キャリア&転職研究室|転職する人びと|第16回 前編 ニート寸前からカムバック!退職推奨のイヤミもは…

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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは—。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第16回(前編) 鈴木りささん(仮名) 26歳/Webディレクター
ニート寸前からカムバック! 退職推奨のイヤミもはねのけて ようやく手にした理想の仕事
働きながら勉強を続けた大学生活に燃え尽き、就職もしないまま卒業した鈴木りささん。しかしある日、「このままではだめだ」と一念発起。インターネットで自力で探し出した会社に入社を果たす。ところがその会社で、思いもしない事態が待ち構えていた——

「鈴木さん、ちょっと…」

 突然の上司の呼び出しに、鈴木さんは首を傾げた。面談の時期でもないし、仕事上で大きなミスをした覚えもない。それなのに、一体どうしたのだろう…? 不審に思いながらも会議室に入ると、おもむろに、こんな言葉を浴びせられた。

「キミさぁ、どうしてウチの会社にいるの?」

「は…?」

「なんだか、ウチの会社にいろいろ不満があるみたいだからさ。それなのに、どうしてウチで働いてるの?」

 ……耳を疑った。絶句したまま、鈴木さんは上司の顔をまじまじと眺める。そして、2日前のことを急速に思い出した。——そうだ。昼休憩の電話当番制度や、遅刻の欠勤扱いなど、以前から疑問に思っていた会社の労働条件のことを、社長に思い切って尋ねてみたのだった。もともとこの会社は社長に何でも話せる社風だったし、実際、これまでもそうしてきて、何の問題もなかった。それなのに——。

「私としては…、運営スタッフとしての仕事にやりがいを感じていますが……」

「キミはほかの人とちょっと雰囲気違うんだよね。もうちょっと周りを見て、気をつけるようにして」

 一方的に話を打ち切られ、鈴木さんは呆然と会議室を出た。

 ——どういうことなのだろうか? もしかして、私は暗に「辞めろ」と言われたのではないか——? 背筋が一気に冷えていくような感覚に襲われながら、鈴木さんは、上司とのやりとりを思い出した。いや、「辞めろ」というのは私の思い違いかもしれない。だが——。

 思い違いだとしても、私はこのままここで働き続けられるのだろうか? 

 そう思ったとたん、心の中に強い全否定の言葉が湧き上がった。いや、もうここで働き続けたくない……!

 

仕事をする気になれなくて…
無気力なまま過ごした就職活動
 

 2002年の鈴木さんの周りは、どの学生も就職活動に必死になっていた。相変わらずの不況と就職氷河期に備えて、3年の前期、いや2年の後期から情報収集を始める学生も珍しくない。だがそんな周囲の状況に逆行するように、就職活動に全く身が入らないでいた。

 

「夜間部に通っていたので、4年間、平日の昼間はフルタイムでずっと働いていたんです。出版社とか放送局とか書店とか、いろいろな会社でいろいろな仕事をして、どれも楽しかったのですが……。ちょっと働くことに疲れたな、ちょっとくらいラクしたいな、という気持ちでした」

 同級生たちがせっせと情報収集し、履歴書を書き、リクルートスーツを着込んで動き回る姿をぼんやりと眺めていた。仕事と学業の両立で燃え尽きたのだろうか……。働くことは好きなはずなのに……。ふと不安な気持ちになるが、どうにもやる気がわいてこない。

 それまで働いていたどの職場でも、頼まれた仕事を早く的確にこなすことを心がけていた鈴木さんは、重宝がられ、可愛がられた。とくに出版社では、「卒業したらアルバイトで来てよ」と言われたこともある。だが、マスコミ志望でもなく正社員採用ではなかったことから断った。

「今から思うと、一生懸命コツコツ働く大切さ(※1)や、働くことで収入を得ることのありがたさを、大学在学中に簡単に経験しちゃったために、今やらなくても何とかなるという感覚があったかもしれません」

 とはいえ、家族や親戚たちからのプレッシャーにさらされて、就職活動を全くしないわけにもいかず、「とりあえず」10社くらい応募してみた。

「業種には全くこだわらず、総合職募集のところを選んだんですが、当然、書類で落とされますよね。すると、私ってダメなんだなぁって落ち込んじゃったりして。その一方で、朝ちゃんと起きられない、やる気のない自分は、会社が求めているレベルに達してないな、とも自覚していました」

