キャリア&転職研究室|転職する人びと|第30回(後編) この転職で生まれ変わった!パワハラ、うつ病、…

TOP の中の転職研究室 の中の転職する人びと の中の第30回(後編) この転職で生まれ変わった!パワハラ、うつ病、解雇 どん底から奇跡の復活

     
       
 
一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第30回(後編) 水谷恵美子さん(仮名)36歳/経理
この転職で生まれ変わった! パワハラ、うつ病、解雇 どん底から奇跡の復活

激務と上司のパワーハラスメントの影響で体調を崩し、自宅療養していた水谷さん。しばらくして、両親の目の前で会社から解雇を言い渡される。仕事のプレッシャーからは解放されたが、体調はなかなか回復しない。将来への不安に押しつぶされそうな毎日を過ごしながら、転職のきっかけを探していた。

【前回までのあらすじ】

 10年以上にわたる経理の実務経験を買われて、施設運営サービス会社に採用された水谷恵美子さん(仮名・36歳)。殺人的な忙しさに耐えながら仕事をこなしていたが、やがて上司から暴言を浴びせられたり、暴力を振るわれたりするようになり、ついに会社にいけなくなってしまった。自宅療養となったが、その間に水谷さんの勤務態度について、両親が社長から注意されていたことを知り、退職を決意。しかし、その後、再び両親とともに呼び出され、解雇通告を受けた。

どん底からはい上がるきっかけは
一通のスカウトメールだった
 

 会社を解雇され、激務とパワハラ上司からは解放されたが、水谷さんの気持ちは全く晴れなかった。体を壊すまで必死に働いてきたのに、会社から解雇という仕打ちを受け、崖から突き落とされたような絶望感を味わっていた。

 体調面で不安を抱えているのに、失業者になってしまった。いつまた社会復帰できるかわからない。35歳という年齢や体調のことを考えると、これからどうなるのか、不安でたまらなかった。転職に向けてリハビリを続けてはいたが、不安に押しつぶされそうで、死ぬことばかり考えていた(※1)

 とても転職活動をする気になどなれなかったが、しばらくたったある日、あるコンサルタントからスカウトメールが届いた。水谷さんは過去の転職活動の際、【人材バンクネット】をはじめ、複数の転職サイトに登録しており、転職後もそのまま継続していたのだ。

 いつまでもふさぎ込んでいてもしょうがないと思った水谷さんは、スカウトメールをくれたコンサルタントとコンタクトを取り、面談に行った。そして今までのいきさつを話すと、コンサルタントは目に涙を浮かべ、意外なことを語り始めた。

「実は私もあなたと同じような経験をしてきたの。でも、心理学の勉強をして立ち直ったのよ。よかったらあなたも一度、体験してみない?」

 そのコンサルタントは心理学の技法を使って精神的な悩みを解決する心理カウンセラーの勉強をしているという。とても輝いている彼女の姿を見て、水谷さんは、良好な人間関係の構築に役立つ心理テクニックを身につけられるという心理学の講座を受けてみることにした(※2)

 何度か講座を受けて、何かが変わったという手ごたえは感じなかったが、「このままの気持ちでいたらダメだ。自分は必ず変わらなければならない(※3)」という思いもあり、講座を続けることにした。

「その後の講座で出会った、20代の女性からメールをもらったんです。『水谷さんは今日、とても笑っていましたよね。笑顔がステキで、私までうれしくなりました』って。そんなこと、言われるのは初めてで、すごくうれしかった。またメンタルの仲間が一緒にランチをしようと何度も熱心に誘ってくれて、一緒にランチを食べていたのですが、そのあたりから自分が変わり始めたように思います」

過去の自分を乗り越え
転職活動にも前向きに
 

今までは「こんなこと言ってはいけない」と、自分を抑制してきたけれど、心理学の講座を受け始めてからは少しずつ、自分の気持ちを話せるようになった。

 転職活動にも本格的に取り組み始めた水谷さんの希望条件は、

  1. これまで培ってきた経理のスキルや経験が生かせる仕事
  2. 正社員採用
  3. 大手企業(※4)

