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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第27回(前編) 村田友樹さん(仮名)39歳/フィールドエンジニア
会社の都合でやりがいを奪われた 39歳エンジニアの起死回生転職

写真プリント機の修理・メンテナンスを手がけるフィールドエンジニアだった村田さん(仮名)。会社の都合で別会社に移籍となる「転籍」を2度も経験。所属会社が変わるたび、職場環境も変化した。それでも会社を辞めなかったのは、自分を信頼してくれる顧客がいたから。機械を修理して喜んでもらう。そこに充実感があった。ところが、会社は「儲からないから」とその仕事から手を引く。そのとき、村田さんのやりがいと楽しさも消えてしまった。

「今後の仕事のことで話がある」

 部長に呼ばれ、会議室に向かう村田さんの足取りは重かった。話の内容は、だいたい察しがついていた。

 長年にわたって、写真プリント機の設置、修理などを行うセールスエンジニアとして仕事をしてきた村田さん。西日本を中心に現像所や写真店など約200件を担当していた。顧客には誠実に対応するのが自分のやり方だった。「村田さんに修理してもらいたい」──そんな電話もかかってくるくらい顧客からは信頼されていた。しかし、業績不振を理由に会社はその事業から撤退。その後、パソコンやサーバー設置などの仕事をメインで行うようになり、2カ月が過ぎていた。

「今後は医療機器の補修の方に回ってくれませんか。メーカーに常駐して仕事をしてもらえればと」

 部長から打診されたのは、今までに社内の誰もやったことのない、新しい仕事。経験豊富なベテランに頼めば、なんとかしてくれるだろう。そんな会社の思惑が透けて見えた。

(なんだよ、それ……)

 村田さんは顔を上げ、部長の目を見て言った。

「いやです。その仕事はできません」

「……そうですか。わかりました」

 席についてからたったの5分。部長は村田さんを説得しようとはせず、話し合いは、短時間で終わった。

「医療機器メーカーに常駐するということは、セカンドエンジニア(※1)になるということ。メーカー側のエンジニアのサポート業務しかできない。やりがいを持てるか疑問でした。そんな仕事をベテランに押し付けようとする会社のやり方は間違っている。このまま引き受けてはダメだと思ったから、はっきりイヤだと言ったんです」

 会議室から戻り、デスクのパソコンに向かってすぐにしたことは、【人材バンクネット】への登録だった(※2)

「会社にタンカを切った以上、ここには長くいられない。本気で転職活動を進めよう……」

 

製薬会社のMRから精密機器メーカーの
フィールドエンジニアへ転身
 

 村田さんは高校卒業後、某大学の工学部に入学、しかし新卒で選んだ仕事は製薬会社のMR(医薬情報担当者)だった。

「新卒のときは、特にやりたいこともなかったので、医療や薬の知識を学べればいいな、といった程度の理由で製薬会社に就職しました」

 勤めていた製薬会社は開発力に乏しく、新薬の発売がないのでだんだんと物足りなさを感じるようになっていた。入社から6年経ったとき、転居をともなう転勤の話が持ち上がった。

「これはもう潮時だなと思いました。ちょうど妻との結婚を控えていたこともあり、遠方への転勤は避けたかった。それで転職することにしたんです」

 新たに選んだ仕事は、精密機械メーカーのフィールドエンジニア。写真店や現像所などを回って、写真プリント機の据え付け、オペレータートレーニング、修理・点検などを行う仕事。昔から機械いじりが好きだったし、大学の専攻も機械工学。6年間の社会人経験を経て、本当に自分がやりたいことがわかった上での転職だった。

 1年半が経ち、ようやく仕事に慣れてきたころ、変化が訪れた。ある会社と写真プリント機械を共同開発することが決まり、村田さんらエンジニアは相手先の会社へ移籍することになったのだ。

「これが一度目の転籍です。移った先は外資系企業でしたから、機械のマニュアルはすべて英文。機械の構造や修理に関する不明点は、本国に英語で問い合わせないといけませんから、英語の勉強にも力を入れました(※3)。」

 思いもよらない転籍だったが、不満を感じることはなかった。今まで以上に顧客満足度を高めることに努め、在籍中に2度も社長賞を授賞。人間関係もよく、仕事も充実。村田さんの毎日は、やりがいに満ちていた。

まさか? 再びの転籍を余儀なくされ
別会社に転籍。仕事内容にも変化が……
 

 転籍して5年半が経った。フィールドエンジニアとして順調に仕事をしていた村田さんに、思いもよらない知らせが届く。会社の都合で、所属部門が別会社に移されることになったのだ。2度目の転籍だ。

 転籍先となったのは、さまざまな企業のアフターサービスを請け負う会社。仕事内容は今までと変わりなかったが、オフィスのコンピュータやサーバーの設置、メンテナンス、プリンタの修理など、新たな仕事が加わった。

「コンピュータやプリンタの設置などは特にやりたい仕事ではありませんでした。でも写真プリント機の仕事は続いていたから会社に留まったんです。機械を直して顧客に喜んでもらえる。それがやりがいだったから。顔なじみも増え、『ウチの機械を一番よく知っている村田さんに来てほしい』なんて、“ご指名”がかかることもあったくらい。もちろん、難しい修理もありましたけど、絶対に直せるという自信があったし、そんな自分に満足感を感じていました」

