企業経営&IT戦略レポート

ITの“異能集団”を育成するセコム

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

事業に直結した戦略立案スキルを重視
全国にネットワーク基盤を構築し、企業や家庭、さらには個人にまで、安心で便利なセキュリティ・サービスの提供を目指すセコム。創業以来40年間、ITと密接にかかわりながらビジネスを展開してきた同社にとって、自社に必要なITスキルをいかに確保し、育成していくかということは、文字どおり“至上命題”であり続けてきた。本稿では、グループ戦略の観点から本社と情報システム子会社との間で連携を図りつつ、ITにかかわる多彩なスペシャリストを養成しようと試みるセコムのITスタッフ戦略を明らかにする。
CIO Magazine編集部 text by CIO Magazine

ITスタッフの育成は企業課題

セキュリティ事業を核に、医療や介護、教育、損害保険、地理情報などの分野で多彩なサービスを展開するセコム。同社は、1966年にオフィス向けのオンライン・セキュリティ・サービスを国内で初めてスタートさせ、1981年にはホーム・セキュリティ・サービス分野へと事業を拡大するなど、ITがもてはやされるはるか以前から、ITを活用したユニークな社会基盤サービスを提供してきた。さらに昨年には、人物・自動車向けのセキュリティ・サービス「ココセコム」をスタートさせるなど、“安全”に対する社会的ニーズの高まりに、ITを生かすことにより着実にこたえ続けている。

同社のサービスを支えているのは、全国に張り巡らされた情報通信ネットワークである。国内で約75万7,000件(2002年3月末時点、法人54万1,000件/家庭21万6,000件)の契約先は、1件1件がセコムのコントロール・センターと通信回線で結ばれ、24時間365日のオンライン監視が行われている。万一、何らかの異常があった場合には、「安全のプロ」がその場に駆けつけ、問題解決に当たる。

「我々にとって、ITは事業の効率化や拡大のための道具というよりも、むしろ事業そのものであると言ってよい。他社と比べても、事業戦略とIT戦略がきわめて近い関係にある。実際、当社の社長である木村昌平は、前CIOであり、現在はCEOとCIOを兼務している。そういう意味では、ITにかかわるあらゆるスキルを確保していくことは、IT部門の中だけの課題ではなく、全社および全グループを挙げて取り組むべき課題である」と、セコムグループ全体の情報システムと組織を統括するセコム情報化推進室長、中村晃氏は語る。

現在、150社余りから成るセコムグループで情報システム部門の役割を果たしているのは、セコム本社の情報化推進室と、同社の子会社であるセコム情報システムの社会システムIT本部の2組織である。本社/子会社の大まかな業務の切り分けは、前者がグループ全体のIT戦略立案および重要プロジェクトの推進を、後者が個別のプロジェクトの企画およびシステムの構築・運用を担当する。中村氏は、セコム情報システムの取締役として社会システムIT本部長も兼務しており、まさに「セコムグループのIT部門長」という立場にある。

戦略立案の決め手は“調整力”

国内の大手企業では、いわゆる社内向けIT部門を分社化して情報システム子会社を設立しているところが多いが、親会社との資本関係や業務領域の切り分け、委託/契約形態などは、企業によってさまざまである。

セコムでは、本社の情報化推進室が持つ戦略立案機能は、グループ全体のネットワーク・インフラの刷新プロジェクトや、セキュリティ・ポリシーの策定など、グループ戦略にかかわるプロジェクトに限定されている。それに対し、個別のシステム・プロジェクトは企画段階からセコム情報システムが担当しており、必要に応じて情報化推進室と連携する体制がとられている。

このような業務区分の下では、それぞれの組織のスタッフ戦略には、おのずと大きな違いが出てくる。

情報化推進室は総勢9人で、本社およびグループ企業からプロジェクト経験者やIT技術者、営業などの現場経験者、若手社員などを引き抜いて結成した少数精鋭の「混成部隊」である。独立部門になって今年でまだ3年目だが、同部門のスタッフ像について中村氏は、「ITの専門家である必要はなく、グループ戦略の現状と、向かうべき方向をしっかりと理解していることが重要だ。ITに関してはそれに基づいて戦略の立案ができるように、概略を把握し、活用できる能力があればよい」と断言する。

ここでの人材育成は、業務の中でのスキルアップと人事ローテーションによって行われる。これは、特別な教育プログラムを行って1人1人が特定分野の知識や技術を深めるよりも、人材の“ブレンド効果”を利用して、組織全体の戦略立案能力を高めることに力点が置かれているためだ。実際、同室ではスタッフが2〜3年で他部署に異動することを想定しており、これまでも毎年、人事異動を行ってきた。

では、戦略立案スタッフが業務の中で磨くことを期待されるスキルとは、どのようなものか。中村氏は、「コミュニケーション・スキルが何よりも欠かせない。我々の組織は、経営者との意思疎通を図り、経営方針をIT戦略に落とし込むと同時に、現場ユーザーの要望を的確に反映させるという使命を帯びている。良い仕事をできるかどうかの最終的な決め手は、コミュニケーションに基づく“調整力”だ」と強調する。

