キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第13回客船船長 由良和久さん-その2-苦難を乗り越え18年かけて…

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魂の仕事人 魂の仕事人 第13回 其の二 photo
船長とは社長のようなもの さまざまな苦難を乗り越え 18年かけて夢を実現
 
商船高専を卒業後、念願かなって狭き門の船会社に入社できた由良氏。しかしそこから船長になるまでに費やした年月は18年。これでも早い方だという。船長という仕事の喜びと苦悩について聞いた。
客船船長 由良 和久
 

まずは三等航海士からスタート

 

 高専を卒業すると、二等航海士の資格はくれるんです。でも実際船乗りとしては三等航海士からスタートするんですね。

 就職難の中、船会社に就職でき、初めて航海士として実際に船に乗り込めたときは身震いするほどうれしかったですね。特に実際に船長から操船を任され、自分で操船指示した時には感動しました。

 でも、しょちゅう船に乗って海へ、というわけにはいきませんでした。就職した当時(昭和58年頃)、客船業界は今ほど注目されていなかったため、特にオフシーズンは稼動機会が少なく、待機させられることが多かったんです。だからこの時期はつらかったですね。とにかく航海がしたくて船乗りになったわけですから。でも、欧米諸国がそうであったように、近い将来船旅がより多くの人に認められるようになるはずだと信じて、希望をもって耐えました。

船長へのプロセス
 

 船長になるまでは、三等航海士をしばらく経験して、会社によって違うんですけど、だいたいは三等航海士を5年から7年務めて二等航海士になる。で、二等航海士をまた4〜5年経験して一等航海士に、一等航海士を何年かやって船長になる。そういうプロセスです。30歳前後で船長までの資格だけは取れるんです。ただし、資格だけを持っていてもダメで、船長として一隻の船を任されるのはもっと先になります。

 私の場合は三等航海士を7年間経験して二等航海士に昇進しました。二等航海士時代には1年間、陸上勤務も経験しました。一つの航海を無事成し遂げるには、そのクルーズの計画から実施に至るまで、陸上スタッフ、海上スタッフ共に一丸となって首尾よく運営されることが必要不可欠です。陸上勤務時代には、陸上組織で行われる企画や営業、経理面までさまざまな役割を理解する上でとても重要な時期でした。 

 やはり漠然とは理解していても、実際に携わってみるとその大切さと苦労が実感できます。組織における他部門との交流は船に限らず陸上でも必要ですよね。私の場合、1年半足らずの期間ではありましたが、海上では得がたい知識や感覚が得られたと思います。途中、確かに船に戻りたいと思うこともありましたが、陸上での時間はあっと言う間に過ぎました。

 海上復帰した翌年、一等航海士に昇進しました。二等航海士としては5年間働いたことになります。

 一等航海士時代で一番思い出深いのは、「ぱしふぃっく びいなす」の建造に立ち会え、無事に就航できたことです。本当にさまざまな苦労がありました。これだけ巨大な船を造り上げ、軌道に乗せるまでには多くの人びとの努力と時間、莫大なコスト、計り知れないエネルギーが必要ですから。

資格だけもっていてもダメ
 

 一等航海士の次がいよいよ船長です。まずは国家試験をパスすることが必要。船長免状という資格があるんですよ。先ほどもお話したとおり、学校を出たときに二等航海士の免状はくれるので、あとは勉強して一等航海士の免状、最後に船長の免状を取る。

 勉強すれば筆記試験はとれるんですが、それがちゃんとした免状になるには、経験・実績を積んでから、面接試験を受けるんです。試験官から何時間か口頭質問を受けてそれに答えるんです。いわゆる口述試験ですね。実際にこういう船を動かすとなると、人物的にもしっかりした判断力がないとダメなわけです。例えばへんな話ですけど、広い海域などでは実際の船の操縦は航海士がやります。ただし、彼らがおかしなことを考えると、なんとでもなるわけです。当然、船長は船がおかしな動きをすれば気が付きますよ。でも24時間、ずっと船長がブリッジ(操舵室)にいるわけにいかないですから。だから航海士として自分がちゃんとした人物だということを証明できなければならない。

