今回はアラサー(30代)の頃に体験したプロジェクトの思い出を手記風に。
ある日一介の平社員だった私に当時の支店長が猫なで声で近寄ってきた。
「来週からこのプロジェクトのマネージャーやってくれないか?」
「もうそれは既に始まっていて、数ヶ月経過してるプロジェクトじゃないですか?」
「いや、ちょっと問題があってマネージャー交替しようかと‥‥」
どうも危険な香りがしたが社命とあっては拒否するわけにもいかない。
引継ぎしようと担当マネージャー(40代係長)を捜すが見当たらない。
所在なげに座ってるプログラマーにマネージャーの居場所を聞いたら、ここ数日見かけないとの事。
携帯に電話するとちょっと体調崩したから数日休むとの事。
なので、数日経って電話すると、こんどは母の調子が悪いからまた数日休むとの事。
しまいに携帯がつながらなくなった。
結局、そのマネージャーは重責に耐えられず失踪してしまった。
これではプロジェクトの進捗状況がわからない。
ただ、メンバーに新入社員が多くマネージャーが失踪しているプロジェクトからしてまともなプログラムは1本もないという事だけはわかっていた。
ほどなくお客様から電話がかかってくる。
「君がひげぱわーか! すぐ来い!」
何事かと慌てて客先に飛んでいくと、全身をジロジロ見られた上に
「どこの馬の骨ともわからん君にプロジェクトがやれるのか!」
と怒号交じりで怒っておられる。
よくよく話を聞いてみると、担当営業がプロジェクトマネージャーの交代の連絡を電話1本ですまそうとしたらしく、そのいいかげんさにカチンと来たらしい。
プライドがボロボロになるのを感じながら
「不安になる気持ちはよくわかりますが、頼むから1ヶ月私を見ててくれ」
と根拠も何もないのに言い放つ。
自社に帰って営業マンにひとしきり毒づいてから腹を決めた。
取締役に電話をし、グループ会社から大量に人を借り、大赤字覚悟で体制を作り直し
「期限だけは守ろう」
と宣言した。
何十人ものエンジニアが取締役が差し入れてくれたカップラーメンと栄養ドリンクを主食にしながら終電間際まで仕事をし、土日だけじゃなく正月まで返上してプログラムを作り続け、私は「もういいから来るな」と言われるまで毎週しつこいぐらいに客先で状況報告するという数ヶ月を過ごして身も心もボロボロになっていった。
結果として当然赤字プロジェクトではあったが、なんとか納期は間に合った。
品質がよかったかどうかはわからない。
ただ、納品後、私を"馬の骨"と罵ったお客さんにお酒に誘われ
「最初は全く信用してなかったけど、終わった今改めて振り返ってみると君と仕事ができてよかった。」
という言葉に、すっかり業界から逃げ出すつもりだった私は救われた。
翌月、取締役から1本の電話があった。
「おまえ平社員じゃもの足らないだろうから、係長にしておくわ」
私はその役職手当をありがたく頂戴し、その後いくつかのプロジェクトをこなし、そして翌年会社を辞めた。
そのプロジェクトで働いていた2人のプログラマも一緒に辞めて私についてきた。
辞めたことが正解だったのかどうかは未だにわからないのだが、ただこのプロジェクトの思い出は今でも時々思い起こされてくるし、最悪なプロジェクトだったにもかかわらずなぜか自分のなかでの励みとなっている。
そして、アラフォー最後の日となった今(7/18)まだ私はIT業界で働いている。
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