IT業界で働くエンジニアにとって、将来のキャリアプランは非常に重要な関心事項です。これからのITエンジニアはどのようなキャリアプランを立てるべきでしょう?□日々開発に従事する技術志向だけでは生き残れないのでしょうか?
萩本 これからの時代、実装一本槍のエンジニアには厳しい状態になっていくでしょう。
まずひとつめの原因として、ダウンサイジングによる開発資金の低額化と、中国・インドの安い技術者の流入等が挙げられます。実装だけのエンジニアでは、コスト面で勝てないという将来がやってくるでしょう。
もうひとつは、オープン化と標準化。現在、いろいろなソフトウエアが標準化されつつあり、しかもパソコン上で低価格オープンソースとして提供されています。
しかし、これらの技術はまだ過渡期。開発に使用するのは、リスクが高い。これをリスクヘッジするために、繰り返し型の開発が必要になっています。
繰り返し型の開発は、ウオータフォール型開発という非常に楽観的な開発方法とは異なり、オープン系開発におけるさまざまなリスクヘッジを行うために、石橋を叩いて渡る的なもので、要求を設計し、それを作っては試すことを繰り返すものです。
繰り返し開発で重要になるのは、どのような単位をどうやって繰り返すかということを決めて、開発関係者間で合意させることです。
今のエンジニアに重要な能力は、単にプログラミング技術だけではありません。どうやって開発するのか、また開発したものを、どのように人に説明するのかということが重要となります。つまり、ソフトウエアの開発方法や構造を説明する能力が必要とされているのです。
「説明する力」の必要性に気付くか、気付かないかが、今後エンジニアを二極化していくと萩本氏は語る。だがその萩本氏自身、昔はバリバリの「技術を究める」派のエンジニアだったのだ。
技術オンリーのエンジニアは生き残れないということですね。萩本さんはそうではなかった?
萩本 いや、思いっきり『技術を究める』タイプの人間でした(笑)。いずれビジネスに使われるからOK! そのあとのビジネスに繋げるのは別の人の仕事です、というスタンスでした。
でも私自身、もうそういうやり方じゃ生き残れない時代だと痛感したんです。
そう思われた理由は?
萩本 ミドルウエアなどの技術中心のソフトウエアがアメリカあたりに完全に負けてますよね。その理由は、日本側に 「ビジネスの視点」が欠落しているからなんですよ。技術志向に走りすぎて、「ビジネスでどう使われるか」を考えずにただ作ってるだけなんですね。
また、自分たちの技術のよさを顧客に説明できる人が極端に少ないことも問題です。どれほどすばらしい技術を持っていても、そのよさを説明できなければ意味がありませんから。
では技術を究めるという志向は、必要ではないと?
萩本 いえ、そうではありません。「技術を究める」ことは私の中に今も生き続けています。しかしそれ以上に、「技術をビジネスに繋げる視点」を常に持つことが重要だということです。自分が追求している技術を、あらゆるビジネス層の人たちに説明する能力を養う必要があります。優秀な技術者でありながら、説明力が欠落している人の典型的な失敗パターンは、自分の目標とするレベルで顧客に話そうとしてしまうことです。これでは顧客が本当に望むものは提供できません。そればかりか、当の技術者さえ未開発な領域を顧客に押し付けてしまうことになるでしょう。そのような時に、顧客の視点に立ち、顧客の理解度のレベルに合わせて表現しようと努力することで、真の技術が見えてくるのではないでしょうか。
このことは、技術を知らなくてもいいとか、技術を軽視してよいというわけではないんです。ここがよく誤解されるところですが。今自分たちが心血を注いでいる技術の追求は、そのままどんどんやればいい。でも同時に、必ず、その技術がどのように使われていくのか、その道筋をエンジニア自身が作り上げることにも努力する必要があるということです。
これからは「表現力」がキーワードに(資料提供:豆蔵)
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ITの世界は技術の変化が激しいというイメージがあります。常に先端の技術を追い求めているエンジニアもたくさんいますよね。
萩本 最新の技術は、技術の基礎になっている部分が見えなくなっている場合が多い。表面的な技術ばかりを追い求めていると最新技術が崩れたときに再構築できないものです。しっかりとした基礎技術は学んでおく必要がある。それをきっちり押さえておけば、変化のスピードに翻弄されることはありません。技術の移り変わりは表面上のことだけで、本質ではそれほど変化していないのです。
Webアプリケーションにしても、今までの技術をWWWに持ち込んだに過ぎないわけで、本質は驚くほど変わっていません。こういう技術の移り変わりの歴史や、そのような技術に移行してきた理由を説明できれば強いエンジニアになれるでしょう。
しかし、ただ単に基礎技術を学んでおけばいいというものでもありません。肝心な事は、基礎技術を学びながら、変化していないものとしてどのように脳に整理していくべきかという点ではないでしょうか。
