企業経営&IT戦略レポート

知的財産をどう管理するか

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

今、注目されつつある「知的資産管理ソフトウェア」の可能性に迫る
最近、企業におけるナレッジ・マネジメント活動の一環として、社内に散在する知的財産(IP)を、専用の資産管理ソフトウェアによって管理しようという動きがにわかに活発化している。しかしながら、その一方で、自社の知的資産が有する潜在的な価値を十分に認識していない、あるいは実際にどのようなシステムを導入すればいいのか分からない、といった企業が少なくないのもまた事実である。本稿では、知的資産管理ソフトウェアの導入によってもたらされるメリットを明らかにしながら、自社のIPを有効活用するためのポイントと課題について解説したい。
ジョン・エドワーズ text by John Edwards

無形の財産を管理する

近年、多くの企業が、言葉や数字、音声、画像などによって構成されるビジネス上の知的情報を、「IP(Intellectual Property:知的財産)」として一括して管理する傾向が強まっている。

ガートナーのアナリストで、知的資産管理が専門のデブラ・ローガン氏は、「世界的にトップ・クラスの業績を上げている企業を見てみると、時価総額の約80%が知的資産によって構成されていることが分かる」と指摘する。

例えば、自動車メーカーが、ダッシュボードやホイール・カバー、シートなどの商品在庫をきちんと管理しなくてはならないように、大手出版社であるサイモン&シュスターでは、コンテンツや装丁、著者の写真といった書籍関連の資産(特に、近年増大したデジタル資産)をより適切に管理する必要に迫られている。そこで同社は、知的資産管理ソフトウェアを導入し、自社のIPの整理およびその有効活用に向けて本格的に取り組むことにした。

物理的な資産を対象とする標準的な資産管理アプリケーションとは異なり、知的資産管理ソフトウェアは、無形の知的素材を整理し、それらをさまざまな方法で利用できるように設計されている。最大の特徴は、法律や財務、規制などの面でしばしば問題となる知的素材を、適切に管理できること。つまり、文書やコンテンツを管理するこれまでの一般的なプログラム(ユーザーによる情報の検索・アクセス・共有・再利用・配布・保管を支援するプログラム)と違って、法律の順守状況などを監視する機能や、ライセンシング、ロイヤリティの追跡といった、知的財産の管理に特化した多彩な機能を備えているのである。

このような製品を必要とする企業は、サイモン&シュスターのようなメディアだけではない。AMRリサーチの上級アナリスト、ジム・マーフィー氏によると、例えば、医薬品、清涼飲料水、航空機などの製造を担う業界をはじめ、さまざまな業種・分野の企業が知的資産管理ソフトウェアを導入することによってその恩恵を享受することができるという。同氏は、「知的資産管理ソフトウェアを必要とする業界では、研究開発面に膨大なエネルギーが費やされている。例えば、製薬会社が新薬を開発する場合、臨床試験やそれに関連するテストが行われるたびに情報が生み出される。そうした情報は、社内各部門できちんと整理し、社員のだれもが有効に活用できるように管理しておかなければならないが、問題は、その作業がきわめて複雑なことだ」と指摘する。

高まる知的財産の価値

サイモン&シュスターでは、従来、自社開発の文書保管システムによって知的財産を管理していたが、知的資産管理ソフトウェアの導入に伴い、それを使って管理するように業務が改善された。その結果、現在、同社では知的資産のコピーを従業員のだれもが、適正かつ簡単に入手できるようになったという。知的資産管理ソフトウェア導入の旗振り役となった、同社の上級副社長兼CIO、アン・マンダー氏は、改善された現在の管理状況を、「知的財産を監視する常勤の文書保管係を新たに雇ったようなものだ」と満足げに語る。

同社が導入した知的資産管理ソフトウェアは、アーテシア・テクノロジーズが開発した「Teams Digital Asset Management」という製品だ。同製品は、書籍のコンテンツをはじめ、装丁やマーケティング資料といった付随的なリソースを集約し、それらを整理・管理・配布することを可能にしている。また、デジタル資産や販売促進資料などの共有・ライセンス・配布を自動化する機能や、商標設定や販売促進、共同マーケティングなどに役立つさまざまな機能を備えている。

なお、サイモン&シュスターでは2001年から、各種知的資産の最新のバージョンを容易に検索することのできる管理システムとして「デジタル資産バンク」の全社運用を開始している。各出版部門および500人以上の従業員をカバーする同システムは、マルチプラットフォーム対応の共通ユーザー・インタフェースを有し、同社のデジタル資産の有効活用をサポートしている。

