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株式会社 まぐクリック
取締役経営管理本部長CFO
薛 仁興氏
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トップインタビューフォト 悔いのない人生を送るために生き方とキャリアの軸を持て!
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経済構造の複雑化や会計基準の国際化など、
経理・財務を取り巻く環境はめまぐるしく変化している。
そんな中、経理・財務職のビジネスパーソンは
生き残るためにどんな戦略を持つべきなのだろうか。
会社経営の第一線で活躍している若きCFOに、
キャリア構築法を聞いた

専門学校卒→会計事務所からのスタート

まず、30歳という若さにしてCFO(最高財務責任者)を担当している、薛(せつ)さんの経理・財務系キャリアはどのように始まったのですか?

薛氏フォト 私のキャリアは、簿記の専門学校を卒業した後に入った会計事務所からスタートしました。当時10人くらいのスタッフを抱えていた中規模の会計事務所でしたが、3年半の在籍中、会社の設立業務から決算、会社清算、そして会計、税務、経営分析などについての経営コンサルティングまで、幅広い経験を積むことができました。主な取引先は中小・零細企業や個人でしたが、入所して3カ月くらいで顧客担当としてデビューさせてもらいました。一度担当につくと、会社の金の流れはすべて把握しなければいけませんし、社長さんからも会計・税務関連の質問がどんどんきます。その中で、経験したこともないし、知識としても持っていないような課題が出てくるんです。実務面では、ここで一から鍛えられましたね。この3年半で貪欲に新しい仕事にチャレンジしていったことが、今の自分が創られた一番の要因だと思います。

専門学校時代に簿記1級を取得していて、入所当初(20歳のとき)は会計事務所に勤務しながら税理士を24歳くらいまでに取得する予定でしたが、次々にくる新しいテーマの仕事が面白くてそちらに没頭して、結局資格は取らずじまいになっています(笑)。入所当初は16万円くらいだった給料も、翌月にはすぐ2万円上がって、23歳で退職するときには30歳の先輩とほぼ同等の年収を貰っていました。

仕事内容にも、給料にも満足していたのですね。ではなぜ、退職の決意をされたのですか?

株式会社まぐクリック
取締役経営管理本部長
CFO
薛 仁興(せつ まさのり)氏
1974年生まれ。大原簿記専門学校卒業後、会計事務所に就職。税務・会計分野の実務経験を3年半積む。退職後、専門学校への再入学をはさみ、98年インターキュー(現グローバルメディアオンライン)に入社。
翌99年8月に店頭公開を実現させた後、IPO準備のため、まぐクリックに転籍。00年にナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)に上場を果たし、現在は同社のCFOとして活躍中

株式会社 まぐクリック
http://www.magclick.com
メールマガジン配信サービス「まぐまぐ」のメール広告を扱う専属広告代理店、GMO(グローバルメディアオンライン)とのジョイントベンチャーとして99年に設立。設立以来、順調に業績は推移しており、今年(04年12月期)は前年比32%増の売上高57億円(連結)を見込んでいる。
 確かに仕事は面白かったですよ。新しい経験をするチャンスが溢れていて、当時まだ目新しいスキームだった借入金の株式化(デッド・エクイティ・スワップ)(注1)も経験できましたし。でも、主なクライアントは中小企業で固定化されていて、ある程度経験していくうちに「もっと他に面白い世界があるのではないか」と思ってしまったのです。

また、当時7歳上の先輩を見て、将来のキャリアに疑問を持ったのも事実です。このまま税理士も取れずに働き続けるのが果たして「面白い」ことなのか。たとえ資格を取れたとしても、それが「面白い」仕事と思えるだろうか。
もちろん、税理士を持っていればメリットはたくさんありますが、私は辞めて違う道を歩む決断をしました。

転職後、初めての休日から出勤!?

退職後8カ月間の充電期間を経て、インターキュー(現グローバルメディアオンライン)に転職したのですね。

 充電期間中は、再び専門学校に通ってファイナンシャルプランナーの資格を取ったり、今後のキャリアについていろいろなことを考えました。そのなかで私が「面白い」と思える仕事は、まだ経験したことのない分野に「挑戦できる仕事」だということを再確認したのです。

薛氏フォトそうした私の価値観とマッチすると思えたのが、まさに当時、店頭公開前のインターキューが求めていた「経理職」でした。事業会社での経験も初ですし、もしかしたら公開業務にも関われるかもしれないという思いもありました。 人材紹介会社からは、他に外資系スポーツメーカーの日本法人も紹介されましたが、最初に面接に行ったインターキューからその日に「またすぐ会ってほしい」と電話をもらって、2週間後には入社していました。


