企業経営&IT戦略レポート

本社とシステム子会社の一体運営を図るカシオ計算機

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

“戦略提案型”組織がITの「力」を引きだす
カシオ計算機は2002年10月、5年ぶりにIT組織のあり方を見直し、本社のIT部門とシステム子会社の運営を一体化させて業務を整理・統合した。
その主なねらいは、経営課題を踏まえた戦略立案機能の強化と、全体最適に基づいたIT業務の効率化、さらに人材シフトも含めた組織のスリム化にある。
同社では、この改革を通して、企業の競争力を強化し付加価値を生み出すための「戦略的IT活用」の基盤を築こうとしているのだ。では、そうした一大改革が行われた背景には、どのような経緯があるのか。また、具体的にはどういう取り組みが展開されようとしているのか。
本稿では、カシオの組織改革の概要とビジョンを紹介しながら、同社が模索する理想のIT組織のあり方に迫る。
CIO Magazine編集部 text by CIO Magazine

組織をスリム化し、戦略立案機能を強化

時計や電卓などの伝統的な電子製品から、デジタル・カメラや携帯電話、PDA、モバイルPC、オーディオといったコンシューマー向け情報機器、液晶デバイス、企業向け各種システム機器に至るまで、電子関連機器の製造・販売事業を国内外で展開するカシオ計算機(以下、カシオ)。特に近年は、ワイヤレス機器を核とした「モバイル・ネットワーク・ソリューション」と「電子デバイス」を主力事業と位置づけ、新しい事業分野を精力的に切り開いている。同社では、比較的早くからIT活用を経営上の重要戦略と位置づけて推進してきたが、そのIT業務を主に担ってきたのが、本社のIT部門である業務開発部と、1989年に設立されたシステム子会社、カシオ情報サービス(以下、CIS)である。

カシオは2002年10月、約10カ月間に及ぶ検討期間を経て、この業務開発部とCISを、運営上、1つの組織として扱うようにするという大規模なIT組織改革を行った。そのねらいについて、カシオ計算機業務開発部次長、矢澤篤志氏は、次のように説明する。

「当社のこれまでの組織体制は、各事業部門向けのシステム開発・運用を行うことを前提としたもので、企業の競争力の向上や価値の創造など戦略的なIT活用を推進するのには不向きだった。また、システム子会社であるCISの組織の複雑化・肥大化も問題となっていた。そこで、業務開発部とCISを“一体化”して組織のスリム化を図り、企画・戦略立案機能の強化を目指したわけだ」

この組織再編により、カシオのIT部門は、業務開発部55人/CIS109人の総勢164人から、業務開発部75人/CIS48人の123人となり、IT業務の重心が子会社から本社に移った。これにより、CISの業務は大幅に縮小されることになり、「開発保守」と「運用サービス」だけが残された。CISは、通常のシステム子会社というより、利益を追求しない“コスト・センター”的な位置づけになり、社内システムの開発・保守・運用の担当部隊として業務開発部に組み込まれることになった。

一方、業務開発部では、従来は調達や会計、顧客管理、IT戦略などの業務分野ごとに担当が置かれていたが、それが廃止された。代わりに、「情報企画」「情報技術」「プロジェクト推進」「企画管理」の4グループと、残されたCISの2グループを合わせた計6グループ体制が敷かれることになった。

コストの削減より経営に対する貢献を

カシオ本社では、ここ10年ほどの間に数回、IT組織の形態を大きく変化させてきた。まず、1995年より以前は、生産系、販売系、設計系、人事経理系の4つの部門がそれぞれ情報システムを開発・運用しており、IT組織は分散型であった。その後1995年から1997年にかけて、本社の4部門がそれぞれ抱えていたIT、物流、生産管理の3つの間接業務が集約化され、1つの本部が形成された。そして、1997年に全社的な組織改革が行われるに際して、情報システム部隊が、初めてカシオ本社のスタッフ部門の1つとして“独立”し、業務開発部が新設された。以来、業務開発部とCISとの連携体制によって、カシオのIT戦略は支えられてきたのである。

では、「2002年版組織改編」によって生まれた新しい組織は、どのような機能を持っているのだろうか。先に挙げた新しい業務開発部内の各グループの業務内容について、詳しく見てみよう。

まず、情報企画グループは、改革の“目玉”となる部署であり、先ごろ解散したSCM(Supply Chain Management)プロジェクト・チームのメンバーを核に設立された。ユーザー部門の出身者が多いのが特徴で、全社的な観点で企画・戦略の取りまとめと調整を担っている。

次に、情報技術グループは、新技術の開発・評価や標準化、資材調達、新規案件および改善要望の適用業務支援、PCやネットワーク、ヘルプデスクなど、社内システム業務全般を担当する。以前は業務担当ごとに企画していたアプリケーション開発の窓口も、ここに一本化されることになった。

プロジェクト推進グループは、プロジェクト・マネジメントを統括する部署である。また、「ITプロジェクトは、ともすれば、システムを立ち上げさえすれば終わりと考えられがちだった」(矢澤氏)という反省に立ち、最初に想定したとおりの効果が出ているのか、改善点は何かなど、システム導入後も継続的にフォローするという新しい使命を帯びている。

