企業経営&IT戦略レポート

IT部門崩壊の危機を「組織心理学」が救う

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

リーダーシップの再構築に挑む米ミレニアム・テレサービセズ
企業組織も、個人と同じように、動揺したり落ち込んだりすることもあれば、心理学の専門家の“治療”を受けることで機能を回復させることもある――と聞いて、その状況をすぐにイメージできるだろうか。米国のテレマーケティング・サービス会社、ミレニアム・テレサービセズのIT部門は、かつて、CIOのリーダーシップ上の問題やスタッフ間の人間関係の悪化が原因で、業務遂行が困難な状態に陥ったことがあった。そんな“崩壊”寸前のIT組織を救ったのは、なんと組織心理学の理論に基づいた「組織開発プロジェクト」であった。本稿では、このユニークなアプローチを採用した“ミレニアム流”IT組織改革を紹介する。
ステファニー・オーバビー text by Stephanie Overby

組織に“治療”を施す

米ミレニアム・テレサービセズ(以下、ミレニアム)では、1990年代後半にIT部門が完全に機能不全に陥った。同社のCIO、レイフ・マイオリーニ氏は、当時の状況について、「スタッフ同士の言い争いは日常茶飯事であり、いつけが人が出ても不思議ではないほど緊迫した状態だった」と振り返る。

1993年に設立されたテレマーケティング会社であるミレニアムでは、ビジネスの急成長に伴って、IT部門のスタッフ数が5年間で3人から113人へと急増した。だが、その過程でIT部門の各グループは対立を深め、次第に険悪な雰囲気が漂うようになった。また、そのころから同社の売上げが低迷し始め、ITスタッフの多くが解雇の不安を抱くようになった。さらに、もう1つ大きな懸念があった。現CIOのマイオリーニ氏は、同社の設立者の1人で前CIOの経営パートナー、ブライアン・パッシュ氏によって、1995年に競合企業であるRMHテレサービセズから迎え入れられたが、当時IT担当副社長だった同氏は、IT部門内のほかのマネジャーとの間にまったく信頼関係を築けていなかったのだ。むしろ、パッシュ氏がマイオリーニ氏にいずれCIOの職を譲るという意向を示す中で、同氏に対する周囲の反発や不信感は日々高まっていったのである。

そうしたさまざまな要因が重なり、ミレニアムのIT部門の生産性は従来の半分以下にまで落ち込み、まさに“崩壊”寸前となった。一刻も早く何らかの手を打たなければ、IT部門はおろか、企業として立ち行かなくなるのは、だれの目にも明らかだった。

リーダーシップの欠如や派閥の対立、人間関係の悪化が原因で、企業組織が本来の機能を果たさなくなること自体は、珍しいことではない。そうした局面で、企業はまず自力での改善を試み、それが難しいと判断した場合には、コンサルタント、企業コーチ、専門トレーニング機関、あるいはマスコミなどの手を借りて事態の克服に努めるのが一般的である。そこでは、専門的なノウハウに基づいてリーダーの再教育を施したり、従業員たちの不満や悩みを受け止める場や機会を設けたり、あるいは企業の信頼回復に向けた情報の発信を行ったりといった取り組みによって、問題解決が図られることになる。

しかしながら、ミレニアムは異なる道を選んだ。なんと精神科医を招いたのである。

パッシュ氏に招かれた精神科医、クリスティン・トゥルーエ氏は、組織心理学の専門家である。トゥルーエ氏は、組織心理学の分野で組織診断と呼ばれているテストを実施し、その結果に基づいて「組織開発プロジェクト」の立ち上げを支援することになったのだ。

同氏の“処方箋”の効果はてきめんだった。今では、ミレニアム社員や同社にかかわるほとんどすべての関係者が、「このプロジェクトによってミレニアムのIT部門は再生した」と評価している。IT部門の生産性と業務効率が向上し、経費が削減されたほか、スタッフの離職率も低下した。最も重要なのは、スタッフらの言い争いなどが目に見えて減り、全員が生き生きと仕事に取り組むようになったことだ。

トゥルーエ氏は、ミレニアムのIT部門が直面していたような問題は、企業環境が急激に変化しているときに、しばしば見られる現象だと指摘する。

「例えば、企業が同族経営から脱皮しようとするときや、他社と合併するとき、新興企業が事業を急に拡大するとき、業績が伸び悩んでいた企業が急激に成長するときなどが、そうした変化の代表的な例だ。企業組織の内部には複雑な力関係が存在し、それらが互いに影響し合っているため、何かをきっかけにそのバランスが崩れると、どこかにひずみが生じやすい。多くの場合、それは目に見えるかたちでは現れず、マネジメント層の権力争いのような状況を引き起こすのが一般的だ。そうした意味で、ミレニアムは典型的な例だった」(同氏)