受験勉強に派遣の仕事…
ある日突如襲った危機感
 

 結局、就職先を決めないまま、鈴木さんは大学を卒業した。

「卒業して、なぜか急に正義感に目覚めて、警察官を目指した(※2)んです。でも筆記試験で落ちちゃって」

 翌年、再チャレンジを決め、受験勉強と両立できる仕事を探し出し、派遣社員として働き始めた。仕事は官庁関連の職員の給与計算。表計算ソフトに、ひたすら数字を入力していく、単調な仕事だった。

 しかし3カ月後のある日、何気なく読んだビジネス書が、鈴木さんの生活を一変させる。

 

「高校時代に一度読んだ時は、それほど感銘は受けなかったのですが、再読した時、私はこのままじゃだめだと、ものすごく強く思ったんです」

 無気力で、真面目に行わなかった就職活動。本気ではあったけど半ば衝動的に受けた警察官採用試験。ミスさえしなければいいや、というユルい気持ちで取り組んでいる現在の派遣の仕事。しかも受験勉強はいつの間にか停滞中という有様。

 このままでは社会に通用しない人間になってしまう──!

 長い眠りから目覚めたように、鈴木さんは突然、猛烈な勢いで行動し始めた。警察官の夢はすっぱりと諦めた。単純ゆえに誰でもできる派遣の仕事は、自分なりに工夫して、誰よりも早く正確な対応を心がけた。そして……

「派遣の契約満了までには、どこかの会社に入社しようと決めたんです。正社員として、責任を持って仕事をしてキャリアを築き上げたいと思って」

Webサイト運営の仕事に携わりたい
「実績」がなく苦戦が続く転職活動
 

 転職活動を始めるにあたり、鈴木さんは改めて、自分のやりたい仕事を真剣に考えた。まずとっさに思い浮かんだのは、好きで得意なパソコンを使いたいということだった。いろいろ考えるうちに、ふと、Webサイトの制作や運営という仕事が思い浮かんだ。

 実は鈴木さんは、早くも高校時代にパソコン通信を行い、自分のホームページを立ち上げる(※3)など、インターネットを活発に利用していた。そのため、Webサイトの運営や管理には以前から強い興味を持っていたのだ。

 気持ちが決まると、早速、いくつもの求人情報誌や転職サイトをチェックし、気になる会社に問い合わせた。

 

「でもキャリアがないということで、どこも門前払いでした。自分でもホームページを制作・運営した経験をアピールしましたが、最近は誰でもホームページぐらい作ってるよなんて言われて……」

 月日はどんどん過ぎ、いつしか5月になっていた。転職活動を始めて10カ月。まだ思うような結果は出ない。その頃には、情報誌や転職サイトを利用するだけでなく、検索サイトを使って自力で仕事を探し始めていた。

「『サイト運営』と『人材募集』の言葉を入れ、ヒットしたサイトを一つひとつチェックしていったんです」

 カチカチとクリックを繰り返し、検索結果ページも50ページにさしかかろうかという時、鈴木さんの目に、ある人材紹介会社が目に留まった。求人・転職情報サイトの制作進行管理やユーザーサポートなどを行う運営スタッフ募集。

 

「応募したら、すぐに面接することになって。1次面接、2次面接と、どちらもいい雰囲気で、もしかしたらイケるかも、と思ったことを覚えています」

 その直感通り、2日後、鈴木さんは、「内定」の知らせを受け取っていた。

「それはうれしかったですよ! 見つけてから1カ月も経たないうちに決まったので、こんなに上手くいくものなんだーって。これは行くしかないでしょうと、すぐに入社を決めました。2カ月延長していた派遣の仕事も、満了する直前でしたし」

 5月末で派遣の仕事が満了すると、休む間もなく、鈴木さんは人材紹介会社に入社した。2004年6月のことだった。

この会社はヤバいかも…
入社3ヵ月目にして転職活動再開
 

 意気揚々と入社した鈴木さんは、入社後の仕事は当然、募集されていたサイト運営を任されると信じていた。しかし話は違った。

「まず求人情報を出しているクライアントに電話しろと言われたんです。採用状況を聞いたり、クライアントが求人情報を直接入力できるツールの使い方をガイドしたり。ユーザーサポートというか、クライアントサポートですよね」

 おまけに鈴木さんがパソコンを使うのは、更新された情報ページがきちんと表示されるかをチェックする時だけ。

 

「話が違うって思ったし、そもそもクライアントに電話するのがつらくて。だって、採用状況の良いクライアントばかりじゃないわけですよ。クライアントが入力したキャッチを見て、『こういう言葉の方が、アピールするかもしれませんよ』などと提案することもありましたが、当然、それがすぐに効果につながるわけじゃない。無力感でいっぱいでしたね」