だった。各人材バンクの得意分野をチェックし、経理の求人が多い人材バンクを探すと同時に、自分でも求人を検索。すると、【人材バンクネット】から送られてきたマッチング求人メール(※5)で条件を満たす求人を発見、早速応募するために、その求人の担当者であるランスタッド株式会社の松本尚人コンサルタントを訪ねた。

 詳しく話を聞いた結果、その求人には残念ながら縁がなかった。しかし、それで終わりではなかった。

「松本さんに、私のこれまでの仕事の経験はもちろん、前職でのパワーハラスメントのこと、心理学の勉強をして立ち直りつつあることなどを、洗いざらい話したんです。そうしたらとても親身に聞いてくださり、とても心配してくださったんです。そして私に合う仕事を一生懸命、探してくれました」

 松本コンサルタントが紹介したのは3社。家電量販店を経営するA社、通信販売大手のB社、そしてIT関連会社のC社だ。A社は終業時間が遅く、心理学の講座に通うことが困難なためあきらめた。C社は通勤に時間がかかりすぎることから除外。そこでB社に応募したが、書類選考で不合格となった。

「やはり派遣に戻るしかないか……」とあきらめかけていたとき、松本コンサルタントが言った。

「水谷さん、A社はたしかに終業時間が遅いけど、急いで帰れば講座の開始時間に間に合わないこともない。受けるだけ受けてみてはどうですか?」

 信頼する松本コンサルタントの言葉に、水谷さんはうなずいた。

面接直前に激励の電話
緊張がほぐれ笑顔になれた
 

 そして迎えた面接日。水谷さんは急に怖くなり、足がすくんだ。「ダメだと思ったら、帰ってくればいい」と自分に言い聞かせ、なんとか会社の近くまでたどり着くことができた。喫茶店に入り、面接の想定質問と答えを書き出したノートを何度も何度も読み返した。

「大丈夫、大丈夫。……いや、やっぱり怖い。どうしよう……」

 そのとき、携帯電話が鳴った。松本コンサルタントからだった。

「水谷さん、気分はどう? 大丈夫? 頑張れる?」

 正直にやっぱり怖いと答えると、「せっかく会社の近くまで行ったんだから、そのまま行っちゃおうよ!」と温かく励まし、背中を押してくれた。

「よし、気分を変えよう。どうせ行くなら笑顔で行こう!」水谷さんは笑顔を作り、面接会場に入った。

 ありのままを話す——水谷さんは面接でのテーマをそう決めていた。面接官は経理部長で公認会計士の資格も持っている実力者だった。とはいえ、堅苦しさは微塵もなく、さわやかな人柄。

(この人と一緒に仕事をしたら、いろんなことを教えてもらえるかも)

 水谷さんの気持ちが落ち着いた。

 面接は和やかに進んだが、面接官は最後にこう言った。

「あなたは人柄が素晴らしいし、経歴もすごい。当社としては、ぜひ採用したいと考えますが、経理部門の男女のバランスを考えて決めますので、検討させてください」

 それを聞いて「落ちた」と思った。応募者の中には男性もいると聞いていた。今回は男性を採用するつもりなのだろう。残念ではあるが、面接をしてくれたことに感謝の気持ちが湧いてきて、自宅に帰ると、すぐにペンをとった。面接をしてくれた経理部長にお礼を言いたかった。

「忙しい中、私のために時間を割いてくれたことに感謝します、という内容でお礼状を書きました。もし、入社できたら今までの経験を生かして頑張ります、というアピールもちゃんとつけ加えて(笑)」

 面接が終わってからしばらく連絡がなかったので、「やっぱりダメだったか」と思っていたとき、電話が鳴った。松本コンサルタントからだった。

「おめでとうございます! 採用が決定しました!(※6)

