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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第29回(後編) 今井明子さん(仮名)34歳/法務
こんなはずではなかった——最悪の職場から4度目の転職 積み重ねてきた努力が 高いハードルを越える原動力に

会話のない無機質な職場、場当たり的でやりがいのない仕事——夢を描いた転職先で壁にぶちあたってしまった今井明子さん(仮名)は2年間耐えた後、4度目の転職を決意。転職活動スタート早々届いた一通のスカウトメールで、劇的かつスピーディーに状況は好転していった。

コンサルタントとの出会いが
転職への扉を開くきっかけに
 

 スキルアップを目指して転職した会社が理想とかけ離れていたことから見切りを付けた今井さん。新たな道を見つけるためにまず最初にしたことは、インターネットでの情報収集だった。

 その過程で最初に見つけた【人材バンクネット】(※1)に登録してすぐさまキャリアシートを匿名公開。なんとその2時間後には最初のスカウトメールが届いた。

「あまりの速さにビックリしました。それと同時に、これだけ反応が良いなら転職もスムーズにいくかもしれないと期待も膨らみました」

 その後もスカウトメールは順調に毎日3〜4通届き、1週間で30通ほどにも上った。ほとんどはただ漠然と「とりあえず会いましょう」といった類のものだったが、はっきりNOと返信した。時間を無駄にしたくなかったからだ。

 その中で求人案件の具体的な内容が記載されていたスカウトメールを送ってきたコンサルタントはわずか3人。そのうちの1人、Aコンサルタントに早速コンタクトを取り、面談に赴いた。

「A氏は信頼できそうな人柄だなというのが第一印象でした。私が今回の転職に望んでいたのは、とにかく気持ちよく働ける環境であること。あとは、外資系であることや、キャリアを生かせる法務関係の仕事であること。やはり、前の会社でのつらさがかなりこたえましたから。A氏はそんな私の話しをじっくりヒヤリングして、私に合いそうな求人を具体的に説明してくれました(※2)」。

 しかし、その求人案件は今井さんを尻込みさせるものだった。


 今回、転職するにあたって考えた希望条件
  • 気持ちよく働ける環境
  • 外資系企業
  • 法務関係の仕事
私にできるだろうか……
高いハードルを前に立ちすくむ
 

 コンサルタントA氏から紹介されたのは外資系の大手金融会社だった。条件・資格欄には、

  1. できれば弁護士資格を所有していること 
  2. 英語はネイティブレベルであること

 と書かれてあった。今井さんにはおよそ手の届かないと思われる高いレベルの内容に思えた。

「私にはちょっと無理じゃないですか……」今井さんは思わず腕組みをしたままうつむいてしまった。いくら多少の法律知識があるとはいえ、司法書士の試験に落ちた自分に弁護士レベルの仕事ができるとは思えない。英語もTOEICの点数は900点をマークしているものの(※3)会話はさすがにネイティブレベルとは言えない。とてもじゃないが務まるとは思えなかった。しかしA氏は動じない。やる気を重視する会社なので条件を満たさなくても応募資格は十分あること、肩書きなどは見ずに人柄を評価してくれるのでトライする価値があることを懇々と説明し、「まずはチャレンジしてみましょう」と励ましてくれた。

 不安を感じていた今井さんだったが、A氏の熱心な説得により「もしかしたらやれるかもしれない」と応募することを決意。さっそく職務経歴書の作成に取り掛かった。

「Aさんは『この会社が求めているキャリアはズバリこの部分ですが、それと似たような経験はないですか?』などと細かな質問をして、思い当たることを答えると『それは貴重なキャリアになりますよ。しっかり書きましょう』といった具合に、私自身も気づかなかった強みを掘り起こしてくれました。実際にAさんのアドバイスで書き換えた職務経歴書は見違えるように素晴らしくなりました(※4)

 A氏と面談して2日後、書類選考通過の知らせを受け、その1週間後には1次面接が行われた。応募当初の不安をよそに、意外に面接は盛り上がり、無事通過。その2日後には最終である2次面接へと進むこととなった。A氏との面談から11日という短い期間でのスピーディーな展開だった。

「もちろんその間も何かあればすべて相談していました。Aさんは他の人材バンクのコンサルタントと比べてもべったりしすぎず、適度な距離感があったことが、私には合っていたと思います」

