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第36回
岡田義光氏インタビュー(その4/全5回

岡田義光氏

地震の予知から速報へ
実績とキャリアを積み重ね
自然災害全般の防災に尽力

独立行政法人 防災科学技術研究所 理事長岡田 義光

政府の地震調査委員会の発表によると、南関東地域と、東海、近畿、四国の太平洋側沖合の地域で30年以内に大地震が発生する確率は70%前後。50年以内となると90%に跳ね上がる。しかし岡田氏は語る。事実上、地震予知は不可能なのだと。では我々はどうすべきなのか。今回は地震予知・予測の現状と将来、そして防災の要諦について語ってもらった。

おかだ・よしみつ

世界的な地球物理学研究者。専門は地震学及び地殻変動論。1945年東京都生まれ。東京大学理学部地球物理学科を卒業後、東京大学大学院地震研究室へ。理学系研究科修士課程修了後、70年に東京大学地震研究所に助手として就職。80年に理学博士号取得。10年間勤務後、先輩の勧めで国立防災科学技術センターへ転職。第2研究部地殻力学研究室長、防災科学技術研究所地震予知研究センター長、同地震調査研究センター長、同企画部長等を経て、2006年に理事長に就任。地震予知連絡会副会長や地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長代理などを歴任。留学中の1984年、39歳のときに地震や火山によって地球表面がどのように変形するかを計算する、もっとも一般的でかつ簡潔な形の理論式「オカダモデル」を導出。当該分野の標準モデルとして国際的に広く認知されている。

地震予知は不可能?

結局のところ、地震予知は可能なのか不可能なのか? そう聞かれたとき私はいつも、「100%不可能ではないけれども、不可能に近いくらい難しい」と答えています。原理的に不可能だという研究者もいるんですが、不可能だということが証明されているわけではありませんからね。

しかし、実際に予知に成功したという例は日本中はおろか世界中を探してもありません。万人が納得する「こういうふうにすれば地震を確実に予知できる」という素晴らしい方法はまだ確立されていないんです。

ほぼ不可能に近いくらい難しい理由は、地震という現象は皆さんが思っている以上に複雑だからです。確かに観測網が整備されてデータはたまっていますが、そうなればなるほど予知は簡単ではないことがわかってきました。確かに地震は同じ場所でほぼ周期的に起こりますが、全く同じように繰り返されるとは限らないからです。

これは日本だけじゃなくて外国でも同じです。アメリカの西海岸に約20年ごとに繰り返し地震が起きていた場所があって、6回までは同じパターンの地震だったのですが、7回目は違ったんです。間隔が40年と空いた上、それまでは北から地面が割れていたのが7回目は南から割れてしまった。それで、その地域の地震予知の熱は冷めちゃったんです。予知なんてやるだけ無駄じゃないかと。

だからデータがたまればたまるほど、地震は非常に複雑だということがわかってきて、まだまだ我々は知識が乏しいので、近い将来に実用的な意味での地震予知を実現するのは非常に難しいということなんですよね。特に、天気予報のような短期の地震予知はまず不可能と思ってください。一番まずいのは、地震予知が可能だと安易に期待して「予知されたら逃げればいいや」と普段の対策をしないことです。ですから、地震予知はできないということを前提に、常日頃から耐震補強などの地震対策をしっかりすることの方が重要なんです。

手がかりは周期性しかない

地震の予測も天文の現象みたいに完全に計算でできれば誰も苦労はしないんですが、予測の手がかりは周期性しかないんですよ。気象だって、厳密には予知できません。例えば台風は毎年秋になると日本に上陸しますよね。一年ごとの周期で台風が日本に来ることはわかっているから、「来年の秋に、日本に台風がやってくる」という予測は必ず当たります。しかし、今から「来年の何月何日に台風が来る」と言うことは、誰にも断言できないでしょう? 地震もそれと同じです。いや、それ以上に難しい。台風の場合は近くまで来ると、どこそこにいつ上陸といった予測はある程度つきますが、地震はいきなり発生しますからね。

ですからその前に何か異常な現象が起きるかどうかをウォッチして確実にキャッチするってことしかないんです。だけどそういったいわゆる前兆現象は、残念ながら信頼のおけるものがまだひとつも見つかっていませんし、それらで実際に地震を予知できたという確かな例もひとつもありません。それ以前に前兆現象というものが本当に存在するかどうかすら、科学的に検証されていないんです。

よく地震が起きる前に動物が騒ぐというのがありますが、アテにはなりません。そういう話は政治家の先生が好きでしてね。たまたまニュースになるような地震が起きると「ワシんとこの犬が地震の前日に吠えてなあ」などと必ず結びつけるんです。確かにそういうこともあるかもしれないけれど、「たまたま・偶然」だった可能性の方が高いですよね。

