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魂の仕事人   photo
魂の仕事人 第31回 其の三
仕事は世のため人のために 必要だと思うからやるだけ 社会奉仕家の血脈がそうさせる
日本人女性初のNBCプロデューサーから始まり、日本初のPR会社、全くの未経験での住宅会社、財団法人、そして大工育成塾の設立と、これまで誰も成し得なかったことにチャレンジし、そのことごとくに成功してきた松田氏。なぜせっかくつかんだ成功をあっさり捨て去り、あえて困難な新しいことにチャレンジするのか。シリーズ最終回では松田氏を突き動かしているものは何なのか。松田氏にとって仕事とは何か、何のために、誰のために働くのかを語っていただいた。  
大工育成塾 塾長 (財)住宅産業研修財団 理事長 (財)生涯学習開発財団 理事長 松田妙子
 

懸命に修業に励む塾生(写真提供:大工育成塾)

自分のことは考えていない

 

 ひとつずつ必要なことにチャレンジするというのが私のテーマであり、これまでの人生です。「必要なこと」とは私にとってではありません。則天去私(そくてんきょし)ではありませんが、私は自分のことは考えていません。自分のお金なんていりません。お金がほしいとか、地位がほしいとか、名声がほしいと言い出したらおしまいだと思います。今はお金を儲けることが最大の関心事になっているから日本の将来が明るくないと思うんですよね。

 ただ、国のために、社会のために、人のために、こういうものが必要だと思ったら、即行動せずにはいられません。私にとってはごく自然なことなんです。私は評論家ではありませんから。

社会奉仕家としての血脈
 

 なぜ国のために、人のために、社会のために行動できるか。それはそういう血筋だからでしょうね。私の大叔父、祖母、父、母、みんな社会奉仕家なんです。私の両親は「有隣園」というセツルメント施設を運営して、貧しい人々の援助活動をしていたのですが、そもそもは大叔父と祖母が設立したものでした。

 その政治家でもあり、社会奉仕家でもあった父がよくこんなことを言ってました。「社会から、国から、人から、たくさんのものを借りていると思いなさい。あなたが他人より少しでも健康で、少しでも能力があると思ったら、借りているものを必ず一生のうちに返しなさい」と。だから「助ける」という言葉はうちではご法度だったんですよ。「助ける」ではなくて「お返しする」。そもそも自分たちは人や社会からいろんなものを借りているのだから、自分が少しでもやりたいことがあって、それができるような立場になれるのだったら、お返ししなさいということです。

 明治30年生まれの母も、おもしろいことを言っていました。「あなたは女だからとか歳だからといって結婚する必要ありませんよ。特別な人になって、人や社会のために役に立つことをやりなさい」と。

 幼いころから両親にこう言い聞かされて育ったので、そもそも私利私欲という概念がないのです。だから私がやってきたこと、今やっていることは何かを得るためではなくて、国、社会、人にお返しするためなのです。だから国の役人も私のやりたいことに協力してくれるんじゃないでしょうかね。彼らも国のため、民のためという志があって役人になったわけでしょうからね。

ベトナムのビエンホア孤児職業訓練センター
 

 両親が運営していた日本の「有隣園」は戦争の時の空襲で焼けてしまいました。その後父は、昭和48年にベトナムの孤児を救い次世代を担う人材に育成しようと「ビエンホア孤児職業訓練センター」を設立しました。それは父の社会奉仕家としての最後の夢でした。

 その父の遺志を継いで、平成6年(1994年)に私がセンターの支援代表に就任し、平成18年まで支援を続けました。単なる孤児の保護ではなくて、将来自立して生きていけるように教育に主眼を置いていました。定期的に訪れ、会うたびに子供たちが変わっていくのを感じていました。私はものすごい子供好きなんですよ。私にとって、子供たちは宝のようなものです。だからここに行くのが大きな楽しみのひとつでした。

 この施設にほとんどの私財を投じましたが、お金も自分が稼いだのではなく、社会から借りていると思っているので、それを返すだけ。少しでも私の言っていることを理解してくれる人を育てたいし、そういう人にお目にかかりたいと思っています。人間好き、子供好きですから。