さらに、これら3つのグループと、CISの開発保守および運用サービスの計5つのグループを統合的に管理するという役割を担うのが企画管理グループである。具体的には、部門計画のモニタリング/コントロールや人材育成などを担当している。

ちなみにカシオではアウトソーシングは活用していない。今回の組織改革の際にも採用が検討されたが、結局は見送られた。矢澤氏は、その理由について、「システム業務においては、例えば、企画機能と実行機能など、業務を切り分けるのが難しい。また、今回の改革ではコスト削減よりも経営に対する貢献が重視されていた。その方針に沿って、当社の競争力強化のためには、ベンダーと協業するのではなく、むしろ全体最適化による社内効率を追求すべきだと判断したのだ」と説明する。

IT組織のミッションを明確化

カシオにおいて今回のIT組織改革が決断されるに際しては、昨今の企業ITに求められる役割の変化・拡大を踏まえた経営判断も働いたようだ。

「経営層から見た場合に、我々がビジネス上どのような役割を果たしているのか、あるいは、今後カシオにどれだけの価値をもたらしうるのかといったことが見えづらいという問題があった。また、かつてのような業務担当制をベースにした組織では、どうしても“請け負い型”になり、ユーザーのオペレーショナルな要求にこたえることが優先されがちだった。言いかえれば、組織として、戦略的なIT活用に対応するための仕組みに欠けていたのだ」(矢澤氏)

それに加えて、矢澤氏は、システム子会社と本社IT部門のどちらも実体を持った組織として並存させることの問題点を、次のように指摘する。

「いったん本社から切り離すかたちで作ったシステム子会社を再び“呼び戻す”ような試みは、一見、後ろ向きの改革と映るかもしれない。しかしながら、カシオのための戦略的IT活用というミッションを掲げて組織を再構築するためには、それが最善の策であった。そもそもCISには、カシオの社内システムの受注を主な事業としながらも企業として利益を上げることを考えねばならないなど、事業戦略があいまいにならざるをえないという問題があった」

その典型例が、CISが手がけていたシステムの外販事業である。社内向けに開発したシステムを自ら販売する場合、どうしても販売のノウハウやチャネル体制の確立などの面で限界がある。実際、「収支はトントンといったところだった」(矢澤氏)という。そこで同社は、限られた人的リソースであればこそ、コア・コンピタンスに集中させるべきだと判断したのである。

さらにそこには、カシオ・グループを含めたITガバナンスの確立を視野に入れ、本社IT部門の権限の強化を今のタイミングで図るというねらいもあった。同社では従来、グループ企業のITに関してはガバナンスよりも自立を重視した対応を行っており、グループ企業はそれぞれがIT部門を有し、独自にシステムを開発・運用している。それゆえ、本社のIT部門の権限が及ぶ範囲は、基本的には本社の事業部に限られている。

一方、同社は1990年代後半に西暦2000年問題への対応を進める中で、基幹システムの抜本的な見直しを行い、1997年から2000年にかけて、全事業部門および主要グループ企業を対象にERP(Enterprise Resource Planning)/SCMシステムの一斉導入プロジェクトを展開した。それを境に、基幹システムに関しては、本社の各事業部門および主要グループ企業の間で標準化を目指す方向へと戦略を転換させてきたのである。

そうしたデータ統合やガバナンス強化を組織面からも支援するというのは、カシオにとって、いわば当然の流れであった。最近の同社のIT戦略の方向性が、ここにきて、IT組織のあり方にも反映されたというわけである。

グループ最適を視野にコア技術を「蓄積」

IT組織改革によってカシオが目指しているのは、すでに述べたとおり、競争力の強化であり、経営に対する貢献である。では、それは具体的にどういった取り組みとして展開されようとしているのだろうか。

そうした試みの1つとして、同社は、本社が導入しているIT関連技術の中でカシオ・グループにとってもコア技術であると判断したものについては、共通のIT資産と位置づけ、使いやすいかたちで蓄積を図っている。グループ企業に対しては各社独自の戦略を尊重しているカシオだが、各グループ企業が日進月歩で進化するIT関連技術をすべて把握し、自社への適用を探っていくのは、非常に難しい。そこで、主要な技術をカシオおよびカシオ・グループ向けに標準化して整備しておき、必要になった際に企業・組織がすぐにそれを利用できるようにしているのである。

目下、そうした蓄積が進んでいるのは、Web関連の技術、Notesベースの企業ポータル、ワークフロー、OLAP(On-Line Analytical Processing)などである。

このうち情報共有や情報発信にかかわる技術については、ERPとWebを連携させて企業ポータルに展開し、さらにバックエンドでNotesや基幹システムと連携を図ることにより、業務を効率化するような技術の標準化も進めている。また、OLAPはERPシステムを利用するうえで必須である。というのも、ERPに蓄積されている膨大な生データをこうした分析ツールで“可視化”することにより、初めて全社/グループでの活用が可能になるためだ。さらにそのほかの技術に関しても、全社/全グループ企業で広く利用できるものをピックアップし、今後も標準化を図っていく方針だ。

