キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第20回 コオプコーディネーター 小島貴子-その三-キャリアカウン…

TOP の中の転職研究室 の中の魂の仕事人 の中の第20回 コオプコーディネーター 小島貴子-その三-キャリアカウンセリングの本質は「自分でOKを出せる人生」の支援

第20回
小島貴子氏インタビュー(その3/全4回

小島貴子氏

キャリアカウンセリングの本質は
「自分でOKを出せる人生」の支援
それが仕事のやりがい

立教大学大学院ビジネスデザイン研究科・准教授/コオプ教育・コーディネーター/キャリアカウンセラー
小島 貴子

「外」=「世間」を認めさせることで「中」=「埼玉県庁」で新しい動きをはじめることに成功した小島氏。いよいよ県の中にキャリアカウンセリングという新しい方法論を取り入れ、自身もキャリアカウンセラーとして新たな一歩を踏み出した。しかしその道は平坦なものではなかった。これからが本当の戦いだった。

こじま・たかこ

1958年、福岡県生まれ、48歳。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科・准教授/コオプ教育・コーディネーター/キャリアカウンセラー。高校卒業後、三菱銀行(当時)に入行。7年間、窓口業務、社員教育などを担当した後、出産のため退社。7年間の専業主婦生活の後、32歳で職業訓練指導員として埼玉県庁に入庁。以後、県庁の中に初めてキャリアカウンセリングを取り入れたり、中高年を1000人以上再就職に導くなど、14年間で数多くの老若男女のキャリア支援において驚異的な実績を残す。2005年3月埼玉県庁退職。同年5月から大学と社会をつなぐコオプ・コーディネーターとして立教大学に着任。2007年4月からは立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の教員として教鞭を執る予定。平行して人材育成プログラム開発・企業の定着支援から就職・セミナー講師や、キャリアカウンセラーとしても活躍中。『働く女の転機予報』、『我が子をニートから救う本』、『もう一度働く!55歳からの就職読本』など著書多数。

■主な実績
02年 緊急地域雇用創出交付金事業として、就職アドバイザー雇用と職業訓練生への就職支援プログラムを企画・運営
03年 「彩の国キャリア塾」として多方面のキャリアデザインの研究および講座の企画のほか、キャリアカウンセラーの養成に携わる
03年 日経ウーマン・オブ・ザ・イヤーキャリアクリエイト部門を受賞
05年 6月〜、厚生労働省「若者の人間力を高める国民運動」実行委員
05年 6月 埼玉県「ニート対策評議」委員
06年 11月〜、東京都「青少年問題協議会」委員・秩父市政策アドバイザー

息子によって自分のダメさを知った

いろんな手法を使って、県の中にキャリアカウンセラーという新しいポジションを認めてもらうことができたんですが、いざ始めてみるとやっぱり難しいんですよ。まだ日本に入ってきたばかりで、ほとんど試行錯誤の状況でしたから。

はじめのころは、私自身、カウンセリングがそんなにうまくないんじゃないかなと思っていたんですが、それでもどんどんやっていると、そのうちいろいろなことが見えてきました。何故私が向いてないのかも十分分かって、反省もしたし、変わる努力もしたつもりでした。

でもそんなとき、息子によって自分のダメさ加減を知ったんです。ある日、息子と話していて、「そうねそうねとか、わかったわかったみたいなことを言うけど、本当はそうじゃないだろう」って、ガンと言われたんです。これはほんとにショックでした。

実はカウンセリングって傾聴とか共感ということがすごく大事なんですが、その前に、クライアント(=相談者)と「ラポール」っていう信頼関係を築いていかなきゃならないんです。信頼関係の土壌の上に、傾聴とか共感があるわけです。でも実は息子とはラポールができていなかったり、傾聴・共感しているふうな応答をしているだけで、実はできていなかった。それを息子に見透かされたわけですよ。

もっと愕然としたのは、息子だからこういう正直なフィードバックがくるのであって、もしかして他の人も、なんだか小島さん、ふんふん言っているだけだなって思っているかもしれないと思ったこと。ぞっとしたのと同時に、もう一回自分のカウンセリングスタイルを考え直そうと思いました。習ったことを一生懸命自分に当てはめてるだけなのかもしれないから、もう一回カウンセリングを学び直さなきゃダメだなって思ったんです。

