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魂の仕事人 第37回 其の二
キャリアアップを考え退職 古武術の達人との出会いで 運命が変わった
最初に就職した施設は仕事内容、人間関係に恵まれ幸せな介護職生活を送れたが、異動先の施設ではいじめに遭い、転職先では激務で倒れた。苦難の連続だったが、最初に就職した施設に戻ってからは、再び平穏な時を取り戻した。しかしそれから数年後、31歳のときに施設を辞職。介護職になってちょうど10年目のことだった。  
介護福祉士・理学療法士 岡田慎一郎
 

現場へのこだわりから理学療法士の道へ

 

施設を辞めたのは、介護という仕事が嫌になったってわけでは全然なくて、将来を考えてのことです。

ここが介護職という仕事の難しいところだと思うんですが、将来を考えたときに、男性の介護職ってキャリアアップがすごくしにくいんですよ。

問題点は3つあって、まずひとつは現場の介護職として女性には絶対かなわないと思ったんです。例えば女性介護職の場合は男性の利用者でも女性の利用者でもどちらでも介護できます。しかし、男性が女性を介護するのって、入浴とか排泄とかの問題があって、難しいんですよね。どうしても抵抗感を持たれてしまうので。

2つ目、介護職の専門性や地位が確立されてないってことも大きいです。現実問題として介護業界は医師・看護師などの医療職が絶対的上位にいて、介護職は医療職の指示に従って動いています。そういう上下関係があるので我々の発言は上にはなかなか通らない。つまり様々なアイデアはあっても実現することが難しいわけです。

3つ目は、現場の介護職は施設の管理・経営サイドになかなか上っていけないという点。施設長などには、事務職がステップアップしてなるケースが多いんです。もっとも、僕の場合は元々身体を動かすことが好きだから管理職になることよりも現場を離れたくなかったんですけどね。実は上司から、今後はケアマネージャーとしてやっていかないかと言われたこともあるんですが、ケアマネージャーって完全に事務方の仕事なんですよね。現場から離れちゃう。でもそれは嫌だった。

だけど介護の現場にこだわる限り、女性には勝てない、医療職には勝てない。百歩譲って管理運営側を考えてみても、事務職には勝てない。どこを向いても八方塞がりで、なかなか介護業界における自分自身の将来性が見出せなかった。じゃあ僕なりのキャリアアップって何なんだろうとすごく悩んだ時期があって。いろいろ考えたり、調べたりした結果、見えてきたのが「理学療法士(※1)」(だったんです。

リハビリ指導の専門職である理学療法士なら、現場でいつも利用者さんと接することができるし、今までの介護職としての経験を生かすことができる。さらに医療職として発言権も得ることができるので、理学療法士を目指すのがいいだろうと。

※1 理学療法士──医療資格(コ・メディカル)の一つ。医師の診察・判断を元に、患者の身体運動機能の回復のためのリハビリプログラムを作成し、指導、サポートしていく職業。就職先は病院などの医療機関のほかに、高齢者福祉施設、児童福祉施設、身体障害者福祉施設、教育機関、一般企業などがある。

高齢者福祉施設を辞めて理学療法士の資格を取るために、夜間の専門学校に通い始めた。生活費は、ヘルパー講座や福祉専門学校の講師の職を見つけて稼いだ。昼は講師、夜は学生という二束のわらじ生活を送っていた2004年3月、ふとしたきっかけである人物と出会う。この出会いで、岡田氏の人生はまたもや大きく変わっていった。

甲野師範との出会い
 

ちょうどその頃、たまたまテレビで武術家の甲野善紀師範を拝見したんです。その番組はNHKで放送していた古武術の連続講座(※2)だったのですが、NHKで連続講座をもつ武術家ってめずらしいなと。それ以前にも存じ上げてはいたのですが、じっくりその動きを拝見するのは初めてで。見た瞬間に「この人の動きって何か異質だな」って感じたんです。

それでもっと甲野師範のことを知りたくてインターネットで調べてみたら、誰でも参加できるオープンな講習会を開催されていたので、ちょっと行ってみようかなと。介護に使えるかなという気持ちじゃなくて、筋力に頼らない技の世界ってどんなものなんだろうという単純な好奇心でした。とはいっても当時格闘技はやってなかったですし、もうこれ以上痛い目を見るのは嫌だと思ってたので、古武術を習ってみたいという気持ちでもありませんでした。おもしろそうだからちょっと見物に行こうみたいな軽いノリで行ってみたんです。

※2 NHKで放送していた古武術の連続講座──2003年10月から8回のシリーズでNHK教育テレビ『人間講座』の「古の武術に学ぶ」というテーマの番組。

よくわからなかった不思議な動き
 

最初の感想は正直なところ、「よくわからなかった」です(笑)。もちろん甲野先生の技や動きがすごいということはわかるんですが、その技や動きの原理はどういうものなのか、どうしたらそういう動きができるのかが間近で見てもわからない。先生のおっしゃることも「こうきてこう、ばっときたらびゅっ」っといった感覚的なものでやっぱりよくわからない。直接技をかけていただいても同じでした。