具体的にどのように整理すればいいのでしょうか? 萩本さんなりの思考法を教えてください
萩本 私のやり方は非常にシンプルです。まず、対象の技術の目的を見つけます。また、その技術のコンセプトを自分なりに説明してみます。そして、目的とコンセプトの関係を繋げる努力をするのです。たとえば、「このコンセプトは、このような目的を果たすために作られた」と繋げるのです。すべての技術には、その技術を開発した人のコンセプトが本質にあり、コンセプトには、なぜその技術が必要なのかという目的が本質にあると私は思っています。だから、対象技術の本質を見抜くためにコンセプトを考え、さらに、そのコンセプトの本質を見抜くために目的を考えるのです。このような指向整理法を行うと、目的レベルやコンセプトレベルでは、古い技術も新たな技術もあまり変化していないことに気が付き、技術に対する共通的なメカニズムを発見することもあるでしょう。その場合メカニズムをコンセプトの下に置きます。
このようにしながら、「対象技術」→「メカニズム」→「コンセプト」→「目的」という階層に、自分の技術・思考を当てはめていく努力をずいぶん前から実践しています。この方法は「思考の秩序棚」と名づけており、私にとって今のところベストな思考法です。今では、「目的」レイアの上に「理念」レイアを置いています。これは経営者としては当たり前のことですね(笑)。
つまり、技術だけでなくそれを説明する「言葉」を持つことが重要ということだ。また、新技術に翻弄されることの多いエンジニアに対して基本に立ち返ることの大事さも示唆する。新技術は廃れるが、基本は廃れない。だから、「本当に力を持っていれば35歳限界説は関係ない」と語る萩本氏。ブームとは表層的なものだけに蓄積しにくいが、基本的な技術や教養は蓄積できるということをその言葉は語っているのだ。
では萩本さんは、いつITの動向が見えた! と感じられましたか?
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株式会社豆蔵
取締役 萩本順三氏
27歳でソフトウエア業界に飛び込み、エンジニアに転身。その後、オブジェクト指向に魅せられ、オブジェクト指向を用いるための方法論「Drop」を公開するなど精力的に活動。『これだけでわかる! 初歩のUMLモデリング』(技術評論社)など著書多数 |
株式会社豆蔵
http://www.mamezou.com/
主な事業は、オブジェクト指向を用いての組み込み系・ビジネス系コンサルティング、システムインテグレーション、教育事業。
最近は、ビジネス主導開発(Business Driven Architecture TM)に基づくenThology方法論を開発し、業界にオープンな方法論として普及・啓蒙活動を進めることで、ビジネスとITを視覚化し開発するというビジネスモデルにチャレンジしている。 |
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Java(注1)
多種多様なコンピュータや家電製品などの上で同じソフトウエアを使用できるように作成されたオブジェクト指向プログラミング言語。米Sun Microsystems社が1995年に発表し、インターネット環境を前提として設計された。 |
C++(注2)
1992年にAT&T社によって仕様が策定されたC言語を元に、オブジェクト指向的な拡張を施したプログラミング言語。オブジェクト指向のため、プログラムの再利用が容易で、大規模システムの開発によく利用される。 |
HORB(注3)
分散オブジェクト技術の中で重要な位置を占める技術のひとつで、世界で初めて実現したJava用の分散オブジェクト技術。その安定性と高速性には定評がある。他に分散オブジェクトで重要なものには、CORBA・JavaRMI・EJB・COM+などがある。萩本氏は、HORB ver2.xの開発に開発リーダーとして参加、オリジナル開発者の産業総合研究所の平野博士と二人三脚でアーキテクチャの開発リファクタリングに取り組んだ。 |
分散オブジェクト技術(注4)
昨今、肥大化し複雑化した情報システムは、その開発や保守に多大な労力と費用を必要とする。このような複雑なシステムのコストを最小化するために考え出されたのが「分散オブジェクト技術」だ。この考え方の基礎には、システムの機能分割と分散配置、コンポーネント化と再利用、標準技術の採用と相互運用性が挙げられる。 |
UML(注5)
オブジェクト指向設計の表記法は50以上の規格が乱立していた中、1997年11月にOMGによってUMLが標準として認定されたオブジェクト指向のソフトウエア開発での、プログラム設計図の統一表記法。Microsoft社やIBM社、Oracle社、Unisys社などの大手企業が支持を表明している。 |
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