 二次面接はアメリカ人の弁護士と一対一で日本語によって行われた。実のところ、1次面接があまりにフレンドリーで良い雰囲気だったために、今井さんは正直「いけるかも」と勝手に手応えを感じていた。しかしさすがに二次面接はそう甘くはなかった。今まで何をしてきたのか? どんなことならできるのか? そんな厳しい質問を矢継ぎ早に浴びせられて、さらには今井さんの能力を試すような場面(※5)もあり、今井さんは最悪の結果も覚悟した。しかし結果は「内定」。あれほど高いと思われたハードルを今井さんはあっけないほどの早さでクリアしてしまったのだ。

 しかしそこはまだゴールではなかった。内定が出た後、「選択」の問題で新たに頭を悩ますことになる。

人生の岐路に立ったとき
導いてくれたものとは……
 

 無理だと思われていた厳しい条件をクリアして内定を獲得した今井さん。さらに同時平行して活動していたもう一つのソフトウェアベンダーからも採用通知を受け取っていた。どちらを選ぶべきか悩んだ。

「これまで2社のIT会社で経験がありましたから、キャリアから考えるとソフトウェアベンダーの方が仕事はやりやすいかなと。勤務地もそちらの方が都合が良かったですし、提示された年収も上だったので。でもAさんが紹介してくださった金融会社も断りがたくて。どちらにも行きたくてどちらにも決められない……本当に困ってしまいました」

 高いハードルをクリアした金融会社と、キャリアが生かせるソフトウェアベンダー。どちらを選ぶかでその後の人生は大きく変わってしまう。この大問題に対してなかなか自分だけで結論が出せなかった今井さんは、あることを思いついた。そうだ、A氏に相談してみよう。これまで親身になって私のキャリアを考え、力になってくれたA氏なら、何かいいアドバイスを与えてくれるかもしれない──。

 すると数日後、A氏から連絡が来た。

「内定をいただいた金融会社の人事担当者が、私に本当に入社してもらいたがってると。さらに私が迷ってたソフトウェアベンダーと同レベルまで年収を上げてくれるとおっしゃってると。私ごときのためにここまでしてくれるのか、と胸が熱くなりました。Aさんも、この会社なら私が一番気にしてた社内の人間関係が良好で、やりがいのある仕事ができるし、グローバル企業だから安心して働き続けられるだろうとおっしゃいました」

 今井さんから悩みを相談されたA氏は、外資系金融会社の人事担当者に連絡して、今井さんが悩んでいることをありのままに伝え、以上の答えを引き出したのだった。

 今井さんはこれまでの経緯を振り返り、自分は何を求めて転職するつもりなのかを自問してみた。ここには働きやすい環境と、やりがいのある仕事がある。強く私を求めてくれる人たちがいる。何を迷うことがあるだろう……と。

 今井さんの気持は決まった。

充実した毎日
そして新たな目標
 

 今井さんが働き始めて半年が過ぎた。高いレベルの能力を求められての転職ではあったが、実際の業務にはそれほど大きなストレスを感じることなく、忙しいながらも充実した毎日を過ごしている。

「仕事はたしかにハードになりました。契約書の作成も、以前の会社では既存フォーマットがあってそれに手を加えるだけでしたが、現在は一つひとつの契約をイチから作らなければなりませんから。それでも契約書作成は私が以前からやりたいと願っていた仕事なので、残業が多くても、プレッシャーがあっても、全く苦にはなりません。むしろ精神的にはすごく楽になったくらいです」

 分からないことを教えてくれる同僚や、残業が続くと気遣ってくれる上司にも恵まれた。働きやすい環境にはただ感謝する毎日だという。今井さんは転職を成功させた要因を「たまたま良いコンサルタントと求人に恵まれた結果(※6)」だと振り返る。しかしそれは必ずしも幸運だっただけではない。成功の影には常に現実を受け入れながらも将来を見据えて努力しようとする姿勢があった。

「将来はロースクールで学んでみたいし、もし可能なら弁護士資格にもチャレンジしてみたい。もちろん当面の目標はこの会社でしっかり業務を覚えることですが、それだけに満足はせず、常にスキルアップを目指す気持は忘れずにいたいのです」

