第4回ジャーナリスト 矢崎泰久さん-その3-やっぱり死ぬまで「ジャーナリスト」 これまで雑誌編集長、放送作家、映画、演劇のプロデューサーと同時に畑の異なる複数の仕事をこなしてきた矢崎さん。でもつらいと感じたことは一度もないという。なぜなら矢崎さんにとって、仕事=遊びだからだ。その仕事観に迫った。[2005/10/17] vol.12
第4回ジャーナリスト 矢崎泰久さん-その2-危険な目にあっても仕事への情熱は衰えなかった 矢崎さんは出版社を経営する父の体調がおもわしくなかったこともあり、家業を手伝うことになった。どうせやるなら、まともな雑誌を作りたい。しかも今までになかった新しいエンターテインメント総合誌を。『話の特集』が走り始めた。[2005/10/10] vol.11
第4回ジャーナリスト 矢崎泰久さん-その1-国家ほど信用できないものはない──戦争で思い知らされたのが原点 1965年に創刊された『話の特集』は、新しい時代のエンターテイメント雑誌として特に若者から熱狂的な支持を集めた。その編集長を30年の長きにわたって務めたのが矢崎泰久さん。現在も反権力・反権威を標榜するジャーナリストとして奮闘中の矢崎さんの仕事観、人生観に迫った。[2005/10/3] vol.10
第3回 野田義治さん-その3-命懸けの真剣勝負の中からでしか「いいもの」は生まれない イエローキャブ辞任ではさまざまなトラブルをいまだに引きずり、再スタートを切った新事務所でもいろいろな問題を抱えている野田社長。それでも「この仕事は天職」と笑顔で言い切る。野田社長をそこまで仕事に駆り立てるものは何なのか。そして今後の目標は。[2005/9/19] vol.9
第3回 野田義治さん-その2-応援してくれる人、スタッフ、そしてしのぶのためにも続けようと心に決めた 7年にわたっていしだあゆみさんの担当を勤め上げた後、いよいよイエローキャブを立ち上げた野田社長。しかし設立当初は収入もなく、不安の日々。そしてこれからというときの堀江しのぶさんの死。彼女と共に頑張ってきた野田社長はひどい喪失感で働く気力を失ってしまう。[2005/9/12] vol.8
第3回 野田義治さん-その1-逃げなかったことで仕事の基礎を築けた 多数の人気"巨乳"タレントの生みの親、元イエローキャブ社長の野田義治さんも新人マネジャー時代は失敗と挫折の連続だった。まず最初についたタレントはマネジャー仲間も物怖じする大物芸能人。地獄の日々の始まりだった……。[2005/9/5] vol.7
第2回映画監督 小林政広さん-其の3- 自主制作というスタイルで行けるところまで行ってみたい 長年にわたる飲酒と不規則な生活で、徐々に病に蝕まれていった小林監督。一時は絶望のあまり死ぬことばかり考えていたが、映画への情熱が死を思いとどまらせ、酒を断たせた。監督は言う。映画作りに一番必要なのは情熱なのだと。[2005/8/15] vol.6
第2回映画監督 小林政広さん-其の2-やりたいことをやらないまま死ぬのはイヤだ! 郵便局を辞めて、あこがれのトリュフォー監督に弟子入りするためにフランスへ渡った28歳の小林青年。しかしそこで待っていたのはまたしても挫折の日々だった。[2005/8/8] vol.5
第2回映画監督 小林政広さん-其の1-「安定」を取るか「夢」を取るかで悩んだ20代 2005年第58回カンヌ国際映画祭に4作目となる『バッシング』を出品した小林政広監督。しかし映画監督になるまではフォークシンガー、コンピュータ会社の事務員、郵便配達員、業界紙の記者と転職を繰り返してきた。かつての映画少年がいくつもの挫折を乗り越え、夢を実現するまでの過程に迫った。[2005/8/1] vol.4
第1回元アナウンサー・記者 藪本雅子さん-其の3-仕事が私を自立させ、成長させてくれた 33歳でついに念願の厚生省担当になってからというもの、寝食を忘れて仕事に打ち込む。そしてハンセン病取材がひとつの区切りを見せたとき、人生の方向性を決める大きな決断をくだす。藪本さんにとって仕事とは、そして幸せな人生とは……?[2005/7/18] vol.3
第1回元アナウンサー・記者 藪本雅子さん-其の2-国家犯罪への怒りが私を変えた アナウンサーよりも企画・取材というおもしろい仕事を見つけた藪本さんは、人生をもう一度やり直す覚悟で報道記者への転向を決意。しかし、30歳からのキャリアチェンジは、大きな困難を伴った。[2005/7/11] vol.2
第1回元アナウンサー・記者 藪本雅子さん-其の1-女子アナ時代に味わった天国と地獄 元日本テレビアナウンサーの藪本雅子さんといえば、真っ先に思い浮かぶのがアナドルの先駆けユニット「DORA」。TVカメラの前で歌い踊る姿はまさにアイドルそのもの。しかし本人曰く、「アナウンサーとしてはダメダメでした」。あの華やかな姿の裏にあった「人格崩壊の危機」とは?[2005/7/4] vol.1