ちなみに、“治療代”は10万ドル、効果が出るまでにおよそ1年半の期間を要したという。以下では、このプロジェクトに至る経緯とプロジェクトの内容を詳しく見ていくことにしよう。

説明責任と社内PRがカギ

C I Oないし I T部門のフラストレーションの種のうち、最も多く耳にするものの1つが、社内における I T部門の位置づけに関するものである。「利益を生み出す事業部門に対して、間接部門やコスト・センターであるとの位置づけがなされている」、「本社スタッフ部門の中でも経営企画部門、人事部門や経理部門などの管理系部門よりも格下に見られている(地位が低い)」といった不満の声は、I Tが企業活動において不可欠な存在になった今も後を絶たない。

確かに I T部門は、歴史的に電算処理を専門とする特別な技術を取り扱う部門だと認識されてきた経緯があり、なおかつ人事異動が少ない部門であるため、その仕事内容が他部門から理解されにくい。一般にユーザー部門は、社内システムを水や空気のようなものだと認識しているため、「正常に動作していて当たり前」であるとし、「トラブルが生じると I T部門に不満をぶつける」わけである。さらに経営者が I Tに対して十分な理解をしていない場合、社内の意思決定プロセスで I T部門の意見が通りにくいといった弊害も出てくる。

このような状況に対して、I T部門はどう立ち向かうべきであろうか。当然のことだが、不満を募らせているだけでは何も始まらない。社内で I T部門の地位を向上させるには、説明責任(アカウンタビリティ)を果たし、社内啓蒙に努めることが不可欠である。

まず、説明責任とはすなわち、経営者やユーザー部門に対して、I Tコスト、投資効果、I T運営の健全性などを明らかにする責務のことである。ユーザー側の「I Tは分かりにくい」という意識を払拭するためにも、積極的な情報開示が有効であろう。事業部門に対しては、サービス・レベル管理(Service Level Management:SLM)によって I Tサービスの提供範囲や水準を明確化し、その実行や達成度を提示することも重要な意味を持つ。

このように、I T部門運営に関するあらゆる活動や成果について説明責任を果たすためには、I T部門が自らの組織運営の成熟度、I T環境の実現度、I T支出額の妥当性および投資効果について明確な目標を持ち、定量的に自己評価を行っていくことが求められる。

次に社内啓蒙についてだが、I T活用の重要性や I T部門の活動に対して理解してもらうためには、積極的なPR活動が欠かせないと考えておくべきである。具体的には、ユーザー部門に I Tリーダーを配置して I T部門の方針の徹底やニーズの吸い上げに役立てたり、人事部門と協力して管理者教育の中に I T活用教育を組み込んだり、あるいは経営者層を対象とした I T戦略会議や I T委員会を設置することでマネジメント層の I Tに対する認識を高めたりといった方法が考えられる。実際、すでに一部の企業ではこうした方策を実行に移している。

機能不全の原因はどこに?

IT組織を改革するに際して、パッシュ氏は当初から組織心理学を採用しようと考えていたわけではない。そもそも同氏が問題の本質を理解し、改革に着手するまでには、かなりの時間が必要だったという。

「私は、多くの専門の技術者たちが優れた能力を持っているにもかかわらず、つまらない言い争いばかりしてスキルを発揮できないでいることにいらだっていた。そして、ITマネジャーらに、『もっとスタッフをうまく使え』とげきを飛ばしたが、何の改善も見られなかった」(パッシュ氏)

ミレニアムのIT部門は、CIOおよび各グループを統括する8人のITマネジャーによって運営されていた。パッシュ氏は、これらITマネジャーのチームワークが欠如していることがIT部門で起こっている問題の原因だと考えていた。そこで、チーム・コミュニケーションに関する研修やワークショップにマネジャーらが参加するのを奨励することにした。また、各グループの一体感を高めようと、春と夏にはニューヨーク・ヤンキースの公式戦、秋と冬にはNBAチーム、ニュージャージー・ネッツの公式戦をグループで観戦に訪れるといったイベントにも力を入れた。さらに、リーダーシップや経営に関する書籍をそろえた社員貸し出し用の図書ルームも開設した。しかし、いずれも状況を改善する決め手にはならなかった。