 思わず安堵のため息が出た。松本コンサルタントは自分のことのように喜んでくれている。それがありがたく、うれしかった。

「転職は決して“逃げ”じゃない!」
新しい職場で充実の毎日
 

 新しい職場は経理部門だけで何十名もの社員が働いている。入社後は内部統制の担当になった。覚えなくてはならないことが多く、緊張の連続だが、毎日が充実しているという。

「上司は気軽に声を掛けてくれるし、私も素直に言いたいことを言えるようになったので、気持ちよく仕事ができています。退職を機に心理学の勉強をして本当によかった。自分の気持ちを伝えることって大事ですね。前の職場で上司に『お前にはいいところがない』と言われた理由もわかったような気がします。自分の気持ちをきちんと言わないと、相手にはわかってもらえないんですよね」

 朝は、必ず笑顔を作ってから職場に入る。疲れた顔をしている同僚がいたら、「体調、大丈夫ですか」と積極的に声を掛ける。気難しい顔をしている同僚も笑顔で接すると、「ありがとう」という言葉が返ってくる。今では、多くの同僚から「水谷さんのあいさつは元気が出るね」と言ってもらえるようになった。

 水谷さんは「今回の転職を通じて自分が変わった」と言い切る。

「転職前の私は『この会社で頑張るしかないんだ』と思い込んでいて、つらい仕事や上司のいじめを避けて転職することは“逃げ”だと思っていました。でも、それは違う。決して“逃げ”じゃないんです。頑張ることは大事だけれど、限界がありますから……」

 これまでの経験と学んできた心理学を役立てるため、プライベートでは、カウンセリングのボランティアも始めた。(※6)仕事と並行してこれからも勉強を続けていくという。

「もちろん、今の環境を大切にして、仕事も精一杯頑張りますよ。せっかく選んでもらったんですからね」

 そう笑顔で語る水谷さんの瞳は、つらい経験を乗り越えたことによって得られた自信と強さで輝いていた。

コンサルタントより
ランスタッド株式会社
 松本尚人氏
複数の企業での業務経験と
明るく誠実な人柄がポイントに
 
 
コンサルタント

水谷さんの職務経歴書では、複数の企業で経理業務に携わってこられた豊富なキャリアに注目しました。「大手企業を希望」とのことでしたが、十分に活躍できる実力をお持ちだと確信しました。

ただ、30代半ばとなると、企業側からはマネジメントを期待されるケースが多くなります。ですから、将来的にはそうした役割を担うことも視野に入れてくださいと、お伝えしました。

今回、水谷さんが転職した企業は、いくつもの子会社を抱える大手企業。福利厚生がしっかりしている上に、成長を続けている大手企業の求人はなかなか出会えないものなので、水谷さんにとっては大きなチャンスと思い、強くおすすめしました。

採用となった理由は、これまで複数の企業で経理としての業務経験をしっかり積んできたことがまず第一。また、面接が終わってから、その日のうちに面接担当者へお礼状を送ったというのも、誠実な人柄を深く印象づけるには有効だったと思いますね。企業側はスタッフのまとめ役となってくれる方を想定していたので、実力もさることながら、人物面も重視していたからです。水谷さんは明るく前向きで責任感のある方。そうした人柄も採用のポイントになったと思います。

今回の企業の募集動機は事業拡大による増員でしたが、基本的に経理職を含めた管理系・事務系スペシャリストの求人は「欠員補充」がその理由であり、大量採用されるケースはまれです。したがって、経理部門の求人は、企業規模やポジションによって、求められるスキルや経験は多様です。スキルよりもポテンシャルを重視する若手の求人もありますし、経理部長や経営企画など、40〜50代のベテランの力を求める案件もあります。このように、経理は幅広い年齢層・ポジションの求人がありますが、欠員補充が中心なので、いつどういった募集案件が発生するかはわかりません。経験や希望に合った仕事を見つけるには、タイミングを逃さないよう、早めに動くことが重要です。

