大学で英語を学んだ西田さんは、最近増えているバイリンガルの一人だった(※1)。その技能を仕事に活かせるのならもちろん活かしたいとは考えていたものの、それだけにこだわるつもりもなかった。もっと広く自由なフィールドで仕事を選んでもいい。そう思って、最終的に決まった就職先は、大手メーカー企業グループの関連会社だった。そこで経理事務から始まり、部署を転々としながら、さまざまな業務をこなしていく。特に英語を使うポジションというわけではもちろんなく、ここで社会生活のイロハを学んでいった。
そうして3年ほど勤めたところで、スキルアップや収入アップの意欲がわいてきた。英語力を活かせるのならそのほうがいい。社会人3年目といえば、ちょうど学生の薄皮がむけ、社会人として伸び盛りの時期だ。企業のニーズも高く、すぐに化学薬品メーカーの物流や営業のアシスタントの仕事が決まった。
「大手の会社でしたし、年収も悪くありませんでした。とりあえず仕事を覚えて、アシスタントからその上へと、ここで毎日毎日を頑張っていけば、次第に上に行けるという上り坂をイメージしていました。ただ、はっきり言って、仕事は仕事だという割り切りはありました。この仕事に自分の人生を懸けているとか、会社の業績を自分の力で大きく伸ばそうというほどの熱意があったわけではなく、与えられた仕事を完璧にこなすことだけを考えていました」
経験が積んでいけば、次第にその職務は広がっていく。またその責任も重くなっていく。西田さんの仕事は、日を追うごとにきついものになっていった。
「仕事の量は、どんどん膨らんでいきました。私が重要な判断を下さなければならない場面が多くなったり、後輩の指導なども加わったりして、結果として仕事の質や量が増えていったのです。その一方で、そういう状況になればなるほど、周囲の人たちに頼られるようになります。確かにあの職場のなかで、その仕事をよくわかる人は限られており、私が立たされている立場もわかるのですが、そうこうしているうちに、どうも納得がいかないものに気づいたのです」。
より重要な仕事をこなし、チームの中でも重要な立場になる。しかし、何年もそういう仕事をしていても、それ以上、上の立場に行くことはないのではないかということが見えてきたのだった。
「より重要な仕事をしても、今のままの立場であることは変わりません。一方で、後から入社した男性社員 (※2)が、いきなり他の部署から配属されて、現場の事情を何も把握しないまま上司になってしまうというのが現実です。女性の先輩社員の中には、もちろん私よりずっと長く働いていらっしゃる方もいるのですが、その人たちも、今の私と全く変わらない条件。これでは働く甲斐がないなあ、と感じだしたのです」
都合よく仕事をさせるための要員。それが自分なのではないだろうか。他の男性社員が何年かたてば、昇進・昇格していく中、西田さんは、ポジションも社内的な評価も入社当初と変わらないまま。西田さんにひときわ能力や意欲が足りないという理由ではない。女性だから、というそれだけの理由でしかなかった。
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