仕事がつらいと思ったことはない
 

 新しいことに挑戦して成功するのも、「やらなきゃならない」という思いが強いからでしょうね。新しいことに挑戦したり、これまでになかったものをつくることに対して、よく「たいへんだったでしょう」とか「苦労もあったでしょう」と言われるのですが、「いいえ、全然」って答えます。そんなことは思ったこともないですよ。仕事がつらいと思ったことなんてありませんから。そもそもこれまで取り組んできたことは仕事だと思ったことがないんですよ。「事に仕える」ってそんなものじゃないですよ。私自身が好きだからやっているんです。やってて楽しいんでしょうね。

 逆に楽に生きている人のことをうらやましく思ったこともないですけどね。私がうらやましいと思うのは、自分にできないことができる人。例えば職人さん。いくらなりたくても大工さんや写真家にはなれませんからね。

日本では少子高齢化が深刻な社会問題とされている。2006年には65歳以上の高齢者人口は、過去最高の2660万人を記録し、5人に1人が高齢者となっている。今後、ますます拍車がかかり、50年後には40.5%に達して、国民の2.5人に1人が高齢者となる社会が到来すると推計されている(内閣府調べ)。しかし今年(2008年)で81歳になる松田氏は、高齢化傾向はむしろ歓迎すべきことだと語る。その真意とは──。

少子高齢化は歓迎すべき
 

 今、政治家もメディアも口を開けば、「少子化高齢化問題」って叫んでいるでしょう? でもそれは社会問題でもなんでもなくて、むしろ日本にとって歓迎すべきことだと思うんです。日本の身の丈にあった人口は、多めに見て7000万人が限度だと思っています。日本の狭い国土を考えれば、今の1億3000万人という人口が多すぎるんですよ。

 それから日本は食料の自給率がカロリーベースで40%を切りました。食糧のほとんどを外国に頼っているのですが、突然売らないと言われたらどうなりますか? そういう意味でも人口は増えすぎたら日本は困ります。

 若い人が少なくなったら労働人口が減少するから困るじゃないかという意見もありますが、もっと熟年者や高齢者を活用すればいいんですよ。今は60歳を超えても元気でまだまだ働く意思も知識も技術ももっている人がたくさんいるんですから。その気になれば70、80歳を超えても働けますよ。

65歳であえて最も嫌いなことを始める
 

 私は65歳になったとき、新たなチャレンジをしました。世間一般では、65歳くらいになると「お年寄り」って言われますよね。でも私はそれが嫌でした。その歳で住宅産業研修財団や生涯学習開発財団理事長を務めていると、みんなが私を「先生」と呼んで擦り寄るばかりで、アドバイスをしたりきついことを言ってくる人は誰もいないんです。そうすると裸の王様になって、晩節が汚れてしまう。だから今後そうならずに生きていくために、自分が一番嫌いなことをして、自分にプレッシャーかけなければいけないと思ったのです。そこで私は何が一番嫌いなのか自分に聞いてみたら、「勉強」だったんですよ。

 また、当時、住宅産業に入って25年ほど経った頃だったのですが、今後自分はどうやって将来の目標を持ったらいいのだろうかと思ったのです。これまでの25年間でツーバイフォーを日本に導入して普及させたり、通産省や建設省と組んでハウス55計画を推進してマイホームを普及させたり、新しい法律制定に関わったり、環境問題にも取り組んだり、生涯学習について関わったりと、できることはすべてやってきました。でも歴史を知らなかったのです。「人生というのは、過去があって現在がある。それを未来につなげなきゃいけない」ということを感じたんです。

 ですから、まずは歴史を知らなければと思い、たくさんの歴史の先生方に教えを請いました。ゼロからのスタートだったのですが、65歳から70歳までに本を何冊も読みました。そして日本の住宅について根本から勉強・研究し直し、5年かけて「日本近代住宅の社会史的研究」を執筆して、東京大学大学院の工学博士号を取得しました。

 それで75歳になったときに、また自分にプレッシャーを与えて、世の中のために何かをやらなきゃいけないと思って大工育成塾を立ち上げたのです。

熟年活用産業を活発化すべし
 

 まだまだ働きたいと思っている高齢者は多いはずです。その証拠に65歳を過ぎた人を雇うと感謝されます。それが一番いいですね。私の財団でも「10年間ほど一生懸命、仕事を探していたけどなかなか就職できなかった」という人がいます。

 サラリーマンを定年退職した後、第二の人生などどいって夫婦で世界旅行をしましょうとか趣味に生きましょうということをよく見聞きしますが、こういう遊びだけの生活は3カ月が限度だと思います。結局、毎日が日曜日になったらやることがなくなってみんな困るんですよ。