心理学の先生を探した

そのために、先生を探しました。私は心理学をちゃんと学んでいなかったので、その方面をちゃんと勉強したいなと。キャリアカウンセリングの中には心理学の要素はありますが、私は心理学を専門的に学んでいないので。これはまずいなと思って。

勉強の時間が残されているかどうかは別として、私のやっていることをジャッジしてくれるというか、スーパーバイズしてくれる先生を探そうと思ったんです。もう、いろんな方に突撃しましたよ。ほとんど玉砕しましたけど(笑)。まず自分の大学の系列じゃないとダメだし、私みたいにヘンに本を出している人間を教え子として迎え入れるのはなかなか難しいようでした。

そんな状況でも先生は見つかったんですが、その経緯も偶発的で。たまたまある大学に呼ばれてお話をする機会があって、そこにいらっしゃった先生から、「こういう先生が知り合いにいるんだよ」って教えてもらったのが、アメリカの大学の心理学の先生だったんです。

日本人の先生ですがアメリカに40年以上もいてアメリカで心理学を教えていた先生で、その先生の書いた本を読んだんですよ。あとがきのところに、「自分がアメリカで心理学を学んだときに、さまざまなすごい先生たちがここで研究しなさいと自分の研究室に呼んでくれた。そういうチャンスをいっぱいくれて、今の自分がある。自分もある一定の年齢にきて、これから何をすべきかと考えたときに、若いときに自分がチャンスをもらったように、私も後輩たちを導くステージに来ている」って書いてあった。それを読んだ時に、この人だ! と思ったんです。

すぐに会いに行こうと思って、教えてくれた先生にどうやったら会えますかって聞いたら、たまたまもうすぐ日本に来日するよって言われたので、来日先の大阪まで会いに行ったんです。会って、先生に教えを乞いたいとお願いしました。いきなりだったので、先生は「ええ?」ってびっくりしてね。私はこんな本を書いてるんですって処女作の『がんばる中高年実践就職塾』という本をお渡しして、読んでくださいと。ちょっと吃驚してましたけどね(笑)。

すばらしいアドバイスに目からうろこ

私はちょうどそのころ、2冊目の、親が自分の子供に対してどうやってキャリアのことを話すべきかという本を書いている途中だったんですが、すごく悩んでたんです。本の執筆についてもそうだし、私自身、キャリアカウンセリングについて悩んでいた。

当時、今から5年くらい前かな、ある親子のキャリアカウンセリングを行っていたんですが、母親が就職の決まらない息子を兄弟と比べたりしてすごく責めてたんです。それで息子はすごく苦しんでた。だから、私はお母さんに「そんなに息子さんを責めないで」と言ってたんですが、なかなかうまくいかない。この問題をどうしたらいいのかな、と思って先生に相談したら、「あなたがお母さんに言わなきゃいけない言葉は何? カウンセラーとしてお母さんのことで一番理解してあげなきゃいけないことは何?」って言われたんですよ。

その時、はっ! と気づいたんです。私は、お母さんが苦しんでいることを理解してあげなきゃならなかったんですよ。3人の息子たちのうち、上の二人の子は周りから優秀だと言われていて、夫からもOKが出ていたけど、3人目のその子だけがOKが出なかった。お母さんはOKを出したいのに出せないんですよ。だからお母さんは息子を責めてるように見えるけど、お母さんもまた誰かに責められていたわけです。実はお母さんが苦しんでた。私はその息子と一緒になって、お母さんを責めてたんですね。親子のカウンセリングなのだから、カウンセラーとして、子供と同じように母親の気持ちも理解してあげなきゃいけなかったのに、そうしようとしていなかったことに気づいた。それを先生に言うと、「それがわかればいい」って。

だから次に母親に会った時に、「本当にごめんなさい。私、お母さんを責めてばかりいましたけど、お母さんも苦しかったんですよね」と言ったら、そのお母さん、ウワーッと泣かれて。それから徐々に親子関係が変わったと言ってくれましたね。

お母さんは、自分が苦しんでいることを分かってくれたんだから、自分も息子の苦しさをもっとわかってあげなきゃいけない。自分が苦しさから逃れるために、その苦しさを息子にバトンしていることは間違ってるってことに、カウンセリングのやりとりを通して気づいたんです。

上の子供とくらべて出来が悪い息子と思っていた。でも、あなたはあなたでいいんだよ、上の子は上の子でいいんだよ、と。支配的な夫に対しても、あの子はあの子なりに頑張っているからいいじゃないって言えたんですね。

