良き相談相手の効用
経営コンサルタント 佐藤 修一
企業で職場の人間関係が希薄になっていることから、新入社員の離職を防ぎ、人材育成にもつなげる制度として、良き相談相手(メンター制度)を導入する企業が増えています。直属の上司でない先輩社員が、後輩たちの相談相手になり、女性や若手社員を対象にするケースが多いようです。企業のメンター制度導入を支援している協会によると、国内では外資系を中心に50社程度が導入しているそうです。
今回は、“良き相談相手(メンター制度)の効用”についてお伝えしたいと思います。
メンターとは、ギリシャ語に由来し、「良き指導者」の意味で、メンター制度は米国で始まったとされ、直属上司以外の管理職などが相談相手になり、仕事の進め方や今後のキャリア形成などについて助言します。メンターが支援することをメンタリング、受け手はメンティと呼ばれます。
一方、新入社員に対しては、一日でも早く会社に慣れてもらえるように数ヶ月フォローする制度として、ブラザー、シスター制度があります。これは、新入社員1名に、同姓の先輩が1名つき、研修期間中は、仕事はもちろんのこと、食事や休憩も一緒に過ごす制度です。
あるメーカーのメンター制度は、利用を希望する社員に役員や事業部長を1対1で割り当てる仕組みを導入しました。入社8年目のHさんは、事業部長がメンターになったと聞き、「そんなに偉い人に、何でも話せるだろうか」と戸惑いもありましたが、事業部長室を訪ねると親身に話しを聞いてくれました。月一回のペースで会い、回を重ねるごとに信頼関係が深まったそうです。同社は02年から女性社員を対象にメンター制度を導入しました。これまでは希望する人に限られていましたが本年4月より、入社1〜2年目の全社員に、入社3〜7年目の先輩をメンターとして付けています。
IT外資系日本法人も、新人や中途採用者向けにメンター制度を取り入れています。社内向けのインターネットサイトで世界中の約8,000人のメンターを紹介しており、相談するメンターを選ぶことができます。
D商社では、女性の幹部候補を育てるために導入されました。入社2年目以降の女性総合職を対象に30〜50歳代の中堅女性社員が結婚や育児、人間関係などの悩みを聞くそうです。
J銀行では、離職率が高い女性総合職を会社に定着させようと、05年4月から導入されました。初年度は1対1方式でしたが、06年度は新人5人に中堅のメンター2人を付けるグループ方式に変更されました。
メンター側からは「メンターも成長できる。社内のいろいろな分野の情報も得られ、組織がうまく運営されているかどうかを知ることもできる」と制度のメリットを強調する声もあります。
制度の効果を上げるためには、メンターに人を育てる意欲、熱意があるかどうかが重要となります。会社が用意した制度を活用しつつ、後輩が違和感なく先輩に相談できるような社内の雰囲気を作れることが大切です。
職場のコミュニケーション不足は、民間企業だけの問題ではありません。政府も各省庁でメンター制度の導入を目指しています。人事院は06年9月からメンターを養成するための研修を始めました。文部科学省は4月から、若手職員ら300人を対象に制度の導入をすすめているそうです。
ある企業では定着率アップの原因はコミュニケーション不足と分析し、直属の上司以外との人間関係を深めて職場での一体感を感じてもらい、さらに会社への所属意識を高めてほしいとのことから、社内里親制度を構築しました。これは、「子」である新入社員と、「兄」や「姉」として2年目の社員、「親」として社会人経験3年目以上の社員で“縁組”をする制度で、何でも話せる雰囲気を作ろうと03年に導入されました。
親は子の意欲、仕事の満足度、上司との関係などを定期的に経営陣に報告します。親に求められている役割は、新人の不安や不満を聞く心のケアで、親自身に責任感が生まれるなど、相乗効果が出ることにより、入社1年以内の離職は、04年は30%、05年は21%、06年は5.4%まで減少しました。
また、社員の生い立ちなどを紹介したビデオを作成して皆で見たり、社内で誕生会を開いたりする企業もあります。この企業は、これまでに15人の新卒者が入社していますが、辞めたのは1人だけだそうです。
それぞれの制度に関心を持つ企業は増えていますが、社員をつなぎ留めることだけが目的では制度は定着しません。肝心なことは、人を育てようとする企業意識であり、それが受けて(メンティ)に伝わることが大切だと思われます。