同氏自身、週に1回ほどの割合でスタッフ数人とともに社長に報告を行い、また、課長クラスのスタッフと分担しながら、適宜、社長以外の役員との情報交換も行っている。そのやり取りだけでもかなりの頻度に上るが、実際には、電話などを通じてほぼ毎日、経営幹部と連絡を取り合っている状況だという。

また、エンドユーザーとの情報交換は、実際のプロジェクトの中で意見を聞く作業が中心となるが、そのほかにも時期を定めて全国を回り、じかに接触して意見交換をしたり、本部単位に配置されている約40人の「IT推進担当」を通じて、使い手側の声を収集したりしている。

運用のスキルを重視

一方、セコム情報システムは、セコムグループのシステムやネットワークの企画・設計、開発、運用およびユーザー・サポートなどの業務を担うセコムの子会社である。一般的な情報システム子会社同様、グループ向け事業で得たノウハウと技術力を生かして外部企業向けのシステム・インテグレーション事業も手がけている。

同社のスタッフ約400人は、全員がセコム本社からの出向扱いである。そのうち、セコムグループ向けのシステムを手がけるのが社会システムIT本部の約160人、残る約240人は外部企業を対象とした対外事業要員であり、分野ごとにいくつかの本部に分かれている。

社会システムIT本部スタッフ160人のうち、システム開発に携わるスタッフは約80人で、運用スタッフは約60人である。そのほかに、本社の情報化推進室と連携しながら、ユーザーの要件を企画にまとめる役割を担う企画営業スタッフが20人ほどいる。人材育成は、「グループのIT戦略上、必要なスキルを確保すること」を目標とし、それを実現するための詳細な計画に基づいて行われている。

人材育成計画は、企業、組織、個人別に作られるが、まず企業として重要な技術をリストアップし、それに基づいて、組織および個人が身に付けるべき技術などが決められる。各スタッフには1年単位でスキル目標が与えられ、人事評価の中にもそのスキル評価が組み込まれる仕組みである。マネジャー層は、自分の部隊でどのようなスキルを獲得するかも計画し、その達成度によっても評価されることになっている。

「セコムのITを担うエンジニアとしていちばん大事なのは、システム構築よりむしろ運用のスキルであると考えている。これは当社に特有の考え方で、他社とは異なる認識かもしれない。というのも、セコムのサービスは、各オフィスや家庭にセンサーを設置して24時間365日のオンライン監視を実現することで初めて成り立つものであり、そのためには高度な運用スキルが必要になるからだ」(中村氏)

セコムにとって、ネットワーク障害やシステムダウンは、セキュリティ業務の停止を意味し、サービスに対する信頼性という点から見て、きわめて深刻な事態だと言える。逆に、常に安定した運用を実現し、仮にトラブルが起きた場合にも迅速に復旧させることは、セコムにとってコア・コンピタンスに直結する課題である。

ただし、「エンジニアの中には、運用よりも構築を重視する傾向もあり、それを克服する闘いを日々繰り広げている」(中村氏)という。その種の「ズレ」を埋めながら、スタッフのモチベーションを高めていくことも重要な課題となる。

ベンダー選定の「目」を養う

セコムが運用スキルを重視しているのには、もう1つ大きな理由がある。それは、運用スキルを社内に蓄積していくことが、ベンダーに対する評価能力を向上させることにつながるというものだ。

「運用をきちんと自社で行っていれば、製品の操作性やパフォーマンスなどを自然と判断できるようになる。今、アウトソーシングによってベンダーの選択眼を失ってしまうのではないかという議論もあるが、それは運用スキルを自社で確保しておくことによって防ぐことができる」(中村氏)

実際、セコム情報システムはセコム本社のIT業務を受託する立場にあると同時に、自らもアウトソーシングを積極的に行っている。大半は運用の部分的なアウトソーシングだが、これには、自社スタッフだけではノンストップ運用にマンパワー上の限界があること、運用専門の企業から技術やノウハウを吸収して自社のスキルを高めたいこと、の2つの側面がある。だが、同社では運用スキルを社内で確保するという観点から、運用業務の全面的なアウトソーシングは、今後も一切考えていないという。

同社では、そうした「ベンダーに対する評価能力」を前提に、特定のベンダーに依存しないマルチベンダー環境でのシステム構築を目指している。品質や性能、コストの面から、常にその時点でな最適な製品を選択して採用するという姿勢を徹底しているのである。

中村氏はその点について、「今や、かつてのIBMのように、あらゆる分野で他のベンダーを圧倒するようなテクノロジー・リーダーは存在しない。低コストで効率のよいシステムを作るには、各ベンダーが得意とするものをうまく組み合わせて利用することが不可欠になる」と説明する。ただし、選択の幅が広ければ、それだけ設計者サイドに知識やスキルが求められることになり、リスクも増大してくる。その中で、運用のスペシャリストは、アウトソーシングをより主体的に行うためにも、欠かせない人材なのである。