この子はこうしなきゃいけない、私はこうしなきゃいけないんだ、っていう思い込みの「フレーム」が問題のひとつなんです。人間ってフレームの中にいたら守られてるし、居心地がいいんだけど、時として非常に自分自身を押さえつけるものになる。だからカウンセリングによって、「このフレームでいいの?」とか、「もう一回フレームを作り直すこともできるんだよ」ってことを問いかけるんです。その、「リフレーム」というものを、先生から教えてもらったんですね。

自分から動くことが大事

先生からそういうすばらしいアドバイスをいただいて、うわあ、スーパーバイズってこういうことなんだなと思って。この先生みたいなすばらしい心理学者を日本に紹介することが次の私の使命かもしれないと思い込んじゃった。それでアドバイスをもらって書いた本のあとがきに、ぜひ先生のことを書こうって思ったんですよ。

先生はサンフランシスコに住んでいたので、了解を得るためにメールをしようと思った瞬間に、先生からメールが来たんです。「今、私はあなたの本を読み終わった。あなたはきちっとキャリアカウンセリングに向き合っている。あなたを応援するから、頑張りなさい。実は、私の夫はアメリカの大学でキャリアカウンセリングを教えている教授です」って。

えーっ!!! ってびっくりしてばーっと返信したんです。そしたら先生は、「落ち着きなさい。大丈夫。これがシンクロニシティですよ」って言われて。先生は、非常にさまざまな学びの現場を持っている心理学者なので、すごくうれしかったですね。ほんと、押しかけの自称弟子ですが(笑)。

一面識もないのに、いきなり弟子入り志願するのがすごい? 自分がすごいことをしてるとは全然思いませんが、やっぱり自分が何か仕掛けない限り、絶対何も起きないんですよ。私は自分のできる範囲で、他人に迷惑が掛からないようにと思ってやってるだけです。無謀なことはしないですよ、保守的だし(笑)。

すばらしい師を得て、キャリアカウンセリングについての理解を深めていった小島氏。その体験から日本におけるキャリアカウンセリングの必要性をますます感じるようになる。

キャリアカウンセリングの効能

日本ではカウンセリングってまだまだ敷居の高いイメージで捉えられてますよね。カウンセリングを受けるっていうと、どこか悪いの? ってことになりますが、本当はそんなことないんですよね。

もっとオープンカウンセリングができるような社会になってほしいと思います。ちょっと心がもやもやっとしたら、「ちょっと聞いてくれます?」って気軽に頼めるカウンセラーが身近にいたら、心が少し楽になるんですよね。今みたいに人との関係性が希薄で、狭い状態になっている時代は、カウンセラーがすごく必要だと思うんですよ。

私も先生にカウンセリングをしてもらってすごく心が晴れました。自分の転機のちょっと前に先生にメールや電話をするだけですごく気持ちが落ち着くし、不安に感じることを相談しても、「大丈夫だ」って言われるだけで、大丈夫なんだなって安心するんですよ。また、ロングのカウンセリングをしてもらって、自分の「リフレーム」ができたのもすごくよかったと思ってます。

カウンセラーはアドバイザーではない

キャリアカウンセラーというと、迷ってる人にアドバイスをする人と思っている人が大勢いると思うんですが、実はそうじゃないと私は思います。キャリアカウンセラーは、相談者にああしろこうしろとは言わないんです。相談者が人生の主体的な選択と決断を自分でできるように支援をするだけ。相談者が自分でも見えないものが見えるようになったりとか、揺らいでたものをちゃんともう一回再構築できるためのお手伝いをするだけなんです。

キャリアカウンセリングをする際に気をつけているのは、「決め付けないこと」です。これまでカウンセリングをしてきた中で、相談者の類型の形ってあるんですよ。この人の形は以前の相談者と似てるな、と思うこともあるんですが、それに当てはめて考えるようなことは絶対にしないようにしています。あくまでその人はほかの誰とも違う、唯一無二の存在ですから。あと、自分の経験とか価値観を押し付けないようにしますね。まだカウンセラーになりたての初期のころはそれで失敗したこともあるんですが、今は本当に気をつけています。