「これはありがたいと思うしかないのかなぁ」なんて思ってたんですけど、道場の隅の方で先生のことは気にせず、自由気ままに稽古をしている人たちがいたんです。普通、武術とか武道の稽古って、生徒が整然と並んで先生の号令で一緒に竹刀を振ったり、型の稽古をしたりするのが一般的なのですが、甲野師範の稽古では全くそういうことがなかったんです。初心者は甲野師範の周りを取り囲んで説明を聞いているですが、何回も来てる常連らしき人たちは先生を無視して勝手に稽古してるんですよ(笑)。

で、ふらっとそっちの方へ行ってみると、その人たちの説明の方が具体的でわかりやすかったんです(笑)。あぁ、なるほど、こういう動きをすると力に頼らない感覚でできるんだなっていう感じで。

一風変わったクリエイティブな空間
参加者との稽古で動きの基盤を作れた
 

もちろん先生の動きを見て受けさせていただくことは大事なことだと思います。でも、それ以外に自分たちの考え方で創意工夫をしている人がいたので、すごくクリエイティブな空間だなって思ったんです。あくまでも甲野先生のおこなっていることを真似でなく参考にして、自分自身が考えた動きの理論をまとめている人たちがいた。絶対的な権威として先生が頂点にそびえたっているんじゃなくて、先生の存在はあくまでも参加者を学ばせるためのきっかけであって、学びは参加者がそれぞれ自由に行っていたという点がすごくいいと思った。それで講習会にたびたび通い始めるようになりました。ここも強制やルールやマニュアルがなかったからこそ性に合ったってことでしょうね。

中でも、直接的なヒントをいただいたのはジャグリングやパントマイムのプロの方でした。非常にセンスのある人で、甲野先生の考え方をうまく参考にして自分なりに動きをアレンジして、その動きの原理をご自身の言葉や解釈で伝えることが非常に上手だったんです。もちろん技のキレも抜群で。吸収できたものはかなり大きく、その方と毎週半年間マンツーマンに近い環境で稽古できたというのが、今の僕の基盤の一つになっていると思います。

それから、スポーツのコーチや選手、音楽家、教育関係者など、異分野の方たちから学んだことも多くあります。そういう方たちのおかげで、具体的に何かに生かせるような身体づくりや、動きの原理を考え出す発想が徐々にできるようになってきました。

甲野師範の存在
 

じゃあ甲野師範の存在っていったい何だって言われそうですが(笑)、松下村塾ってこんな感じだったらしいんですよ。吉田松陰って弟子に手取り足取り教えることはせず、その場をうまーく包み込んでいたとか、周りで自由な議論が自然に起こるような環境ができてたとか、学問は先生が教えるものではなく、先生を見て学ぶものだっていう雰囲気があふれていたっていう話です。

僕自身、甲野師範から武術の技を手取り足取り教えてもらったことは実のところ一度もないし、何かを直伝されたとかも一切ありません。ただ、技はお会いすると直接受けさせていただき、いつも投げ飛ばされていますが(笑)

甲野先生から教わった大事なことといえば、59歳になった今でも進歩をやめない姿勢とか、武術家の枠を超えていろんな幅広い分野の方と交流している柔軟な発想ですね。僕自身も自然とそういう環境に身を置かせていただくことで、学ぶ環境を作っていただいたこともありがたいと思っています。具体的な技術に関してはとても真似できるようなものではないので、周囲の方たちから具体的なヒントをいただいたってことです。

最初は興味本位で学び始めた古武術の動きだったが、介護職の視点で試行錯誤を繰り返すようになる。それが全国から依頼が殺到する人気介護講師となるひとつのきっかけを生んだ。

古武術の技法を介護に取り入れてみた
 

通ってるうちに、甲野先生や周りの人たちから学んだ古武術の体の使い方は、介護の動きにも役立つと思うようになりました。それで、介護職の視点で介護の動きに取り入れられないかなといろいろ試してみました。甲野師範がやっていた形とかを思い出しながらやってみたら、こういう感じで利用者さんを抱けばいいんだなって自分の中でつながってきたんですよ。実際に効果が出てきたのは3カ月後くらいでしたかね。「あれ? いつもより腰周りの負担が軽くなったような気がするな」って。

それを今度は僕が講師を担当していたヘルパー講座や福祉の専門学校の講座で取り入れてみたんです。自分なりに理論化して講習生に伝えたところ、すごく好評でした。講習後のアンケートも「もっと現場の実践的なことをやってほしい」とか「身体の使い方の工夫も教えてほしい」というのが多くて。そのうちヘルパー講座の主催者も僕の単独講座を多く開いてくるようになりました。

初のカルチャーセンターの講座でブレイク
 

その後もさらにこの技術を高めていこうと、甲野先生の道場で一般の参加者も巻き込んで「介護するときにはこんなふうに甲野先生の技を使えばいいんじゃないですかね」っていろいろ試していました。するとそれを見ていたある女性参加者が「それ、すごくおもしろいね」って言ってくれたんです。