もともとミレニアムのIT部門は、パッシュ氏自らがスタッフを1人1人集めて作り上げてきた組織である。1993年に1カ所だったコールセンターが1998年には35カ所にまで増えるなどビジネスが拡大を続けるなか、IT部門もそれに合わせて強化されてきた。パッシュ氏がマイオリーニ氏を招聘したのも、日常的なIT業務の指揮をだれかほかの人に任せ、自らはより戦略的な業務に注力したいと考えたためだった。パッシュ氏は、「そのころの私は、リーダーとしての自信に満ちあふれていたが、その一方で日常の多くの時間をマネジャーらの“仲裁役”として過ごすという、非常にアンバランスな状況にあった」と当時を振り返る。

深刻化するスタッフの対立

一方、パッシュ氏は、マイオリーニ氏を自らの後継者として特別に処遇することに何ら問題を感じていなかった。マイオリーニ氏も、「拡大を続けるミレニアムのIT部門に、私は最初からパッシュ氏に代わって指揮を執る人間として迎え入れられた。パッシュ氏は、私が入社した当初から、自分に次ぐ立場の人間として扱う姿勢をかなり明確に示していた」と語る。

しかし、そのことがITマネジャーらの反発を生んだ。そうして1999年にマイオリーニ氏が正式にCIOに就任したのを機に、ITマネジャーらのマイオリーニ氏に対する反発は決定的なものとなった。マネジャー同士の対立も一段と深刻化した。IT部門内ではスタッフたちが仕事もせずに1日中言い争いをしているようなことも珍しくなくなった。コールセンター技術ソリューション担当ディレクターとして1997年に入社し、現在システム開発担当上級副社長を務めるトラビス・ロジャース氏は、「実際に私自身、単なる誹謗中傷としか思えない内容の電子メールに返事を書くために、1日4時間も時間を取られているような有様だった」と語る。そして、同社の業績低迷がそうした状況にさらに追い打ちをかけた。

ミレニアムのIT部門がいかに深刻な状態にあったかを物語るこんなエピソードがある。ある会議の席で、1人のマネジャーがほかのマネジャーと言い争いの末、「まったく、バスにひかれたような気分だ」という捨てゼリフを残して会議室を出ていってしまった。この後、おそらくはそれを批判的に見ていただれかが、おもちゃのバスを買ってきて会議室に置くという“いたずら”を仕掛けた。かくして、「だれかにバスをやれ」というのは、他の人に非難を浴びせかける際に使われる“ミレニアム用語”となった。

集団心理に着目

そんなある日、思い悩んだパッシュ氏は偶然、心理学者の友人にそのことを相談した。すると、その友人は「そうした問題の解決には組織心理学が適している」と熱心に説き、実績のある専門家としてトゥルーエ氏を紹介してくれたのだという。そこでパッシュ氏は、まだその時点では期待より不安のほうが大きかったが、とりあえずトゥルーエ氏と連絡をとった。そのときの心の葛藤を、同氏はこう打ち明ける。

「個人的な問題で悩んでいるときに、カウンセラーなど心理学の専門家に相談するのはきわめて一般的なことだ。しかし、企業の“悩み”を同様に考えることには抵抗があった。第一、ビジネスの世界では、心理学的アプローチに懐疑的な人も多い。私が余計なものを持ち込んでマネジャーらの感情をさらに悪化させるという事態は、絶対に避けなければならないと思った」

だが、パッシュ氏の不安はほどなく解消された。トゥルーエ氏が心理学の専門用語ではなく一般のビジネス用語を使って仕事の内容を説明したうえで、組織心理学とは何か、適用できるのはどのようなケースかなどについて、パッシュ氏の納得がいくまで詳しく話してくれたからだ。トゥルーエ氏は、「組織心理学は、人間の心理と行動に注目することで、個人と複数の集団がある組織の中でどのような相互関係を形成するかという問題を扱う科学の1分野である」と説明する。同氏によると、組織心理学が研究対象としているのは、一般的な企業組織図を想定した場合、職務内容を記した各ボックスを結ぶ「線」、つまり個々の業務の関係性である。そこで、その関係性が組織の生産性にどう影響しているかを分析し、解決の方法を当事者といっしょに検討しながら、組織の健全性の回復や効率化を実現しているのである。