 だから面接ではいろんなことを聞かれます。当然、いろんな専門的な質問はあるんですけど、それプラス人物を見られるんです。それで総合的に大丈夫だということになって初めて免状がもらえる。

 合格率も当然、二等→一等→船長と上にいくにしたがって低くなります。船長までの免状とるには、結構時間がかかりますね。しかも取っても必ず船長になれる保証はありませんからね。タイミングの問題などでね。

 昇格は社内の上層部の協議によります。例えば、「○○君はもうそろそろステップアップしても大丈夫か」というのが会社内で協議されて、合意を得られれば、「じゃあ○○君は来月から一段階上に行ってやりなさい」となるわけです。当然みんな船長を目標に働いていますからひとつずつステップアップしていくのはうれしいですよね。

 それはどこの会社でも同じですよね。たとえば係長から課長になるときに、そういう会議なり協議なり推薦なりがあるじゃないですか。それと同じです。

さまざまな苦難を乗り越え
18年かけて船長に
 

 船長になるまでの経験で重要なのは、とにかく、一つひとつの仕事(航海)を与えられた条件の中でその立場として努力することです。特に天候に恵まれない航海など、安全と快適性を求められる矛盾の中で常にベストを尽くすにはそれ相応の経験と知識が必要です。 

 もちろんそれだけでは不十分です。小さいながら一つの社会(船)をまとめなければならないわけですから、船長として求められるものは多岐にわたります。まずは人を思いやる心と丈夫な身体は必要不可欠です。そして船を動かす上での専門的な知識はもちろんのこと、経済や道徳観念、衛生上の問題も含めた医学的な知識、衣食や趣味に関することなど他分野に渡る広い知識や経験も必要だと思います。 

 また、よく言われることですが、なるべく若い間にいろんなトラブルにも前向きに取組み、多くの経験、苦労を重ねることです。私も練習船時代を含めいろいろ危険な場面にも遭遇しました。今から思えばありがたいことです。

 そういうさまざまな経験を経て船長になるわけです。私の場合は39歳のとき。学校を出てから船長になるまでに18年かかりました。客船の船長としては早い方だと思います。たまたま、上のポストが空いたので、早めに上がれたんです。

 やはりタイミングっていうのは船の世界でもありますよ。当時、会社には船が2隻しかなかった。これが10隻あればチャンスも増えるんですけど、全般的に客船は数が少ないですからね。資格を持ってそれなりの準備をしていても、タイミングの良し悪しでその辺は大きく違ってきます。それは一般の会社でも一緒でしょう。同じ時期に入社しても、最終的に部長だの専務だのって上のポストに就けるのは、ほんの一部ですよね。それと同じです。中には一等航海士のまま船乗り人生を終える人もいます。

 やっぱり船長の辞令が出たときはうれしかったですね。でも同時にプレッシャーも感じました。何百人の命を預かるわけですから責任も大きい。しっかりやらなきゃって思いましたね。

船長といえば船の操縦の指示を出す以外に他の仕事をイメージするのは難しいのではないだろうか。しかし、船長の仕事は多岐にわたる。中には「そんなことまで」というような仕事まで含まれていた。

船長とは休む間もない社長のようなもの
 

 航海中はだいたい朝5時半過ぎに起きます。5時50分前後に、朝一番の天気予報があるので必ず見る。それを元にどうやって船を走らせるのが一番いいか決めるんです。基本的には航海が始まる前にすべてスケジュールを組むんですが、やっぱり刻一刻と天気が変わりますからね、風が変わったり波の向きが変わったりすると、微調整をしなくてはなりません。それから、その日の打ち合わせをスタッフとします。

 だいたいいつも朝8時ころに船内放送でお客様に向けて天候とかコンディションのお話をして、それから機関部、ホテル部、無線部、医務部などのすべての部署の責任者を集めて8時過ぎからミーティングを行います。

 昼間は事務仕事、ペーパーワークが多いですね。具体的には人事管理の仕事や、下から上がってくるいろんなレポート、考課表やお客様のアンケートなどに目を通します。また、次の航海、1年先の航海、これからやろうとする航海の企画立案、それからそのチェックですね。こういう企画を立てましたとか、船としてどこか調整するところがないかとか、そういうのをチェックしたりします。