 
プロフィール
photo

大阪府在住の36歳。高校卒業後、金属加工会社に就職。経理部門に勤務していたが、会社が遠方に移転したため、住宅設備関連会社に転職。しかし、経営悪化のため1年で退職した。その後は、人材派遣会社に登録し、ソフトウエア開発会社や素材メーカーなど、さまざまな会社の経理部門でスキルを磨いた。その経験を買われて、2006年2月、施設運営サービス会社に契約社員として入社し、経理・総務・人事を担当した。ところが、仕事の忙しさに加え、上司の暴言や暴力の影響で体調を崩して入院。会社から解雇通告を受けてしまう。

水谷さんの経歴はこちら
 

死ぬことばかり考えていた(※1)
会社から解雇されたショックと体調不良から、無意識のうちに自殺を考えることが多くなったという。「台所から包丁を持ち出したり、高いところに行って『このまま飛び降りたらラクになる』と思ったり。急に泣き出して涙が止まらなくなったこともあります。両親に迷惑をかけているという負い目もあって、本当につらかった。でも両親やメンタルの仲間たちがいてくれたからこそ、死なずに済んだんだと思います」(水谷さん)

 

心理学の講座を受けてみることにした(※2)
講座では、少人数のグループで、自分の気持ちを他人に伝える話し方やストレスの解放の仕方などを学んだ。「そのころの私は、人が怖くて、人の中に入っていけなかった。講義がつらくて逃げ出したこともあります。ですが、みんなに励まされながら、続けることができました」

 

自分は必ず変わらなければならない(※3)
「私にとっては、この思いが一番強く、重要でした」

 

大手企業(※4)
あえて、大手企業を希望したのは、今までの経験から、大手企業の方が働きやすいと感じることが多かったからだという。「中小企業は1人がやるべき仕事の範囲が広い上、細やかな気配りも必要。私は結構、のんびり屋な面があるので、中小企業には向かないと思いました」

 

マッチング求人メール(※5)
【人材バンクネット】に会員登録し、求人情報のサーチ条件を登録しておくとマッチする求人情報が毎週メールで届く。

 

採用が決定しました!(※6)
A社はやはり男性を採用したかったようだが、水谷さんの人柄の良さに加え、松本コンサルタントの強力なプッシュもあり、採用が決まった。

 

カウンセリングのボランティアを始めた(※7)
就職活動に悩む学生にカウンセリングを行ったり、インターネットを利用して、悩みの相談を受け付けたりしている。

 
取材を終えて

「この転職で性格改善ができたし、新しい目標を持つことができた。そんな私の体験を多くの人に伝え、勇気を持ってもらえたら」と元気よく語り始めた水谷さん。上司からのパワーハラスメント、病気、解雇というあまりにも過酷な体験を聞き、とても胸が痛みました。しかし、彼女の笑顔には、つらさを乗り越えた自信と強さが表れていたのが印象的でした。

自主的に勉強して知識を身につけたり、働きながら通信教育で大学を卒業したりと、地道な努力を惜しまない、責任感の強い人柄。面接官はそうした彼女の長所を、ちゃんと見抜いていたんだと、実感しました。

転職活動がうまくいかないと、不安にかられ、元気をなくしてしまいます。そういうときこそ、あるがままの自分にしっかりと向き合い、前進する勇気を持つことが大事。それを水谷さんが身をもって教えてくれたように思います。だからこそ、水谷さんには新たな出会いが訪れ、自分が変わり、希望に合った職場を手に入れることができたのではないでしょうか。

TOP の中の転職研究室 の中の転職する人びと の中の第30回(後編) この転職で生まれ変わった!パワハラ、うつ病、解雇 どん底から奇跡の復活