トゥルーエ氏との何度かの話し合いの末、パッシュ氏はミレニアムのIT部門が抱えていた問題に組織心理学を適用してみることにした。まず、トゥルーエ氏はパッシュ氏とマイオリーニ氏から話を聞き、IT部門とそこにかかわる人々の関係や各人の職務、性格などについて理解することから作業を開始した。また、いわゆる心理カウンセリングの手法を用いて、2人の仕事の経歴や経験について尋ねた。そうして組織内のグループ間の関係や、個々人の人間関係を把握し、問題を明らかにしていった。

35歳のマイオリーニ氏は、前の会社で20代の若さで管理職に就任し、4年間にわたってCIOを務めたキャリアの持ち主である。一方、39歳のパッシュ氏は、ミレニアムで初めて人を指導する立場になった。それ以前は技術者であり、基本的に1人でやる仕事しか経験がなかった。トゥルーエ氏は、そうしたバックグラウンドの違いや両者の関係が組織にいかなる影響を及ぼしうるかについて、組織力学の観点からさまざまに分析していった。

トゥルーエ氏との一連の共同作業の中で、2人は問題の本質をおぼろげに理解し始めた。その時点ではまだはっきりとした原因を突き止めるまでには至らなかったが、「トゥルーエ氏の説明を聞いて、業務の切り分けや組織構造を変えるような、いわゆるボックスの並べ替えのような組織改革では、スタッフの不満を解消することはできないということを理解することができた」(マイオリーニ氏)という。こうして、2人はトゥルーエ氏に「組織開発プロジェクト」を依頼するだけの価値と根拠があるという結論に達したのである。

“衝撃の”調査結果

では、組織開発プロジェクトは、具体的にどのように進められたのだろうか。

まず、トゥルーエ氏は8人のITマネジャーにアンケート用紙を配布した。質問内容は、「ミレニアムのIT部門において、あなたの任務は何だと思いますか」、「あなたの業務責任範囲について教えてください」といったものから、「ブライアン・パッシュ氏の弱点は何だと思いますか」、「社内における最も深刻な問題は何ですか」といったきわどいものまで多岐にわたっていた。

アンケートに対する答えは、驚くほど率直なものだった。端的に言えば、ITマネジャーらは、「パッシュ氏は人間的に魅力的で好感の持てる人物だが、経営者として優柔不断である。一方、マイオリーニ氏は、パッシュ氏の単なる“ロボット”である」と見ていることが明らかになったのである。

トゥルーエ氏は、この結果について、「ある組織の中で、同列の立場にある人々の中から1人が抜擢されると、周囲からは、権力を行使して引き抜いた人物に対してはプラスの感情が働きやすく、抜擢されたほうの人物にはマイナスの評価が与えられやすい。つまり、ITマネジャーらの間にパッシュ氏の権力を畏怖する意識が生まれ、一方、マイオリーニ氏に対しては、必要以上に否定的な見方がなされたのだ」と解説する。

同社のIT組織において、もともとITマネジャーらとマイオリーニ氏は同格であり、いずれもパッシュ氏に直接リポートする立場にあった。そのため、マイオリーニ氏がCIOに「昇進」したことで、マネジャーらは自らのポジションに不安を抱き、その不安をマイオリーニ氏を低く評価することで“昇華”させていたのだ。

さらに、それ以上に重要な要素として注目されたのは、マイオリーニ氏の“参入”により、ITマネジャーらにとっては上司というよりも仲間であったパッシュ氏に「見捨てられた」ような感情が生まれたことである。パッシュ氏がミレニアムに初めて雇い入れたITマネジャーの1人、インナ・ゼレプキナ氏は、「マイオリーニ氏が初めて出社した日、パッシュ氏は『もう1人の自分を雇ったよ』というような発言を行った。しかし、我々にとってパッシュ氏は1人だ。マイオリーニ氏をそんなふうに見るのは不可能だった」と打ち明ける。

トゥルーエ氏は、パッシュ、マイオリーニの両氏に調査結果を示すとともに、背後にある問題について説明した。マイオリーニ氏は、「正直、読むのがつらい部分も多かったが、トゥルーエ氏の解説を聞いて納得した。結局のところ、当時のITマネジャーらにとって私という存在は、自分たちとパッシュ氏を引き離す“邪魔者”でしかなかったのだ」と語る。さらに、パッシュ氏について、「この調査結果は私よりも彼に数倍重くのしかかったようだ」として、次のように述べる。