 また、航海中はいろんな危険が待ち受けています。沿岸を走っているときや、外国に行ったりすると、海上保安庁や其々の国の沿岸警備隊など、いろんなところからいろんな情報が来るわけです。そんな情報を整理したりしなくてはなりません。

 あとは時々、スタッフと個別面談というかミーティングが随時ありますし、レストランに行って、食事のコンディションとかスタンバイとかをチェックしたりもします。

 夕方から夜には、パブリックスペースに顔を出してお客様と交流する時間をもつようにしています。例えばダンスパーティに出てお客様と踊ったり、いろんなイベントに参加したり。数が多いので全部は出られないですが、お客様といろいろ話をすることも重要な仕事のひとつですからね。

ダンスパーティで乗客と踊る由良船長。船長になりたてのころはうまく踊れず、お客様の足やドレスを踏んづけてしまったという。その後の猛特訓で今やベテランの社交ダンサーを相手に華麗なステップを踏めるようにまで上達した

 夜の後半は、いろんなイベント、ショーを見に行って、そのショーが良かったかどうかチェックする。客席の後ろの方からお客様の反応を見ながら改善点を洗い出したり。すべてはショーをよくしていくためですね。チェックが終わると夜はいつもダンスタイムやってますから、できるだけダンスのお相手して、終わるのが12時前くらい。そして必ず寝る前にもこのあとの天気情報を確認します。

 このようにとにかく船長はあらゆる部署にちょっとずつ関わっています。大事なところは少しずつチェック入れていかなければならない。そして全体の舵取りを決める。船長は普通の会社で言えば、200名のスタッフを抱える社長みたいなものですね。

 こういう感じで年間の3分の2くらいは船に乗っています。そのほかは休暇ですね。休暇の日数的には、普通のサラリーマンと同じくらいだと思います。ただ、違うところは休暇をまとめてくれる点。例えば3カ月船に乗って1カ月休みとか。だから休暇中は長期の旅行とか普通のサラリーマンができないことができますよね。ただもう家庭を持って子どもができるとなかなかそういうこともできませんけどね。

数百名の乗客を抱え、2万トン以上もの船を指揮しながら世界の海を巡る由良船長。しかし小学生のころに思い描いていたような楽しいことばかりではない。海には危険がいっぱいだ。4月に東京湾近辺で起きた船同士の衝突・沈没事故は記憶に新しい。しかし危険だからといって逃げるわけにはもちろんいかない。

込み合う海域を好き勝手に走る
小型船が一番危ない
 
 

 仕事の中で特に緊張するのは、出港のときと、入港のとき。あとは、狭い水路や行き交う船が多い海域、狭視界の時とかも緊張します。とくに瀬戸内海などはすごいですからね。狭いところを何十船、何百隻と、ずっと行き交うでしょ。そういう海域を航行する際は非常に緊張します。

 船は飛行機のように自動制御はできないし、誘導信号が出たり、管制塔が指示を出してくれたりはしません。例外的に特別危険な海域、例えば来島海峡とか関門海峡とかでは、大型船が混み合わないよう航路の通行時間帯が制限されたり、他の通行船の情報を教えてくれたりとか、交通管制が行われている海域もあります。

 飛行機の場合は、管制塔がすべての飛行機に指示を出してくれます。でも、船の場合、瀬戸内海など危険な海域でも管制されてるのは大型船ばっかりなんですよ。だから大型船同士が衝突する危険性は少ない。しかし、小さい、例えば漁船とか、レジャーボートとか、ほんとに小さい貨物船っていうのは、管制の対象外なんです。そんな船の中には、大型船の間だろうがどこだろうが好き勝手に走ってるのもあります。そういう船が一番危ない。大型船はそういう小さい船を避けながら航行します。おそらく、大型船同士が衝突するときは、たいていそういう小型船をよけながら行くとき。やむを得ずちょっと無理してしまうときなどに、事故が起こってるように思いますね。

