびに意見を戦わせた。大勢の社員が集まる場で、公然と斉藤さんのやり方を否定されたときもある。
「お客さまのことを第一に考えるのは当たり前のこと。自社の利益を優先していたら、そのうち立ち行かなくなります。私のやり方は間違っていません。何よりもお客さまから支持をいただいているのが、証拠です」
斉藤さんの正論に会社はなんら反論できなかった。
「かわいくないヤツ、と思われていたと思います(笑)」 |