自分の人生にOKを出せるための支援がしたい

キャリアカウンセリングをやってよかったなと思うのは、やっぱり微力ですが支援ができたと実感できたときです。

私が受け持った相談者の中に、ずっとフリーターだったんだけど、親の高年齢化で就職して正社員になりたいと思っていた人がいました。これまでもいろいろ就職活動を頑張ってたんだけど、なかなか就職できないで悩んでいました。でも、カウンセリングを経て念願の就職ができて、1年半経ってメールが来たんです。

「今までアパートに住んでて家を買えなかったんだけど、就職した会社に1年半勤めたら会社の社長が保証人になってくれて、会社に出入りしている銀行からローンを組めて、小さいけれど家を持つことができた。2年前まではフリーターで、家を持てるなんて夢にも思わなかった。親が死ぬ前に自分の家に住めるってすごく喜んでる姿を見てうれしい。就職試験を受け続けたけどなかなか内定をもらえなくて、何度もやめようと思ったけど、頑張って就職できてよかった」というメールがきたときは、私もすごくうれしかったですね。ほんの少しの支援かもしれないけど、やれてよかったと思いました。

要はその人が、自分の人生にOKを出せればいいんですよ。周りじゃないよね。だから、別にその人が家を買ったからすごいんじゃなくて、そんな自分を誇りに思えるということ、自分自身にOKを出せたということが大事なんです。

常々思っているのは、「I’m OK」と自分で言える人生を支援したいなということなんです。ちっちゃなことでもいいから、他人からじゃなくて自分で「これ、OKだな」って思えればいいじゃないですか。「You’re OK」って言われても全然うれしくない人はいっぱいいるんですよね。

小島氏は次第にいち職業訓練指導員として就職支援に携わるだけではなく、庁内に次々と新しい事業を立ち上げていった。2002年には就職アドバイザー雇用と職業訓練生への就職支援プログラムを企画・運営、2003年 には「彩の国キャリア塾」として多方面のキャリアデザインの研究および講座の企画、キャリアカウンセラーの養成に携わる。そのすべてにおいて目覚ましい成果を残し、小島氏の評価は内外で高まっていった。しかし、いいことばかりではなかった。キャリアカウンセラーとして突っ走ってきた過程には、さまざまな苦悩があった。

できることを最大限やりたいと思ってるだけなのに

この仕事でつらいと感じることはあるか? そりゃありますよ(笑)。やっぱり、こうやって本を書いたりメディアに出れば誤解されることもあるわけで。

私は別に目立ちたいとかすごくなりたいっていうのは全然なくて、必要な仕事だからやりたい、そして、自分のできることを最大限やりたいと思ってるだけなんです。言葉だけでは伝わらないことがたくさんあるのでしょうがないのかもしれませんが。

例えばメディア的には、カウンセリングを受けてどんな人がどんなふうに劇的によくなりました、というような成功事例ばかりを取り上げようとするんですよね。だけど私は失敗してる部分もきちっと伝えたほうが誠実だと思うんですよ。そうあるべきですし、今後はそういうふうにしていこうと思ってます。

孤独感 自分との戦い

あと、つらい点といえば孤独ということですかね。常にひとりで前を走ってますから、それはある意味、孤独ですよ。じゃあ孤独じゃない方がいいのかっていうと、群れるのも苦手。なかなか難しいですね。時々、「あなたは何がしたいの?」って自分で自分に突っ込みを入れますよ(笑)。

カウンセリングを行う中で生ずる悩みを誰かと共有できないのもつらいと感じることもあります。相談者の問題に関して悩むケースはいっぱいあるんですが、守秘義務がありますから、誰かに相談することができない。結局自分だけで考えて判断せざるをえないのですが、あれでよかったのかなって思うことはいっぱいあるわけですよ。神のような絶対者ではないのに、その場で一対一の関係性を持って判断しなくちゃいけない。やっぱり苦しいと感じることはありますよ。

でもだからといって、キャリアカウンセリングという仕事を辞めようと思ったことはないです。この仕事ってイヤだと感じたらやっちゃいけないと思うんですよね。

キャリアカウンセラーとして数々の苦悩はあるが、それでも前を向いて走り続ける小島氏。
最終回の次回は小島氏にとって仕事とは何か、働くとはどういうことか、そして今後の夢について語っていただきます!

TOP の中の転職研究室 の中の魂の仕事人 の中の第20回 コオプコーディネーター 小島貴子-その三-キャリアカウンセリングの本質は「自分でOKを出せる人生」の支援