台風や熱帯低気圧も危ないが
逃げてばかりもいられない
 

 あとやっぱり嫌なのは台風とか、大きな発達した低気圧が来たとき。船もこれだけ大きいと、少々のしけでは、船自体がひっくり返るとか、船が折れてしまうとか、それはまずありえませんが、船があんまりひどく揺れると何もかも台無しになってしまいますからね。乗客の船酔いはもちろん、食事やショーやイベントにも影響が出ます。その辺が一番気になりますね。

 でもそれだけじゃない。なるべく揺らさなくする方法はあるんですよ。海がしけたときは、波を後ろのほうに向けるようにすれば揺れは少ないんですけど、そんなことばっかりしていると前に進めず目的地に着かない。例えば台風に出会っても、単純に台風を逃げて走っていれば安全ですけど、航海自体が成り立ちませんからね。ずっと逃げてばっかりだったら予定の日に帰れません。

 私が乗っている船も、年間3百数十日、ずっと航海がつながっているわけです。ひとつの航海のスケジュールを狂わせてしまうと、次へ響くんです。だから一回の航海だけよければいいというわけではないので、厳しい条件下でもその中で一番ベストな方法を選んで船を走らせなければならない。その辺に一番気を遣いますね。波の方向を見ながら一番いいコンディションで走らさなきゃならないですから。

 こういった、いわば船が危険な状態にあるときは、必ずブリッジにいます。こういうときの指示出しは最も重要な仕事のひとつですね。

 これまでで特にたいへんだった航海? そうですね……数年前のオセアニアクルーズのときはたいへんでしたね。航海そのものというよりも精神的にとてもつらかったです。

 

人智の遠く及ばない大自然を相手にする仕事だけに、困難も大きく、つらく感じることもある。しかし由良船長はあきらめない。トラブルが起こった場合、真正面から、誠実に、そして正直に対処すれば必ず解決できると──。

次回は、たいへんな苦労を伴いつつもなぜ船長という職務を続けられるのか、由良船長にとって仕事とは? 働くということは? について語っていただきます。乞うご期待!

 
2006.7.3 1 12歳で船乗りを志す つらかった商船学校時代
2006.7.10 2 さまざまな苦難を乗り越え 18年かけて船長に
2006.7.17  3 乗客の笑顔がなによりの喜び その日一日を悔いなく全力で

プロフィール

ゆら・かずひさ

1961年6月大阪府生まれ、45歳。練習船時代を含め、今年で船乗り生活24年目。

海軍の軍人だった父親の影響を受け、幼少のころより船乗りにあこがれる。1982年広島高等商船高専卒業後、西日本汽船に三等航海士として入社。「ゆうとぴあ」「ニューゆうとぴあ」に乗船。

1989年 二等航海士に昇進。5月「おりえんとびいなす」建造に立会。9月日本クルーズ客船株式会社に移籍

1992年7月から1993年9月まで本社海務課主任として陸上勤務、入出港手配・運航管理補佐に従事。

1993年海上復帰。1994年一等航海士に昇進。1996年「ぱしふぃっくびいなす」建造に立会。

2000年39歳で「ぱしふぃっくびいなす」船長に就任。現在に至る。多くの人々との出会いや常に自然と向き合って航海を続けることに生き甲斐を感じている。

ぱしふぃっく びいなす

1998年4月に就航した、総トン数26,518トン、全長183.4m、旅客定員696名を誇る日本屈指の豪華客船。豪華でエレガントなエントランス、ロビー、客室、レストランなど、まさに「洋上のホテル」の名にふさわしい。

2007年、この「ぱしふぃっく びいなす」で行く世界一周クルーズが催行される。2007年4月2日から104日間にわたって世界各地をめぐるもので、由良船長によると「最高のコースを最高の時期に通過できるように考え抜いて作成された」クルーズ。詳しくはこちら

協力:日本クルーズ客船株式会社

 
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魂の言葉 魂の言葉 若いうちにトラブルに前向きに取り組み、多くの経験、苦労を重ねるべし! 若いうちにトラブルに前向きに取り組み、多くの経験、苦労を重ねるべし!
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