地震と動物の関係には、1.動物が異常な動きをしたときに地震が起きた 2.動物が異常な動きをしたが地震は起きなかった 3.動物は平気な顔をしていたが地震は起きた 4.動物は平気な顔をしていて地震も起きなかった、という4つの組み合わせがあるんですね。それをきちんと統計を取って立証しなければ「地震の前に動物が騒ぐ」とはいえないわけです。地震雲も同じです。数としては少ないかもしれないのに、1の場合だけマスコミ等によって大きく喧伝されますからね。それに惑わされるのは危険です。

長期的な予測は可能

もちろん、予知・予測が全くできないというわけではありませんよ。長期的な予測はある程度可能です。日本の場合、長い歴史の中で周期的に大地震が起こっている地域があって、かなり昔から記録されています。例えば海溝型の地震は100年から150年の周期で起きるということがわかっています。それを検証することによって、「この地域ではこのくらいの周期で地震が起きている。前回はいついつだったから、もうそろそろ危ない」という予測はできるわけです。

この10年間で、日本中でそういう調査・検証を行った結果、地震の予測地図(※1)のようなものができました。A地域と比べるとB地域は危ないといった相対的な危険度はある程度わかるようにはなってきてるんですよね。

※1 地震の予測地図──文部科学省管轄の地震調査研究推進本部・地震調査委員会が作成した「確率論的地震動予測地図」。主要活断層と海溝型地震を含め、対象地域に影響を及ぼす地震すべてを考慮し、地震発生の可能性と地震動の強さを計算し、その結果を地図上に表現したもの。防災科学技術研究所も観測データの提供など、作成に多大な貢献をしている。「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図」では、静岡県から四国南部までの太平洋側、関東平野などが高確率となっている。詳しくは地震ハザードステーションを参照。

「首都圏、30年、70パーセント」は信用できない

ただ、地震調査研究推進本部が発表した地震の長期発生予測の中に「首都圏で30年以内にマグニチュード7程度の地震が起こる確率は70%」というのがありますが、私はこれが一番嫌いなんですよ。なぜなら、その70%の根拠があいまいすぎるからです。どうやって計算しているかというと、最近120年間に首都圏の地下30kmから80kmほどの中程度の深さで起きた地震の回数は5回だったので、平均間隔が24年というデータを統計の分布に入れると「30年以内に70%」という結果が出てくるんです。そのターゲットになった5回の地震はでたらめに起きてるという仮定なんですが、全然でたらめじゃないんですよ。5回のうち4回は関東大震災の直前に起きてるんです。だから広い意味で関東大地震の前兆ともいえるんです。

だいたい、最近120年間で起きた5回の地震というのは、みんなが真っ青になるような被害をもたらした大地震ではないんですよ。そういうのを集めて統計にかけて、「30年以内に70%」とするのは明らかに無理がある。たとえ本当に起きたとしても何百人何千人も死ぬような恐ろしい地震になる可能性は極めて低いと思います。

南関東では、関東大震災のような地震はだいたい200年おきに起こると考えられています。200年のうちの前半の100年は一度エネルギーを吐き出しちゃってるから、地震活動が静かなんですね。ところが次の関東地震までの後半の100年の間には、最後にやってくる横綱級の地震の前に、地下に力が加わってくるから、弱いところがパチンパチンと壊れて、大関、関脇級の地震が起きるんです。これは歴史的なデータから証明されています。

東京の地震の歴史を振り返れば、いずれは何千人も亡くなるような大地震が起こるでしょうが、関東地震と同じタイプの横綱級地震はまだ前回から85年しか経っていないので、次に起こるとしてもまだ100年以上先だと思っています。ですから、次の関東大震災がいつ起こってもおかしくないというような心配はしなくていいですよ。しかし、それに先立って大関・関脇級の被害地震については長いスケールで覚悟しなければいけないというのは確かです。

一口に地震予測といっても、「これはかなり確かだな」と思うものと、「首都圏・30年以内・M7・70%」みたいに、私からするとちょっとどうかなっていうようなものまで、すごく幅があるんですよね。

今のところ、完璧な地震予知の実現は不可能だが、だからといって手をこまねいているわけではもちろんない。予知ができないとするならば、地中奥深くで発生した地震の情報を1秒でも早く伝えることが重要だ。そんな観点から防災科研と気象庁はあるシステムを開発した。

阪神淡路大震災の人柱の上にできた
緊急地震速報システム

地震の発生直後に、各地での震度や到達時刻を可能な限り素早く知らせるのが緊急地震速報システム(※2)です。長年心血を注いで整備した地震観測網を調査研究のためだけでなく、防災にも役立てたいという目的で気象庁と協力して構築しました。

実は、緊急地震速報システムのような発想自体は100年以上前からあり、40年くらい前には「十秒前システム」として検討が進められたことがあるんです。本格的な開発は文科省の経済活性化のための研究開発プロジェクト、いわゆるリーディングプロジェクトとして、2003年にスタートしました。まずは気象庁と共同で研究を始めて、3年目の2006年8月には試験的に協力企業への情報発信を開始し、2007年10月1日からは一般への提供を含めた本格運用をスタートさせました。

