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2005年の正月休み明け、いつものように西田さんが出社すると上司が素っ気なく書類を手渡して言った。
「これ、人事部からあずかってきた書類。読んでおいて」
上司はその書類の中身は知らされていないようで、無表情のまま自分のデスクへ戻っていく。
「人事部から俺に……?」
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首をひねりながらその書類に目を通すと、そこには「早期退職者制度」に関する案内が書かれていた。文字の意味はわかるが、今ひとつ自分にコレが渡された意味が実感できない。
「もしかして、俺に辞めろってことか……?」
でもその書類からははっきりとしたリストラの意思は認められない。どういうことなのだろう。とりあえず仕事に向かうが、その日一日は頭の片隅に「早期退職」の文字がちらつき、仕事に集中できなかった──。
業界再編、M&Aの文字がメディアで報じられない日はないくらい、「企業の吸収・合併」は珍しくはない昨今ではあるが、それがもし自分の身に降りかかってきたら……。
西田さんが以前勤めていたシステム会社は2004年に合併統合され、社員は例外なく新しい体制下で働くことになった。その状態になって程なく、彼のもとに早期退職を勧める沙汰がやってきたのだ。
それは彼が新卒入社以来勤め続けて16年目のことだった。 「学生の頃からとくにIT関係に興味があったとか、詳しかったとかいうわけじゃないんです。大学で英語を勉強していたので、それを生かせる職場を探したところ就職活動のアドバイザーに『将来を考えたらSEなどの方向を考えた方が良い』と言われて……。そこで外資系企業でSEになって活躍できるところを探したところ、コンサルティング会社系列の会社に採用されたんです(※1)」
入社後は情報システム部門に配属。以来開発と保守に携わる。システム開発と運用が主な仕事だった。扱っていた言語はCOBOL。最近は使う現場がめっきり少なくなってきた。
「使用言語がCOBOLオンリーだったので、将来的な適応力をつけるために新しい言語を身に付けなければ……と思ってはいたんです。でも焦ってはいませんでした」
そして2004年1月、順調に働いていた西田さんをはじめ全社員に「会社の合併統合」が通達される。それぞれの仕事の内容は変わらないものの、職場の体制と空気はガラリと変化した。そしてその時まで感じなかった「不安」が西田さんを包んでいく。
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