企業経営&IT戦略レポート

製造業のあり方を変える「コラボレーション型組織」

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

ITによる共通語の整備で、閉塞した組織に“横串”を通す
ここにきて、製造業の勝ち残りの条件として、「コラボレーション」という言葉が頻繁に使われるようになってきた。これは、従来までの縦割り組織では、製品の高付加価値化や業務の効率化をさらに推進するのが困難であることを示していると言える。では、コラボレーションが避けられないとすれば、今後、製造業がコラボレーションを進めるにあたって、CIOはどのようなスタンスをとっていけばいいのだろうか。本稿では、組織のあり方、広義のサプライチェーンにおける全体最適といった視点から、「製造コラボレーション」のあるべき姿を考察する。
今岡善次郎 ビジダイン代表取締役 text by Zenjiro Imaoka

製造業にはびこる「ムダ」を無くす取り組み

日本の製造業にあって、“断トツの勝ち組”と言っても過言ではないトヨタ自動車。同社の生産方式における戦略的特徴は何かと問われれば、それは、絶えることなく発生する「ムダ」を検知し、それらを逐一つぶしていくという「改善活動の永続的サイクル」を確立していることにあると答えることができる。

そもそもモノ作りとは、個人に帰属する工芸的な“職人技”を、企業として実践しようとする「人工的活動」にほかならない。当然ながら、そこにはありとあらゆる「ムダ」が発生してしまう。この「ムダ」をどのようにして最小限に抑えるか――これは、古今東西の製造業にとって永遠の課題である。

トヨタでは、こうした「ムダ」の具体的な中身として、「作りすぎ」、「在庫」、「手待ち」、「動作」、「運搬」、「不良を作る」、「加工」という7種類をシンボリックに定義している。いずれも重要なテーマであるには違いないが、実際には、モノ作りにおけるムダはそれだけにとどまらない。サプライチェーン全体を眺め、最終顧客に対する価値の創出につながらない時間(在庫を含む)や活動、その結果として生じるコストは例外なく「ムダ」なのである。

例えば、機能を効率の面で最適設計ができるような優秀な設計技術を持っていたとしても、その下流の設計製造プロセスで何度も手戻りが発生し、多くの時間を浪費していたとすれば、サプライチェーン全体としてはむしろムダな存在ということにもなりかねない。

このように、ある特定のプロセスを近視眼的に見るのではなく、外部のパートナーとの関係、市場の動向などを踏まえたサプライチェーンの視点から、自社に存在するムダを冷静に眺めることが、製造革新の重要な一歩になると考えられる。

特に昨今では、中国などへの生産拠点の移転に代表されるように、日本の製造業では、設計、製造、販売の各機能の分散化が進んでいる。こうした傾向も、裏を返せば、それだけ「ムダ」が発生する余地が増大しているととらえることができる。

また、製造業におけるサプライチェーンの上を流れるのは、何もモノだけではない。「カネ」も「情報」も絶え間なくやり取りされる。したがって、「この製品を開発する」、「この設備を導入する」といった根本的な意思決定の中にも、探せばムダは存在する。

こうしたムダを無くす(あるいは最小化する)にはどのような取り組みが求められるのか。筆者は、それを突き詰めたところにあるのが、「横串(コラボレーション)型組織による全体最適」であると考えている。

コラボレーション型組織のフレームワーク

それではここで、製造業のサプライチェーンにそもそもなぜ多くのムダが生じてしまうのかを考えてみたい。その理由としてまず挙げられるのが、日本の製造業に色濃く残っている“風土”である。

ITの登場により、日本の製造業のビジネスは大きく進化した。とりわけ設計、生産といったプロセスは、ITで厳重に制御されるようになったことにより、コスト効率が大いに高まることになった。

それに引き換え、各社の風土は、驚くほど変わっていない。一言で言えば、「組織別分業」と「階層構造に基づいた縦割りのコミュニケーション」――かつてのフェース・ツー・フェースとペーパー・ドキュメントの時代そのままの組織原理が、現在もなお主役を張っているわけである。

