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第22回 安定した未来など、幻想だった 50歳の転職。自分を信じ続けた4カ月

「今、ここから飛び降りたらどうなるだろう……」 小島隆史さん(仮名・49歳)は自宅マンションのベランダから身を乗り出し、ため息をついた。勤めていたスーパーが経営不振となり、会社を辞め、転職活動を開始してから早1カ月。書斎に置かれたパソコンの中には、自分が自殺した場合の保険金給付と住宅ローンの一括返済について試算したエクセルファイルが入っていた。

予想以上の苦戦に「こんなはずでは……」
だが、妥協はしたくない

会社を辞め、退路を絶っての転職活動。 現実は予想以上に厳しかった。 50歳を目前にした転職がスムーズだとは思っていなかったが、ここまで苦戦するとは……。ほとんどの会社が、面接さえしてくれない。問い合わせの電話では、年齢を告げた途端、人事担当者の対応がそっけなく急変する。

「たしかに年齢は高いですが、長年、流通業界で店舗開発に携わり、キャリアを積んできた自負がありました。それをアピールできれば、それなりの待遇で迎え入れてくれる会社は少なくないだろうと思っていたんです」

人材バンクのコンサルタントからは、「妥協しないと何もありませんよ」とたしなめられた。

「そんなこと言われなくたって、世の中のことはアンタよりよく知っている!」

心の中で、毒づく自分がいた。

たしかに、仕事内容や給与など、条件を下げれば選択肢を増やすことはできる。だが、それは絶対に嫌だった。理由は2つ。

1つは、現実的な問題。給料が大幅に下がると、マンションのローンが払えなくなる。せっかく手に入れた終の住み処。妻のためにも、手放したくなかった。

もう1つは、「あきらめなければ、何とかなる」という強固な信念。自殺をシミュレーションするほど追い込まれながらも、腹の底では、自分を信頼している自分がいた。

ひとつひとつ階段を登ったその先にあったのは——
混沌として不安定な現実。安定など、もはやありえない

実は、転職はこれで6回目だ。バブルのときは、不動産業界で活躍。キャリアアップのため、同業他社に転職もした。今ほど転職がポピュラーではなかった時代。上昇志向は、強い方だったかもしれない。

この頃までは、ひとつひとつ階段をのぼっていけば、その延長線上により明るい未来が待っていると信じていた。だが、バブルが崩壊し、不動産業界から流通業界へと異業界へ転職。コツコツと積み上げてきた経験や知識、仕事へのこだわり、描いていた未来……これらのリセットを余儀なくされたとき、はたと気付いた。

「未来が一つのベクトル上に存在するというのは儚い夢。現実は、混沌としているのだ」と。時代の変化の波は、個人のキャリアなど容赦なく呑み込んでいく。

だからといって、投げやりになったわけではない。 流通業界に転身してからの10年間は、いつも「明日はわからない」という危機感を抱きながら、懸命に働いてきた。自分を信じる気持ちは誰よりも強い。

だから今回も、「無謀」とも言われかねない転職に踏み切った。

それでもこの10年、「高くを望まず人並みでいいとさえ割り切れば、そこそこの標準的な未来が保障される」という幻想の中で生きてしまっていたことを、そして「そんな世の中は完全に消滅したのだ」ということを、痛烈に感じた。

予想以上の苦戦に打ちひしがれたものの、会社を辞めたことは後悔していない。この、そこはかとない自信を裏付けるものを、言葉で説明するのは難しい。経験やスキルのような「キャリア」という言葉では片づけられない、長年の社会人経験と5回の転職を経て獲得してきた「何か」--。

50社目にして念願の内定
これからも一日一日、精一杯やるだけだ

「大丈夫、何とかなる」。タバコをもみ消すと、小島さんはベランダから部屋に戻り、書きかけの履歴書を記入し始めた。

それから3カ月。 小島さんは大手不動産会社に就職した。配属は、商業施設の開発を手掛ける新規事業部署。そこの責任者として採用されたのだ。不動産と流通、2つの業界経験が生かせる願ってもない仕事。給与は前職と同額。もうローンの心配をしなくていい。

4カ月間で応募した会社は、50社を超えた。その間に誕生日を迎え、入社したときは50歳になっていた。 「嬉しいというより、ほっとしたというのが正直なところ」

内定したときの気持ちを、そう振り返る。ただ、これで安心だなんてこれっぽっちも思ってない。 「この世はカオス(混沌)。とにかく一日一日、一生懸命やっていくしかない」

そう自分に言い聞かせている。

取材・文/堀川 陽子
デザイン/東 聖子(編集部)

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