 入社前に思い描いていた「正社員として働く」イメージは、忙しいながらも仕事にやりがいを持ち、イキイキとしている姿だった。それなのに実際は、そのイメージからほど遠いばかりか、やりがいも感じられない。

 こんなはずじゃなかったのに……。このままだと何も身に付かない——。

 チラチラと、鈴木さんの頭の中に、またしても「転職」の2文字が浮かんでは消え始めた。その反面、「まだ入社したばかりだし、もう少し頑張らないと」と、自分の気持ちを抑えていた鈴木さんの背中を、思いっきり押すような出来事が起こった。入社して3カ月後のことだった。

「4半期ごとに、全体会議が開かれるんですが、ここで全社員を前にして社長が、今期の赤字額、未入金額、借入金額などがそれぞれいくらだったかを発表するんです(※4)。そしてこれを回復するためには、来期はこれだけ売り上げが必要だ、売り上げが足りなければ借金することになり、社員のボーナスは出ない! と赤裸々に言って、ハッパをかけるわけです。会社って、普通こういうものなの? 私は初めて社員になったから知らないだけなの? って、すごくびっくりして戸惑いましたよ」

 全体会議のおかげで、会社の経営状態が良くないらしいことがわかり、「ここにいたらヤバいかも」という危機感が、転職への思いに拍車をかけた。

 転職活動を始めて意外だったのは、たった3カ月でも「正社員」として働いたことが、「実績」とみなされることだった。つい4カ月前までは、あれだけ望んでも書類選考にさえ通らなかったのに、この「実績」のおかげで、いくつかの会社で面接にまで進んだのだ。

 

「でもせっかく面接までいっても、私自身がこの先どんな仕事をしたいのか、どんなことでその会社に貢献できるのかを、具体的に話せなかったんです」

 ある会社では、社長面接まで進んだものの、「ビジネス感覚がない」という理由で不採用になった。転職したい気持ちは強いけど、転職に対する自分の機が熟していない——。 自分の力不足を実感し、鈴木さんは迷いに迷った末、約2カ月行っていた転職活動を断念した。

「もう少し、仕事に前向きに取り組んでから考えた方がいいんじゃないかと思うようになったんですよね。もっと様子を見ようって。とりあえず1年がんばって、しっかりとした『実績』を作ろう。それからまた考えようと思ったんです」

 鈴木さんの、実績作りが始まった。

 
プロフィール
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東京都在住の26歳。既婚。アメリカ人の父親と日本人の母親をもつハーフ。大学在学中から大手マスコミで働くも、卒業後は正社員として働く意義を見出せず、 派遣社員として官庁関連施設で働く。1年後契約満了で退職後は某人材紹介会社 に正社員として入社。約1年半勤めた後、会社に対する不安と不満と上司による 退職勧告が重なり転職を決意。現在は外資系企業でWebディレクターとして充実 した毎日を送っている。
鈴木さんの経歴はこちら
 

一生懸命コツコツ働く大切さ(※1)
「私が働いていた出版社は、ものすごく待遇のいいところだったんです。私は契約社員として、フルタイムで働いていたのですが、ボーナスは出たし、社会保険もしっかりしていたんです。正社員の採用はずっと見合わせられていたのが残念でしたね

 

警察官を目指した(※2)
「祖父の家に泊まった時、神棚の下で寝たら、警察官になれというお告げを夢で見たんですよ」と笑いながら話してくれた鈴木さん。しかし、筆記試験の試験会場の雰囲気に、「ちょっと私が求めているものと違うなぁ」と思ったという。「この時点で、警察官へのこだわりはあまりなくなっていたのですが、筆記試験に落ちたのが悔しくて、翌年の再チャレンジを決心したんです」

 

自分のホームページを立ち上げる(※3)
鈴木さんが高校生の時に制作したホームページは、当時、人気の情報誌でも紹介されたこともある。「内容は日記。今のブログのようなものです。そこに、掲示板を作ったりして……。オフ会も何度かやりましたよ。このホームページのおかげで、全国のいろいろな人とつながりができました」。インターネットやEメールも、現在ほど普及しておらず、「パソコンも1台50万円ぐらいした」当時の話である。

 

発表するんです(※4)
あまりにも直裁的な発表内容に、心を痛める社員も多かったと鈴木さんは話す。「聞いていると、私たちに責任があるような錯覚に陥ってしまって……。この会社にいてはいけないのではないかと、感じることもありました。

 
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