旧態依然とした風土に覆われた縦割り組織では、業務改善を行っても、その結果は多くの場合、各階層レベルの部分最適にとどまることになる。もちろん、機能横断的に企業、組織、個人をまたぐようなコラボレーションとの相性も、ことのほか悪い。

「分業」と「階層構造」に基づいた縦割り式の企業経営とは、言いかえれば、強力で優秀なリーダーの存在を前提としたトップダウン型経営ということになる。このスタイルは、欧米における宗教組織などを例に引くまでもなく、大規模組織を運営する際に長らく用いられてきたものだが、近ごろはその“限界”がささやかれるようにもなってきた。

強力なトップの存在は、確かに組織に厳格な規律・規範を植えつけることができる反面、社員ひとりひとりの創造性やアイデアは埋没しやすく、企業として変化に対応する能力も鈍りがちになるためである。

現に、音楽の世界では、指揮者を置かない管弦楽団「オルフェウス」が注目を集め、組織学の分野でも「ボスのいない組織をどう作るか」が、大きな研究テーマとして浮上している。今年公開されて大ヒットを記録した刑事映画では、ボスのいない犯罪者集団が、上意下達の警察組織を翻弄するストーリーが描かれた。犯人グループの1人が、「ボスがいない我々のほうが、トップの言うとおりにしか動かない警察官僚より強い」と言い放ったシーンが思い起こされる。こうした例を見ても、これからの組織論において、「思い(目的)と状況(情報)を共有する、リーダーを置かないコラボレーション型ネットワーク組織」の重要性がますます高まっていくことは容易に想像できる。

筆者はかつて上梓した「サプライチェーン18の法則」(日本経済新聞社)の中で、SCM(Supply Chain Management)の目指す1つの姿として、自律分散組織を紹介したが、これも、コラボレーション型の組織原理そのものである。

コラボレーション型組織の運営には、指揮、命令といったプロセスを中心に位置づける階層型組織のそれとは、異なった方法論が存在する。つまり、従来までのように「考える」ことと「行動すること」を分けるかたちで分業を進めるのではなく、全員が「考えて行動する」という組織的なインテリジェンスを醸成する必要があるわけである。

また、各自がバラバラな思想の下で行動するのではなく、常に全体最適を見据えることも、忘れてはならない条件である。

求められる「共通語」

20世紀の科学的アプローチとして確立された重要な概念の1つに「専門性の追求」がある。企業もその例に漏れず、社内にスペシャリストを確保すべく、人材育成に注力してきた。新入社員をあらかじめ“技術屋”と“事務屋”とに分けて採用するなどといった手法などはこの典型と言えよう。このように専門性が重視されたわけは、短期間のうちにマスプロダクション型組織を構築するうえで最も有効だと考えられていたためである。

だが、こうしたアプローチも、コラボレーションを阻害する大きな要因となっている。例えば、最も一般的なコミュニケーション・ツールである「言葉」などもそうだ。専門性を追求する組織では、それぞれの部門において独自の「隠語」、「方言」が生まれやすい。会計部門しかり、生産部門しかり、IT部門もまたしかりである。そんな状況で経営トップが「全体最適」を唱えても、異なる世界の従業員同士が十分に意思疎通を図るのはきわめて困難である。

こうした問題は、過去のIT導入のスタイルにも多分に影響を与えている。CAD(Computer Aided Design)/CAM(Computer Aided Manufacturing)/CAE(Computer Aided Engeneering)に代表される設計支援システム、購買システム、生産管理システム、会計システム――等々、過去の製造業におけるIT導入は、あくまでも部門別(もしくは機能別)に進められてきた。その結果、製造ITにとって「言葉」とも言うべき存在の部品表(BOM:Bill Of Materials)が各部門で異なっていたり、同一の顧客を異なるデータで管理していたりといったムダが生じている。それだけでなく、既存のシステムが、全社的なIT統合を実現するうえでの足枷ともなってしまっているのである。

