企業経営&IT戦略レポート

IT組織の悩みにこたえる

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

柔軟な組織運営に向けた“共通ガイドライン”とは
I Tを活用した業務改革や新規ビジネスの創出に対する期待が高まるなか、企業において I T部門が果たすべき役割にも大きな変化が求められている。C I Oの方々の多くは、すでにそのことを理解しておられる一方、実際にどんな取り組みを進めればいいのかについては、いまだ暗中模索の状況にあるのではないだろうか。本稿では、I T部門の役割、社内における位置づけ、持つべき機能、求められる人材とスキル、組織形態といったテーマごとに、企業が直面している課題を整理したうえで、業種・業態を超えた「共通のガイドライン」として、I T組織戦略のあるべき方向性を提示したい。
内山悟志 アイ・ティ・アール 代表取締役/米METAグループ アナリストtext by Satoshi Uchiyama

企業の枠を超えるミッション

I Tがビジネス遂行上不可欠な存在となるにつれ、企業におけるIT部門の責任範囲は確実に拡大してきた。従来の I T部門は、事業部門を含む本社組織を対象とした I Tインフラおよびアプリケーションの構築と運用を責任範囲とするというのが一般的であった。しかし、今日では、「深さ」と「スコープ」という2つの側面において、その責任範囲が広がっている(図1)。

まず、深さという観点においては、I Tインフラやアプリケーションにとどまらず、事業部門のビジネス・プロセスやビジネス・モデルに影響を及ぼすような貢献が求められるようになってきている。具体的には、業務改革プロジェクトへの関与やITを活用した新規ビジネスの提案といったビジネスとの連携性(ビジネス・アライメント)に大きな期待が寄せられているわけである。

また、スコープという観点においては、本社のみならず、国内外のグループ企業をも対象とした I Tの統括や、さらにはパートナーとの連携にまでその責任範囲を拡大させる動きが目立つ。というのも、連結会計やグローバル経営の進展、B2B(企業間)取引の活発化に伴い、もはや企業 I Tの影響範囲が本社組織にとどまらず、グループ企業や主要パートナーにまで広がってきているためである。

しかしながら、国内の多くの企業において、I T部門の組織運営および保有する I Tスキルは、このような責任範囲の拡大に追いついていないのが実情である。となれば、これを「目標」から「現実」となすには、どんな取り組みが必要なのだろうか。

まず、深さにあたるビジネス・アライメントの強化について考えてみよう。これまで、I T部門は情報システムの構築と運用を主な守備範囲としてきた。その中で、I T部門には技術スキルは蓄積されてきたが、事業部門の業務や経営目標などに関する知識、経験、人材、体制、関心、認識については、現状ではすべてが不足しているといっても過言ではない状況にある。

したがって、(人材については後述するが)それらひとつひとつの不足を補うべく、I T部門は今後、全社的な業務改革プロジェクトなどに深く関与できる機会を増やしていく必要がある。また、事業部門が独自に I Tスタッフを抱えてシステム開発などを行っている事例も少なくないが、I T部門は、こうした個々の I Tプロジェクトについても初期段階から積極的に参画し、全社の I Tを統括する立場を明確にすべきである。さらに、自社の事業に対する知識を蓄積し、保有する技術を事業部門の業務やビジネスに適用する可能性について、能動的に提案していく姿勢も求められよう。

次に、スコープにあたる機能領域の拡大においては、事業部門はもちろん、国内外のグループ企業の業務やパートナーのビジネスに対する深い理解が必須条件となる。そのうえで、それらの企業の幅広いニーズに対応するために、I T部門の機能を集約し、スケール・メリットによる合理性やシナジー(相乗効果)を追求していくことが重要だ。

その際、事業部門やグループ企業を横断する I Tガバナンスを確立するために、I T部門およびC I Oには強いリーダーシップが求められることになる。さらに、自社の属する業界における国内外の I T活用の取り組みに常に注目しながら標準化への対応を果たし、可能であればそれを主導していくことが望まれる。

説明責任と社内PRがカギ

C I Oないし I T部門のフラストレーションの種のうち、最も多く耳にするものの1つが、社内における I T部門の位置づけに関するものである。「利益を生み出す事業部門に対して、間接部門やコスト・センターであるとの位置づけがなされている」、「本社スタッフ部門の中でも経営企画部門、人事部門や経理部門などの管理系部門よりも格下に見られている(地位が低い)」といった不満の声は、I Tが企業活動において不可欠な存在になった今も後を絶たない。