「パッシュ氏は、文字どおり打ちのめされていた。ITマネジャーらのコメントの中には、『パッシュ氏は多くの間違いを犯している』『パッシュ氏はもう私のことを嫌いになったに違いない』といった内容の回答もあった。パッシュ氏と特定のスタッフの間には強い心のきずながあっただけに、自分に対する不信感や、後継者と考えていた私が攻撃の対象と見なされていたという事実は、相当ショックだったに違いない」

グループの観点で討議する

パッシュ氏とマイオリーニ氏は、ITマネジャーを集めて行われる会議でこの調査結果を公表し、自らの問題点を認めるとともに、組織開発プロジェクトへの協力を要請した。ITマネジャーらは当初、これに否定的で、「なぜ自分たちが精神科医の治療を受けなければならないのか」などと抵抗の姿勢を示した。

ともあれ、最大の問題は、パッシュ氏がマイオリーニ氏を“優遇”することで、マネジャーらとの対立を深め、さらにマイオリーニ氏の権威を弱めていたことであった。そして、パッシュ氏は、なるべく対立の少ないかたちで難関を切り抜けたいと考えていた。ITマネジャーの1人、ロジャース氏は、「この種の問題を内部の人間だけで解決するのには、明らかに限界がある。また、調査結果も的を射たものであったため、我々の間でも次第にこのプロジェクトにかけてみようという機運が高まっていった」と語る。

組織開発プロジェクトでは、1週間に1回、3時間のミーティングが開催され、これが取り組みの軸となった。トゥルーエ氏はITマネジャーを集めて講義を行ったうえで、これまでの調査・分析のプロセスから選びだしたテーマに沿って、グループ・ディスカッションをさせた。取り上げたテーマには、「マイオリーニ氏の昇進に対する憤り」「グループ間の対立」「企業経営の安定性に対する不安」などが含まれていた。そしてミーティングの目標は、現状の把握とそれに対する評価について、マネジャーらの間で共通の理解を形成することに置かれた。

「彼らはグループ・コミュニケーションの方法を学ぶ必要があった。つまり、だれがいつ何を言ったのかということにこだわるのをやめ、IT部門全体の観点でマネジャー陣としての見解を打ち出せるように議論を持っていくことが重要だと考えた。どのような企業でも、経済的な価値を生み出す基本的な単位となるのは、組織やグループであり、個人ではない。したがってグループの観点で討議ができるようになれば、組織開発プロジェクトの投資効果は最大限に高まる」(トゥルーエ氏)

このミーティングでは、組織診断という手法が繰り返し用いられた。組織診断とは、個人とグループの関係に注目することにより、組織や特定事業を多方面から評価・分析し、問題点を洗い出すという作業である。ルトガーズ大学の組織心理学部長、クレイトン・アルダーファー氏は、「組織診断とは、いわば年に1度の健康診断のようなものであり、何らかの問題があるということを前提にしているわけではない」と説明する。しかし、ミレニアムのITマネジャーらは、これにより、自分たちの部門が“病んでいる”ことを認め、トゥルーエ氏の“治療”を受けたわけだ。このミーティングは当初予定されていた6カ月のプログラムを経た後もさらに1年間延長され、2002年2月まで継続されることになった。

指揮命令系統の確立を

ミーティングで明らかになった問題点の1つは、パッシュ氏が自分に直接リポートする立場にあるスタッフらと“対等”な友人でありたいという気持ちを持っていることであった。パッシュ氏はトゥルーエ氏に指摘されて初めて、そのことを「自覚」したという。「私は、彼らに上司としてではなく同僚として受け入れてもらいたいと考え、自分が彼らに影響力を及ぼす立場にあるという事実を否定していた。しかしながら、私は経営者である以上、彼らの同僚にはなれないし、なってはならないということに気づいた」と同氏。トゥルーエ氏も、「パッシュ氏はリーダーとして自分が部下に及ぼす影響力を認識していなかった。そのことが、ミレニアムのIT部門のトラブルの大きな原因になっていたのだ」と指摘する。

また、マイオリーニ氏とパッシュ氏がそれぞれ個別にマネジャーらと接触していたことも、混乱を引き起こしていたもう1つの原因だった。2人は知らない間に矛盾する方針や命令を出していることも多く、マネジャーたちはマイオリーニ氏に対する苦情はパッシュ氏に、パッシュ氏への苦情はマイオリーニ氏に言うようになった。しかも、パッシュ氏はマイオリーニ氏にCIO職を譲ったにもかかわらず、IT部門に関する実質的な権限を手放していなかった。つまり、パッシュ氏がかつての部下らとの関係を維持し続けることによって、マイオリーニ氏の権限は損なわれ、IT部門のリーダーシップが不安定になっていたのである。