このシステムが実用化できたのは阪神淡路大震災があったからです。あの震災以降、全国に何千箇所という地震観測点ができたのが一番大きい。もちろん通信技術の発達やコンピュータの進化などほかにも要因はいろいろあります。しかし日本中にたくさん観測点ができたことによって、どこで地震が起きても素早く必ずキャッチできるようになったのが一番のキーポイントです。よって他の国がマネしようと思ってもできないんですよ。つまり緊急地震速報システムは阪神淡路大震災の人柱の上にできたと言えるんですよね。

2007年10月から一般のテレビでも緊急地震速報を流すようになったのですが、メーカーと共同開発した専用端末も発売されています。現在の端末価格は5万円から10万円ほどです。専用端末を買って自分の住所をセットすれば、地震発生とほぼ同時にあと何秒後に震度いくつの揺れが来るという情報がぱっと出る。大きな揺れが来る前に何秒かでも余裕があれば、避難行動が取れますよね。最近は緊急地震速報システム完備を売りにしているマンションも登場しています。これまでにいろいろな経済活性化プロジェクトが立ち上がっているんですが、こういうふうに実用化・製品化までたどりついた例はあまりないと思います。

※2 緊急地震速報システム──地震の発生直後に、震源に近い地震計でとらえた記録を即時に分析し、その情報を素早く伝えるシステム。詳しくは高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト、気象庁Webサイトを参照。

数ある防災グッズのひとつとして

実際に、緊急地震速報は本格運用を開始してから1年間の間に8回出されています。今年の6月に発生した岩手・宮城内陸地震のときも作動しました。このときは最初に地震波を検知してから4.5秒後に一般への発表がなされ、仙台市ではこの情報を受け取ってから地震の主要動が到達するまでに約10秒の余裕時間がありました。

でもまだまだ問題はあります。このシステムは地震の予知ではなく、地震が起きてしまった後に最寄の観測点でキャッチした地震情報を離れたところに知らせるというもの。つまり、残酷な言い方をすれば近くを犠牲にして遠くを助けるシステムなんです。だから特に浅い震源の場合には、揺れをキャッチしたときにはもうその上の地面は大きく揺れてるわけですから現実的に間に合わず、「今頃言ってどうするんだ」って怒られるような事態になる場合も多いわけです。

ですから、プロジェクトとしては成功といえるかもしれませんが、本当に社会の役に立つレベルかというとまだまだでしょう。みなさんの期待が大きいからこそ、「なんだ、役に立たないじゃないか」といったお叱りの声はまだまだ出てくるとは思います。まだ実用化されたばかりですから、今後経験を積みながらどんどん改良を重ねなければならないもののひとつだと思っています。

ビジネスとして緊急地震速報システムを開発するメーカーにとっては、「こんなに役に立った」という成功事例が出れば出るほど買ってくれる人も増え、そうすると価格も下がる。逆に「何にも役に立たなかった」という声ばかりだとちっとも売れなくて、メーカーが倒産する可能性もあるので、今が正念場だと思っています。

2001年、防災科学技術研究所は国の研究機関から独立行政法人へと変貌した。同時に岡田氏は地震調査研究センター長から防災科研の企画部長に昇進。またひとつキャリアの階段を登ったことで、見えてくるものも違ってきた。

地震だけではなく

国立の研究所から独立行政法人になったときに、前理事長の片山先生が新しく企画部という部署を作りました。そのときに企画部長に任命されたのですが、本省での行政経験があるから白羽の矢を立てられてしまったんだと思います。

それまでは地震という自分の部門を守るためだけに働いていればよかったのですが、企画部長ともなれば当然研究所全体のことを考えなければなりません。防災科研のメインの仕事である地震の研究はもちろん、それ以外に火山や水害や土砂崩れや雪害など、当研究所が扱っている自然災害全般について目配りをするようになりました。

また、いろんなプロジェクトの企画立案、予算など細々とした懸案事項を検討して、上層部の役員たちに説明して了承を得た後、今度はそれを霞ヶ関の文部科学省に持って行って承認を得るためにネゴしたりとか、そういう仕事を日夜していました。

企画部の仕事は5年間やったのですが、現在の理事長のポストよりもあの5年間の方がはるかに忙しかったです。だからよく「理事長になって忙しいでしょう?」と聞かれるんですが、あの頃と比べると今は楽になっちゃいましたって感じですね(笑)。

防災科学技術研究所の企画部長になり、気象庁と協働して緊急地震速報システムの実現にも力を注いだ岡田氏は、2006年ついにトップである理事長に就任した。しかし組織の長としてだけでなく、いまだに一研究者としても活動している──。 次回は岡田氏にとって仕事とは何か、何のために働くのかに迫ります。

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