こうした現状を鑑みれば、製造業は今こそ、コラボレーションを実現するうえでの基盤となりうる「共通語」を作り出す必要に迫られていると言える。

「機能」から「オブジェクト」へ

もはや、IT抜きのコラボレーションが成り立たないことを考えても、製造業にとっての「共通語」を作るうえでは、やはりCIOならびにIT部門が主たる役割を担うべきであろう。では、この課題に対して、CIOはどのようなスタンスをとればいいのだろうか。筆者が考える1つの答えが、「機能(プロセス)中心からオブジェクト(データ・モデリング)中心へ」というアプローチである。

ここで、以前から製造業で活用されてきたCAEを例に取ろう。製造業は、自らが作り上げた製品をさまざまな角度から解析し、それを検証するわけだが、その際に利用されるCAEシステムは、解析対象となる製品(構造物)をデータ・モデリング(形状や荷重条件、境界条件など)の側面で判断する。ゆえに、設計者たちは、構造物に対するメッシュの切り方や、境界条件のモデリングなどに分析作業の時間と集中力のほとんどを割くのである。

かつては、「いかに優秀な解析システムを用意するか」が重視された時代もあったが、現在のCAEは、「どのようなデータ・モデリングを行うか」へと、目指す方向がシフトしている。

この例を企業組織に当てはめれば、ITによるコラボレーション確立への道筋も見えてくる。すなわち、特定の機能を重視するのではなく、製品や設備、顧客などのオブジェクト(構造、構成要素)を、サプライチェーンの関係者全員が利用できるようなデータとしてモデリングすることに、より多くのエネルギーを費やすべきだということである。

アプリケーション・システムについても、正確な共通語であるマスタ・データ(統合BOM)を中心に置き、自社のビジネス・モデルに適合するようなシステムを“部品”として組み立てて利用するといった方向性が求められよう。

もちろん、共通語となるマスタ・データは“借り物”ではなく自社にとって最適なものをオリジナルで構築し、それをもって戦いの武器とすべきである。皆と同じ借り物の武器で戦っても、競争力が増すことはないからである。

在庫で「ムダ」を測れ

サプライヤーや顧客などの企業間、ならびに社内の設計、生産、物流、販売などの部門間で連携して業務を遂行する場合、そこに起因するムダは在庫というかたちで表れる。設計部門で顧客ニーズに十分に対応できていなかったり、生産制約を考慮していなかったりするのも、生産を開始してからあるいは出荷してから問題が発生するのも、すべて在庫発生の原因になる。

在庫は、不良資産になっていなくても、付加価値を生まない時間の長さを正確に示すものである。したがって、その存在を放置していれば、やがて組織全体の活動をムダにしてしまうことにもなりかねない。日々の在庫の状況を関係部門すべてが把握し、その原因を確認しながら改善活動を進めることが、何よりも重要である。

また、企業活動全体のムダを取り除くという点で、きわめて重要な役割を担うのは、やはり上流工程である開発・設計プロセスである。ここで全社的な情報を集約するなり、変更などの情報を関係する全部門へ瞬時に通達できるような体制を築いておくなりすることで、全社的なムダの多くを省くことができるようになるはずだ。

最近では、設計プロセスに製造、営業などの他部門が参加するコンカレント・エンジニアリングの実現、設計業務を含んだサプライチェーンの形態であるエンジニアリングチェーンの最適化などが、製造業の間で注目され始めているが、これも、全体最適へ向けた重要な一歩となろう。

さらに、共通語となるマスタ・データを上手に設計することができれば、機能横断的な(横串での)管理も可能となり、業務プロセス全般のスピードアップも図ることができる。企画から設計、製造、物流を経て市場に出すまでの時間を短縮することが、市場における成功の可能性を飛躍的に高めることになるということには、もはや説明の余地もないだろう。