確かに I T部門は、歴史的に電算処理を専門とする特別な技術を取り扱う部門だと認識されてきた経緯があり、なおかつ人事異動が少ない部門であるため、その仕事内容が他部門から理解されにくい。一般にユーザー部門は、社内システムを水や空気のようなものだと認識しているため、「正常に動作していて当たり前」であるとし、「トラブルが生じると I T部門に不満をぶつける」わけである。さらに経営者が I Tに対して十分な理解をしていない場合、社内の意思決定プロセスで I T部門の意見が通りにくいといった弊害も出てくる。

このような状況に対して、I T部門はどう立ち向かうべきであろうか。当然のことだが、不満を募らせているだけでは何も始まらない。社内で I T部門の地位を向上させるには、説明責任(アカウンタビリティ)を果たし、社内啓蒙に努めることが不可欠である。

まず、説明責任とはすなわち、経営者やユーザー部門に対して、I Tコスト、投資効果、I T運営の健全性などを明らかにする責務のことである。ユーザー側の「I Tは分かりにくい」という意識を払拭するためにも、積極的な情報開示が有効であろう。事業部門に対しては、サービス・レベル管理(Service Level Management:SLM)によって I Tサービスの提供範囲や水準を明確化し、その実行や達成度を提示することも重要な意味を持つ。

このように、I T部門運営に関するあらゆる活動や成果について説明責任を果たすためには、I T部門が自らの組織運営の成熟度、I T環境の実現度、I T支出額の妥当性および投資効果について明確な目標を持ち、定量的に自己評価を行っていくことが求められる。

次に社内啓蒙についてだが、I T活用の重要性や I T部門の活動に対して理解してもらうためには、積極的なPR活動が欠かせないと考えておくべきである。具体的には、ユーザー部門に I Tリーダーを配置して I T部門の方針の徹底やニーズの吸い上げに役立てたり、人事部門と協力して管理者教育の中に I T活用教育を組み込んだり、あるいは経営者層を対象とした I T戦略会議や I T委員会を設置することでマネジメント層の I Tに対する認識を高めたりといった方法が考えられる。実際、すでに一部の企業ではこうした方策を実行に移している。

企画、開発、運用の再定義とマーケティング機能の追加を

冒頭で述べたように、I T部門の責任範囲が拡大すると、I T部門が保有すべき機能にもレベルの高さと幅の広さが求められるようになってくる。

まず、I T部門が現状で保有する機能を整理してみよう。多くの I T部門では、大きく分けると、企画、開発および運用という3つの機能を持っている(図2)。企画とは、経営者や事業部門の要請を受けて、どのようなシステムをどういった形態で導入するかを決定するという機能である。それに加えて昨今では、経営戦略や事業戦略を実現する手段として I Tが注目されるようになり、それに伴ってより戦略的な企画機能が求められるようになった。つまり、「How(どのようにして)」の企画よりも、「Why(なぜ)」や「So What(その結果どうなのか)」に焦点を当てた戦略企画が必要とされているわけである。

開発業務では、ユーザー部門からの要望に基づいた定型的な要件をベースにシステムを構築するという機能が求められるが、それに加えて今後は、パッケージ・ソフトウェア、ミドルウェア、ツールなどのコンポーネントを柔軟に組み合わせて要件を満たしていくためのインテグレーション機能が求められることになろう。これに対応するためには、全体的なアーキテクチャを考慮した構想化のスキルと、技術や製品に対する幅広い知識が必要になる。

一方、運用では、従来であればシステムを安定的に稼働させることが主要な機能であった。開発や導入が完了したあと、“縁の下の力持ち”として、運用がついていくというのが一般的な形態であったからだ。しかし、情報システムがビジネス遂行上不可欠な存在となるなか、I T部門にはユーザー部門にシステムやアプリケーションを提供するのではなく、I Tサービスを提供するという視点が求められるようになってきている。

したがって、運用機能は、そうした変化を取り入れたサービス運営機能へと昇華される必要がある。サービスの運営に際しては、従来のシステム運用に加えて、サービス・レベル管理、運用要件の企画・開発へのフィードバック、ベンダー管理などの強化がポイントとなる。

ここで、従来型の3つの I T部門の機能に加え、4つ目の機能として、これまでは重視されていなかったマーケティングに着目したい。

マーケティングには、アウトバウンド( I T部門から外へ)とインバウンド(外から I T部門へ)のマーケティングがある。アウトバウンドのマーケティングとは、I T部門の活動や I T活用の重要性を経営者やユーザー部門に対して啓蒙するもので、社内における I T部門の地位向上のために重要な役割を果たす機能である。一方、インバウンドのマーケティングは、経営者やユーザー部門の課題やニーズを吸い上げ、それを企画・開発・運営に反映させる役割を持っている。