注1:借入金の株式化
(デッド・エクイティ・スワップ)
借入金(デッド)と、資本(エクイティ)を交換(スワップ)するということ。つまり、債務者である企業は、借入金を返済しなくてもよい代わりに債権者に株式を発行する。これにより、自己資本比率の向上が見込まれ、銀行の与信審査が有利に運ぶなどの利点がある
当初、経理部長クラスの人材を求めており(注2)、30代の方を中心に面接をしていたらしいのですが、私の新しいことに挑戦するハングリーさを評価してくれたのでしょうね。

入社後は、どのようなお仕事を担当してきたのですか?

 経理スタッフといっても管理系の仕事の範囲は明確に決まっておらず、現金出納管理から月次決算、4半期決算などの経理・財務の仕事のほかにも、会計事務所時代の経験を生かして労務関連など総務系の仕事にも手を出していました。プレイングマネジャーもいいところで、実質「何でも屋」という感じでしたね。

基本的にやりたがりな性格なので、株式公開準備を始めるとなるとそちらの仕事にも手を挙げたりして(笑)。結局、夕方までは経理の仕事を120%こなして、そのほかの時間で公開業務に携わりました。98年9月に入社して、いきなり最初の土曜日は休日出勤していましたから、いま考えると公開までは恐ろしいくらいの仕事量をこなしたことになります。

たった2人で成し遂げた株式上場

そして99年8月にインターキューが店頭公開を果たした後、現在のまぐクリックに転籍なさったのですね。

 実は、ここでも会計事務所時代の経験を生かして、当社の設立実務から関わってきました。当初から「1年で上場」と目標設定がされ、当時管理部門は私ともう一人だけでしたが、この2人で日々の現金出納から月次決算、4半期、半期、年次決算、そして上場実務まで担当して、2000年の9月にナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)市場に上場を果たしました。

薛氏フォトそこに至るまでは、2000年問題(注3)の対応に追われたり、会計ビッグバン(注4)会計基準が改定(注5)されたり、商法も50年ぶりの大改正(注6)があって、それのキャッチアップに時間をとられたりで、9時に出社して24時退社は当たり前。正月に2日、ゴールデンウィークに1日休んだだけで、あとは公開まで働きづめの毎日でした。3回くらい過労で倒れて、一度は鼻血が止まらなくなって救急車で運ばれるなんてこともありましたね(笑)。

でもそんな状態でもモチベーションを保てたのは、この仕事を体験することでノウハウやスキルが自分のものになり、自分の市場価値も上がると思えたからです。実際、公開後は、26歳にしてすでに2社の株式公開実務を経験していたので、「どこに行っても通用する」と自信を持てるようになっていました。

 こうして薛氏は、経理・財務系キャリアを通常では考えられないようなスピードで積み上げてきた。その仕事に対するスタンスは「人の2倍の時間働くことは困難だが、集中力を高めて同じ時間内で仕事の中身を2倍にすることは可能」というもの。

このポリシーと行動力があったからこそ、会計事務所時代から「新しい仕事」にチャレンジして会社の会計・税務関係のスペシャリストになることができた。インターキューに転職したときのことを、薛氏は「やる気とガッツが認められた」とだけ回想するが、実はその裏には人の倍以上の確かな実務経験があったのだ。

そして、そのポリシーと行動力がもたらすキャリアの好循環は、転職後も止まらない。公開作業に手を挙げ、次々に子会社の立ち上げの仕事が舞い込み、ついに一つの会社を設立から上場、そしてその後の運営まで任されるようになった。確かな経験がもたらす信頼感が薛氏の社内ポジションを押し上げ、その中で、経営の視点は自然に磨かれてきたのだ。

現在、30歳。恐らく国内でも最年少クラスのCFOの地位にあるのは、ある意味当然の結果といえる。


注2:経理部長クラスの人材を求めており
当時、インタキューでは経理部長クラスの人材を募集していたのだが、最終的に採用となったのは、会計事務所での経験しかなかった薛氏のみ。少々経験が足りなくても、熱意や人柄、そして将来性が重視されるという、いかにもベンチャー企業らしいエピソードだ

注3:2000年問題
西暦2000年になった途端に、コンピュータシステムに誤作動が生じるといわれ、世界中がその対応に追われた。この問題はコンピュータの黎明期に西暦の下2桁でデータ管理をするよう設定したことが原因となった。大規模なシステム障害にはつながらなかったが、99年〜00年の年末年始から3月上旬までにエネルギー、金融など重要分野機関、企業の11.6%にシステムの不具合が見つかった(日本政府調べ)。