 不遇な境遇をものともせずに、しなやかな強さで自らの道を切り開いてきた今井さん。自分を信じて持ち前の粘り強さを発揮すれば、夢が現実のものになる日もそう遠くはないはずだ。これまでと同じように──。

 
プロフィール
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東京都在住の34歳。大学卒業後は2年間自動車関連会社で働いた後、2年間の語学留学を経て、コンピュータ会社とIT会社の2社で6年間にわたり法務の仕事を経験する。その後は1年間司法書士資格取得の勉強に専念した後、大規模IT企業に入社。しかし、理想とかけ離れた環境と当初聞かされていたのと大きく異なる条件に頭を悩ませていた。

今井さんの経歴はこちら
 

【人材バンクネット】(※1)
「それまで人材バンクは使ったことがなかったので、とりあえずはどんなところがあるのか調べて登録だけでもしておこうかな」という軽い気持ちから登録。他にも似たようなサイトがあることは知っていたが、「ひとつに登録すれば十分」とあえて登録はしなかった。スカウトメールは漠然とした内容のものも多かったが、中には企業名から仕事内容まで具体的な内容を提示したものまであり驚いたという。

 

具体的に説明してくれました(※2)
今回の求人と出会うタイミングもとても良かった。ちょうどA氏と面談する直前に、退職者が出てしまい、契約書を作成できる人材を急遽探している最中だったのだ。

 

TOEICの点数は900点をマークしているものの(※3)
かなりの高得点だと思われるが、今井さん自身は「TOEICはテクニックがあれば得点できてしまうので、とてもじゃないがネイティブレベルではない」と強気になれなかった。

 

見違えるように素晴らしくなりました(※4)
A氏のアドバイスを受けて、自己アピール部分の表現をかなり変えた。経歴についても、それまでは漠然とした内容を羅列していたのだが、より具体的な経験を思い出しながら細かく書き加えていった。コンサルタントの中でもこれほど突っ込んだアドバイスをしてくれたのはA氏だけ。今井さんが「良いコンサルタントに恵まれた」と考えているゆえんだ。

 

今井さんの能力を試すような場面(※5)
緊張した今井さんを試すような予測不能な質問が次々と飛んできて、頭の中が軽いパニックを起こしそうだったという。「いくら面接の準備を万全にしてもあのときの面接に対処できた自信はありません」と今井さんは振り返る。

 

良いコンサルタントと求人に恵まれた結果(※6)
A氏の対応で良かった点として「何がなんでも入社させたいといったギラギラ感がなく、余裕を持って、常に私の気持に沿って事を進めてくれた点」を挙げている。複数の会社を同時に受けさせるコンサルタントが多い中、A氏が今井さんに紹介したのは1社のみ。そしてその1社の選考を集中してサポートしてくれた。

 
取材を終えて

今井さんの経歴だけを聞くと上昇志向の高いバリバリの女性をイメージされるかもしれませんが、実際にはとても自然体で和やかな印象の方でした。

話を伺って感心したのは、今井さんが「スキルアップを目指す」というご自身の軸を、最初から最後まで、決してブレさせなかったという点です。キャリアが長くなるとどうしても「居心地の良い会社」「楽な仕事」に安住したくなりそうですが、今井さんは決して流されることがありませんでした。どこで働いていても、常に自分に足りないものを意識し、それを得るにはどうしたらいいかを考え、努力をし、それに適した場所を選び取り、常にご自身なりにキャリアを構築されてきました。その前向きな姿勢にはただ感服するばかりです。

しかも、今井さんは自分のキャリアだけに関心があったわけではありません。どの職場でも周囲との協調を大事にされていますし、恵まれた環境で働けることへの感謝の気持も素直に表現されています。

向上心と協調性——実はこのバランスの良さこそが、今井さん最大の武器だったようにも思えます。

今回の転職は、退職者が出た直後という「絶妙なタイミング」が成功の鍵となりました。これだけの短期間で条件に合った求人に出会い、内定を獲得することはそうはないでしょう。

しかしそれもただ幸運だったということではありません。チャンスが訪れたときにしっかりつかめるのは、やはり不断の努力があってこそ。そんな当たり前のことを今回の取材で改めて実感しました。
(内藤すみこ)

次回は8月20日配信予定
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取材・文/内藤すみこ

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