写真業界の衰退とともに業務も減少
すると会社の方針も変化し始め…
 

 やりがいのある仕事をする一方で、村田さんはある心配を抱えていた。数年前から、世間にデジタルカメラが普及し始め、その流れはどんどん加速していた。フィルムの現像需要は激減。デジタルカメラで撮影した写真を自宅でプリントする人が増えたせいか、プリント機械の需要も減っていた。写真を取り巻く環境が激変するのを肌で感じ、うっすらと将来への不安を覚えていた。

 こうした状況に危機感を強めた会社はコスト削減に走った。

「物品購入の際はどんなものでもすべて事前に申請し、許可を得ること」

「修理で使う工具はプロ用のものではなく、安い一般用のものを使うこと」

「携帯電話は仕事の用件であっても個人所有のものを使用して、料金も自腹で払うこと」

 村田さんは驚いて、会社に抗議した。

「確かに一般用の工具でも使えないことはないが、やはりプロが仕事で使うべきものではない。仕事で使う携帯電話も個人負担にするなんて絶対におかしい」

 村田さんをはじめ同僚たちが改善案を提案しても、会社側は全く受け入れようとしなかった。社員の意見に耳を貸そうとしない会社に嫌気が差し、多くのエンジニアが会社を去っていった。

 そして、追い討ちをかけるようにこんなうわさが村田さんの耳に入ってきた。

「会社は写真プリント機の修理・メンテナンス事業から手を引くらしい」──。

理不尽な会社の要求をつっぱねたとき
「転職」の二字がくっきりと頭に浮かんだ
 

 しばらくして、写真プリント機の修理・メンテナンス事業から撤退する旨の公式通知が掲示された。時代の流れには逆らえないのはわかるが、「儲からないことはやらない」のでは、今までの顧客はどうなるのか? 腹が立って仕方がなかったが、なじみ客にお詫びの電話を入れた。するとありがたい言葉を掛けられた。

「機械のことは別の会社に任せることにしたけど、できれば携帯番号を教えてよ。どうしても村田さんの意見を聞きたいときもあると思うから(※4)

 そんなふうに言ってくれた顧客は1件だけではない。うれしかった。でもだからこそ、とても残念だった。せっかくそこまで信頼してもらえる仕事ができていたのに……。

 それからは、パソコンやサーバーの設置、オフィスプリンタの修理などの仕事が中心になった。仕事の忙しさとは裏腹に、村田さんの心は空虚だった。以前のようなやりがいや喜びを感じることができなかったからだ。

「この仕事は特に技術も必要ないし、誰にでもできること。オレはこのままでいいのだろうか……」

 悶々とした気持ちに終止符が打たれたのは、2006年11月のある日のことだった。

 経験も予備知識もないまま、医療機器の修理の仕事を打診してきた上司に「NO」を突きつけた。取引先への常駐を命じたのは、口うるさいベテラン社員を遠ざけておくためじゃないか? そんな空気も感じた。

「いよいよ本格的に転職活動しなきゃ」

 話し合いを終えて自分のデスクに戻ったとき、村田さんの心は決まった。


以降5月28日配信[後編]に続く

 
プロフィール
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大阪府在住の39歳。既婚。大学卒業後、製薬会社のMRを経て精密機械メーカーに入社。当初はフィールドエンジニアとして、写真プリント機の据え付け、修理・点検などの仕事に従事していたが、その後2度も会社都合により転籍。さらに、写真需要の減少による業績低迷から、会社は写真プリント機の修理・点検事業から撤退。顧客先で仕事をする喜びを奪われたため、転職を決意した。

村田さんの経歴はこちら
 

セカンドエンジニア(※1)
作業の中心者となるエンジニアの指示に従い、アシスタント業務を行うエンジニアのこと。村田さんが会社から通達されたのは医療機器メーカーの仕事なので、メーカー側のエンジニアのサポート業務を行うことを命じられたわけだ。「医療機器メーカーのエンジニアと比較すると待遇にも格差があるだろうし、エンジニアとしてのやりがいも少ない。魅力的な仕事とは思えませんでした」(村田さん)

 

【人材バンクネット】への登録(※2)
この2カ月ほど前に、ほかの転職サイトに登録していたのだが、オファーは少なかった。部長との会話を機に、以前から気になっていた【人材バンクネット】に登録した。

 

英語の勉強(※3)
リスニングとスピーキングを強化するために通勤や帰宅時に教材を聞き、もともと得意だった文法はテキストを見て学ぶという方法で点数を540点まで引き上げた。「点数の伸び率が社内で2位になって、表彰されたこともあります」(村田さん)

 

村田さんの意見を聞きたい(※4)
携帯電話の番号を教えた顧客からは、今でもときどき電話がかかってくるという。機械にトラブルが起こったとき「修理担当者はこう言ってるけど、村田さんならどう思う?」と意見を求められるのだ。

 
次回は5月28日配信予定
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取材・文/田北みずほ

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