コンサルティングの現場から

経営者が捨ててはいけないもの

奥山 典昭 [カウンサル・ジャパン]

第一線で活躍する現役キャリアコンサルタントの筆者が、転職市場・企業の動向から活動アドバイス・キャリア形成のヒントを紹介。採用現場の最前線から、これから時代の転職、求められる働き方・キャリアに迫ります

経営者が捨ててはいけないもの

アメリカかぶれの闇雲な成果主義崇拝が減りつつあるとはいえ、それでも成果主義は合理的経営の有効要件として、いぜん市民権を得たままとなっているようです。高い成果を上げた人を高く処遇するのはもちろん望ましいことなのですが、高い成果を上げてからでないと高く処遇できないという側面を、もう少し突きつめて考える必要があるのではないでしょうか。

成果主義を採用する組織のトップは、この「処遇」という面では非常に楽をできるはずです。なぜなら制度上プロセスをみる必要がなくなり、結果によって給料を上げたり下げたりする作業以外、煩わしいことは何も発生しないからです。

一方、成果主義とは反対に「この人にこの給料だけの成果は出して欲しい」という期待値や市場価値を勘案して、給与を決めた場合(以下「期待値主義」と呼びます)は、トップや上司には「給与分の成果を出させる」責務が生じるので、プロセス管理が必要になります。そのなかで、部下指導や人材育成の文化も育ってくるのでしょう。成果主義はある意味、上司に部下の仕事に興味を持つことを放棄させえる制度であり、その結果、進捗が健全でないことの発見が著しく遅れるリスクがつきまといます。

働く人のモチベーションの面から見ても、成果主義が「やってみなければわからない」という経営者や上司の冷淡な見方がベースになっているのに対し、期待値主義には、給与を決める人の熱い思いが乗っており、働く人の意気に訴求する「情の世界」があります。

成果主義の上で成果を達成しても、その人の感情のなかで会社への感謝はそれほど多くを占めません。上司や経営者と共有する時間をあまり持たず、成果だけを見続けてきた彼らにとって、達成した成果はすべて自分の努力に起因すると認識されます。これは決して悪い事ではないと思いますが、経営者と従業員の意識ベクトルをあわせる状況にはなりにくいでしょう。常に従業員に会社の期待と思いを見せ続ける期待値主義とでは、理念共有への道のりに大きな差がでるのは当然のことではないでしょうか?大手企業ならともかく、その企業がベンチャー企業であったとしたら経営面でのメリット・デメリットは実に明白だと思うのですが、なぜそのベンチャーに限ってこぞって成果主義をとりたがるのかがとても不思議です。

ここでは何も成果主義の是非を声高に論じたいわけではありません。あくまでも成果主義の一面を語っただけであって、それが成果主義の効果に関する全面的検証のプロセスというわけでもありません。今、もてはやされている制度の中に、経営者としてやるべきことを省略させるような要素が含まれていることに、強い違和感を覚えるだけです。

成果主義はリスクを削ぎ落とそうとする制度ですが、捨ててはいけないものまで捨てようとしているような気がしてなりません。その人にやって欲しい仕事の内容にふさわしい給与を決める事や、その給与にふさわしい仕事ができるように見守り、ときに支援する事は、合理化やリスク回避の名のもとに捨て去られてよいものなのでしょうか。「私は君にこの給与に見合う仕事をして欲しいし、君ならやってくれると信じている」という腹の括りと、深い懐を見せることのできる経営者が、多少の人件費増の見返りにどれだけ多くのものを得る事ができるか、と考える方がずっと合理的だと思うのですが…。

奥山 典昭 (おくやま のりあき)
1960年東京生まれ。大学卒業後入社した商社にて、1986年から1991年まで香港現地法人に駐在。大手メーカー海外マーケティングマネージャー、人事系コンサルティングファームコンサルタントなどを経験した後、1999年11月、長野県諏訪市のミスズ工業グループの出資を受けて、カウンサル・ジャパン株式会社を設立。同社取締役に就任。人事戦略コンサルタント。
高校入学以来23年間続けているラグビーが唯一最大の趣味。現在も国内最強のオーバー40ラグビーチーム「不惑」でプレーするため、特急「あずさ」の回数券を買い込み、毎週、諏訪⇔東京を往復する。
2003.10.01 update

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