新しいコンテンツ配信チャネルが次々と登場するなか、サイモン&シュスターにおいては現在、知的財産の価値がこれまでになく強く認識されるようになっている。だが、それはあくまで最近になってからの話だ。マンダー氏は、「私が初めて出版業界に入った8年ほど前には、コンテンツの価値の大きさを認識する者は1人もおらず、だれかに資料を送るときにも、印刷されたものを新たに入手し、それをスキャンするなどしていた。今日では考えられない話だが、当時は、せいぜいコンテンツのコピーをプリンタ出力できればよいほうだった」と述懐する。

事実、ほんの少し前まで(わずかな例外を除いて)、多くの出版社では、本の印刷さえ終わってしまえば、後には何も考えることなどなかった。だが、近年、電子書籍やプリント・オン・デマンドなどの新しい出版形態(技術)が登場してきたことによって、コンテンツや関連資料を容易に再利用できるかたちで保有する必要性が高まってきたのである。

現在、サイモン&シュスターでは、導入した知的資産管理ソフトウェアを使って、ハード・コピーに触れることなく、コンテンツと関連資料を容易に新しいメディアに変換することができるようになっている。また、編集者やアート・ディレクター、弁護士などが、従来よりも簡単に書籍資産にアクセスして、法的な問題や財務上の問題を処理できるようにもなっている。さらに、同社のマーケティング・スタッフも、同ソフトウェアを一般的なコンテンツ管理ツールとして重宝しているという。「離れた場所にいる販売スタッフも、知的資産管理ソフトウェアにアクセスすることにより、例えば、営業先のノートPCから本社内のサーバにあるマーケティング資料をまとめて入手するといったことができるわけだ」(マンダー氏)

コストに見合うか?

知的資産管理ソフトウェアの導入によってもたらされるメリットは明白だが、そのROI(投資利益率)を正確に提示することは難しいかもしれない。というのも、同ソフトウェアの利点のほとんどが、業務の効率化をサポートするものであるが、通常、そうした効率化の投資効果を測定することは困難だとされているからである。

また、ソフトウェアにかかる費用も、要件(製品の機能、ユーザー数など)によって大きく異なってくる。例えば、知的資産管理ソフトウェア・ベンダーであるPLXシステムズは、複数のモジュールを提供しているが、その年間ライセンス料は、約2万ドルからとなっている。一方、ハロー・ソリューションズが提供するASPモデルの知的資産管理ソフトウェア「IPDOX」の場合、1〜99ユーザー向けのライセンスで年間1,500ドルという料金設定になっている。

このように、いくつか課題を抱える知的資産管理ソフトウェアではあるが、サイモン&シュスターのマンダー氏は、「それでも十分コストに見合うだけのメリットが得られる」と主張する。「知的資産管理ソフトウェアによって当社の業務はさらに効率化できるはずだ。例えば、ハード・コピーの資料を配布しなければならないような業務においても、経費節減が期待できると確信している」(同氏)というのである。

また、同社の場合、知的資産管理ソフトウェアを活用して、出版作品の再販が簡単に行えるようになったほか、外注コストを抑えることも可能だという。マンダー氏は、「例えば、著者の写真を保存するのは、これまでは外部のサービス会社の仕事だったが、今では、社内のデジタル資産バンクにデータが保存されるため、外注経費を節約できるようになった」と説明する。

一方、Web上でさまざまな商品・サービスのリコール情報を提供している調査会社ノースポールUSAでは、知的資産管理ソフトウェアを導入したことによって、初めて自社の商標や特許を追跡できるようになったという。知的財産に詳しい同社のエープリル・メン氏は、「以前は、外部の法律顧問に依頼して、商標と特許の状況についてリポートを受けていた」と説明する。同社では現在、IPDOXを使って商標や特許の申請、管理、維持などの作業を行っている。

さらにもう1つ、知的資産管理ソフトウェアによってもたらされる重要なメリットがある。それは、セキュリティの強化だ。ファイル・キャビネットやデスクトップPCに保存されている資産は簡単に持ち出される危険性がある。だが、資産を安全なサーバにデータとして格納しておけば、機密情報を盗まれる可能性は比較的小さくなる。「おかげで、夜も安心して寝られる」とマンダー氏は片目をつぶってみせる。

ユーザー部門との協力が不可欠

現在、知的資産管理ソフトウェアを提供するベンダーの多くが、顧客ごとの異なるニーズを踏まえながら、細かなタスクに対応できる製品の開発に注力している。例えば、アーテシアのソフトウェア「Teams」は、出版、広告、放送などのメディア企業や政府機関に特化した各種バージョンが用意されている。一方、アプライド・インフォメーション・マネジメントは、テレビ局や映画配給会社をターゲットにした「Harpoon」の提供に力を注いでいる。また、同社は、会計、番組収集、広告販売、有料テレビ、有料視聴契約、ホーム・ビデオ流通、放映料支払い処理、流通ライセンシングといった、さまざまな業務に対応するアプリケーションも提供している。