注4:会計ビッグバン
98年4月の外為法改正を皮切りにした、金融制度改革(日本版ビックバン)に端を発する動きの一環。IAS(国際会計基準)を中心に進んでいる会計制度のグローバル・スタンダード化が日本の会計制度に大きな変化を求めている。連結財務諸表中心主義への移行、キャッシュフロー計算書の登場、2001年3月期からの時価会計、年金・退職給付会計の導入、2002年3月期からの持ち合い株への時価会計の適用など、これまでに企業会計に影響を及ぼすいくつもの制度改正が実施されている。

注5:会計基準が改定
2000年3月期より、株式公開企業とその連結子会社、持分法適用会社に対して税効果会計の適用が義務づけられた。株式公開企業は、まず「連結財務諸表」と「個別財務諸表」の両方について税効果会計を実施することが義務づけられ、00年4月1日以降の事業年度からは、中間財務諸表と中間連結財務諸表にも適用が義務づけられることになった。また、2000年3月期からは貸借対照表、損益計算書のほかに、キャッシュフロー計算書も財務諸表に加えることが求められるなど、さまざまな改定が行われた。

注6:商法の大改正
97年以降、変化の激しい経済状況を反映して次々に改正されている商法。2000年の改正では、企業の組織再編を促すために創設された会社分割制度(新設分割と吸収分割法制)が目玉。そのほかにも、簡易営業譲受制度の導入、子会社に関する利益供与禁止規定の整備、ストック・オプション制度の改正なども含まれている。さらに、この商法改正に伴い、独禁法の改正、商業登記法、証券取引法なども同時に改正されている。
現場感覚を失わないプレイングCFO

現在の仕事内容を教えてください。

薛氏フォト現在、私が統括している経営管理本部には6人のメンバーがいて、経営企画と経理機能を果たしています。

具体的には、経理・財務、経営戦略、そしてIR(注7)M&A(注8)まで業務は多岐にわたり、他にも子会社・関連会社を含めた4社の経営管理を行っています。今年は特にM&Aに力を入れていて、現在対象企業の選定や交渉を進めています。また、個人投資家向けのIRも重要なテーマで、今年に入ってIRメールマガジンを発行したり、ホームページをリニューアルしたり、いろいろ企画を進めています。

昨年までは、私が一人で有価証券報告書(注9)を作成していて、証券会社の人に「『一人有報』なんて、聞いたことありませんよ!」(注10)と、冗談で笑われていましたが、今はメンバーも成長してきましたので、できるだけ仕事を振って、チャンスを与えるようにしています。

ベンチャー企業では、たいてい直接収益を上げる営業部門の方が管理部門よりも立場が強いといわれていますが、その点はいかがですか?

 当社は、営業部門と管理部門のパワーバランスは同等で、これはコミュニケーションが密に取れている結果だと思っています。

当然、他部門からさまざまな要望が上がることがありますが、常に経営の視点から物事を考え、交渉を粘り強くやることで、常に相談され、良い結果を生み出す努力をお互いに行えるぐらいの信頼関係を作っています。

私はたまに営業活動もしますし、その辺の営業マンより自分の方が売る自信もあります。だから、管理部門の長だからといって他部門のことにはタッチしないということではなく、経営の視点からみて正しいジャッジをするのがCFOの役割だと思っています。

CFOは経理・財務の「専門バカ」にあらず

CFOの仕事は、経理・財務分野だけのスペシャリストでは完結しないのですね。

 よくCFOは、経理・財務のプロフェッショナルという一側面だけで語られることが多いのですが、実態は違います。公認会計士だから、投資銀行業務を経験してきたからといって、CFOに適任というわけではないのです。

薛氏フォトでは、CFOとは何か。それは財務を通じて企業価値の向上に貢献するポジションです。そのためには、営業やマーケティングなど企業活動を多角的に理解していなければなりません。簡単にいえば、財務上の責任者でありながら本質は経営者なのです。ですから、求められる資質も財務・経理のプロフェッショナルであることと同時に、経営的センスが必要です。

ベンチャー企業のCFOについていえば、自ら進んで行動していける人、常にアンテナを張り巡らせ、アイデアを出せる人、そして人的ネットワークの拡大に気を配れる人でないと務まらないと思います。また、当然ですがリーダーシップとコミュニケーション能力を持ち合わせている必要があります。

CFOは経営者とほぼイコールという認識なのですね。では、薛さんにとってCFOはキャリアのゴールになり得るのですか?