その女性が朝日カルチャーセンターの職員と知り合いで、「岡田君にカルチャーセンターの介護講座の講師をやらせてみたら」って言ってくれたんです。「教え方もユニークだし、介護の専門職が現場の立場から実践的な介護の講義をやるのもおもしろいんじゃないか」って。そしたら朝日カルチャーセンターの人もおもしろいからぜひやってくれってことになって、2005年2月に初めて講習をすることになったんです。

当日は朝日新聞の記者が取材に来て、その講座の模様が3月の日曜版に載りました。しかも1面の半分くらいの大きな記事で。掲載後は大きな反響があって、以降講習生は増えるし、他のカルチャーセンターや自治体、病院、施設からも講師の依頼が来るようになったんです。

連載開始。書籍も出版
 

2005年6月には医学書院の『週刊医学界新聞』で「古武術介護入門」という連載が始まりました。ちなみに「古武術介護」というインパクトがあるタイトルをつけたのは担当編集者の方です(笑)。

朝日カルチャーセンターの講座が始まる前、2004年12月に医学書院の編集者の方から「一度取材させてください」って連絡が来たんです。どうやって僕のことをかぎつけたのかなと思ったんですが、その人は編集者でありながら、卓球の指導もやってるというちょっと変わった人で(笑)。卓球に武術的な動きを取り入れられないかと研究していたので甲野先生ともつながっていて、先生との話の中で僕のことを知ったらしいんですよね。

で、その編集者と話してるうちに連載が決まってしまったんです。でも実際のスタートまでに半年間、どういう内容にするか練りに練りました。準備期間をこれだけ取れるのも医学系出版社ならではですよね。

2006年8月には、この連載が、新たに60分のDVD映像を加えたDVDブック『古武術介護入門』として書籍化されました。

「経験の融合」で現在がある
 

当初考えていた理学療法士ですが、講師や連載をやりつつも、資格取得のための勉強は続けていましたよ。もっとも2007年は勉強のために講習や講演はかなりお断わりしましたけどね。2008年には学校を卒業、国家試験もパスして資格を取得しました。しかし理学療法士として就職はせずに、講座や講習、執筆を中心に活動することになりました。

だけど今の僕がやってることって「身体の使い方の改善の研究と実践」ということなので、広い意味でリハビリとうまくリンクしてくるなと思うんですよね。全然別のことじゃなくて、理学療法士の勉強も今の活動にすごく役に立っています。というか無駄になってるものはひとつもありません。現時点で僕が提唱している体の動かし方は、レスリング、実戦空手、介護職としての現場経験、理学療法士の勉強、そして古武術など様々な出会いで得た動きを一般の方にでも活用しやすいように融合したものなんです。もちろん現在も進化、変化を続けています。これも、いろんな縁で知り合えたすごい人たちのおかげなのですが。

 

カルチャーセンターの講師、雑誌連載などで徐々にファンを増やし、DVDブックの出版で一気に知名度が上がった。それを契機にメディア出演も激増したことで、さらに講習生が増え、講習内容の質の高さでリピーターがリピーターを呼んだ。講習、メディア露出、執筆の3本柱の相乗効果で瞬く間に全国区の人気介護講師となっていった。

次回は古武術介護の正体について詳しく語っていただきます。乞う、ご期待!


 
第1回2009.1.5リリース 人気の古武術介護士も 元ニートだった
第2回2009.1.12リリース やる気ゼロでドロップアウト 障害者のひと声で救われた
第3回 2009.1.19リリース 古武術の達人との出会いで 運命が変わった
第4回 2009.1.26リリース 汎用的な身体運用理論の実践 「常に、今が失敗でありたい」
第5回 2009.2.2リリース 仕事は遊びであり趣味 どこまでも流されていきたい

プロフィール

おかだ・しんいちろう

1972年4月茨城県生まれ。高校卒業後、事実上のニート生活を3年送った後、運命的な出会いがきっかけで障害者福祉施設へ就職。介護士として働き始めてしばらくして、同僚が腰を痛めて次々と辞めていくのを目の当たりにし、レスリング、空手の技術を介護の現場に導入。そのおかげで一度も腰を壊したことがないという。障害者施設、高齢者施設などの現場で10年間働いた後、理学療法士を目指し辞職。介護専門学校の講師を務めながら、理学療法士資格取得のための学校へ通う。そんな折、偶然見たテレビがきっかけで武術研究家の甲野善紀師範と出会い、以降、古武術の技術を介護、育児、一般生活に取り入れた独自の身体運用理論を構築。現在は古武術の技法を取り入れた介護技術の講習、講演、メディア出演などで全国各地を飛び回っている。主な著作・DVDに『古武術介護入門』(医学書院)、『古武術式 カラダにやさしい介護術』(人間考学研究所)などがある。

【関連リンク】
■ブログ風コラム(人間考学研究所)

■講座案内
・講習会情報(医学書院)
・「古武術介護の応用」(人間考学研究所)

 
おすすめ!
 
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