トゥルーエ氏は、「パッシュ氏とマイオリーニ氏は、部下に対して統一のメッセージを発する必要があった。そこで私は、会議には必ず2人そろって出席し、意見はその場で聞くようにして“陰口”を排除するなど、マイオリーニ氏を頂点とする指揮命令系統を確立すべきだと忠告した」という。

それ以降、ITマネジャー会議は必ず両氏の出席の下に開催され、マイオリーニ氏が議長を務めてパッシュ氏が補佐するかたちで進行されるようになった。

「この結果、マネジャーたちは2人の方針が一致していることを確認し、IT業務に関しては、マイオリーニ氏を迂回してパッシュ氏に話を持っていっても無駄だということを理解した。これにより、マイオリーニ氏も次第にリーダーとしての手腕を発揮し始めた」(トゥルーエ氏)

チームワークの維持がカギ

プロジェクト開始から2年以上たった現在、マイオリーニ氏とパッシュ氏は、期待した以上の大きな成果を上げることができたと強調する。業務効率が格段に高まり、生産性が40%も向上した。予算枠を巡るIT部門内のグループ間の競争や足の引っ張り合いもなくなり、以前は不可能だったIT予算の削減が実現された。

組織のスリム化も図られた。例えば、テレマーケティングの顧客リストの作成/データ削除に従事していたスタッフは6人から4人に、通話結果を処理する業務に就いていたスタッフは8人から3人に削減された。マイオリーニ氏によると、一連の取り組みによってIT部門全体でスタッフが113人から90人に減少し、150万ドルの人件費が削減できたという。

一方、テレマーケティングの通話時間(同業界で事業規模を示す尺度となる)は1999年まで横ばいだったが、2001年には50%も増加した。パッシュ氏によると、ミレニアムは今、米国で第5位のテレマーケティング企業に成長したという。

組織開発プロジェクトは、ミレニアムに多くの成果をもたらしたが、一方で一部のスタッフには厳しい判断が突きつけられる結果になった。あるITマネジャーは、ミーティングを重ねる中で、常にだれかを非難し、怒りをぶつけるという姿勢を変えなかったため、とうとう辞職を勧告された。マイオリーニ氏は、「プロジェクトが行われている間に2人のマネジャーが会社を去った。実際には、全員が会社を辞める可能性もあったと思う」と厳しい表情で語る。

同社のIT組織改革はこれで終わったわけではない。多額の投資を行って組織改革をしたからには、事業部門のスタッフは、目に見えるかたちで成果が業務に還元されることを求めるに違いない。もちろん、すぐにそのすべてを実現するのは難しい。しかし、こうした取り組みを継続して行い、それがIT戦略に反映されて初めて組織改革が「成功」したと言えるのである。

もっとも、業務の質や生産性は確実に上がっているようだ。ロジャース氏は、IT部門の変貌ぶりについて、「これまで我々はマネジャーの集団でありながら、マネジメント・チームとして機能していなかった。今ではだれもがチームで行動することのメリットを理解し、チームワークを維持することに注意を払っている。マネジャー同士の業務上のコミュニケーションはきわめてスムーズだ。この変化は、決して元に戻ることはないだろう」と強調する。

一時は毎日のように聞かれた「だれかにバスをやれ」という言葉も、今や死語になりつつある。ロジャース氏はこの数カ月間、おもちゃのバスを目にしていない。

組織の力学

組織心理学を専門とする精神科医、クリスティン・トゥルーエ氏によると、組織心理学でしばしば引き合いに出される以下の法則を知っておくと、人間の集団心理に起因する組織運営上の問題を理解しやすくなるという。

■1人対多数
1人が大勢に対してあえて物議を醸すような意見を述べると、だれかがその見方に同調する。

■上から下へ
指導的な立場にある人がリーダーシップを発揮しないと、部下はスキルを発揮できなくなる。指導的な地位にある人が良い方向に変わっていくと、部下たちも同様に変わっていく。

■個人よりグループ
会社や部門の中で経済価値を生み出す基本的な単位は、グループであって個人ではない。グループ・レベルで生産性を向上することが、ROIの向上につながる。

■2者の対立
2人の人物ないし2つの集団が相反する意見を持つ場合、実はどちらも正しい可能性が高い。組織運営を安定化させるためには、どちらかの見解を否定してはならない。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年1月号に掲載)
2004.04.08 update

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