 私にとってCFOはあくまで通過点ですね。将来は独立して自分の会社を持ちたいと思っています。40歳くらいでベンチャー投資会社や経営コンサルティング会社を作るのが直近の目標です。そのためには、資金と経営者としてのスキル・能力、人脈がないとだめです。それらを得るためには、CFOというポジションが非常に有効なのです。

経理・財務系のキャリアを歩むすべての人に勧めるわけではありませんが、最終目標をCEOに設定して、あくまでもCFOは通過点と捉えて経理・財務キャリアを積むという考え方もあることを知ってほしいですね。

CFOは限りなくCEOに近い存在。そのことを証明するかのようにCFO出身の経営者が欧米を中心に増加している。たとえば、ルノーCEOのルイ・シュバイツァー氏、ゼネラルモーターズCEOのリチャード・ワゴナー氏などがそれに該当する。

国内でも企業再生ファンドなどが再生企業に送り込む"プロ経営者"として、経理・財務と経営両方のバックボーンを持つCFO経験者が注目され始めている。実際、薛氏にもヘッドハンターやファンドからの要請が何件か寄せられているという。

では、経理・財務系キャリアを歩む人にとってひとつのキャリア目標となるCFOを目指すには、どのようにキャリア構築をしていけばよいのだろうか。

会計スキルを軸に分野を広げろ!


薛さんは20代でCFOという地位を手に入れて、キャリア構築に成功していると思いますが、勝因は何ですか?

薛氏フォト 私のキャリア戦略は、会計スキルを軸にそれに付随するさまざまな分野のスキルを身に付けていくことです。

最初の会計事務所時代から、目の前に飛び込んできたチャンスは必ずつかんできましたし、これからも全部つかむつもりです(笑)。そのためには、転職というリスクも取らざるを得ないこともあるでしょう。重要なのは自らチャンスをつかみにいくという姿勢です。

確かに未経験の業務にチャレンジするのは、後の苦労を考えると容易ではありません。しかし、そこを1回乗り越えてしまえば必ず挑戦が恐くなくなります。もっとも、ベンチャー企業では「やったことがないのでできません」では、通用しないということもありますが(笑)。
足りない知識は、勉強して補えばいいだけのこと。所詮、知識は道具でしかないので、まずチャンスをつかむ方が先なのです。

難しいと思える仕事も、因数分解のように要素を丁寧に切り分けていくと、単純なことの集合体だということが分かります。単純なことが重なり合って複雑に見えるだけですから、私は新しい仕事や課題にぶつかったときは、単純なものの中から自分の知識・スキルとの共通項を見つけて、それを取っ掛かりにすることにしています。

また、私のこれまでのキャリアは非常に密度の濃いものでしたが、経験ではなく「体験」を繰り返してきたことに意味があるのです。
株式公開実務にしても、M&A業務にしても、1から10まですべて自分で手を動かして体験してきました。つまり、体験を元に会計スキルという主軸を太くしたり、それに枝を生やしたりしてきたことが勝因だと思います。



薛氏のキャリア戦略

まずキャリアの軸を決め、知識、経験によって軸そのものを太く、強くしていくと同時に、関連する業務を「体験」することによってスキルの枝葉を増やしていく。その先に、経営者(CFO)のポジションがある

 


まずは会計の専門知識を身に付けろ!

これからCFOを目指してキャリア構築を考えている経理・財務系のビジネスパーソンは、どのようにキャリアを構築していくべきなのでしょうか?

 まず専門知識を身に付けることが重要ですね。これは私のようにスキルの幅を広げるための軸を一つ作るということ。そのために公認会計士や税理士の資格取得を目指すのは有効でしょう。ただ、資格取得が目的になってはいけません。知識はあくまで道具ですから、それを使っていかに実務を体験してきたかが売れる人材になるカギです。監査法人や会計事務所で3年以上、その後事業会社で3年以上の経理・財務の実務経験は必要です。

また、上場企業で経験を積んでいる人は、上場前後のベンチャー企業や、上場企業など転職先の選択肢が多いですね。IR、決算短信、有価証券報告書作成などは、上場企業でしか身に付けられませんから。

M&A経験に関しては、最近活発化しているとはいっても、まだ実務に携われる人は極少数でしょうから、1件でも案件をまとめた経験があれば、相当のアピール材料になるでしょう。

ネガティブな転職理由は問題外

いま転職を検討している経理・財務系のビジネスパーソンにアドバイスをお願いします。

 転職をする際は、現在所属している会社に入ったそもそもの理由は何だったのか、しっかり考えることが重要です。人間関係とか、単純に仕事がつらいなど、ネガティブな動機による転職は絶対に止めてください。

