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| 1997年、ヴァチカン主催の薬物依存のシンポジウムでヨハネパウロ2聖(写真右)と謁見し握手するロイ神父(※クリックで拡大) |
出所後は今後どうやって覚せい剤をやめて生きていけばいいか皆目検討がつかず困っていたんだけど、ありがたいことに一緒に歩いてくれた人がいたんだ。
その人はロイ・アッセンハイマー(注1)さんっていう神父。ロイさんはメリノール宣教会(注2)から日本に布教活動をしに来てたんだけど、慣れない日本での生活からくるストレスでアルコール依存症になっちゃった。それで自分もAA(注3)、アルコホーリクス・アノニマスというアルコール依存者たちの自助グループに入ってアルコール依存症からの回復を続けると同時に、ほかのアルコール依存者や薬物依存者にも声をかけて、回復を手助けする活動をしてたんだ。
最初の出会いは俺が精神病院に入院してたとき。AAのミーティングに誘われて一緒に出席したことがあったんだ。その後覚せい剤で逮捕されて勾留されてた間も、よく面会に来て励ましてくれてたんだ。
そして俺が出所した日の夕方に、家に来てくれてね。「AAのミーティングに行きましょう!」って。出所したものの、どうしていいかわからなかったから言われるがままロイさんについて行ったんだ。
精神病院に入院してたときに出席したAAのミーティングでは、自分のことを素直に話せなかった。ただアルコール依存症者が集まって、これまでの体験を語るだけのミーティングなんて意味がないと思ったし、「アルコール依存者の連中なんかに俺の気持ちがわかってたまるか」って自分から積極的に発言しなかったし、聞く耳ももたなかった。だからそれ以降は何回か出席しただけで行かなくなっちゃった。
だけど、このときはなぜか「覚せい剤をやりたくなる気持ち」を正直に話せたんだ。そしたら法廷で「もう自分の力ではどうにもならないから刑務所に入れてください」って言ったときと同じように気持ちが軽くなった。
今思えば、法廷でそう言えたのは、入院中にAAのミーティングに参加したおかげだと思う。確かに当時のミーティングでは正直に話す人のことをバカだと思ってたんだけど、その一方で正直に話す人はみんな楽しそうだし、僕の話にも耳を傾けてくれてるなあと感じてた。だから正直に今の気持ちを言おうという気持ちになれたんだと思う。
そして出所後のミーティングで正直に発言できたのも、法廷で「今の自分」の無力さを認め、正直になれたからだと思う。
それからは一日も休まず、AAのミーティングに出席して、「覚せい剤をやりたい気持ち」に徹底的にこだわり続けたんだ。 |