これからの I T部門では、これら4つの機能――戦略企画、インテグレーション、サービス運営およびマーケティング――をCIOが取りまとめていくような形態が指向されるはずである。

“目利き”と“社内コンサル”がコア人材に

I T部門の責任範囲が拡大し、持つべき機能の重要性が増すにつれ、当然のことながら、C I Oが I T部門の中で求める人材像やスキルにも変化が生じることになる。

従来、I T部門のスタッフには、技術に対する高い専門性が求められたため、他の部門との人事ローテーションがあまり行われてこなかった。そのうえ、バブル経済の崩壊後に企業が相次いで採用を凍結したこともあって、I T部門に新卒社員が配属されず、30代のスタッフが最若手として10年近くもタスク・ワークに煩わされているといったような、I T部門の高齢化を憂慮する声がしばしば聞かれるところとなった。

しかも、ユーザー・サポートやシステムの安定稼働に対する責任を負う I T部門の現場スタッフには、重圧がかかる割には社内で正当に評価されていないという不満が鬱積しがちで、モチベーションを維持するのが困難になってきているとの指摘も多くなされている。

さらに、最大の問題となっているのは、I Tスタッフに求められるスキル要件がビジネス環境の変化や技術の進展によって大きく変わるために、I Tスタッフはどのようなスキルを習得すべきかが見極めにくいということだ。I T部門長にとっても、人材育成に投じる費用や多忙なスタッフの時間を無駄にしないために、将来性のあるスキルが何かを見定めることは容易ではない。

現在のアウトソーシングの潮流や、技術の複雑性という状況を鑑みると、ユーザー企業の中に I T専門家を多数抱えるという形態は遠からず行き詰まる可能性が高い。その代わり、これからの I T部門では、技術の「目利き」として新規技術の評価や製品選定を主導し、全社的なアーキテクチャを構想するごく少数の I Tアーキテクトと呼ばれる人材と、社内の業務改革や課題解決を主導する社内コンサルタントがIT部門のコア人材となっていくと考えられる。C I Oには、I T部門がユーザー部門の下請け作業に甘んじることなくリーダーシップを発揮していくために、技術プロフェッショナルとしての I Tアーキテクトと、企業変革を主導する社内コンサルタントを育成していくことが求められる。

シェアードITサービスの可能性

さて、最後に、I T部門の組織形態について述べることとしよう。

企業内のI T部門の組織形態に関しては、常に、「集中か分散か」という議論が繰り返されている。一般的には、集権型(集中型)、分散型、そして、その中間に位置する連邦型の3つの組織形態があるとされる。

I Tガバナンスとスケール・メリットの観点から見ると、集権型の組織が優れているが、各事業部門のニーズに対する柔軟性や対応の迅速性という点では、分散型 I T組織のほうが動きやすい。実際のところ、3つの組織形態の中でどれが最も良く、どれが最も悪いといった議論にはあまり意味がなく、それぞれの企業のグループ経営戦略やグループ企業の組織形態によって適合するIT組織形態は異なる。

しかしながら、グループ連結経営の重要性の高まり、I T部門の責任範囲の広がり、そして、昨今のアウトソーシングの浸透といった状況から考えると、もはや完全な分散型では、I T部門として十分な対応ができないのは事実である。それを踏まえると、グループ企業に分散した I T組織をシェアード I Tサービス・センターに集約し、各企業に対して一元的に I Tサービスを提供するという形態が1つの有力な選択肢として浮上してくる(図3)。

ただし、この場合、単にIT組織を集約しただけでは、集権型組織のメリットを享受することはできない。グループ企業のC I Oの間で、戦略の整合性を保つために、グループC I O委員会のような体制を確立することが必須である。このようなグループ規模で集約した I T組織、すなわちシェアード I Tサービス・センターを持つことで、グループ I Tガバナンスの確保や、スケール・メリットの享受、さらには標準化による合理性を追求することが可能となるのだ。

そのうえで、グループで培ったノウハウや豊富なリソースをもとに、取引先を含むグループ外企業に対して有償で I Tサービスを提供することができれば、シェアード I Tサービス・センターを有望なプロフィット・センターに転換できる可能性も出てくることになる。

いずれにせよ、I T部門を取り巻く環境は、今後も著しく変化していくことが予測される。C I Oは、企業および経営の目指すべき方向性を踏まえて、常に適切で柔軟性の高い I T組織運営を行っていかなければならない。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年11月号に掲載)
2004.05.06 update

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