以上のような取り組みは、言ってみれば「全体最適の視点に基づいたIT業務の効率化」を目指したものだと言える。矢澤氏はこれを踏まえて、「一般的に一からシステムを作ることがなくなってきた今、ITスタッフには、高度な技術知識やプログラミング・テクニックよりも、モジュール化された機能をソリューションに展開していけるスキルが求められている。次のステップでは、そうした観点から人材育成を行っていく必要がある」と話す。

経営課題にどうアプローチするか

ここまで述べてきたような一連の新しい試みやIT戦略の方向転換を、カシオ社内の事業部門はどのように受け止めているのだろうか。「実は、ERPのプロジェクト開始からシステム稼働のころまで、業務開発部に対するエンドユーザーの評価は“ボロボロ”だった」と矢澤氏は苦笑交じりに話す。その悪評の原因は、ERPの導入によって使い手の利便性が悪くなるという不満を払拭できなかったこと、さらには、現場の声を“無視”するかたちでプロジェクトの完遂が急がれたことなどにあった。

しかしその後、ERPの入力効率の悪さをWeb活用によってカバーしたり、分析ツールを導入したりといったように、使い手の立場に立った機能の追加や改良がなされたことで、徐々にエンドユーザーのフラストレーションは解消された。さらに、企業ポータルの導入によって情報共有が促進され、事業部門の側でも、これまで入手困難だった他の事業部門やグループ企業の情報を見ることのできる価値に気づきはじめた。それに伴い、ようやく評価の声が聞こえてくるようになったのである。「私自身、事業部門からのさまざまな要求に耳を傾けてきた中で、実はエンドユーザーは、システムの操作性よりも情報活用の利便性を求めているということが分かってきた。新しいことを始めれば、何らかの抵抗があるのは当然だ。だからこそ我々は、それを超えたところにある真のユーザー・ニーズを見いだし、提案していかなければならない。それができるかどうかで、プロジェクトの成否が決まるのだから」と矢澤氏。

しかし、今、カシオのITにとって優先されるのは、エンドユーザーのニーズではなく、経営のニーズだ。そこに同社のIT部門の、ある種のジレンマがある。

「これだけ経済的に厳しい時代になると、経営判断として、部分最適と全体最適をどう均衡させるかと問われれば、全体最適を優先するほかないだろう。我々IT部門は、それを支援するシステムを企画・導入する使命を持つわけだが、同時に、エンドユーザーの要求と全体最適のギャップを埋めていく役目も求められる」(矢澤氏)

したがって、IT部門の社内的な位置づけに関するかぎり、カシオの課題はむしろ、いかに経営層との情報共有を進め、IT戦略を経営課題とリンクさせていくかというところにある。そこで、業務開発部では、経営層に対して積極的に情報を提供・発信していくことで、自社のITの現状を正しく理解してもらい、経営的視点からのIT戦略の迅速な意思決定を促していく方針だ。「現状では、経営層がIT戦略に積極的に関与できるだけの情報提供を、我々も十分に行えていないと思う。今、経営層がITに求めているのは、ITによる価値の創造だ。だからこそ、我々も受け身で待つのではなく、経営層に対して積極的な提案をしていけるようにならなくてはいけない」と、矢澤氏は自戒を込めて強調する。

戦略的IT活用の実現に向けビジネス・スキルの育成を

カシオにおいて、最近、とりわけ経営層の関心が高い分野の1つが情報セキュリティである。実際、同社では、いわゆるコンプライアンス・マネジメントの観点から、この取り組みを強化している。2002年10月、組織改編と同時にセキュリティ・ポリシーを発効させ、目下、これに沿った取り組みを進めているところだ。ポリシーの適用範囲は現在は本社のみだが、今後、グループ企業に対しても順次適用していく予定だ。

「セキュリティでは、PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルで全社的に取り組みを進める仕組みを構築できるかどうかがポイントになる。そうした意味では、経営へのフィードバックが最も重要になる分野だ」(矢澤氏)

そのほか、カシオでは、すでにSCMシステムの導入を終了しているが、まだ具体的な成果を得ているとは言い難い状況にある。今後は、生産資材から物流、営業へとつながるサプライチェーンの効率化・最適化に、いっそう注力する必要がある。もっとも、それはITだけで解決できるものではなく、各事業部の連携が必要な分野である。「だが、我々としても、システム面で改善すべきポイントを見つけて提案していくことはできるし、しなくてはならない。ここ1年間ほどの取り組みの中で、我々ITスタッフの技術的な対応力はかなり向上したと考えている。ただ、何を課題として取り組むか、経営とリンクした戦略的IT活用をいかに提案していくかといったことについては、これからの課題になる」と矢澤氏。そこでは、ITスタッフがそうしたビジネス・スキルを向上させることが、結果としてIT部門と事業部門と間で「戦略的な人材ローテーション」を可能にすることも期待されよう。

社会の変化と自社の課題とを見極めながら、IT組織の使命を柔軟に探り続けるカシオ。新しい組織のあり方を見いだした今、同社は次なるIT活用のステージに大きな1歩を踏み出そうとしている。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年1月号に掲載)
2004.04.29 update

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