なかには、知的資産管理のうちの一部、または複数の側面に照準を合わせてこの市場に参入し、幅広い業界から支持を得ようと試みるベンダーもある。例えば、先に紹介したハロー・ソリューションズのソフトウェア「IPDOX」を使えば、企業の専属弁護士や外部の弁護士、研究開発マネジャー、政府機関職員などが、さまざまな知的資産の状態に関する情報を、閲覧したり、適切に交換したりすることができる。これに対し、PLXシステムズは、一連のタスクを処理するよう設計された各種のソフトウェア・モジュールを提供している。同社の「PLXware」は、さまざまなタイプの企業が保有する知的資産に対応しており、ポートフォリオ管理、評価分析、課金、監査管理、意思決定支援、リポート作成などのツールをパッケージングしている。

だが、最終的にプロジェクトを成功させるには、使用するソフトウェアのタイプをうんぬんするのではなく、知的資産管理システムの計画立案に携わるユーザー部門との協力関係をきちんと構築することのほうが重要である。サイモン&シュスターのマンダー氏は、知的資産管理システムの構築にあたって、まず、アクセンチュアからコンサルティング支援を受けるかたちで、経営トップからエンドユーザーまでの幅広い意見を聞いて回った。その結果、システムに必要な機能と運用方法についての包括的なビジョンを得ることができたという。同氏は、「我々が幸運だったのは、これが単なるIT主導のプロジェクトにはなりえないということを、初期の段階で認識できたことだ。知的資産管理ソフトウェアを実際に運用するためには、まず、ユーザーに受け入れてもらう必要がある」と強調する。

ガートナーのローガン氏は、「知的資産管理システムを成功裏に導入するには、IT部門と社内の各ユーザー部門との良好な協力関係をいかに築くかがポイントとなる」と指摘する。例えば、特許管理アプリケーションを導入する場合には、IT部門と司法部門との緊密な協力が不可欠、ということになるわけだ。

「法律顧問が仕事の内容を教えてくれないと、IT部門は知的資産管理システムの能力を十分に引き出すことができない。また、IT部門が司法部門に対してきちんと説明しないかぎり、この技術がどのようなかたちで役に立つのかを理解してもらえない」(ローガン氏)

今後の課題

知的資産管理ソフトウェアの導入に取り組むユーザーが直面している最大の課題は、おそらく「資産をシステムに格納し、常に整頓しておく」ことであろう。ローガン氏は、「すべての資産を分類するには、長時間にわたる手作業が必要となる。自動分類ソフトウェアなどを利用する方法もあるが、正確に分類するためには、ある程度は人の手によって編集する必要がある」と指摘する。

また、従業員やビジネス・パートナーに対して、ソフトウェアの利用法に関するトレーニングを実施するための時間も必要になる。サイモン&シュスターのマンダー氏は、「まず初めに、ソフトウェアの概念を理解してもらうことが非常に難しい。特に、自分たちの仕事が余計に複雑になるのではないかと不満を漏らす人たちに分かってもらうには、ある程度の時間を費やすことは覚悟しなくてはならない」とアドバイスする。ちなみに、同社では、当初は不満を抱いていた人たちも、その後は見方を変え、今では「なかなか良い」という感想も出るようになったという。

一方、知的資産コンサルタントのマーサ・アマラム氏は、CIO自身がこの技術の力を十分に認識しないかぎり、知的資産管理ソフトウェアの本格的な普及は望めないと断言する。同氏は、CIOが社内で先駆的な役割を担いながら、空気のような存在である知的資産から付加価値を引き出せるように力を尽くす必要があるとしている。

知的資産管理ソフトウェアとは

■期待されるメリット
知的財産の整理・管理・収集・活用の改善、効率の向上、セキュリティの強化、流通コストの低減など。製品によっては、評価、課金、監査管理、特許の追跡、意思決定支援、分析/リポート作成ツールなどを最適化するものもある。

■課題
知的財産の管理に対する会社の細かなニーズに合ったソフトウェア製品を見つけるのが難しい。知的資産情報をシステムへ入力するのに時間がかかる。従業員やビジネス・パートナーに訓練を施し、この技術を使えるようにしなければならない。

■主な市場
メディア、製薬、製造、電気通信、化学、石油/ガス、自動車など、膨大な量の知的コンテンツを作成もしくは入手する企業。この技術は、知的資産の利用が少ない金融サービス、小売り、建設などの分野ではあまり使われていない。

■必要なコスト
およそ1,500ドルから3万5,000ドル。ユーザー数によって異なる。

■主要なベンダーおよび製品

アプライド・インフォメーション・マネジメント(www.aim-harpoon.com):「Harpoon」
アーテシア・テクノロジーズ(www.artesia.com):「Teams Digital Asset Management」
ハロー・ソリューションズ(www.halosol.com):「IPDOX」
PLXシステムズ(www.plxsystems.com):「PLXware」

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年11月号に掲載)
2004.06.03 update

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