 だから雇うのであれば、定年退職後1年くらい自由にして毎日が日曜日の感覚を分かった人がいいですね。そういう人を雇えばものすごく経験があるし、頑張って働きます。「70歳になったら辞めなきゃだめですよね」と言っても、「何を言ってるの、私を見なさい。死ぬまで働きなさい」って言うと、拝まれるくらい感謝されますよ。だから国や企業がもっと熟年活用産業を活発化させないといけないんですよね。

 高齢者の方も、歳を取って、ヨボヨボになって、寝たきりになって、介護の方のお世話になって、そして死んでいくという生き方のどこに誇りが持てるというのでしょうか。生きている意味がないとダメですよね。私は精一杯やることをやって、明日死にたいと思いたいですね。どうすればそう思えるのか、それだけは研究しておかなければと思っています。

 だから今の日本に一番に必要なのは、人間一人ひとりが自立するということ。やっぱり人間は自立しなきゃダメですよ。老人だって自立しなきゃいけません。これからの私のテーマは日本の自立です。私は生涯学習開発財団の理事長として、このテーマで活動しているのです。

やりたいことは5年ごとに生まれてくる
 

 大工育成塾は10年間で優秀な大工を1000人増やすことを目標にしています。その後の目標? もちろんありますが、まだ発表しません。

 だいたい、やりたいことは5年ごとに新しく出てくるんです。2008年で大工育成塾も5年ですから、もう軌道に乗って私がいなくてもうまく回るようになってきています。だからそろそろ新しいことをやりたくなってきたんですよね。

 私は人生を4つの時期に分けています。0歳から22、3歳までを「無色の時代」。まだ何の色もついていない子供の時代。その次、23、4歳〜65、6歳までを「青の時代」。まだまだ青二才。それから66、7歳〜85、6までを何でもできる人生本番の「太陽の時代」。86、7〜100歳以上が晩節の「夕日の時代」です。今、私はその「夕日の時代」をどう暮らすか考え中。まだまだこれからですよ(笑)。


 
第1回 2008.5.19リリース 現代日本への危機感で 大工育成塾を設立
第2回 2008.5.26リリース 家づくりは人づくり 日本建築の復権を目指す
第3回 2008.6.2リリース 仕事は世のため人のために 必要だと思うからやるだけ

プロフィール

まつだ・たえこ

工学博士・大工育成塾塾長、(財)住宅産業研修財団 理事長、(財)生涯学習開発財団 理事長

1927年10月、政治家で社会奉仕家の松田竹千代氏の次女として東京に生まれる。1945年空襲で家が消失し、政治家の父が公職追放になったことで18歳のときに歌手を目指し、イタリア人シンガーに弟子入り。進駐軍の将校クラブで歌手として働き始める。その後アメリカ行きを決意し、GHQ特別調達庁で事務員、タイピスト、通訳を経験したのち、ステーキハウスをオープンし大繁盛させる。貯めた資金で1954年、26歳のとき渡米。アメリカ南カリフォルニア大学テレビマスコミ科入学。1年後、NBCテレビに直談判して入社。事務職、プロモーションなどを経て、日本人女性として初のプロデューサー業に就く。
32歳のとき帰国。翌年、日本の実情を世界に紹介する日本初のPR会社のコスモ・ピーアールを夫と共同で設立。1964年、日本の遅れた住宅事情を変えようと建設会社の日本ホームズを設立し、2×4工法による経済的な住宅作りを手がけた。1975年、日本ホームズ経営を退き、「ハウス55計画」を通産省と建設省と共同で画策。国主導のマイホーム開発・持ち家政策と話題になった。
1992年、65歳から日本の住まいの研究を開始。5年かけて執筆した「日本近代住宅の社会史的研究」で71歳のときに東京大学の工学博士号を取得。2003年、大工を育成する大工育成塾を開塾。社会奉仕家としても、1994年には亡父の松田竹千代の遺志を継いでベトナムのビエンホア孤児職業訓練センター有隣園園長に就任。資金援助だけでなく、定期的に視察に訪れた。
建築審議会委員、東京都公安委員他多くの委員を務め、政策提言を行う。1987年、藍綬褒章受賞。主な著作:『一家一冊』、『私は後悔しない』、『家をつくって子を失う』、『親も子も後姿を見て育つ』など多数。

【関連リンク】
●大工育成塾
●(財)住宅産業研修財団

 
おすすめ!
 
『家をつくって子を失う—中流住宅の歴史 子供部屋を中心に』(住宅産業研修財団)

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