勝ち残りの条件――時間短縮

製品の市場投入までの時間(タイム・ツー・マーケット)が短縮されれば、その分、設計部門は試行回数を増やすことができ、付加価値を最大化することができる。飛行機や新幹線によって移動時間が短縮されれば、営業スタッフの顧客へのコール回数が飛躍的に増えるというのと同じ理屈である。

もちろん、時間短縮はコスト削減にもつながる。とりわけ、設計業務にかかるコストは、そのほとんどが時間に比例するという特徴を持つため、同じ設計資源(人数、予算など)でタイム・ツー・マーケットを半減させたとすれば、品目当たりの設計コストもそれにつれて半減すると考えてよい。時間短縮とそれに伴うコスト削減効果は、設計変更などの軌道修正に柔軟性を持たせるという点でも製品価値の向上に寄与することになる。

現在、設計に要する時間の多くは過去の設計データを検索することや、設計に必要な条件を決定することに費やされている。

こうした問題の解決は、元来ITが最もその力を発揮しやすい分野である。設計にかかわる情報を一元管理し、それを他部門、さらには他社とも共有できるようなIT基盤――PDM(Product Data Management)などがその代表格である――を用意することで、時間とコストの削減のみならず、先にも触れた「共通語」を作るうえでの土台を構築することも可能になると考えられる。

もちろん、そうしたITインフラの整備と並行して、「マーケット・イン」の製品開発を心がけることも、タイム・ツー・マーケットの削減という意味では効果的だ。メーカー側の“思い込み”ではなく、市場の消費者やユーザーの目線に立って製品開発を行うことにより、開発の初期段階から製造、販売、メンテナンスに至るまでの製品ライフサイクルにぶれがなくなり、コラボレーション確立の素地が整うのである。

先にも例に挙げたトヨタ自動車では、若者向けの乗用車「dB」の開発にあたって、市場の若いセンスを理解できない役員からの横やりを避けるために、わざわざ別組織を立ち上げた。このような思い切ったマーケット・インへのシフトが、dBがヒットを記録した最大の要因であることは疑いようがない。

また、SCMのテーマの1つである「ミニマル・インベントリー・オペレーション(最小在庫経営)」も、部門間のコラボレーションがあって初めて実現できるものである。

これからの製造IT

ここまで、コラボレーションが製造業にどのようなメリットをもたらすかについて述べてきたが、最後に、コラボレーション型組織を確立するために、今後どのようなITインフラが役に立ちそうかを考えてみたい。

先にも述べたとおり、製品企画から開発設計、生産、物流、販売、メンテナンス、生産中止に至るまでの製品ライフサイクルは、従来は部門別、機能別に存在するアプリケーションによって個々に管理されてきた。したがって、仮に設計者が生産現場の制約を設計条件に盛り込もうとしたり、営業が耳にしたユーザーからのクレームを新設計に生かそうとしたりしても、結局は組織間の“人間系”のコミュニケーションに頼るしかすべがないというのが実情であった。

現在、こうした問題を解決するITインフラとして注目を集めているのがPLM(Product Lifecycle Management)である。

これは、一言で言うなら、各部署単位で利用されている機能別アプリケーション間の「共通語」を作るというコンセプトに基づいたシステムである。共通語としてのデータ・モデル(システム)を介して、個別のアプリケーションをシームレスに統合すれば、製品にまつわる情報の見落としや部門間の行動の不一致を極力排除することができる。また、それに伴って、時間とコストのムダも大幅に省けるわけである。

本来、ビジネス上重要なデータ・モデルは、設計からも生産からも営業からも理解できる共通語で示されなければならない。

現在の製造業にとってマスタ・データの中心となるのは製品データ(設計・製造においてはBOM)である。こうしたマスタ・データを共通語としてまとめ上げ、それを社内外と容易かつ高速に接続できるIT基盤を持つこと――これが、今の製造業が対応を迫られている最大の課題であろう。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年12月号に掲載)
2004.06.10 update