2005年10月のある朝、いつもどおりに出社した六馬さんに、上司の部長がこう告げた。
「社長が呼んでいるから、すぐ社長室に行くように」
上司や同僚の手前、平静を装ってはいたが、社長室に呼ばれる用件といえば、大体察しがつく。会社の業績は半年ほど前からどんどん悪化しており、社員が次々とクビを切られていたからだ。
「ネット部門はウチの社内では比較的高給の部署だし、リストラするなら上司とも何度もやりあった自分を辞めさせるに違いない」
六馬さんは、「とうとう来るべき日が来た」と思いながら、足早に社長室に向かった。
六馬さんが社長室に入ると、社長はいきなりこう切り出した。
「君は協調性がないから、辞めてもらうことにした」
「協調性がないというのは、どういう意味ですか?」
「上司のM部長から、『六馬さんは職場での協調性がないし、仕事の上でもいてもいなくても関係ない』と報告があったからだ。悪く思わないでくれ」
仕事はノルマ以上にこなしているし、担当しているネットショップはいつも売上ランキングの上位をキープしている。普通に考えたら、上司の一方的な判断で冬のボーナス目前にいきなり解雇されるなんて、こんなひどい話はないだろう。
「今すぐ辞めるんですか? 私は入社して2年半ですが、3年勤続で出るはずの退職金はどうなりますか?」
「残っている有給休暇を消化扱いにするので、会社には20日まで出社すれば解雇予告手当として次の1ヵ月分の給与は出す。退職金のことも考慮するから、とにかく辞めてくれないか」
「………わかりました」
険しい表情で、しぶしぶ解雇を承諾したかに見えた六馬さん。しかし、社長室を出るときには、心の中で「やった! これでやっと辞められる!」と、密かにガッツポーズをしていたのだった。
仕事内容も給与も環境も話が違う…
どの会社もこんなものなんだろうか? |
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社長から解雇宣告を受けるまで、六馬さんが2年半在籍した会社は、ファッション関連の卸し会社だった。
六馬さんが入社を決めたのは、正社員採用だったことと、IT部門で自社Webやショップページを制作するWebデザイナーの仕事に魅力を感じたからである。学生時代からパソコン好きで、オリジナルのパソコンを自作。自分のWebサイトやブログも公開していた六馬さんにとって、Webデザインは一番自分に合っていると思える仕事だった。でも、入社してみたら、いろんなことが求人情報に記載されていた内容と違っていた
まず仕事内容は『HTMLのタグ打ち』だったのだが、いきなり入社後1週間足らずで楽天市場出店用のWebサイトを作るはめになった。もちろん本格的なWebサイト制作の経験は皆無。
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「入社4〜5日で、上司が『俺、2週間休むからその間にやっといて』って……。やれっていわれればやるしかないので、独学で勉強して作りました(※1)」
「年2回各2カ月」と書いてあったボーナスも、1年目の夏は出なくても当然とあきらめていたが、楽天ショップが軌道に乗った翌年も夏が5万円、冬が10万円出たのみ。また、自分の作業が終わっても、他の担当部署が残っているといつまでも帰れずに、付き合い残業させられることもあった。
「ひどいときは、サービス残業が月に60時間以上になることもあって、次第に『これって、ちょっとおかしいんじゃないか』と思い始めました。でも、正社員として働いたことがなかったので、一般的な会社の正社員の待遇というのがよくわからなかったんですね。Webデザインも学生時代からいろいろ経験していたとはいっても、趣味の範囲で仕事としてやるのは初めてだったし、未経験なんだから最初は待遇もこんなものかなと思っていたんです」
その後、1年たっても待遇が変わらなかったため、上司に話が違うと相談したが、「代わりはいくらでもいるんだから、イヤなら辞めろ」とあっさり言われた。そこで会社の近くの労働基準局にも相談に行ってみた。担当者には「そんな会社、今すぐ辞めなさい」と言われた。しかし、六馬さんはそれでもまだ踏みとどまった。仕事がおもしろかったというただそれだけの理由で。
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