また同社は、こうした技術分野の人材の育成のほかに、マネジメントを担う人材を育成するキャリア・パスと、それに対応する人事評価体系を用意している。そして、一定の年数を経たスタッフは、どちらかのコースに振り分けられることになるという。

スキル交流による相乗効果

最近、多くの企業で情報システム子会社に対する戦略の見直しが進められている。一般的に、社内のIT部門を分社化するメリットは、対外事業による収益増と、対内/対外事業の両スキルの相互活用にあるが、現実には技術力の低下や特定ベンダーの技術の偏重、対外事業の不振といった問題を抱えている企業も少なくない。

セコム情報システムでも、かつて対外事業で十分な収益を上げることができず、経営的に苦しい時期があった。また、対内/対外事業部門間でのスキル交流が活発に行われず、スキルの相互活用という面で、長い間大きな成果が見られなかった。

そこで同社は、対外事業において、CRM(Customer Relationship Management)ビジネスに注力するなど、事業領域をセコムグループ向け事業に近い領域に絞ることによって、事業業績を好転させてきた。さらに、スタッフ戦略の一環として、近年、対外/対内事業での人材交流と、開発・運用・企画営業の3つの職種間での人事異動を活性化させてきている。

「外向けの仕事をして得たスキルをグループ内部のシステム構築に生かすという意味でも、経営を安定させる意味でも、対外事業の領域を絞った効果は大きい。まだ本当の意味でシナジー効果が出ているとは言えないが、試行錯誤の中で確実な手ごたえを感じている」と中村氏は人材交流のあり方に自信を示す。

そのほか、企業文化の確立という点でも、課題が克服されつつある。同社はセコム本社から分社化された後、いくつもの会社を吸収合併しながら技術やノウハウを蓄積してきたが、その過程では「企業文化のぶつかり合い」もあった。しかし、ここ1〜2年で企業文化が統一されてきたという。

中村氏は、企業文化の統一を図る重要性について、「当社は、セキュリティ会社であるため、指揮命令系統がはっきりしており、上からの指示には従うものという意識がある。服装は、白のYシャツに濃色のスーツ、黒の革靴が常識だと思っている。一方、ベンチャーのソフトウェア会社の企業出身者は、フレキシブルな勤務形態に慣れており、服装もTシャツにジーンズというスタイルが多い。このような人材に対しても、セコムの企業文化を受け入れてもらえなければ、合併のメリットを享受する前に組織が機能不全に陥ってしまう」と説明する。最終的には企業ビジョンに合致するようにスタッフの意識統一を図る必要があるわけだが、組織は人の集まりであり、スタッフ間で一体感を生み出せなければ、本当の意味で組織力を高めることはできないのである。

“経営×IT”の領域に多彩なスペシャリストを

企業を取り巻くIT環境が大きな転換期を迎えているなか、セコムグループでは今後、ITスタッフ戦略に多様性を持たせていきたいと考えている。

システムの企画・開発・運用にかかわるITスタッフとしては、「経営とITの両方に精通するコンサルタント」や「運用のスペシャリスト」とともに、「ツール選択/活用に優れた開発スタッフ」を育成したい考えだ。これは、開発業務のメインがプログラムを書くことから、最適なツールを使うことにシフトしている現状に対応した戦略だ。

さらに中村氏は、「ハッカー的な感覚で最先端を追求できるネットワーク技術に精通した人材も必要になる。なぜなら、こうした人材は、最近重要度が増しているサイバー・セキュリティ分野に強く、また、思いも寄らぬ新しいアイデアを持っていることが多いからだ」と話す。このように多様なITスタッフ像を描くセコムグループが目指すもの──それは、ITの“異能集団”の育成である。

一方、IT戦略立案スタッフについては、所属する組織の形態をよりフレキシブルにし、グループ全体の方向性を踏まえたIT戦略を立案できる能力を持つ人材を育成したい考えだ。ITが事業に直結するセコムにとって、経営とITのクロスする領域に、いかに高いスキルを持つ人材を確保できるかが、経営戦略上のカギとなるからである。

その点を踏まえ、中村氏は、今後IT戦略を担っていく人材のあるべき姿を、次のように説く。

「今や、ITで達成できないことなどほとんどなくなった。そういう意味で、IT戦略の立案能力に対する考え方は180度変わろうとしている。かつては、ITで可能なことを出発点に新事業を考えるのが普通であり、それがIT戦略を立案する際に求められる姿勢であった。しかし、今後はITの制約を考える必要はなくなり、より自由な発想で事業に直結するIT戦略を立案する能力が求められるようになる」

GPS(位置情報システム)を使った新事業としてスタートさせた人物・自動車向けの位置情報提供・急行サービス「ココセコム」も、ITを事業に直結させた一例と言えるだろう。いち早くITをビジネスに生かして事業を開拓してきたセコムは、ITスキルの生かし方でも、先進的な1歩を踏み出したようだ。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2002年8月号に掲載)
2004.04.22 update

[ この記事のバックナンバー ]