私だって仕事をする中で、不安に感じることやくじけそうになることは多々あります。特にやったことのない仕事をするときは内心ハラハラしているし、嫌になる瞬間もある。でも、たとえ嫌な仕事でも、仕事のやり方ひとつ、心持ちひとつで得られるものはあると思います。だから、一つの仕事は少なくとも3年は続けてほしいですね。

薛氏フォトこの条件をクリアしていざ転職をするときは、「○歳までにこれをやる」と自分のキャリアの最終目標をまず決めて、それには「30歳までにここまでできていなければいけない」とか、順番にやるべきことを現在まで落として、今の年齢で身に付けるべきスキルや経験を積める会社、もしくは次の目標を達成できそうな会社を選択するのがベストです。

薛さんがいま中途採用を行うとしたら、どのような人材を採用しますか?

 決算業務が行える事業会社での実務経験が3年以上など、採用基準はありますが、当社はベンチャー企業なので、特にマインド面を重視します。

ベンチャー企業は常に成長を求められ、変化のスピードがものすごく速い。人間は自分の役割とか存在意義を実感することでモチベーションが高まる生き物だと思いますが、激しい仕事環境の変化の中でこれを実感できることがベンチャー企業で働く醍醐味です。

その中では、まずこの環境を楽しめない人はだめですし、経理・財務だからといってコツコツ仕事をやるだけの人では勤まりません。だから、「管理職でマネジメントしかやりません」などという人は必要ないんです。私は特殊かもしれませんが、いまだに日々の出納にまでいちいち目を光らせていますから(笑)。

自分の枠の外に目を向けて「気づく人間」になれ!!

薛さんと一緒に働いているメンバーの方は非常にいい刺激を受けていると思いますが、彼らにキャリアのアドバイスをしていることを教えてください。

 一番強調していることは、「気づく人間になれ」ということですね。管理系の仕事は、ともすると右から左に事務処理をこなすだけの「作業」に陥りがちですが、それでは会社のためにもメンバーのためにもなりません。

何のためにこの仕事が必要なのか、本当にこのやり方でいいのか、受身の姿勢で仕事をやるのでなく常に自分の中で問いを作りながら仕事をすると、知識やスキルは「作業」をしている人の2倍は身に付きます。

薛氏フォトまた、「気づく人間」は新しい分野に対する先見性もあります。「知りたがり(=好奇心旺盛)」だからこそ、新しい体験をするチャンスに出会えるのです。私は街中で、面白そうなパンフレットが置いてあればすかさず取ってきたりしていますが、こんな日常生活の中のちょっとした行動でも「気づく人間」になるためのトレーニングはできるのです。

CFOを目指す人ならなおさらですが、自分の仕事の範囲を限定しないで、やれることは何でも挑戦するというマインドは絶対に必要だと思いますね。


目指せCFO虎の巻



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注7:IR
インベスター・リレーションズの略。自社株の投資価値を株主や投資家に訴える広報活動。近年は、個人投資家の市場参加が増えているため、これを取り込もうと企業側もIRを強化している。日本インベスター・リレーションズ協議会が04年6月にまとめた調査によると、IRを実施している企業の64.8%が「個人投資家向けIRに取り組んでいる」と回答したという。

注8:M&A
企業の合併・買収。業務の拡大やリストラクチャリング(事業の再構築)の手段として利用される。最近はM&A市場が盛り上がっており、M&A専門サービス会社レコフによると、5月のM&A件数は150件で、今年に入ってから毎月、月間案件数が過去最高を記録し続けているという。

注9:有価証券報告書
証券取引法に基づいて、上場企業などが事業年度ごとに作成する経営内容開示の基本書類。事業年度が終了後、3カ月以内に国への提出が義務付けられている。営業、財務の状況のほか、会社の役員の履歴や大株主、株式の発行状況など内容は多岐にわたる。

注10:「『一人有報』なんて、聞いたことありませんよ!」
事業規模にもよるが、通常、有価証券報告書は経理部門や総務部門(会社により経営企画部門も)数名で作成し、複数のチェックを経て金融庁(財務局)に提出される。だが、それを薛氏はほぼ一人で行っていたため(もちろん証券取引法の規定により監査法人の監査が必要であり、内容の信頼性は担保されている)、証券会社の担当者に驚かれた。

ベンチャー企業のCFOに求められるもの
     
 

イラスト/もりいくすお
写真/塚崎智晴
取材・文/鷹林一生